●第258話●痛魔動車?
「……すみません、取り乱しました。急にどうされたんですか? いやまぁ、聞くまでもなさそうですが、領地を空けて大丈夫なんですか?」
思わず大きな声を出してしまったことを謝罪しつつも、渋い表情で三人の当主に問いかける。
「魔動車なら半日かからんからな、大丈夫だ」
「私の所からも似たようなものだな」
「なに、夜通し走れるから早いもんや」
何も問題無いと答える三人だが、約一名はどう考えても問題大ありだろう。
その証拠に、ザバダック辺境伯の魔動車では、運転手と思しき騎士が、運転席で白目を剥いて爆睡している。
「そこの司教、いや大司教だったか? が、またぞろ面白そうなことを始めるっつうじゃないか? せっかくだからウチも嚙ませてもらおうと思ってよ」
「うむ。クラウフェンダム教会への旅行も人気だったが、オリヒメがヴェガロアに移ったからな。すぐに人気になるのは目に見えておる。乗らぬ手はあるまい」
「ウチの領からだとクラウフェンダムは距離が遠くてな。これまでの馬車旅では高い上時間がかかるから敷居が高かったが、魔動車を仕立てるなら話は別や」
三人の言葉を聞いてみれば、やはり発端はベネディクトのようだ。
「なるほど……。教会としては大丈夫なんですか? 領主や一部貴族との癒着は禁止されているんじゃ?」
「ほっほ。あくまで領主様方にご手配いただいた魔動車の発着場所を教会にする代わりに、幾ばくか喜捨を頂くだけですので。何も問題はございませんよ」
ジト目で問う勇にしれっと答えるベネディクト。
そこまで宗教に熱心ではない文化とは言え、特定の権力と宗教が結びつくのはあまりよろしくはない。
国からしたら反社会的な集団になる可能性に目は瞑れないし、教会側としてもいらぬ疑いをかけられるのは避けたいところだ。
そんな両者の思惑が一致し、直接的な癒着は禁止されている。もっとも、抜け道はいくらでもある。
織姫のご神体関連も、“貴族家の使い魔”であればアウトだが、“神の使徒”であるからセーフと言う、なんとも胡散臭い道理だ。
そしてその手の言い訳はベネディクトのもっとも得意とするところであった。
「はぁ……、まったく。で、この痛車、いやよく見たらそうじゃないのもあるな……。この派手な魔動車は一体??」
ため息交じりにあらためて三台の魔動車を見た勇が小さく首を傾げる。
遠目に見た時は、全て日本で偶に見かけたアニメや漫画のキャラクターが全面に描かれている“痛車”のように見えたが、どうやらそうでは無いようだ。
「せっかく聖地巡礼専用に魔動車を仕立てるなら、見た目も特別なものにしたらどうかと司教に言われてな」
「言われてみれば特別感のある乗物で行ったほうがええからな。安いもんでも無いんやし」
「それぞれが趣向を凝らせば話題にもなる。巡礼まではしない者も、見て楽しむことが出来よう」
三者が淀みなく答える。
「……焚きつけましたね?」
「いえいえ。私めはあくまでご提案差し上げたまででございます」
ジロリとベネディクトに視線を送りながら勇が言うが、相変わらずのらりくらりと躱されてしまう。
「そんなことよりも、だ。イサムの目から見て私の巡礼魔動車の出来栄えはどうだ? ここが聖地になるのだし、前にいた世界にも似たような話があったのだろう?」
尚もベネディクトを問い詰めようとしていた勇に、マレイン・ビッセリンク伯爵が声を掛けてきた。
彼の言う“似たような話”とは、織姫のご神体の頒布や紙芝居の影響で織姫詣が始まった時に、お伊勢参りや金毘羅参りの話を軽くしたことがあるので、おそらくそのことだろう。
だからと言って、勇は別に痛車に詳しいわけでも何でもないのだが、正面から評価を求められて分かりませんとは言いづらい。
そもそも上級貴族家当主が始めたことを止める事も出来ないし、もうどうにでもなれと覚悟を決めた勇が、あらためてマレインの魔動車をじっくり見てみる。
マレインの巡礼魔動車は、貨物タイプのものをベースに仕立てられていた。
機能性一辺倒だった荷台の幌の部分を上質な分厚い布に取り換え、それをキャンバスにして絵が描かれている。
元々四角だった骨組みをアーチ状にする事で全体に丸みを出し、仕上げとして防水性の高い透明な魔物素材でコーティングをしてあるようだ。
そして問題の絵だが、メインのモチーフは二つ。創造神である女神メルティナと、最も若き神こと織姫だ。
美しくも可憐な微笑みを浮かべるメルティナの膝の上に、織姫がのって甘えている様子が幌全体に描かれていた。
