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●第253話●ブラックボックス

「方角じゃと?」

「ええ、おそらく。船に使われている魔法具ですから、方角を知るものなら不自然じゃないですね」

「そういうもんなのか?」

 勇の言葉にエトが首を傾げる。

 魔物がいるため海洋文化があまり発達していないこの世界(エーテルシア)の住人にはピンとこないのだろう。


「河だったり地上であれば何かしら目標物があるので、いきなり見知らぬところに放り出されたりしなければ方角や位置を見失う事は少ないですよね?」

「そうじゃな」

「でも海の上となるとそうはいかないんです。なんせ、少し沖に出たら周りは水しかないですからね」

「!? なるほど! 確かにそうじゃな。目印になるものが何もないわけじゃからな」

 勇の説明にエトが膝を打つ。


「昼であれば陽の位置で方角はある程度分かりますけど、夜や曇っているとそうもいかないです。この世界(エーテルシア)には極星も無いようですし」

 極星とは、地球で言う所の北極星のような星の事だ。

 地軸の延長線上にあり動いていないように見えるため、地球では昔から船乗りたちが使っていた。


 勇はこの世界に来てから度々星空を見てきたが、どうやらこの世界(エーテルシア)には極星は無いという結論に達していた。

 目視での結果もそうだし、星で方向を確認するという話も一度も聞いた事が無いからだ。

 もっとも、極星はたまたま回転軸の延長上に肉眼で見える星があるというだけのものなので、全ての星に極星があるわけではない。

 またあったとしても、歳差の周期によってはすぐに別の星になったりするし、暗い星では意味がないだろう。

 極星はあるのも偶然なら無いのも偶然。なのでこの世界(エーテルシア)に無くても何の不思議もない。


「あと、方位磁針も無いんですよねぇ……」

「前に言っとった、磁石が一定方向を示すっちゅうやつじゃな?」

「ええ」

 方角を測る方法は色々とあるが、星による方位計測と並んで有名なのが、磁石を使った方法だろう。

 地球上では磁石のN極が北を指すため、それを利用した方位磁針が使われている。


 しかしこの世界(エーテルシア)では、磁石を使った方位計測も出来なかった。

 そもそも方位磁針は、星の持つ磁場を利用したものだ。

 なので火星や水星のように、磁場が無いもしくは極端に弱い星だと磁石を使った方位計測は出来ない。


 また磁場があったとしても、それが安定していない場合もまた磁石による方位計測は出来ない。

 ぐるぐる回ってしまったり、場所や時間帯によって示す方角が変わったりするためだ。


 この世界(エーテルシア)の場合は後者の理由で、磁石が役に立たない。

 磁石自体はあるため、それを細長く切り出して実験したところ、ランダムにゆっくり動き続けてしまった。

 何らかの理由で、磁場が安定していないのだろう。


「で、この魔法陣は、それらの替わりに“魔力残滓の渦”とか言うものを使って方角を計測しているみたいなんですよね」

「魔力残滓の渦……。聞いた事もないのぅ」

「あはは、やっぱりそうですよねぇ。後でアンネにも聞いてみますけど、おそらく知らないと思います。これまでそれらしい話は聞いたことも無いので」

 そう言って勇は苦笑する。


「どんな物かは知りませんが、どうやらこの星の上空を規則正しく飛んで巡っているようなんですよ。その流れを捉えることが出来れば方角が分かる、という理論ですね」

 要は磁場の替わりに安定している他の何らかの現象や力を利用する、という話である。

 計測さえ出来れば、その対象は何でも良いのだ。


「ふむ……。そうするとじゃ、何かしら正確に方角を取得する理由もあるっちゅうわけじゃな?」

 勇の話を聞いたエトが、顎に手を当てながら言う。


「ええ。まだどう利用しているかは分かりませんけどね」

 そう言って勇が首をすくめたところで、研究室の扉の一つがガチャリと開いた。


「なんだか面白そうな話をしているねぇ」

 そう言いながら出てきたのはヴィレムだった。


 ヴェガロアに新たに研究所を建てた際に、勇、エト、ヴィレムの個室も作っていたのだ。

 皆でワイワイやる時は大きな研究室を使い、個人的に集中したい時や資料を収めておくのが個室である。


 現在ヴィレムは、小型船に積まれていた小さな箱に書いてある文字の解読を行っていた。

 独立した魔力で動いているようで、船から取り出しても今なお動き続けている。

 下手に止めたり箱を開けて取り返しがつかなくなることを恐れて、現時点では動かしたまま箱の外に書いてある古代語らしき文字を解読していたのだ。


「どうですか、解読のほうは?」

「いやぁ、中々厳しいね……。いくつか分かった単語があったから、古代語であることは間違いなさそうだけど、何が言いたいかはさっぱりだよ」

 勇の問いに、ヴィレムは小さく両手を上げながら溜息をつく。


「いや、分かる単語があっただけで、とんでもない事じゃと思うぞ?」

「ええ。おそらく世界中さがしてもヴィレムさんじゃなければ一つも分からないんじゃないですかね? ちなみに、どんな単語が分かったんですか?」

「ありがとう。えーっと、分かった単語は急ぐ、開く、最初、光の四つだね。微妙なニュアンスまでは分からないけど、意味合いとしては外れていないと思う」

 手にした紙の束をめくりながらヴィレムが答えた。


「急ぐ、開く、最初、光、ですか……。書いてあった場所とか大きさってどうでしたか?」

 しばし思案した勇が再びヴィレムに尋ねる。

「えーーっと、メモしてあるかちょっと待ってね。あったこれだこれ」

 ヴィレムはそう言うと、束の中から箱の展開図が描いてあるものを取り出してテーブルに置いた。


「“急ぐ”はこの一番大きな文字の一部だね。天面だけじゃなくて正面にも書いてある。“開く”はこの中くらいの文字で、正面にだけ書かれている。“最初”と“光”は側面に書かれた小さな文字の中だね」

