●第282話●第二期遠洋探索
「イサム様、出航準備完了だ。いつでもいけるぜ」
「わかりました。では、二代目瑠璃猫号、出航!」
各所からの報告を聞き終えたレベッキオが勇へ最終報告を上げると、勇は小さく頷き出航を告げた。
「舫い解けーーっ!」
カーンカーンカーン
勇の決定を受けてレベッキオから指示が飛ぶ。
高らかに鳴り響く出航の鐘の音をBGMに、桟橋側の作業員たちが太い係留ロープを外していく。
全てのロープが解かれると、再びレベッキオから指示が飛んだ。
「サイドスラスター始動。四時の方向へ微速推進!」
「四時へ微速、ヨシ!」
操舵手を務めるマルセラが復唱し、初代瑠璃猫号よりやや大型化されたサイドスラスターを起動させると、船がゆっくりと右斜め後方へスライドしながら離岸していく。
「いってらっしゃーいっ!!」
「がんばれよ~~!」
「無事に帰ってこいよ~~っ!」
徐々に桟橋から離れていく船に向かって、港に集まった領民から歓声と見送りの声援が飛ぶ。
船員たちもそのほとんどが甲板に出てきており、桟橋に向けて手を振っていた。
前回の航海は秘密裏に行われたため非公開だったのだが、今回は領民向けに事前アナウンスがあったためお祭り騒ぎだ。
商魂たくましい商店主によって、いくつかの露店まで出ている。
「九十度回頭!」
「九十度回頭、ヨシ!」
係留されていた桟橋から二十メートル程離れた所で、今度は船がゆっくりと回頭していく。
「舵そのまま、推力一点」
「推力一点、ヨシ!」
方向転換した船は、メインのウォータージェットを始動させると、そのまま真っすぐ港の出口へと向かっていく。
「よし、港を出たな。舵十一時、推力五点だ」
「舵十一時、推力五点、ヨシ!」
見送りの声がほとんど聞こえなくなり、最近作られたばかりの消波用の人工岩礁の切れ目から出たところで、船は徐々に加速していく。
そのまま一時間も走れば陸地はほとんど見えなくなり、二代目瑠璃猫号は完全に海上の人となった。
「すごい……。本当に周り全てが海なんですね!」
巡航速度で海上を行く二代目瑠璃猫号の甲板で、アンネマリーがぐるりと周りを見渡して笑顔を見せる。
「うん。たまに島があったりするけど、これからしばらくずっとこんな感じだね」
その横に立つ勇も笑顔だ。
シャルトリューズ領への海路や二代目瑠璃猫号のクルージングなどで、アンネマリーは当然何度か船に乗っている。
しかし何れも安全性を考慮して陸地が見える近海での航海だ。
戦闘訓練であればかなりの沖合まで出ることも多いのだが、領主夫人を連れて演習に出るわけにもいかない。
勇ですら様子見のため数回乗船した程度だ。
アンネマリーが三百六十度見渡す限り全てが海という非日常な絶景に感動するのも、無理からぬことだろう。
彼女以外にも、船の大型化・戦闘力強化によって増えた船員たちの内戦闘演習に参加した者以外は、皆一様に甲板の上で目を輝かせていた。
かくして順調な船出となった二代目瑠璃猫号は、何度か大型の魔物との戦闘を行いつつ海上を南下。
前回のように嵐に見舞われることも無く航海を続けた結果、メルビナを出港して八日目の午後、目的地である船島を視認できるところまでやってきていた。
「最初の時より丸二日くれぇ早いな」
「ええ。船速も少し上がってますしおおよその場所も分かっていますからね」
「嵐にあわなかったのも大きかったですよね」
船島確認の一報を受けて、レベッキオら主要メンバーは、やや広くなった艦橋に集まっていた。この後の対応を協議するためである。
レベッキオの言う通り、一度目の航海時より二日ほど早い。
初回はゆっくりと西に動いていた船島だが、現在は北へ向けて動いている。
発見場所は前回より百キロメートルほど南西だったので、撤収後にさらに南西へ動いた後北上しているものと思われた。
