●第260話●探査気球を飛ばせ
以前作った、人を乗せる観測用気球はその後何機か増産され、マツモト領とクラウフェルト領で日々の領地の安全のために十分に機能している。
しかし課題が無いわけではない。
まず、とにかく大きさが巨大である事だ。
なにしろバルーンの直径は十メートル近い。本体そのものの大きさも厄介だが、それを展開して膨らませ、使えるようにするためには、それよりも広くて安全で平らな場所が必要である。
土地自体はいくらでもあるこの世界ではあるが、安全な土地は驚くほど少ない。
拠点となる街の周りを定点観測する場合は問題ないが、少しイレギュラーな場所で運用しようとすると途端にハードルが上がってしまうのだ。
二点目は、安全性を担保しようとした場合の利用条件が、思いのほか厳しいことだ。
人が乗る以上は安全面に考慮するのは絶対条件だが、強風や雨、雷などの天候面はかなりシビアである。
また、より広範囲を見ようと高度を上げようにも、人が乗る以上限界高度は思いのほか低い。
そして三点目。運用に必要な人数が多い上、その人選のハードルも中々に高い点だ。
そもそも飛ばすための準備が大掛かりなので、最低限必要な人員が多い。
街の外で打ち上げる場合は、準備中も打ち上げた後も、地上の安全性を確保するための警備体制も必須になる。
ようやく苦労して空に上がったと思ったら、空にも当然魔物がいる。
むしろ、こちらはまともに動けないのに自在に空を飛べる魔物ばかりが襲ってくるので、地上よりもその脅威度は高い。
織姫がやったような接近戦は、とても人が真似できるようなものではないので、数少ない魔法による戦闘が出来る者が必須になってしまうのだ。
いずれも今の利用方法だけであれば致命的ではない。
が、さらなる活用を目論む勇たちにとっては、解決せねばならない課題だった。
気球の実験を行っていた当初から勇が考えていたのは、正確な地図作成への活用だ。
この世界でも地球でも、昔から地図や地形情報というのは超重要情報だ。特に軍事的な価値は非常に高い。
当然精緻な地図は出回っていないため、必要であれば自ら作るしかない。
各貴族家は、昔からコツコツと自らの足で自領の地図を作ってきているが、魔物の脅威があるため地図的な空白地は非常に多い。
これを上空から見渡して地図を作る事が出来るようになれば、危険性も必要な労力も劇的な削減が見込める。
足元の細かい様子などまでは分からないが、十分に精度の高い地図が作れるだろう。
それにはもっといろいろな場所で気球を上げて、観測をする必要がある。
高度を上げればある程度遠くまで見渡すことは出来るが、それにも限界があるし、遠方はざっくりとした地形しか分からないので精度的にも問題がある。
そのため試作当初より、よりコンパクトで危険性の少ない観測用気球を作りたいと勇は考えていた。
それに拍車をかけたのが、例の小型船に端を発した外洋探査計画だ。
ほとんど情報が無い未開の大海原に繰り出すのだから、周りの状況は出来る限り広範囲で正確かつ迅速に把握したい。
海上は起伏が無いので、マストトップからでもある程度の距離は確認出来るだろうが、船上から観測気球を上げることが出来れば、その効果は大きい。
また、割り出した目標地点の座標が正解からずれているだろう事も、船上用観測気球の需要を後押しした。
その場所の大きさ次第だが、小島レベルの大きさがあれば、多少座標がずれていても上空からなら発見できる可能性が高まるだろう。
「さて……、じゃあいよいよ動作確認ですが……。ドレクスラー、大丈夫ですか?」
魔法巨人のパーツに問題が無いかの確認を終えた勇が、少々歯切れ悪くドレクスラーに尋ねる。
「……ええ、準備自体は整っていますが、アレがまだゴネてまして……」
聞かれたドレクスラーの返事も歯切れが悪い。
