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●第259話●小型魔道船

 翌朝。四の月も後半になり、薄っすらと明るくなってきたばかりのこの時間でも、寒さはほとんど感じない。

 そんな穏やかな早朝の海岸に、賑やかな声が響いていた。


「よっしゃ! そのまま下ろしてくれ!」

 海岸から伸びる桟橋の中ほどで、レベッキオが指示を出す。

 それに頷いた二体の魔法巨人(ゴーレム)が膝上まで水に浸かりながら、持っている舟を慎重に水面へと降ろしていく。

 水深は二メートル程か。

 元々膝下までの簡易防水仕様だったのを、股下付近まで防水仕様にアップグレードした機体による作業だ。


「よ~し大丈夫だ。おい、ひとまず舫いを繋いどけ!」

「はいよ!」

 船が無事着水したのを確認すると、係留用の杭と船体をロープで繋いでいく。


「うにゃにゃーー!」

「みゃーー」

「ニャーー」

 そのロープの上を、三匹の猫たちが軽やかに渡っていった。

 先頭は織姫。その後ろをついて行ったのがティラミスの愛猫キキと、マルセラの愛猫ジャックだ。


「うふふ、オリヒメちゃんも嬉しそうですね」

「最近はこっちの村に来る機会も多かったからね。浅いところにはだいぶ慣れたかな」

 水嫌いの織姫が楽しそうに船で遊んでいるのを見て、アンネマリーと勇が目を細める。


「水深は結構ギリギリだな……。おい、もうちょい先まで移動させて繋ぎ直しといてくれ!」

「わっかりやした~。お? オリヒメ様たちも乗ってくか?」

「「「にゃーー!」」」

 船の下を覗き込んでいたレベッキオが再係留の指示を出す。


 今回試作した船は、以前ルサルサ河などで乗船した双胴船ではなく普通の単胴船なので、喫水は深くなっている。

 ウォータージェット推進なので浅瀬には強いが、それでも水深二メートルというのは結構ギリギリのラインだろう。


「うん。桟橋を伸ばして浚渫して良かったな」

 それを見ていた勇が満足そうに頷いた。


 今いる桟橋は、少し前に水上バイクの試験の為に作ったところで、村にある海岸からは少し離れた場所にある。

 村にある海岸は遠浅の砂浜になっているので、喫水の深くなる外洋船には向かない。

 砂底がある程度沖合まで続くので、浚渫するにも具合が悪かった。


 その点今いる場所は、海岸付近こそ砂地が混ざるものの、少し先からは岩場だ。

 なので、水上バイクの海上実験と並行して、魔法による浚渫と桟橋の延伸を行っていた。

 天地杭(グランドスパイク)が海底から生えたので、泥化(マッドネス)も海底に使えるはずと踏んだのが図に当たったのだ。


 泥は潮の流れが自然と押し流してくれるので効率よく浚渫を行う事が出来、現在は最深部は水深十メートルに迫ろうとしている。

 ただ、ここまでくると水上からでは魔法が届かなくなってきているので、水温が上がったら海中での作業が可能か試してみる予定だ。


 ちなみに最初は、単胴船ではなく双胴船にする想定だった。

 揺れも少なく安定しているし、レベッキオ達が作るのに慣れているからだ。

 そこで、どの程度海上に対応できるか試してみようという話になり、勇がかつて魔改造した外輪船タイプの川船でメーアトル河を下り、海に持ち出して試走を試みた。

 

