第十三夜
小気味よくブレーキ音を響かせて、わたしたちが乗ったタクシーは車道の端に停車した。
四谷の某所。
駅のすぐそば、八階建てビルの最上階が目的地だ。
助手席から降りて、ビルの外観を下から見上げる。はるか上空の窓に「ジュピターミュージック」と、白文字でおおきく横書きされている。
「どうした」
領収書を手にした伯爵が、後ろからわたしに声をかけてきた。
「……いや。なんか緊張しちゃって」
わたしがそう答えると、
「本当に緊張してるやつは、ミルクティーにパフェまで追加で頼まねぇよ。」
と、伯爵は呆れた顔を見せた。
ほんとに美味しいフルーツパフェでございました。ごちそうさま、伯爵。
「ちょうどいい頃合いですかね。行きましょうか」
古原弁護士がそう呟き、伯爵を先頭に、わたしたちはロビーを通り、エレベーターに乗った。
ドアが開くと、すぐ前におおきなガラス戸があり、そこにも「株式会社ジュピターミュージック」と書かれてある。……ひさしぶりに来たな、ここ。まさか、こんな形で再来するとは夢にも思わなかった。
わたしが物思いに耽ってるうちに、伯爵と古原弁護士はさっさと受付を済ませていた。いつの間にか受付嬢の綺麗なお姉さんから受け取った入館証の紐を、その細い首に掛けている。
「ほら」
と手渡されたそれを、わたしも首に掛ける。
「ようこそ、氷瑞様」
そこに、奥からスッと現れた白井マネージャーが声を掛けて来た。
「お待ちしてました」
そう言って、丁寧に頭を下げる。
「どうも」
伯爵は、軽く頭を下げてそれに応えた。
「こちらへどうぞ」
そう言うと、白井マネージャーはスタスタと奥に向かって歩き出した。わたしたちは、無言でその後に続いた。
*****
応接室に通されたはいいが、そこからわたしたちは三人だけで十分間ほど待たされた。
白井マネージャーは、わたしたちの分のコーヒーをテーブルに並べて「少々お待ちください」と、どこかに行ってしまった。
伯爵は、特に苛立つ様子も見せず、静かに煙草の煙を燻らせている。古原弁護士は、その隣でなにやら書類に目を通している。
わたしはどうしていいか分からず、砂糖とミルクを足されて茶褐色に変わったコーヒーを、ただただ、スプーンでかき混ぜていた。
いきなりドアがノックされた。
わたしが目を向けるのと同時に、扉が開かれた。白井マネージャーと、それから、淵本社長が入って来た。
「……おやおや」
淵本社長は部屋に入るなりそう言うと、向かいのソファーに無遠慮に腰を下ろした。
「引き抜きの仁義と聞いたが。誰が来たのかと思えば、あんただったのか、氷瑞君」
「……お久しぶりです」
伯爵は、煙草を灰皿でもみ消すと、会釈しながらそう言った。
「そうですか……」
長い足を組み替えながら、伯爵はそう呟いた。
「ジュピターミュージック。あなたの事務所だったんですね」
淵本社長は、スーツの内ポケットから煙草を取り出し、口に含んだ。横から手を伸ばした白井マネージャーが、ライターでその先端に火を着ける。
深く吸いつけたその煙を、淵本社長は、わざとらしく伯爵の顔に目掛けて吐き出した。
「わたしから殴られて、反吐を吐きながら床にうずくまってたあの小僧が……まぁ、ずいぶんと立派になったもんだな」
淵本社長は、その顔に厭な笑みを浮かべながら、伯爵に向かってそう言った。