「ぎゃーーっ、嫌っすーーっっ!! 胴体がちょん切れたヤツを操縦したら死んじゃうっすーー!! なんでわたしがーーっ!!」
「ああ、やっぱり……」
歯切れが悪くなった原因が聞こえて来て、勇が小さくため息をつく。
「お前が手遊びで負けたからだろうが!! この期に及んで往生際が悪すぎるぞっ!!」
「ぎゃー、おーぼーっす!! はっ!? 五回勝負だったのが駄目だったんっす! 十回勝負っす、十回勝負で勝負するっす!!」
「しつこいぞっ! そもそも一回勝負のはずが三回になり五回になったのもお前の我儘だろうがっ!」
叫び声の主、ティラミスがなおも抗議の声を上げるが、それを諫めるフェリクスに聞く耳は無いようだ。
どうやら手遊び(この世界のじゃんけん)でルールを何度も変更したもののやっぱり負けて、何かの担当になったらしい。
「……申し訳ありません。すぐに準備させますので」
「……お願いします」
渋面して説得に向かうドレクスラーに、こちらも渋面しながら答える勇。
ティラミスが何を騒いでいるかと言うと、“著しく部品が欠損した状態における魔法巨人の起動試験”であった。
◇
今回勇達が観測気球に載せようと画策していたのは、第二世代魔法巨人の頭部だ。
遠距離から無線で操作できるうえサーモグラフィーまで完備しているので、観測カメラとして非常に優秀である。
ベストなのは、その魔法陣と機構を読み解いた上で更に小型なものを新たに作ることだが、残念ながら画像認識回りの魔法陣は読めない。
そこで、先のズンとの戦争時に持ち帰っていた、胴体と頭部以外が大破したままとなっていた魔法巨人のパーツをそのまま使う事にした。
頭部だけであれば大きさもコンパクトだし、あまり金属素材が使われていないのでそこそこ軽量だ。
もう一つの重要機構、操縦者の意識と魔法巨人をリンクさせる魔力パスをやり取りしている部分は、胸パーツの奥にある。
装甲を厚く出来る部分であり、人間の心臓と近い位置にあるため人が操縦した場合に防御がしやすいので、納得の搭載箇所だ。
ただし残念ながらこの機構も飛び切りのブラックボックスとなっているため、頭部だけではなく胸の一部も搭載する事と相成った。
さて、言わずもがなこの魔力パスは、人の意識を魔法巨人に憑依させることで意のままに操るというとんでもない技術だ。
物理的に人型のロボットを操縦しようとすると、恐ろしく操作が複雑になるはずの所を一挙に解決してしまっている。
そして違和感なく動かせるようにするためか、魔法巨人側の挙動もある程度人の意識側にもフィードバックされていた。
物を持った感触がなければ握り潰してしまうだろうし、足の裏の感触が無ければ上手く歩くのも難しいだろう。
そのため、機体が攻撃を受けた場合の衝撃も、操縦者にフィードバックされていた。
ありがたかったのは、受けた衝撃そのままを伝えるのではなく、かなり減衰されて伝わっていた事だろう。
模擬戦をした勇の感覚では、おおよそ五分の一から十分の一程度にはなっていた感じだ。
攻撃を受けたら痛くて動けなくなるのでは、兵器としての使い勝手があまりにも悪い。
かと言って攻撃を受けたことが分からないのもよろしくない。
戦闘に使う事を想定して作られた“兵器”なので、その辺りはしっかりと考えられているのだろう。
もっとも、どうやって攻撃のみを上手い事減衰させているのかは全く不明だ。
相変わらず「魔法すげーな」と思う勇であった。
そんな仕様のため、緩和されたとしても胸から下が切断された状況をフィードバックされたら、相当な痛みになるであろうことは想像に難くない。
先の戦闘で大ダメージを受けた機体はこちら側には無かったため、幸か不幸かどの程度フィードバックされるかは未知数だった。
倒した魔法巨人を操縦していた者たちの証言を聞く限り、ある程度の衝撃や痛みはあったものの大したことは無かったらしいのだが……。