 結果、双胴船の使用は止めようという事になる。

 内海では揺れも少なく安定してよいのだが、外海の高い横波に対して弱く、大きなうねりがあるとダイレクトに船体が傾きまともに運用が出来そうにないのだ。


 しかし単胴船についてのノウハウを、レベッキオたちはあまり持ち合わせていない。

 もちろん小さな船なら何度も作った事があるが、外洋に出る船となると話は別である。


 そこで白羽の矢を立てたのが、王国では数少ない海上貿易を行っているシャルトリューズ侯爵だ。

 現時点の王国で最も外洋船に精通しているのは、かの領だろう。

 ダメもとで、交換条件にとある魔法具を提供するから参考に船を見せて欲しいと打診したところ、なんと快い返事が返って来たため、有難く見学させてもらったのだった。


 ちなみに提供した魔法具は、魔道ギターをはじめとした魔道楽器ひと揃えだ。

 先日の大評定で王都へ行った折、シャルトリューズ侯爵もクラウフェルト家のタウンハウスを訪ねてきたのだが、その時にたまたま勇が魔道ギターを弾いていた。

 聞き慣れない楽器の音に侯爵が興味を示したので簡単に説明をしたところ、可能であれば譲ってもらえないかと言われていたのだ。

 その時点では検討するという事で持ち帰っていたのだが、今回それを交換条件として提示したのである。


 どうやらかの侯爵はとても音楽好きで、自身でも楽器を演奏するくらいらしい。

 ギターを手にして、まるで玩具を手に入れた子供のような笑顔を浮かべていたのが、勇の印象に強く残っていた。


 と、そんな経緯を経て出来上がったのが、現在目の前に浮かんでいる試作艇である。


 ほぼ木製で、表面は水上バイクと同じように防水性のある魔物素材でコーティングされ青色だ。

 今後量産化と民生品化を考えているので、今の時点ではまだ強化の魔法陣は施していない。


 使っている木材は、レベッキオ達のお膝元であるヤンセン子爵領で採れる上質なものだ。

 良い川舟には地球で言うヒノキに似たベロアサイプレスという高級木材を使っているそうだが、今回は海用という事で外装部分はゴールドシダーという木を使用している。

 ゴールドシダーは地球のヒバに似た木材で、ベロアサイプレスより硬く防水性が高いのが特徴だが値段は倍以上だ。

 こちらも量産化を考え、使用は外装のみに留めてコストダウンを図っている。


「乗ってみるとそこまで狭さは感じないですね」

 早く来いとばかりににゃあにゃあと鳴く織姫に促されるように、勇が舟へと乗り込む。

「見た目は川舟と違ってだいぶ細長ぇからなぁ。まぁそこそこ長さはあるから、乗って見りゃ案外広く感じるかもな」

 一緒に乗り込んだレベッキオが、最終点検をしながら答えた。


「さて、んじゃ軽く走らせてみるか。マルセラさんよ、準備は出来てるか?」

 一通り点検を終えたレベッキオが、船体のやや後方にある操縦席に座るマルセラに声を掛ける。

「ええ、問題無いわよ」

 同じように操縦席周りを最終点検していたマルセラが笑顔で答えた。


 水上バイクの時から引き続き、魔道船のテストパイロットは一貫してマルセラが務めている。

 勘が良いのはティラミスも同じだが、マルセラの方が慎重さと大胆さのバランスが良いためだ。


「おし。舫い解け! 出るぞ!」

「へいっ! ……離岸、ヨシ!」

 レベッキオの掛け声で舫が解かれ、船員が桟橋を蹴ってゆるりと船が桟橋から離れる。


「右十度、微速前進!」

「右十度、微速前進、ヨシ!」

 続けて出された指示に答えたマルセラが、水上バイクのものを流用した操縦桿を右に切りながら、ウォータージェットの出力を少し上げる。

 船に伝わる振動が少しだけ増し、舟がゆっくりと前進を始めた。


「うん。二つとも順調だね」

 舟の最後部で後方を見ていた勇が満足そうに頷く。


 今回の試作艇には、水上バイクのものと同じ魔道ウォータージェット推進器が二機、船体後方に搭載されている。

 この大きさの舟であれば一つでも問題は無さそうだが、最終的に作ろうとしている船はもっと大型なので、技術検証も兼ねて最初から二機搭載された。


 また、現在は左右の推進器の出力と方向を同調させているが、少し手を加えればそれぞれ独立して制御できるようにしてあった。

 ウォータージェット推進方式の大きな特徴である、柔軟な操縦性を実現するためである。

 二つの推進器の角度や出力を調整する事で、急旋回はもちろん真横へ移動したりその場で回転したりといった、普通の船では不可能な挙動が可能だ。


 もちろん船体への負荷もあって無制限に行えるわけでは無いし、コンピューター制御なども無いので操縦者の技量も必要だが、大きな武器になる事は間違いないだろう。


「よし、そろそろ入り江を抜けるな。マルセラさんよ、徐々に速度を上げていってくれ」

「速度上昇、ヨシ!」

 凪状態の入り江を五分ほど航行していると、入り江の切れ目が見えてきた。

 レベッキオの指示を復唱するマルセラの表情にも、少々緊張の色が見える。


 入り江を抜けた試験艇は速度を上げ、数分で最大巡航速度に達する。

 実測で作った速度スケールで、およそ時速三十キロメートル、ノットにすると十五ノットくらいだろうか。

 推進器のキャパシティ的にはもっと速度は上げられるのだが、舟の強度等の安全面を考慮してこの速度を仮の巡航速度としている。


「この程度の波とかうねりなら、問題無いですね」

 少々の風とうねりのある中、水しぶきをあげてゆっくり旋回する船上で勇が頷く。

 

