第168話 なるほどねぇー…スイトらしいなぁ。
シャイラの強さが良く分かった。確かに宝箱の中にいるという性質上、素早さは格段に4匹の中で遅い。
が、ひと箱分、自分の身体分くらいならひょいと躱せる。
その上で多彩な戦術や搦め手などがある。ホーリィなんかは少ししょげていたけど…お前も十分に強いんだよ?
ハルもロゼリールも落ち込むホーリィを慰めているし、ホーリィも、スネークイールとの一戦で得意不得意の問題は解消されているので元気になるのにそう時間はかからなかった。
さて、俺達は12階層を今歩いているところ。相変わらず、フロックバットが大量にいるし、ちょいちょいトンネルリザードも姿を見せる。
驚いたのがトンネルリザードとダンジョンスパイダーが戦っている場面に遭遇したが、ダンジョンスパイダーが赤子の手をひねるように、トンネルリザードをいなしていた。
うちのテイムモンスター4匹がその姿を見て感服しているとなにやら照れたように頭を前脚で掻いていた姿は愛らしく見える。
そりゃ冒険者に対して友好的であんなに強かったら手出すなっていう理由も分かる。
12階層では唯一組んでいなかったホーリィとシャイラ。
フロックバットとの戦いではホーリィが石を投げて先制。そして混乱に乗じてホーリィが石を投げたり、シャイラがシャドーハンドでいなしている。
実はシャイラと一番、話をしているのがホーリィだ。
テイムモンスターになった時期がほぼ同時なのもあり、休憩時にはよく2匹で話している。
トンネルリザードと対峙した際も、シャイラが攻撃を防ぎ注意を向けつつ、ホーリィが穴を掘って、無警戒のトンネルリザードを地中から鋭い爪で一撃で仕留める。という戦術も見られた。
その戦術が見事にハマった時はホーリィもシャイラも凄く喜んでいた姿が印象的だった。
とりあえずこれで、全てのテイムモンスターがペアを組むことができた訳だが…まぁ全員強い。
それにお互いの仲が良いのも、連携が上手くいっているひとつの要因と思う。
ただ、トンネルリザードとの一戦で上手くいかないこともあるというのが分かって良かった。
対トンネルリザードにはハルは戦闘に出していないが、恐らく苦戦するだろうな。
なので後方からの支援がメインになるだろう。
12階層も難なく突破し、13,14階層も突破。
出てくる魔物も、フロックバットとたまに出てくるトンネルリザードくらいなものだ。
そして結構トンネルリザードを狩っているので、肉が飽和気味な気がするんだが…
「ちょうどいいところにダンジョンスパイダーがいるわよ。」
そう言ってリナさんはたくさん狩り、シャイラが吐き出したフロックバットを大量にダンジョンスパイダーに差し出す。
ダンジョンスパイダーはそれを見てするすると巣から降り、前脚を上げ何かをアピールする。
それを見ているハル達は嬉しそうだが…どうやらダンジョンスパイダーなりのお礼のようだ。
ダンジョンスパイダーはフロックバットを全て巣に持ち帰ると変わりになにやら綺麗な糸を差し出してくれた。
「わぁ。こんなにたくさん!ありがとうね!」
しゃがみこみ、それを受け取っているリナさんはダンジョンスパイダーを撫でながらお礼を言っている。その手には綺麗な糸が大量だ。
ダンジョンスパイダーは巣に登りこっちに前脚を振った後、巣の奥へと帰っていった。
「これはダンジョンスパイダーの糸ね。色々、餌となる魔物なんかをあげると、たまにこうやって自分が作り出した糸をくれるのよ。」
なるほどな。古くから人間とダンジョンスパイダーの間でこのようなやり取りがあるからダンジョンスパイダーは冒険者に友好的なのかもしれない。
食べられないし薬の材料にしては多すぎるファミリーバットやフロックバットを持っていたのはこの時のためだったのか。
そしてこの糸は綺麗でありながら、抜群の強度を誇っており、頑丈な衣類にもなる。そうリナさんは言っていた。
ダンジョンスパイダーと別れ、15,16階層を突破し17階層へ。
到着すると、相変わらずのフロックバット。今となっては一掃するのは容易くなっていた。
そして遠くからタッタッタッ…と軽快な足音がこちらに向かってくる。この足音は…
「ピッ!」
ハルが敵を知らせる。が、目の前に現れたのは…バウ…か?