そこで、意を決したドレクスラーが右腕だけが破壊された機体で試してみたところ、大きなフィードバックは無い事が分かった。
右腕の存在感が希薄になったような麻痺したような妙な感じはするが、強い痛みなどは発生しなかったという。
その結果を受けて、本日いよいよ胸と頭部だけになった魔法巨人の起動試験を行う予定になっていた。
しかし、ほぼほぼ安全であろうことは分かってはいるものの、そうではなかった時のリスクの大きさに誰が実験をするかで少々揉める。
公平に手遊びで決めようとティラミスが言い出し、言い出しっぺが負けるという予定調和をかまして現在に至っている訳だ。
騎士団は真のフェミニズムを貫いているので、決まったからには年齢や性別など関係無いのが清々しい。
ちなみに最初は勇がやると言ったのだが、貴族家当主にそんな真似はさせられないと全力で止められての結果である。
「うぅキキ、わたしが死んだら後は頼んだっすよ……」
「みゅみゅーー!!」
ようやく諦めて、ドナドナをBGMに広場の脇に停めてある操縦席が格納された荷車へと向かうティラミス。
その肩にのった愛猫のキキは、ティラミスの悲壮な決意などどこ吹く風で嬉しそうだ。
「じゃあ起動させるっす! そちらもお願いするっす!」
操縦席へ乗り込みながらティラミスがそう告げると、魔法巨人脇のエトが返事を返す。
「了解じゃ」
魔法巨人の延髄あたりにある蓋を開け、起動用の魔石に触れた。
ギュイン、ギュイン
エトが起動させて数秒後、胸の一部から上だけしかない魔法巨人の顔が、ゆっくり上下左右を見回すように動きはじめた。
「お、問題無く動かせているようですね」
「そうだね。魔力パスのやり取りをする部分が、胸の上の方にあって助かったよ」
「うむ。おかげで随分と少ないパーツで済んだわい」
スムーズに動く魔法巨人の顔を見て、勇とヴィレムとエトが満足そうに頷く。
「ふーーーー、今まで生きてきた中で一番緊張したっすよ……」
「みゅいーー!」
数分間テストしていたティラミスが、キキと共に荷車から出てきた。
「ティラミス、お疲れ様でした。万一、”切断されているという情報”が操縦者にフィードバックされやしないかとヒヤヒヤしてましたが、何事も無くて良かったですよ」
ティラミスを労った勇は魔力パスの再設定を行うと、今度は自身でも試してみる。
ドレクスラーの言ったように、欠損部分が軽く麻痺しているような感覚はあるが、それ以外は特に問題無く視界もクリアーだった。
「うん。これなら全く問題無いですね。じゃあいよいよ飛ばしてみますか」
「よしきた」
魔法巨人側には問題無いと判断した勇の号令を受けて、エトとヴィレムが中心となり、騎士や研究所付きの兵士に指示を出していく。
研究施設で行っている実験は原則全てが機密情報に当たるため、一般住民を助手のように雇うことはまだ出来ない。
どんどん軍事施設っぽくなって来たなぁと思って苦笑しながら、勇はテキパキと動く騎士達の様子を眺める。
「バルーンの準備完了です!」
「係留縄準備完了しました!」
「魔法巨人の固定完了!」
これまで幾度となく気球を上げて来ているので、皆慣れたものだ。
繰風球を使って効率よく熱風を送りながら、二十分とかからず気球が立ち上がる。
「では私は魔法巨人の方へ行くので、起動したら上げてください」
「了解じゃ」
気球の準備がすべて整ったのを確認した勇が、エトらに声を掛けて再び魔法巨人の操縦席へと戻る。
「――よし、起動したな。ヒーターの威力を一段階アップしてくれ。…………よし、浮いたな。いくぞい?」
ギュイン
エトの確認に、魔法巨人の頭部が頷くように首を縦に振った。
「じゃあ上げてくれい!」
「「「「「了解っ!」」」」」
