街へ
「お父様、わたくし街へ買い物に行きたいのですが外出の許可をいただいてもよろしいですか?」
「あ、ああ、勿論いいとも。だが、もう体調は大丈夫なのか?殿下も心配していらしたから、後で手紙でも書きなさい」
翌日、朝の身仕度を済ませたわたくしは早速外出の許可を得るためにお父様の執務室へ訪れていた。
普段は予定に決められたスケジュール以外で外出なんてしない娘の言葉にお父様は呆けた顔になりつつも、快く許可してくださった。
「……手紙。はい、わかりましたわお父様。後ほどそのようにいたします。では、わたくしの用件は終わりましたので失礼いたしますわ」
「楽しんできなさい。お前は普段からよく頑張っているから、少しくらい……いや、もっと休んでもいいくらいだ」
「ありがとうございますお父様、それでは」
パタンと、執務室の扉を閉じ己の部屋へと向かう。
自室に戻り、真っ先に目に入った机に嫌悪感を抱いた。
「手紙なんて誰が書くものですか」
誰にも聞こえない程の小さな声がわたくしの喉を震わせた。
お父様は殿下の事を過大評価している。
殿下がわたくしを心配しているですって?冗談も休み休みにして欲しいですわ。殿下はわたくしに興味なんてこれっぽっちも無いんだもの。
殿下からと言われて送られてくる手紙は全て代筆。プレゼントも当たり障りの無い流行り物で、最低限のマナーとされる頻度でしか贈ってはこない。筆跡もセンスも殿下に仕えている従者達そのもの。
つまり殿下自身がわたくしに手紙やプレゼントを贈った事は一度だってないのだ。
淑女の鑑であるならば、そのような些事に腹を立てるなど言語道断。鞭で打たれても文句を言えない。
しかし、今のわたくしはもうただの我儘な貴族の娘、アイリーン。機嫌が悪いというだけで、婚約者に手紙を書かずとも問題ない。それでどんな悪評が付こうがわたくしにはもう関係がない。
「っはぁ、いけませんわ。殿下の事を考えるだけで無性に腹がたってしまいます」
一刻も早く街へ出掛け、殿下の事など忘れてしまわなくては。
チリリンと呼び鈴を鳴らし、外出用のドレスに着替えるためのメイドを呼ぶ。程なくしてやってきたメイド達に身を預け、わたくしは早々と身支度を済ませた。
「では、行ってまいります」
「いってらっしゃいませ、お嬢様」
ハンネに見送られ、パタンとドアを閉められた馬車はそのまま静かに街へ向かって走り出した。
ぼぅっと外の景色を眺め、王都とはこんな景色だったのかと思った。今までずっと興味も無かった。いや、興味を持つ余裕が無かった。
正妃教育の担当者であるロマリス夫人は厳しいお方だ。不甲斐ないわたくしは、何度も彼女を失望させてしまった。
罰として背中や足を鞭で打たれ、痛みに耐える度に夫人に申し訳ない気持ちになった。次こそは失敗しないようにと、余計な物は全て切り捨ててきた。
「……はっ、そう言えばこれからお勉強を怠けるのはいいけれど、正妃教育はどうしましょう」
怠ける事自体は容易い。しかし、そんな事を夫人の前ですれば彼女の鞭を受け入れなくてはならない。
鞭の熱と痛みを思い出し、背筋からふくらはぎにかけて、じわりと違和感が走った。
いいえ、大丈夫よ。そもそも王宮に通うのを止めてしまえば。ええ、それがいいわよね。いかにも我儘娘って感じね。
わたくしはうんうんと一人で頷き、目的地として指定した本屋に到着するまで馬車に揺られた。




