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わたしのいとしいヴァンパイア  作者: 油布大助


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第二章 第十七夜

ディレクター氏の、


「よく弾けてるよ、伯爵。最高」


 と言うマイク越しの言葉に、おれは黙って首を横に振った。


「……いいと思うけどなぁ」


 氏は、露骨に面倒くさそうな貌をして、呟くようにそう言った。


 そういう表情になるのも仕方ない。


 今日の朝からスタートして、おれのワガママで何回このソロパートを弾き直したか……。まぁ、十や二十じゃきかないだろう。


「ちょっと、煙草でも吸ってきます」


 おれは投げやりにそう言うと、調整室の扉を開けて、廊下に出た。

 デニムの尻ポケットからセブンスターとライターを取り出しながら、のろのろと重い足取りで、喫煙スペースへ向かう。


 誰になんと言われようとも、このレコードには一切の妥協をしたくなかった。


 このレコードが、今後のおれたちの名刺代わりになるのは間違いない。

 納得がいくところまで、とことん、どこまででも煮詰めて、作り込んでいってやる……そういう心づもりに、おれはなっていた。


 おれたちモンセクの、初のシングルカットレコードである【拷問室の哀歌エレジー】。

 おれはいま、信濃町にあるスタジオの一室で、そのレコーディングの大詰め作業に取り組んでいた。


*****


 モンスターメタルセクションは、元々、サークルの後輩たちがやっていたバンドだった。


 全員が【KISS】みたいなメイクをして、一風変わったヨーロピアンメタルを演奏している変わった奴ら。……最初は、そうとしか思っていなかった。


 仲間ウチでもゲラゲラと大笑いしながら観ていたのだが、リーダーであるひとつ下の後輩、浜屋は、真剣に、大真面目にそのモンセクに取り組んでいた。

 "このバンドで世に出よう"という、強い覚悟と意志を抱いている……おれは彼から、それを感じていた。


 そのうち、ウチのサークル内に沢山あるバンドのなかでも、モンセクは、ずば抜けた観客の動員数を弾き出し始めるようになった。


 大学生のバンドなんてものは、せいぜい内輪でチケットを数十枚ほど捌いて、なんとか小屋代の赤字を最小限に抑えるのが関の山だ。だが、浜屋のモンセクは、日によっては百枚以上のチケットを売り上げ、都内各所のライブハウスをしばしば満員にして見せた。


 おれも、何度かライブに足を運んだ。


 彼らは、自分たちを人間ではなくモンスターだと言い、ライブのことを「サバト」と呼んでいた。ちなみに、観客席のファンは「信奉者」と呼ばれていた。


 演奏は……まぁ、ハッキリ言うと下手くそだった。


 しかし、独自の世界観、妙な味がある浜屋の楽曲の数々や、同じくふたつ下の後輩である、ボーカル大関のパフォーマンスは非常に面白く、おれは、こいつらはひょっとすると売れるかもな……と思って、その「サバト」を後にした。


 はたして、おれの予想は現実のものとなった。


 その後、モンセクは超大手レコード会社が主催するコンテストで「最優秀パフォーマンス賞」を獲得してみせ、あれよあれよとレコードデビューが決まった。


 その頃から、モンセクはテレビやラジオ、雑誌への露出が、少しづつ増え始めた。


 とくに【古代から甦りし皇帝ファラオ】を自称するボーカリスト兼フロントマン大関の、大物芸能人にも平気でタメ口を使い、ブラウン管の中で暴れ回るという傍若無人で破天荒な芸風がお茶の間で大いにウケた。ついには、深夜帯とはいえテレビにレギュラー出演までするようになった。


 一方でおれはというと、在学中からプロギタリストとして活動をしてはいるものの、お世辞にも、あまり華やかな仕事は出来ていなかった。

 ある時はビッグバンドの欠員補助としてステージでジャズを弾いたり、またある時はアイドルグループのレコードの仕事を引き受けたり、さらにある時は音楽学校の非常勤講師をやったり……まぁ、そういう地味な、代わりはいくらでもいるような仕事を、黙々とこなす毎日だった。


 浜屋や大関の快進撃が、正直、どこか羨ましいとさえも思っていた。


 そんなある日、浜屋がおれに電話を入れてきた。


「ちょっと相談があるんです。氷瑞さん、いちど時間を作ってもらえませんか」


 いままで聞いたことのないような深刻な口調で、電話越しに浜屋はそう言った。おれはその申し出を了承し、後日、大学近くの喫茶店で会う約束をした。


 喫茶店に着くと、そこには、浜屋と大関が待っていた。

 ふたりとも神妙な顔をして、人目を避けるかのように、隅っこの席に座っている。


「お待たせ、魔王様」


 おれは、ふたりの放つ暗くて重い空気感を変えたくて、あえて、ふざけた調子で声を掛けた。


 いまはステージで【地獄を統べる王、ルシフェル】を名乗っている浜屋が、


「お忙しい中、すみません」


 と、頭を下げた。それを真似するように、隣の大関も慌てて一礼した。


「いやいや、お忙しいのはお前らだろ」


 おれはそう軽口を叩き、暇そうに毛先をいじって突っ立っていたウェイトレスの女の子に向けて、手を挙げた。


*****


 オーダーしたブルーマウンテンが運ばれて来て、おれは、それにゆっくり口を付けた。浜屋と大関は、いまだに黙って俯いたままだった。

 ふたりの手元の手付かずのコーヒーは、すっかり冷めきっている様子だった。


「で、どうしたんだよ。売れっ子ふたりがわざわざ雁首そろえてよ」


 おれは、沈黙に耐えきれずに、ついにそう訊ねた。


「実は……」


 大関が言い掛けたのを、横から浜屋が右手で制した。ふたりが視線を交わし、それから、ちいさく頷いた。


「氷瑞さん」


 浜屋が、意を決したように口を開いた。


「モンスターメタルセクションに、加入していただけませんか」


 その言葉を聞いたおれは、驚きのあまりに、思わず口にしたコーヒーをふたりに向けて吹き出していた。


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