ボクシング・デイとしてじゃなくて、あなたの誕生日としてお祝いさせてください
クリスマスはどメジャーでしょうが、ボクシング・デイはどマイナーのどマイナーでしょうね。でも書きます。
アドベント・カレンダーとボクシング・デイは、日本に入るや独自の進化を遂げた。
アドベントとはヨーロッパ由来の言葉で、クリスマス前の四週間を意味する。アドベント・カレンダーはイエス・キリストの誕生日であるクリスマスまでのカレンダーで、12月1日から24日までが記された暦だ。
だが、大和では12月1日から12月31日まで、つまり12月を丸々書いたディセンバー・カレンダーに変じた。
ボクシング・デイは12月26日、数年前まではクリスマス・イブとクリスマス、大晦日と正月の間にある日でしかなかったが、二極化を遂げた。
元々は、教会が貧しい人のために寄付を募り、箱に入れられた(Boxing)クリスマスプレゼントを贈ったことから“Boxing Day”と呼ばれたという。
時代は下り、クリスマスも仕事をしなければならない、使用人や郵便配達員のための休日で、箱(Box)に入れられた贈り物を渡されたらしい。
とはいえ、東欧の島国は由来などお構いなしだ。スポーツのボクシングと綴りが同じため、クリスマスを一人で過ごす羽目になった客狙いで半額にするジムもあるし、箱を拡大解釈してぼっちとカップルどちらも歓迎しますなんてカラオケボックスでも謳っている。
孤独な民がウサを晴らすストレス解消デーであり、仲睦まじい二人が甘い空気にひたる日。極端と言えば極端だが、行事なんてそんなものだ。
だが、この二人には少しばかり違っていた。
「……どうした?」
妻である柊仁夢の笑い声に、夫である育斗は顔を向けていた。
「大したことじゃないの。私がフラレてあなたと付き合うことになって、こうして結婚するなんて、あのときは考えられなかったなぁって」
仁夢は唇に言の葉を乗せていく。
「そうか……俺たちが付き合い始めたのも、こんな日だったよな……」
育斗は五年前のクリスマスを思い出していた。
それはあまりにも唐突であった。当時会社の先輩であった湯浅政俊に呼ばれ、とあるレストランに行ったら、政俊の恋人である仁夢が待っていたのだ。ちなみに政俊も仁夢も育斗も同じ勤務先である。
彼女に話を訊いてみたら、予想外の返事が。
育斗が用があると言ってたから来たと説明をされた。
こちらもまた、経緯を語ったのち、二人の顔合わせを目論んだ男に電話をした。
つながるや、事の真相を求める育斗。そうしたらとんでもない台詞が。
仁夢の親友に乗り換えるから仁夢をやる-ー
一方的に告げると、切ってしまった。
直後、後輩は自分を殴りたくなる。聞きたくない声を、女の先輩に聞かせてしまったから。
スマホをしまうと、合図とばかりに仁夢は無理矢理口角を上げてみせた。
なんでも彼女の親友だと思っていた三芝もえぎに、政俊を奪われてしまったそうだ。
「どーせ、明日は私の誕生日だから、一人は寂しいだろうって、気を遣ったんでしょうね~」
あはは、と笑ってみせたが、痛々しい。
だが、育斗には流せぬ単語が。
「え? 吉崎さんボクシング・デイが誕生日なんですか?」
つい、尋ねていた。
「ぼくしんぐ……でい……?」
初耳であろう固有名詞をこね回す先輩に、後輩は知っている限り述べた。正直、漫画知識であったが。
-ー実のところ、情報を仕入れて得したことはない。正直、今の今まで頭の中に放り込んでいたが……
「あの、ボクシング・デイとしてじゃなくて、あなたの誕生日として祝わせてくれませんか? あ、どうせなら恋人同士として」
-ー思い返すに、もう少しマシな表現があったはず。でも、仁夢は顔をほころばせ、
「よろしくね」
きっかけはなんであれ、男女の仲になった二人。
育斗は育斗なりに、政俊たちからの悪意から仁夢を守るつもりであったが、鬼胎に終わった。
正月休みが終わり、しばらくしたら仁夢の元彼が会社を辞めたので。
新しい女に鞍替えした罪悪感で、いたたまれなくなったとは考えにくい。でも仁夢がこれ以上傷つかないのなら構わなかった。
それから育斗と仁夢は交際を重ね、絆を強めていったのだが、ある日のデート、ふと彼女は目を伏せてため息混じりに漏らした。
なんでも政俊が会社から籍を抜いたあの日、仁夢にlainが届いたとのこと。
要約すると、ロトが当たって俺が金持ちになったからって、すり寄ってくるなよ。文字の向こう側でせせら笑っているのが丸わかりの雰囲気だったそうだ。
だったらそんなlain送ってくるなよ、とここにいない元先輩に言ってやりたくなったが、受信者の面差しは晴れ晴れとしたもの。
裏を返せば、政俊が仁夢につきまとう可能性はゼロだと理解できたからとのこと。
育斗は納得し、同時に安堵した。つまり今カノは元カレに未練がないと実感したから。
恋人として二年経ち、二人は同棲を始めた。そして一年が過ぎた頃、仁夢が宣言したのだ。
「私、あなたと結婚したい」
育斗は心臓が口から飛び出すと錯覚した。彼も求めているが、まさか彼女がそこまで望んでいると想像していなかったため。
唐突な逆プロポーズを受け入れた育斗は、そのまま結婚に至った。
「ボクシング・デイが誕生日の彼女にノックアウトされたか~」
ちょうど12月26日の別名が知られてきた時期、会社の同僚にからかわれたのも、いい思い出である。
仁夢と家路につく育斗は、こっそり目を細める。
-ー会社のまともな先輩に聴いた、政俊たちの現状。
大金で暴走したバカ男は、暴飲暴食で糖尿病を発症して両足を切断。略奪女はホストに騙されて風俗落ちし、性病にかかってしまった。
なぜ断言できるかというと、秘密裏に興信所で調べたため。
仁夢が知る義務はないし、育斗も教えるつもりはない。
こちらに迷惑をかけなければ、どうでもいいから。
本当はボロボロになった略奪女出すつもりでしたが、二人の幸せに水を差す感じになりそうだったので、やめておきました。