背景には様々な花を意匠化したものが散りばめられている。
絵のタッチは“萌え絵”とまではいかないが、写実的な絵が主であるこの世界にあってはかなりデフォルメされた絵柄と言えよう。
輪郭線をややはっきりとした暗めの線で描いているのが特徴的だ。
紙芝居を作る際に、少しでも臨場感や動きを表現しやすいようデフォルメする事を勇が提案していたのだが、それから何段階か進化したようである。
ちなみに元々女神の姿は薄着で描かれたり立像にされているため、意図せずセクシー路線になっているあたりが何ともそれっぽい。
現代日本人である勇の感覚では、マレインの物が最も痛車に近いだろう。
「これはある意味正統派と言うか、私のいた世界でも人気のあったタイプに近いかもしれないですね」
言葉を選びながら、勇が講評を口にする。
「色々なモチーフのものが走っていましたが、美しさや可愛さを表現したものが多かったですし。それに乗って聖地へ行くのが、ある種のステータスだったりしたようです」
痛車によるその作品の聖地巡礼は、ファンにとって最上の喜びと言っても良いので嘘ではないだろう。
「フッフッフ、そうかそうか。勇が言うのであれば間違いは無かろうな」
勇の言葉を聞いたマレインが、満足そうな表情で何度も頷く。
「ああ、そうだ。コイツには一つ仕掛けがあってな。おい、例のものを作動させろ!」
「はっ!!」
そんなマレインに指示を受け、運転手が荷台の中へと入っていった。
「例のものですか?」
「まぁ、見ておれ」
よく分からず首を傾げた勇の目に、驚きの光景が飛び込んでくる。
「うわっ! 光った!?」
そう、幌全体が光を放ったのだ。
「これ、中に魔法カンテラを仕込んであるんですか?」
「その通りだ。馬と違ってある程度暗くなっても走れるからな。車内を照らすのが主目的だったんだが、幌がある程度光を通す事が分かったから利用してみたのだ」
「なるほど……。これは凄いですね。あ、輪郭が黒っぽい色で太めに描かれているのは、ひょっとしてこのためですか?」
「フフ、気付いたか。その通りだ。色々試したが、こうやって光を通すところと通さない所を分けるのが良いとの結論に達した」
光を通すことを上手く利用した、見事な仕掛けと言えるだろう。
そして勇は、その見た目に既視感を感じていた。
(どっかで見たことあるんだよなぁ、これ……。あ!!! ねぶただ!! この感じ、ねぶたに似てるんだ!)
そしてそれが、ねぶた祭りのねぶたである事に思い至る。
(あれは立体的だったりするから同じではないけど、雰囲気はそっくりだ。あれも元々は七夕祭りとかだった気がするし、神事繋がりでちょうどいいのか)
と、一人で納得していた勇は、別の当主の言葉に我に返る。
「ほう。コイツは大したもんやな。でも、儂のとこの巡礼魔動車も中々のもんだぞ?」
と、ズヴァール・ザバダック辺境伯が声をかけてきた。
「あはは、じゃあズヴァールさんのも拝見しますね」
促しに応じて、勇は続いてザバダック家の巡礼魔動車を見てみる。
そして絶句した。
「っ!? デ、デコトラっ……」
思わずそう言葉が漏れる。
デコトラ――デコレーショントラックの略称で、外装を派手に飾ったトラックの総称だ。
令和の時代においては非常に珍しい存在だが、そのDNAは、アイスクリームの定番フレーバーを連呼する歌でお馴染みの、夜の求人情報を宣伝するトラックに引き継がれていると勇は考えている。
ちなみにデコトラと言う単語は登録商標なので、アートトラックと呼称されることもあるそうだ。
ズヴァールが仕立てた魔動車は、ベースこそマレインと同じ貨物タイプの魔動車だが、仕上がりは全く異なっていた。
まず、荷台が幌から板張りに変えられており、よく見かけるバンボディトラック――通称“箱車”とか“ハコトラ”と呼ばれるトラックの形状にそっくりになっていた。
もっともそれはデコるためではなく、北方にあるザバダック領では冬場に幌だと寒いので、寒さ対策のため密閉性を高めた結果である。
そしてそのおかげで手に入った広いデコレーションエリアに、個性的な装飾が施されていく。
一番目を引くのは、両サイドに描かれた女神とその顕現した姿を組み合わせた絵だろう。
左側面には、豊穣の神であるメーアトルと巨大な白蛇の姿が。右側面には、空と旅の神エオリネオラと白い三本足のカラスの姿が、それぞれ描かれている。
そして後部には、毛繕いをする織姫の姿が描かれていた。
こちらはかなり写実的なタッチで、背景にも大河や大空が描かれているため、それがデコトラ感を醸し出している。