初回よりもメルビナからの距離は遠くなっているので、実質三日近く時間を短縮と言えるだろう。
「このまま突っ込むか?」
「いえ、もう午後ですし、今日はこれ以上近付かないように様子を見て明日の朝からアタックしましょう。長期戦をするつもりはないですが、念のため……」
「にゃう」
レベッキオの問いに勇は待てを選択する。傍らで寝そべっている織姫が片目を開けて小さく鳴いた。
ここなら危険無し、との判断だろう。
「了解だ。――艦橋より船員へ。今日はここらで漂泊する。奴さんへのリベンジは明日の朝からだ! 以上」
勇の決定を受けて、レベッキオが伝声管で艦内にそれを伝える。
『おうよ! そいじゃあ夕飯にはご馳走を用意してやろう。景気よく前祝といこうぜ!』
『『『ぉぉぉーっ!』』』
レベッキオからの通達を受けて料理長のバルボがガハハと笑いながら返答を返すと、船内各所から歓声が上がるのが伝声管を通じて伝わって来た。
その日の夕食は、バルボの宣言通り肉あり魚ありの豪華メニューとなった。
増産を開始したウォッカもどきを使った秘蔵の果実酒・香草酒も少量だが振舞われ、半ば宴会に近い盛り上がりをみせる。
もっとも翌日に影響を残しては本末転倒なので、英気を養う程度で宴会は切り上げられ、皆それぞれに準備をしながら船上の夜は静かに更けていった。
◇
「まだ出てきませんね」
「そうですね。前回も一キロメートルくらいまで近付いたら襲ってきたので、そういう性質なんでしょうね」
「奇襲されねぇのは助かるがな」
プチ宴会の翌日。
陽が水平線から完全に顔を出し辺り一面が一気に明るくなった頃、物見からの報告を受けたフェリクスと勇、レベッキオが艦橋のある二階甲板で話をしていた。
警戒を厳にしながら微速前進。船島までの距離はおよそ五キロメートルと言ったところか。
すでにはっきりと肉眼で捉えることが出来た船島は、半年前と変わらぬ姿を見せていた。
「さて、ではそろそろ特殊戦闘配備につきますか」
「分かりました」
「了解だ。――艦橋から船員へ。これより総員特殊戦闘配備だ! 気合い入れていけよっ!! 以上」
『『『『『了解っ!』』』』』
レベッキオの通達を受けて一斉に応答が返ってくる。と同時に、船内各所が一気に慌ただしくなった。
特殊戦闘配備は、対海竜戦用の戦闘準備態勢だ。
魔物との戦闘態勢である第一種戦闘配備は全兵員がその任に当たるのに対して、特殊戦闘配備は全船員が何らかの戦闘行為に加わる文字通りの総力戦の態勢だ。
「よっしゃ、いっちょかましてやるか!」
そんな本来は非戦闘員である者の代表格、料理長のバルボが、すっかり綺麗に片付けた厨房からコックを引き連れて出てくる。
向かったのは厨房のすぐ外側。船内の左舷のもっとも外側にあたるそこは、平時は小さな窓が嵌った廊下だ。
しかし特殊戦闘配備となった場合、そこは予備の魚雷発射スポットに早変わりする。
気密性や強度の問題もあり、瑠璃猫号の魚雷は水中からではなく水上から発射される。
手動誘導弾なので、通常時は操縦者も陣取っている目視しやすい一階甲板から発射されるのだが、手数を増やしたい場合はさらにその下、地下一階船室の側面が第二発射スポットとなるのだ。
「おし、扉開け」
「へい」
バルボの指示でコックの一人が窓の下にあるレバーを回しながら、外側へと力を込めて押した。
ガゴッと言う音と共に、壁板が外側へ倒れた。瞬間ザブザブという波の音と潮の香りが飛び込んでくる。
壁は九十度倒れたところで止まった。床からそのまま外側に突き出すような形だ。
「持ってきました!」
するともう一人のコックが、ゴロゴロと台車に何かを載せて戻って来る。
「よっしゃ、とっとと設置するぞ!」
筒状の物体を手早く開口部から外側へ出して固定すれば、後装式の魚雷発射管の出来上がりだ。
ここ三ヶ月程、暇を見つけては訓練を重ねてきた成果である。