エトの号令に答えた兵士たちが、係留ロープを持つ力を少し緩めると、するすると音もなく気球が上昇し始めた。
「よーーし、こんなもんでええじゃろ。高度維持じゃ!」
「「「「「おう!」」」」」
十メートル程上昇したのを見て再びエトが指示を出す。
兵士たちが手に力を込めると、気球の上昇がそこで止まった。
そのまま五分ほど高度を維持すると、三度エトから指示が飛んだ。
「よし、そろそろ下ろしてくれ!」
「「「「「了解!」」」」」
兵士たちがぐっと腕に力を込めてロープを引いていき、気球が地面へと降りて来る。
「いやぁ、ばっちりですよ!」
程なくして操縦席から戻って来た勇は、満面の笑みだった。
「ただ後ろを振り向くことが出来ないので、やはり制御用のコントローラーは必要ですね」
交代で上昇・下降を繰り返す気球を見ながら勇が課題を口にしていく。
今回は初飛行だったため、上昇下降含めて全て地上側でコントロールをしていた。
単純に飛ばして下ろすだけなら、これで問題は無い。
高度の調整も、多少面倒ではあるが魔法巨人との接続を切ってお願いしたらよい。
しかしこのままだと、見渡せる範囲が課題になる。
魔法巨人は人の意思で人と同じ動きをするので、大きく人から逸脱した動きは出来ない。首を振れる範囲は、おおよそ真横までだ。
視野角もほぼ人と同じなので、視認できる範囲は周辺視野まで含めれば三百度弱、しっかりモノを認識できる有効視野となると百八十度といったところだろうか。
観測のための装置としては、それだと少々スペック不足だ。
観測者がゴンドラに乗った人間であれば体の向きを変えれば済む話だが、胸から上だけが固定された魔法巨人ではそれは出来ない。
どうにかして方向転換できるギミックを実装する必要がありそうだ。
もっとも単純な解決方法は振り返る動きが可能になる範囲まで、魔法巨人のパーツを増やす事だ。
しかしそれをやると、大きく重くなってしまうので本末転倒である。
ターンテーブルのようなものに載せて回転させる手もあるが、回すための機構も必要になる。
こちらも単純なのは腕を生やすことだが、片手では厳しそうだ。
かといって地上から方向を制御するのも困難が予想される。
結果として辿り着いたのが、人が乗る気球にも搭載されているコントローラーによる制御だ。
これであればボタンを押すだけなので、コントローラーを体に固定しておけば片手だけで操作できる。
上昇下降などの機能も盛り込むことが出来るので一石二鳥だ。
バランスが悪くなるのでその辺りの調整は必要だが、重量増加は最小限で済むのもありがたい。
そんなこんなで様々な機構の追加や調整を繰り返すこと十日ほど。
小型化に成功した、無人観測気球が完成するのだった。
◇
「おおーーー! これは壮観ですね!!!」
「とても綺麗ですね!」
丘の上から眼下を見下ろし、勇とアンネマリーがその美しさに溜息を漏らす。
「ありがとうございます。魔法巨人をお借りできたので、かなり楽に作業が出来ましたよ」
その隣に立つ、ザンブロッタ商会のシルヴィオ――この度副商会長に昇格したらしい――が、満足そうな表情で礼を口にする。
勇達が立っているのは、先日オリーブを植えた場所から少し離れた所にある丘陵地帯の一角だ。
オリーブや特産の菜の花が植わっている所より少々勾配がキツイ。
そんな斜面の一角に、それは広がっていた。
階段のように整地され、一定の間隔で縫うように細い道のようなものが見える。
そして最も目を引いたのはその表面。まるで鏡のように晩春の陽光を受けて輝いていた。
よく見ると、薄っすらと水が張られているようだ。
日本人であればすぐに気付くそれは、田んぼ――棚田である。
週1~2話更新予定予定。
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