そしてデコトラっぽさを決定付けているのが、荷台表面のメタリックな質感と、その表面に埋め込まれた色とりどりの球状ガラスのような何かだ。
「ズヴァールさん、ひょっとしてこれ魔銀ですか??」
「うむ。白魔銀やけどな。薄く引き伸ばして貼り付けてある」
れっきとした魔銀である白魔銀は、真魔銀程ではないが高価な金属だ。
それを大胆にも荷台表面に貼り付けるとは、流石に上級貴族である。
しかしその微妙に白みがかった光沢が、女神の絵に神々しさをもたらしているあたりが、単なる成金趣味ではない事を窺わせる。
そして……
「こっちはまぁ、遊びと言うか演出やな。おい、起動させてくれ!」
「はっ!」
ズヴァールの指示に、運転手が運転席後方にある魔石で魔法具を起動させると、表面に埋め込まれた球状の物体が鮮やかに光り出した。
「うわぁ……。やっぱり電飾だったか」
思わずため息交じりにそう零す勇。
青、赤、黄。色とりどりに輝く電球のようなそれは、まさに電飾だった。
「裏にいくつか魔法カンテラを仕込んである。表面は百目百足の目玉に薄く色を付けたもんやな」
百目百足は、全長五メートルを超える事もある大型のムカデで、各節に四つずつ赤く光る目玉のようなものが付いている。
この目玉の部分が中空のガラス玉のようになっており、貴族向けの照明などに人気だ。
「で、面白いのはここからやな。おい、動かしてくれ!」
「かしこまりました!」
再びズヴァールの指示が飛び、今度は運転手が魔動車を動かし始める。電飾もどきは起動させたままだ。
「うおっ! そう来ましたか!!」
ゆっくりと動き出した魔動車に瞠目する勇。
点灯したままだった電飾もどきが、チカチカと点滅し始めたのだ。
「ふっふっふ。驚いたやろ? 車輪の動きに連動して、光の“窓”を開閉させている。少々お前んとこのエト氏に手伝ってもらったがな」
驚く勇に、得意げな顔で説明するズヴァール。
確かに一月ほど前に、ザバダック家からエトに来客があったが、その時の相談事がこれだったようだ。
ギヤとシャフトなどを組み合わせた、簡易な開閉機構が組み込まれているらしい。
魔動モーター等の動力用魔法陣は勇にしかカスタムできないので、物理的な動力源を使ったとの事だ。
そしてこれが、ますますデコトラ感に拍車をかけることになっている。
「いやぁ、まさか灯りを点滅させるとは……。驚きましたね」
「はっはっは、そうやろそうやろ」
勇の言葉に、ズヴァールが満足そうに頷いた。
とそこへ、もう一人の貴族家当主が登場する。
「いやはや、お二人とも大したものですな」
パチ、パチ、パチと、散発的な拍手をしながら近づいてきたのは、ダフィド・ヤンセン子爵だ。
「しかし少々、女神様への敬意にかけるのでは?」
「ちょっと、ダフィドさん!? またそんな事言って喧嘩売らないでくださいよっ!!」
トゲのある言葉を投げかけたダフィドに勇が慌てて注意を促すが、当のダフィドはどこ吹く風。
以前もそうだったが、魔動車や織姫絡みで何かと辺境伯らに喧嘩を売るのはやめてもらいたいものだ。
「ほぅ、またしても若造が吹きよるな……」
「また貴様か、ダフィド……」
喧嘩を売られた当主二人がギロリとダフィドを睨むが、本気で怒ってはいないだろう。
ここ最近お約束のようになってきているので、二人の対応にはどこか板についてきた感すらあった。
「まぁ話はこれを見てからにしてくださいよ。私が本当の巡礼魔動車を見せて差し上げますから」
どこかの不良新聞社員のようなセリフを吐きつつ、ダフィドが自身の魔動車を持って来させる。
「うわ、そう来ましたか……」
そして目の前までやって来た魔動車を見た勇は、今日何度目か分からない驚きの声を上げた。
ダフィドの仕立てた魔動車は、これまでの二人とは違い牽引タイプをベースにしたものだった。
引かれるトレーラー側は、モールドや飾り彫りが所々に施されているものの、さほど豪華ではない。
特筆すべきは牽引車側の意匠だ。
「神輿、と言えば神輿だけど……。美少女フィギュア感が凄くてカオスだ」
そう呟く勇。
見たままをそのまま表現するなら、それはまさに“美少女フィギュア神輿”だった。
牽引車の屋根の上に、大きな鯨のような生き物に跨った水の女神であるルサルサの像が乗せられている。
その腕には、気持ちよさそうに丸くなっている織姫が抱かれていた。
何より凄いのは、単なる彫像ではなくフルカラーな点である。それはまさしく、巨大な美少女フィギュアそのものだった。