「なるほど……。文字の大きさの違いは伝えたい事の優先順位の違いだと思うんですよね」

「まぁ、意味もなく大きさを変えたりはしないだろうからねぇ」

「ふむ。となると一番デカいのが“急ぐ”じゃから、何かしら急いでいるっちゅう事になるのか?」

「ですねぇ。現時点で急いでいるのか分かりませんけど、急ぐ必要がある時に使うものなんですかね」

 ヴィレムの読み取った単語をもとに、皆で予想を立てていく。


「側面のは細かくびっしり書かれてるから、しっかり読むことが前提の物という気がするね」

「魔法陣では無いですし、何かが詳しく書いてあったりするんでしょうかね?」

「となるとこの“開く”はその中間か?」

「「「…………」」」

 三人でう~~んと唸りながら首を傾げる。


「……開けちゃいますか」

「……僕も同じことを言おうと思ってたよ」

「……このまま唸っておっても仕方が無いからのぅ」

 勇の言葉に、ヴィレムとエトも大きく頷く。

 “開く”という言葉があるのだから、開いても問題無いはずだというのは実に淡い期待でしかないが、開かずにこれ以上分かる事もないのも事実だ。


「ふむ……。特に複雑な構造はしとらんの。魔道具は止めるか?」

 箱を手に取って調べていたエトの見立てでは鍵などはかかっておらず、不用意に開いてしまわないように簡単なロック機構が付いているだけのようだ。

 魔道具の起動用と思われる魔石にも、不用意に触れないようにするためか簡易なカバーが付いているので、止めるかどうかエトが勇に確認する。


「ひとまず動かしたままいきましょうか。せっかくここまで動かしたままにしていたんですし」

「分かった。それじゃあ開けるぞい」

 勇の返答に頷いたエトは、箱の前面にある小さな長方形のパーツをカチリと横にスライドさせる。

 箱の上部一割くらいのところで蓋部分と本体部分に分かれている構造で、後ろ面側には小さなヒンジが付いている。

 その蓋側を押し上げると、パカリと箱が開いた。


「ほぅ……」

「これは無属性魔石と……光の魔石ですかね??」

「どちらも中々に大きいね」

 箱の中を覗き込んだ三人が声を上げる。


 まず目立ったのは、中魔石サイズの無属性魔石と光属性の魔石だ。

 箱の底面中央付近に無属性の魔石が、左側面近くに光の魔石が配置されている。

 更によく見ていくと、大きな光属性の魔石のすぐ近くに小さな光属性魔石も配置されていた。


「えーーっと、部分的に読めますね、これは……」

「おお、本当か?」

「ええ。ココがこうでこうなって……ってあれ?? これも起動陣じゃないか?」

「どうした?」

 読める部分があったためザックリと内容を確認していた勇が首を捻る。


「これ、起動陣が二つありますね」

「「二つ??」」

 端的な勇の言葉に、エトとヴィレムの声が重なる。


「はい。片方は外の起動用魔石と繋がっているので、今動いてる状態の機能陣用のものです」

 そう言って蓋の裏側に描かれている起動陣を指す。

「で、もう一つはこっち」

 そう言いながら今度は、大きな光の魔石の近くに配された小さな魔石を指差した。


「ふむ、言われてみれば確かにこりゃ起動陣じゃわい」

 勇の指したあたりを見ながらエトが呟く。シンプルな機能の起動陣であれば、エトは既に判別、製作が可能だ。

「こっちは起動していないみたいだね?」

 ヴィレムも光の魔石付近の魔法陣を眺めて呟いた。


「アーティファクトで、独立した二つの魔法具が一つになってるパターンは珍しいですね……」

「そうじゃな。連動して複数の魔法陣が動いとるのはあったが……」

「どうする? こっちも動かしてみるかい?」

 思わぬ構成になっていた事に悩む三人。

「ちょっと調べてみます……」

 エトとヴィレムが頷いたのを見て、勇は早速魔法陣の調査を始めた。


「えーっと、まずこっちの動いている方は、と……。ここを通ってきて……まとめてるのか。でその後は……、んー駄目だな。無属性魔石に繋げているけど、何をやっているかは読めない」