ヘイルのバオール、サリオのガウリスと違い、毛並みが悪いな。もしかして野生のバウか?
そう思い、鑑定を行うと、《ストレイバウ》と記される。
「リナさんこいつって…ストレイバウって表示されましたが。」
「えぇ。敵の魔物ね。」
マップにも書いてあったな。フロックバット、トンネルリザード、それにストレイバウ。
10階層から19階層に現れる魔物だ。
「ヘイル君達のバウより洗練された動きではないものの、特徴は分かるわよね?」
素早い動き、鋭い爪、そして噛まれたらひとたまりもないであろう歯。これらがヘイルとサリオのバウリスとバオールの特徴だ。
という事は…ホーリィでは分が悪いか…それに近接攻撃を仕掛けるとなったらハルやロゼリールも後方からの支援にしたい。となるとやっぱり…
「すまない。シャイラ。いけるかな?」
「ぴぃ…!」
小さい声でもやる気は伝わる。シャイラは既にやる気満々だ。
カタカタと身体を揺らしながら俺の前へ出て、ストレイバウと対峙するシャイラ。
両者ともにらみ合ったまま動かない。
ストレイバウは歯をむき出しウゥー…とこちらを威嚇してくる。が、こちらに向かってくる気配がない。
対してシャイラはじっと身体を動かさずにじーっとストレイバウを静かに凝視している。
痺れを切らしたのか、タッ!っと踏み込むストレイバウ。
それに反応し瞬時にシャドーハンドを繰り出すシャイラ。
それを見たストレイバウは急に止まり、元の場所へと戻り、シャイラを凝視する。
しかし少しして、ストレイバウは伏せてくーん…と鳴いている。
「リナさん。これは…?」
「あー…シャイラちゃんの完全勝利ね。ストレイバウは賢い魔物なの。打つ手なしとみて降参したんでしょう。」
えぇ…相手を威圧してなにもせずに勝利を勝ち取ったってことですか…シャイラさん恐るべし。
あれほど尾を立て、やる気満々だったストレイバウも伏せて、尻尾はへたり込んでいる。
しかし…バオールやガウリスはテイムモンスターだから毛並みがいいし身体つきもがっしりしているのは分かる。だけど…目の前のストレイバウはなんというか…毛並みが良くないのは野生だからしょうがないが、少し瘦せている様な。
「リナさん。さっきダンジョンスパイダーに渡したフロックバットってまだ余ってますよね?」
「ん?あぁ…余ってるけど…それにその後もそこそこみんなが倒したしね?」
「それ全部貰ってもいいですか?」
「えぇ…いいけど…」
リナさんからありったけのフロックバットを受け取る。
さっき大量にダンジョンスパイダーに渡したとはいえ結構な量だな。これだけあれば…
「リナさん。ありがとうございます。シャイラ。ちょっとついて来てくれるかな?」
「ぴぃ…?ぴっ…」
そう言ってシャイラを横についてこさせて、ストレイバウの元へ歩いて行く俺。
ストレイバウは警戒しているのか、また歯をむき出してウゥー…と鳴いている。が、シャイラが横にいるので攻撃はできないようだ。
数歩、ストレイバウに近づいたところで、俺は先ほど受け取ったフロックバットを地面に置き、ストレイバウと距離を取る。
「腹減ってるんだろ?良かったら持ってきなよ。」
そう言うと、ストレイバウは立ち上がりフロックバットの元へと立ち寄り、俺を見上げる。
俺はにっこり笑ってこくっと頷くと、1匹、フロックバットを咥えて、今度は俺の元へ来て伏せる。
「くぅーん」
「そっか。腹減ってたんだなぁー。これで足りるか?」
「わん…」