動力等は基本全て魚雷側にあるため、発射管はある程度角度調整が出来る丈夫な筒であれば良い。
推進もウォータージェットなので、射出時の爆発などにも気を使わなくてすむために出来る芸当だ。
「うにゃっ!」
「がっはっは、オリヒメ先生のお墨付きも出たぜ!」
戦闘配備が始まるや否や、各所へ慰問に出掛けた織姫が満足げに発射管をテシテシと叩く。
そのまま織姫を頭に乗せ、五メートルほど離れた場所にもう一つ同じような発射台を手際よく準備すると、バルボが伝声管で連絡をする。
「こちら左舷二十一、二十二発射台のバルボだ。準備完了したぜ!」
『了解! さすがバルボの旦那、手際がいいな』
「はっ、昔取った杵柄ってな。一発ブチ当ててやるぜ!」
レベッキオからの返答に威勢のいい返事を返すバルボ。兵士上がりの彼らしい。
『こちら船倉のエトじゃ。戦闘用魔石への切り替え完了しとるぞ!』
そうこうしていると、今度は船底で準備にあたっていたエトから完了報告が上がって来る。
『了解! エト殿もご苦労様です!』
『おう。濁ったらすぐ交換してやるから、思い切って戦うんじゃぞ?』
レベッキオの返答にそう返すと、エトは多数の魔石が埋まっている壁に向かってどかりと座り込んだ。
二代目瑠璃猫号も、初代と同じくその外装は複数の魔法陣によって強化がされている。
普段は小型の魔石を複数繋げてコストパフォーマンス重視の運用をしているのだが、前回の戦いでは一撃喰らっただけで魔力を半分持っていかれてしまっていた。
今回は船体も大きくなっており、より魔力の消費も激しくなると予想されたため、慌ただしく交換しなくても良い中型魔石を使った運用に切り替える機構が実装されたのだ。
こうして船室で戦闘準備が進む傍ら、船の中央あたりでも大きな動きがあった。
「よし、準備はいいな。これより魔法巨人を起動する。足下に近付くなよ?」
天井である甲板が開け放たれた格納庫の中で、一人の女性が魔法巨人の操縦席へ向かいながら周りに注意を促す。
女性――アバルーシの末裔であるリリーネ・ヒンカピーは、一回目の航海では乗船していなかった。
魔法巨人の操縦技術なら今でも一、二を争うのだが、乗船人数の制限もあり魔法が使える者を優先したためである。
今回は対海竜戦に魔法巨人を組み込んでいるので、操縦技術の高い彼女が追加召集されていた。
彼女が倉庫の隅にある操縦室へ入ると、しばらくして魔法巨人が起動する。
そのままゆっくり立ち上がると、この後戦闘が展開される予定の左舷側へとゆっくり歩いていく。
格納庫は中央部分だけが一段低くなっていて、停止中の魔法巨人はそこに体育座りのような安定した姿勢で格納されている。
そこから一段高い所へ上って立ち上がると、ちょうど腰から上のあたりが甲板から出る形になる。
甲板上の人や物に気を付けながら左右に腕と身体を回すように可動範囲を確認すると、小さく頷いて立膝の体勢で待機に入った。
その後も慌ただしく戦闘準備が進み、五分ほどで特殊戦闘配備が整うと、一旦停船していた瑠璃猫号が再びゆっくりと船島へ向かって進み始めた。
そして――
「っ!? 本当に来やがった!! 十時の方向に敵影。おそらく海竜! ゆっくり近づいてきます!!」
物見から、ついに海竜発見の一方が飛ぶ。
やはり前回とほぼ同じ、船島まであと一キロメートルほどまで近付いた時だった。
「ふーーーーっ。よし! 想定通り左舷から来ましたね。フェリクス、ひとまず手筈通りいきましょう」
「了解しました! 艦橋のフェリクスから各位。これより交戦態勢に入る! 魔法巨人は防御態勢に、同時に陣地構築も進める!」
大きく息を吐いた勇は、戦闘の総指揮を執るフェリクスにGOサインを出した。
指示を受けて、まずはリリーネの乗る魔法巨人がゆっくりと立ち上がる。
その手には、やや横長の大きな盾のようなものが握られていた。
