目覚め
「――はっ、はぁ、はぁ……ふぅ……ここは……」
ベッドから飛び上がる様に起きたわたくしは、こんがらがった頭を整理するかのように辺りを見渡した。
純白の天蓋で囲われたとても見覚えのあるこの空間は、王都のタウンハウスに用意されたわたくしの自室にそっくりだった。
わたくし、帰ってきたの……?じゃあ、あれは全部夢……?
いや、それにしては何もかもがリアルすぎた。痛みも息苦しさも。
「うっ、うぇ゛……」
先ほどまでの恐怖を思い出し、口の中から胃の中身が飛び出てきた。
口の周りを濡らす生暖かい液体がネグリジェとベッドを汚していく。
それと同時に吐き戻した時のあの特有の臭いが漂い、わたくしはまたえずいた。
「……おはようございます、お嬢さ……まぁ!?た、大変!すぐに人を呼んでまいります!」
天蓋を開けて顔を出し、ベッドの上で吐いているわたくしを見たメイドはバタバタと慌ただしくどこかへ行ってしまった。
わたくしからは顔は見えなかったが、声からして幼い頃からわたくしの身の回りの世話をしてくれていたハンネだろう。
え、ハンネ……?
おかしい。ハンネは二ヶ月ほど前から怪我で足を悪くした義母の世話するために休職していたはずだ。
わたくしの知らない間に復職の話が進んでいたのだろうか。
まあ、ハンネを雇っているのはお父様だから、わたくしが知らなくても関係ないと言われればそうなので深くは考えなくていいだろう。
事前に教えてくれたっていいじゃないとは思うけれど。
「お嬢様、いまお拭きいたしますね」
「替えのお召し物をお持ちいたしました」
「こちらでお口をゆすぎくださいませ」
などと考えていると、ハンネが呼んだであろうメイド達がわらわらと集まってきて、わたくしの吐き出した残骸の後片付けをし始めた。
「大丈夫、大丈夫ですよお嬢様〜。ゆっくり気持ちを落ち着かせてください。気を落ち着かせれば吐き気もどこかへ行ってしまいますからね〜」
ベッドからソファへと移動したわたくしは、戻ってきたハンネにぽんぽんと優しく背中を叩かれてあやされていた。
ハンネにこうやってされるのはいつぶりだろうか。
もう学園も卒業した立派な大人なのに子供の様だ。
…………。
「ハンネ、だいぶ落ち着いてきたからもういいわ」
「あら?そうですか?春休暇の初日から体調を崩されるなんて、きっと寮生活で疲れが溜まっていたんでしょうね。休暇が終わればお嬢様はついに四級生ですし、このタウンハウスでしっかりお休みくださいね」
「ハンネ……?わたくし学園は卒業しましたわよ」
春休暇が終わったら四級生になる……?
ハンネがおかしくなってしまった。歳を取ると物忘れが酷くなり数日前のことも分からなくなってしまうと聞くけれど、まさかハンネがそうなってしまうだんて。
時の流れというものは恐ろしいものだわ。いつかはわたくしもハンネの様になってしまうのかしら。
「えっ、……何かの冗談かしら」
「お嬢様、歓談の途中申し訳ありませんが少しよろしいでしょうか」
将来の自分の妄想をしていると、メイドの一人が話しかけてきた。
メイドの様子からしてせいぜい、医者に診てもらうかどうかを聞きにきたのだろうと高をくくっていた。
しかし、メイドはわたくしの思いもよらぬことを言い出したのであった。
「ええ、大丈夫よ。言ってみなさい」
「ありがとうございます。本日のご予定についてお伺いしたいのですが、リク殿下とのお茶会はいかがいたしましょう。体調が優れないようですし、断りの申し入れをいたしますか?」
なかなか容姿について触れてくれませんが、アイリーンは黒髪に真紅の瞳をしたツリ目のスレンダー系美女です。
右目に星型の泣き黒子があります。