俺はストレイバウを撫でながらそう問いかけると弱々しい返事が返ってきた。
毛並みはごわごわしているのは野生だから恐らく当たり前だが…やはり近くで見ると骨の形が見えずいぶん痩せているように見える。
うん。やっぱり食料が足らなさ過ぎたんだろうな。これで数日は凌げるとは思うが…
「これで何日かは大丈夫だろ?無くなる前にちゃんと魔物を狩るんだぞ?」
「わん!」
今度は俺を見上げて元気に返事をするストレイバウ。
どこか健気なその表情は最近のバオールやガウリスに似ている。
ストレイバウは立ち上がり俺の顔に頭を摺り寄せてきた。獣臭いが、不思議と悪い気はしない。自然と笑顔になった。
そして、たくさん積まれたフロックバットに山に駆け寄るストレイバウ。
「わおーん!」
今度は遠吠えをしたかと思うと3匹のストレイバウが現れた。
1匹は少し小さいストレイバウ。そして他の2匹は子犬くらいのサイズ。恐らく家族なんだろう。
「ははは!お前は家族がいたんだな!」
「わん!」
「ちゃんと家族を守ってやらなきゃダメだぞ?お前が頑張るんだぞー?」
「わん!」
「きゃん!きゃん!」
子供も俺が何をしたのか分かっているのか高い声で鳴く。俺はその光景を見て不思議と笑顔になってしまう。
ほどなくして手分けしてフロックバットを全てどこかに運び終えたストレイバウ一家。
最後にまた俺の前に来て、挨拶をして4匹のストレイバウの家族は仲良さそうに並んでどこかへ去っていった。
「ふぅー…どうにかなったなぁー。ありがとうございます。リナさん。」
「いや…フロックバットを狩ったのはハルちゃん達だからいいけど…良く分かったわね?」
「えぇ、腹のあたりが痩せていて骨が出ていたのでもしかして…と思って。シャイラもありがとな。」
「ぴぃ…」
バウは、賢く、飼いやすい。そんなことを聞いていたし、もしかしたらストレイバウも普通に賢く分かりあえるんじゃないかと思った。
実際に賢いからこそ、圧倒的な力量差があるシャイラの前に攻撃せずに伏せた。
それがなく、襲い掛かってきたらシャイラが返り討ちにしていただろう。
「なるほどねぇー…スイトらしいなぁ。」
「ダメ…でしたかね?」
「んーん。スイトらしくて…むしろ素敵だと思ったわよ?さ、どんどん行きましょ?それより…20階層についたらまずは身体を洗わないとね!ストレイバウに擦り寄られてたからちょっと匂うわよ?」
「え…?まいったな…じゃ、早く20階層に行きましょう!」
「うん!そうね!」
ダンジョンスパイダーのように人間と友好的な関係を結べる魔物だっている。それはダンジョンスパイダーだけじゃない。俺はそう思えたからこその行動だ。
実際に、無駄な戦いをせずに済んだのだから俺はこれが正解だと思う。
…他の冒険者からしたら何言ってんだ?と思われるかもしれないが…
テイマーである以上分かり合える魔物であるなら、平和的な解決がしたい。
それが実現できたので、トンネルリザードを倒した時よりも、なぜだか満足した気分になれた。
…とはいえ、確かにちょっと匂うかな…早く20階層に行かなきゃだ…
《ストレイバウ》
野生のバウ。飼いならされているバウはこのストレイバウを人が飼育し、繁殖したもの。
バウ同様、賢く、素早い。
単体で現れることもあるが、群れを成して現れることも。
トンネルリザードよりも素早く、鋭い爪、鋭い歯を持っている。
その反面、トンネルリザードよりも打たれ弱い。が、賢いので、ほとんどの冒険者はトンネルリザードよりも苦戦を強いらされる。