 それほど規模の大きな魔法陣では無かったため、三十分ほどで調査が終わったものの、読める範囲が狭いため大した事は分からなかった。

「どうやらこの箱の外から何か情報を得ているようですね。えっと……。ああここだ。ここで船側の魔法陣と繋がってる感じです」

 勇が説明をしながら箱を裏返すと、底面を貫く形で魔法インクが外側まで繋がっていた。


「ふむ、コイツの納まっとった場所はここじゃな」

 エトが大きなテーブルの上に置いてある小型船の奥まった場所を指差す。

「そうですね。となると……繋がっているのは後ろへ延びているこの魔法陣と上へと延びてるこの魔法陣ですね」

 勇が指差した魔法陣を辿っていくと、片方は船体後方にある推進用の魔法具へ、もう片方は先程まで勇が調べていた半球状の部品へと繋がっていた。


「えーーっと推進装置の方は……。んーー、コレは強さと噴射している時間を取得していますね」

 後方へ延びていた魔法陣は、推進装置本体ではなく、その手前にある制御用と思しき魔法陣へと繋がっているようだ。

 勇の見立てでは、そこから出力と噴射時間を情報として取り出している様子だった。


「で、こっちのドームの方は、と……。ああ、ここに繋がってたのか。エトさん、こっちはさっき言っていた方角を取得する魔法陣に繋がってますよ」

「ほぅ、そうなのか」

「ふーーん、方角に推進の強さと時間か……。道のりでも記録しているのかな?」

 内容を聞いたヴィレムがそう零す。


「ヴィレムさんもそう思いますか?」

「まぁねぇ。進む方向と推進の強さは……まぁようするに速さだよね。それに時間が分かれば、最低限の移動経路が分かるんじゃないかな?」

「私も同じ結論です。しかも障害物が少なくて、高低差も無い海の上ですからね。陸地よりも正確に記録できる気がします」

 ヴィレムと勇が辿り着いた予測は、航海記録(ログ)だった。

 どれくらいの精度なのかは分からないが、取得している情報でも辿ってきた道のりを把握する事が出来るだろう。


「じゃが何のために?」

「問題はそこですね。ただ……」

「ただ?」

「二つほど予測と言うか、思いつくものはあります」

「ほぅ」


「まず一つ目。これは元の世界でもあったんですが、事故などが起きた時に、当時がどういう状況だったのかを調べるためのものです」

 勇がイメージした一つ目は、航空機のフライトレコーダーや船舶のVDRのような用途だ。

「船舶や飛行機、ああ元の世界では空を自由に飛べる乗物があったんです。それらが事故を起こすと、生存者が少ない事が多いし、第三者の目撃者がいないことが多いんですよ」

 空も海も、乗員以外に人がいる事は稀だ。

 なので、客観的に事故の状況を解明する手掛かりとするために、ログを取得、保存するためのレコーダーの搭載が義務化されている。


「もう一つは、この小舟が救助を呼ぶためのものだった場合です」

「「!?」」

 一つ目の説明を聞いて頷いていた二人が、二つ目を聞いた途端ハッとした表情に変わる。


「なるほど……。記録された経路を辿って助けに来て欲しい、という訳じゃな?」