「やはり女神様といえば神像でしょうよ? コイツは船主像を作ってる一流の船大工に、実際に見たルサルサ様を彫ってもらったんですよ」
「実際に見た? あ、レベッキオさんのところですか!?」
「ああ。実際アイツんとこの船にもルサルサ様の船主像があったろ? そこから着想を得たって訳だな」
レベッキオたちは、以前ルサルサ河を下った時に顕現したルサルサを間近で見ているだけあって、その造形は見事の一言だ。
「ふむ。大きな口を叩くだけはある。あるが……」
「これだけではちょっと、面白みに欠けるんやないか?」
感心しつつも手放しでは褒めない先輩貴族たち。
「ああ、もちろんこれで終わりじゃありませんよ? おい、例のやつを」
「かしこまりました」
そんな二人のツッコミにも動じることなく、ダフィドが家令に指示を出す。
こちらもまた何らかの魔法具を使っているようだ。
「何も起こらんでは――む?」
「水? いや湯か?」
「ふふ、どうです? ルサルサ様は水の女神様ですからね。こうやって水の中にいらっしゃるようにしたんですよ」
起動してすぐはその変化に気付けなかったが、しばらくすると屋根から水が流れ落ちて来た。
よく見ると、川辺の木々を模したパーツあたりから、水が流れ落ちて来ていた。
さらに床面にはお湯も流れているのか薄っすらと湯気が漂い、まるで川霧が立ち込めているようだ。
派手な変化では無かったが、幻想的にみえる良い演出だろう。
「あっ!! これ前に依頼されたヤツを組み込んであるんですか!?」
「その通りだ」
何かに気付いた勇に、ダフィドがニヤリと笑い返す。
一月ほど前か。シャワーは不要だから水とお湯の出る魔法具を作って欲しいとの依頼がヤンセン子爵家からあったのだ。
てっきり風呂好きのヤンセン夫妻が使うものだと思っていたが、まさかこんな使い方をするとは思っておらず驚く勇。
「中々やりおるの」
「まぁまぁやな」
「いやいや、お二人も流石ですよ」
驚く勇をよそに、なぜか悪役ムーブで盛り上がる三人の当主。なんだかんだで仲の良い当主たちである。
「ほっほっほ。これで聖地巡礼も間違いなく繁盛……多くの方にご賛同いただけるでしょうな」
「…………」
「ああちなみに、王家の方からも巡礼魔動車を仕立てるとのお返事をいただいております」
「王家まで……」
それに輪をかけて悪代官ムーブが似合うベネディクトが、サラリと爆弾を落としていく。
ついに王家までもが、この悪代官の企みに乗ってしまう事になるようだ。
「ほっほっほ、楽しみでございますな」
こうして始まった聖地巡礼は、王家が参入したこともあって各貴族家が競うように巡礼魔動車を仕立てるようになる。
そしてついには、年一回の一大イベントとして、王都で各家がパレードをしながら魔動車の出来栄えを勝負する祭りへと発展していくのだが、それはまた別の話……。
◇
痛車騒動に沸いた数日後。レベッキオが勇を訪ねて来ていた。
「お久しぶりですね、レベッキオさん。まさかレベッキオさんが巡礼魔動車作りにまで関わっていたとは……」
「いやぁ、俺もまさか魔動車に乗っけるとは思わなかったぜ……」
先日の出来事に二人して苦笑しつつ話は本題へと入っていく。
「ようやくこの前のウォータージェットを使った小型船の試作機が上がったぜ」
「おお! ついにですか!」
「ああ。池で簡単な試験はやってるが、流石にあの広さじゃ限界がある。そろそろ海に持っていこうと思って、許可を貰いに来たって訳だ」
「そうだったんですね。もちろん大丈夫ですよ」
「よっしゃ。それと小型船つっても十メートル近い大きさだ。移動させるのに魔法巨人を貸してもらいてぇんだが、大丈夫か?」
「確かにその大きさだと大変そうですねぇ……」
船と言うのは、小型船であっても意外と大きい。
例えば小型漁船であっても、十五メートル前後はあるのが一般的だ。
日本の法律上の小型船舶だとさらに大きく、全長二十四メートル以下は全て小型である。
「分かりました、三体くらいで良いですか?」
「ありがてぇ。そんだけいりゃあ大丈夫だ。んじゃあ早速明日からテストするぜ」
「いやぁ、楽しみですねぇ」
「ああ。いよいよ海へ繰り出す第一歩、ってやつだ。よろしく頼むぜ!」
「ええ、こちらこそよろしく頼みます」
そう言って二人は、ガッチリと握手を交わした。
週1~2話更新予定予定。
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