一方甲板左舷では五台ある魔弾砲から次々と弾が打ち出されていた。前回の反省を活かし据え付け式ではなく可動式である。
弧を描いて飛んでいった弾は、おおよそ二〇〇メートル程まで飛んでいきドボンと着水するが、爆発するようなことは無く浮かんでいた。
浮遊機雷である。
接触する事で爆発を巻き起こす、海で使う地雷のような兵器だ。
現代地球では、海底や海中に設置してセンサーにより敵を察知して発動するタイプが主流になってきているが、流石にそんなものは作れないため単純な触発タイプだ。
これを二〇〇メートル先から一〇〇メートル先くらいまでばら撒いて、機雷水域を構築する。
致命的なダメージを与えるというよりは、接近を躊躇わせるための方策だ。
『機雷敷設完了!』
「よしっ、続いて雷導索展開!」
『『了解っ!』』
続けての指示で船体側面、地下二階船室にあたる辺りから、紐に繋がれた雷玉が次々と投下されていく。
そして投下された五本の雷導索は、流れに逆らうように瑠璃猫号を中心として放射状に広がっていった。
先端部分は、先程展開した機雷水域の少し内側辺りまで伸びている。
今回のために改良をした、自走式雷導索だ。
先端部分に小型のウォータージェットが搭載されており、船内から操縦できるようになっている。
海竜には雷系の攻撃が効果的だが、これまでの雷導索では流れに任せた近距離でしか運用できなかった。
改良を施したことで、ある程度自由に展開する事が出来るようになっている。
船の近くに機雷を設置すると、近くで爆発した時に船体がダメージを受けてしまう可能性が高い。
それを防ぎつつ海竜から船を守るために作られたのが、この自走式雷導索だ。
さほど高度な技術を要するわけではなく危険も少ないため、こちらの運用も非戦闘員が担っていた。
『雷導索展開完了!』
「よし。そのままを維持。頼んだぞ!」
『了解です!』
フェリクスからの返答に、そんな非戦闘員たちから元気な答えが返ってきた。
「敵の動きは変わらず! 残り五〇〇!! っ!? 顔を出しやがった! 海竜ですっ!!」
物見から速報が飛んでくる。
いよいよ海竜が水面から顔を出し、攻撃態勢に入ったようだ。
「四〇〇まで来たら射槍砲で威嚇射撃開始。三〇〇で爆裂弾もお見舞いしてやれ!!」
『『『『『了解っ!!』』』』』
フェリクスの指示に威勢の良い返事が返ってくる。
合計十門。二代目瑠璃猫号の主兵装の一つなので、担当する兵も多い。
バシュシュシュッ!!
まずは射槍砲が唸りを上げた。
こちらも前回の反省を受けて、三連射できるように改良されている。
それが五門。数秒ごとに三本の投槍が高速で飛来する様は、中々に壮観だ。
「ギョァァァァッ!!」
大きなダメージは受けていないものの絶え間なく飛んでくる槍に、海竜が不機嫌そうに吼える。
それでも止まる事はないが、ややその足が鈍った。
ボシュッ! ボシュボシュッ!!
少し距離が縮まったところで、今度は魔弾砲が火を噴いた。
ドカンドカン!!
飛んでいった爆裂弾が、海竜の体表で次々と爆発する。
前回使ったのは通常の爆裂玉で、時限式で爆発する物だった。
そのため、機雷もどきとしては有効でも砲撃としてはほとんど使い物にならなかった。
今回はその反省点を活かし、接触信管のように着弾時に爆発するように改良が施されていた。
「ギョルルゥゥゥゥゥッ!!!」
強威力の爆裂魔法の直撃を受けたようなものなので、さしもの海竜も苦悶の声を上げた。
「よし、改良型の爆裂弾は効果ありですね」
その様子に、思わず勇が小さく拳を握り締める。
こうして、対海竜のリターンマッチは、人間側の先制攻撃によって幕を開けた。
週1~2話更新中。
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