「ええ。読めた文字やこの箱の置かれ方なんかを考えると、そちらの可能性が高いんじゃないかと……」

 唸りながら言うエトに、勇が首肯する。


「確かに奥まってはいるけど目立つ場所には置いてあったしねぇ。となると、その経路も簡単に取り出せるはずだよね? 助けにきて欲しいのに複雑にしたんじゃ本末転倒だ」

「はい、そのはずです」

 救助依頼を受け取った側がそれを理解出来なければ何も意味が無いので、ある程度簡単にその情報は得られるはずなのだ。


「このもう一つの光の魔法具がポイントになりそうなので、今度はこっちを調べてみますね」

 勇は頷く二人にそう言うと、今度は光の魔石が嵌め込まれた魔法陣の解析に取り掛かった。


「んー、やっぱりこっちの無属性魔石に繋がってるか……。で、それがこっちに来て……、んんんっ!?」

 三十分ほど魔法陣を解析していた勇は何かに驚くと、慌てて箱の側面をつぶさに調べ始める。

「おおーーーっ! これかっ!?」

 そして側面に何かを見つけた勇が、興奮して立ち上がる。


「どうした? 何を見つけたんじゃ?」

「やっぱり簡単に見られるようですよ!!」

「なんじゃと!?」

「本当かい!?」

「ええ。すぐに実演できそうなので、ちょっとやってみますね。えーーっと、ここでいいか。あ、お二人ともカーテンを全部閉めてもらっていいですか?」

 驚く二人にそうお願いすると、勇は棚等が無い白い壁の前まで箱を持って歩いていく。


「閉めたぞい」

「こちら側も閉めたよ」

「ありがとうございます! では、やってみますね」

 カーテンを閉めた二人が自分の元へやって来たのを確認した勇は、箱の中にあった起動用の魔石に触れてもう一つの魔法具を起動させた。


 フォンといういつもの起動音のあとしばらくして、箱側面の真ん中辺りに数ミリ程度の小さな光点が浮かび上がる。

 それを見た勇が、光点のある方の側面を壁へと向けた。


 すると薄暗くなった部屋の壁に、光の文字が次々と浮かび上がるのだった。

いよいよ明日、★コミカライズ版の1巻★ が発売されます!

書籍版とはまた違った可愛さの織姫が、所狭しと動きまくってます。

皆様、どうかお手に取っていただけますよう、よろしくお願いいたします。


そして偶然にも明日9/12は、異世界は猫と共にの投稿を始めてちょうど2周年。2歳の誕生日です!!

ちょっと運命的なものを感じますねw

ちなみに小説1巻は昨年の9/13発売と非常に惜しかったですww


週1~2話更新予定予定。

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 ★コミカライズ版(外部リンク)★ 2025年3月20日より好評連載中!

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どこから来たのかわかるのかな?引っかかってた船だし
思いつくのは、緊急時のSOS発信スイッチ…これがトリガーになって、新たなる 戦いののろしが…
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