「そうだな、少し風がある程度なら楽勝だな。よし、少しぶん回してみるか。マルセラさん頼むぜ!」

「ぶん回し、ヨシ!!」

 勇の言葉に同意したレベッキオから、マルセラに新たな指示が飛んだ。

 復唱したマルセラは一度ペロリと唇を舐めると、さらに速度を上げた。


 振動と水飛沫の量を増しながら数秒進むと、マルセラがこれまでより大きく操縦桿を左に切った。

 ザバァァァと派手に船側から水を巻き上げながら船尾が大きく右に流れ船首が左を向く。


 一度舵を戻して船体や推進器に問題無い事を確認すると、今度は右に、そしてまた左にと交互に舵を切ったり速度を上げたり下げたりしながら、文字通り船をぶん回すマルセラ。


「ぉぉぉぉおおっ!!!」

「うおおおおっっ!!」

 身体にGがかかる度、同乗している勇や船員から声が上がる。

 座席に備え付けられたアシストグリップをしっかり握っていないと、身体が持っていかれそうだ。


「うにゃにゃにゃーーーーっ!!」

 船首付近にいる織姫は、さすがのバランス感覚で楽し気に声をあげてはしゃいでいる。

 少し前までは小型の船には乗りもしなかったのに、大きな変化だ。


 そのまましばらく派手な運転を繰り返した試験艇は、十五分ほどのテスト航行を終えて桟橋へと戻って来た。


「お疲れ様でした」

「おっととと、まだフワフワしてるな」

 桟橋で出迎えてくれたアンネマリーに手を借りて下船する勇。

 乗物には強い方なので酔ってはいないが、派手に上下左右に振られたため少々足下がおぼつかない。


「うん。基本的な構造はこれで問題ねぇな。後は大型化していくのと、船室やら船倉をどうするかだな」

 ひょいと船から飛び降りたレベッキオが、外装に問題無い事を確かめて言う。


「そうですね。次はこれより一回り大きいサイズ――大体十五メートルくらいですかね。それを作って、そいつには船室とかを組み込みましょうか」

「だなぁ。いきなりデカいのを作るより、そんくらいのを間に挟んだ方がいいな」

「ええ。今回のサイズのものも最終的には脱出艇や偵察艇に転用できますし、一回り大きなものは漁船に丁度いいですからね」

「ああ、なるほど! そういう使い方もあるか。そりゃあ無駄にならなくていいぜ」

 勇の言葉に白い歯を見せてレベッキオが笑う。


「この試作艇は、推進器を個別操作できるように換装するので、マルセラは操縦訓練をお願いします」

「了解です! 水上バイクより長さがある分クセもありますし、推進器が二つとなるとさらにクセが強いでしょうから、頑張ります!」

 試作二号艇を作っている間に、一号艇による複数推進器の操縦訓練を行う。

 最終的な探索船も複数推進器を想定しているので、操作方法をマスターするのは必須だ。


 また、小型船のほうがエネルギー効率的にも水の抵抗的にも高速船には向いているし、トリッキーな挙動による船体への負担も少ない。

 スピーディーかつアクロバティックな操船が出来るようになれば、応用範囲は広がるだろう。


 こうして、じっくり時間をかけて作った試作一号艇に手応えを感じた勇とレベッキオは、いよいよ外洋探査艇の開発スピードを上げていくのだった。



 その後二日かけて、一号艇を複数推進器独立制御方式に換装した勇は、その後も休む間もなく次の魔法具開発へと乗り出していた。


「これくらいの大きさがあれば、どうにかコイツをのっけても飛ばせそうじゃな」

「そうですね。頭部だけでいけたら良かったんですけど、胸辺りまでは必要なので仕方がないですね」

「まぁそれでも人が乗るよりは軽いし、何より安全だからいいんじゃない?」

 エト、勇、ヴィレムのいつもの三人が、森の中にある巨大プール併設実験施設の外で、大きな風船のようなものを囲んで話をしていた。


「そうですね。前に作ったやつの半分くらいの大きさにはなりましたし、これなら船の上でもなんとか運用できるはずです」

「海の上は周りに何も無いからの。空から確認出来るかどうかは大違いじゃな」

「例の舟の出発地点は、大きさも分からないし海流やらの影響で計算結果との誤差もあるだろうからねぇ。遠くを確認出来るのは大きいね」

 風船の近くに転がっている、ヘルメットを被った人の頭のような物――第二世代魔法巨人(ゴーレム)の頭部パーツにも目をやりながら、なおも三人は会話を続ける。


 新たに勇達が着手していたのは、魔法巨人(ゴーレム)の頭部を流用した、無人の探査気球だった。

週1~2話更新予定予定。

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― 新着の感想 ―
ゴーレムに移した意識で頭は気球に乗っけて腕は自動筆記で報告先へって分割はできるのかな
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