●第251話●魔動車流通網
地球とこの世界には様々な違いがある。
魔法なんてものもあるし魔物などというものもいる。
そんな違いの影響を強く受けて、地球と比べて極端に発達していないのが流通だと勇は常々考えていた。
人流も物流も、そして情報も。あらゆるものを遠方へ運ぼうとすると、とにかくコストがかかるのだ。
魔法巨人の書記で情報網は一気に発展できる可能性が出てきたが、人流と物流はまだまだだ。
勇達の同一派閥内であれば、かなり魔動車が普及し始めているので以前と比べてマシにはなったものの、それでもまだ一部の者に限った話である。
「まずは、定量、定額の定期便から始めようかと思っています」
「定期便は分かるが、定量、定額とはどういうことだ?」
「荷物はバラバラに運ぶのではなく、決められた大きさの箱に入れて、それを同じ金額で運ぶんです。こうすることで、一度に運べる量が最初から分かりますし、何より手間が省けます」
「なるほど……。しかしそれだと、あまり大きい物は運べないんじゃないか?」
勇の説明に納得しつつも、もっともな疑問を口にするマレイン・ビッセリンク伯爵。
「仰る通りです。でも最初はそれで良いかな、と。費用も通常の馬車による輸送より高くなるので、軽量でも単価の高いものにまずは狙いを絞ろうかと」
「なるほど、そういう事か……」
「ええ。いきなり大量の魔動車を運用できるわけでも無いですし、ある程度高単価に設定するつもりです」
大荷物を運んでしまうと、それだけで車両が一台潰れてしまう。
普及期には広く色々な人に使ってもらえた方が良いので、その辺りを考慮しての措置だ。
「定額にする狙いは? 同じ大きさでも重ければそれだけ運びづらいだろう?」
「さすがに極端に重いものは困るので重量の上限は設けますが、それ以下であれば受けようかと。何を運べば儲けが出るのか考える幅があったほうが商人の方も色々考えるでしょうし」
重量についても狙いは似たような話である。
荷物を運んでもらう側が、何を運べば商売になるのか考えられるという事は、上手く考えたら儲けられるという事なのだ。
一山当てたい商人は、知恵を振り絞るに違いない。
「ふむ。大きな問題になりそうな点は無さそうだねぇ。マレイン閣下はいかがでしょう?」
「ああ、問題無い。強いて言えば、多分すぐに積荷がいっぱいになって商人どもから文句が出る事くらいだろうな」
セルファースの問いにマレインが苦笑しながら言う。
「まぁ、そこは諦めていただくしか……。鉄道を敷いて一気に大量輸送! とかも考えましたが、当面はどう考えても採算が合いませんし、準備に時間がかかり過ぎます」
「鉄道……。以前話しておったな。金属のレールを敷いて、専用の魔動車を走らせるのだと」
「はい。遠距離、大量輸送する場合はメリットが大きい手段なんですが、準備と維持費が桁違いに跳ね上がるので……」
勇が言う通り、鉄道には大きなメリットがある。
分かりやすい点で言えば、運動効率の良さ、大型車両導入の容易さ、人一人で輸送できる量の多さ、あたりだろうか。
未舗装路ではなく綺麗なレールの上だけを走るので、抵抗が少なく非常に効率が良い。
燃費も良くなるし速度も速くなるので、流通業にとってはとんでもなく大きなメリットと言える。
また、既存の街道を走らせる場合、車両の大きさに制限がかかる。
サイズが規制されると、パワーも出しづらいし何より積載量を増やすのが難しい。
鉄道であれば、列車しか走らないのでその辺りのハードルがぐっと低くなるだろう。
そして大型で高効率で動くことを活かして、大量の貨車を連結させれば、運転士一人でも大量の荷物を輸送する事が可能となる。
自動車が遥かに高性能化した現代地球においても鉄道輸送がまだまだ現役なのは、こうしたメリットがあって棲み分けがされているからだ。
しかしデメリットも当然存在する。
敷設コストや時間も厄介だが、最も大きいのはインフラの維持コストだろう。
街道を使った輸送の場合は、多少荒れたりしていても、避けたりその部分を片付ければ通れるようになるのであまり問題は無い。
が、鉄道の場合は“線路が全て安全である事”を大前提として初めて成り立つ交通手段なのだ。
一箇所線路が途切れていただけで、あっという間に利便性が損なわれてしまう。
また、事前に安全ではない場所が分かっていない場合、重大事故に発展する可能性が非常に高い。
重量が重く速度も出ている状態だと、不具合箇所が目視出来た時には、既に止まれない距離にいる可能性が高いためだ。
そしてそれら鉄道の安全を脅かす“魔物”が存在する事が致命的だ。
線路の延長が延びるほど監視の目をすり抜ける魔物が増え、安全性を担保するのが難しくなる。
高架にするなどである程度対処は出来るだろうが、根本解決するには防衛のための魔法具の開発が必須であろう。
そんな理由もあって、まだまだ鉄道輸送は時期尚早と勇は考えていた。
「ひとまず、魔法巨人の輸送車をベースに、もう二回りくらい大型の魔動車を試作しています。当面は主要な街道だけ走るので、それくらいの大きさまでなら大丈夫そうなので」
「ふむ、今より大きめの魔動車か」
「はい。今の魔動車は開発効率や運用面を考えて馬車ベースでしたけど、今回はそのあたりは考えなくてもいいですからね。パワーを上げやすくて助かります」
今のところ、使い慣れた繰風球を動力に使う想定なので、パワーを上げるには大型化するのが最も手っ取り早いのだ。
「あとは街道整備だけですね。そちらの手ごたえはどんな感じでしょうか?」
「北と西は問題無い。すでに工事も始まっている」
勇の問いにマレインが答える。
大型の魔動車を使った流通網を敷くにあたり、どうせならと勇が考えたのが高規格の街道整備だった。
もちろん今の街道でも魔動車を走らせることが出来る事は、嫌という程実践済みで分かってはいる。
しかし魔動車が今後さらに大型化、高速化する事がほぼ確実だと考えている勇としては、それに合わせて街道の方も整備したかった。
封建制度で運営されているこの国の街道は、原則的に各領主の持ち物である。通行税を徴収する権利も領主の特権だ。
その代わりに、街道の整備に関しても領主の責任で行われる。
特に主街道と呼ばれる各領地の領都間を結んでいる街道は、整備を怠ると最悪爵位を剥奪される重要な義務だ。
物流だけでなく有事の軍事道路にもなるので当然だろう。
その反面、王家であっても勝手に街道を敷設することは出来ない。
国家戦略として作る場合もあるが、合意の上折半が基本だ。
なので、今回の勇の街道整備計画も、あくまで各領主の胸三寸である。
「マレイン閣下の仰る通りだね。ヤーデルード閣下の領内も問題無いと返答を頂いているよ」
クラウフェルト領は王国のほぼ中央に位置している。
すぐ北が、マレインの治めるビッセリンク大領、その北と北東にザバダック辺境伯大領とヤーデルード伯爵大領がある。
同一派閥の二領はもちろん問題無いし、今回の事件で降爵となったヤーデルード伯爵も協力してくれるとの事だ。
「北西側もカレンベルク領とフェルカー領だからね。こちらも色よい返事をいただいているよ」
王国北西部は元々ヤーデルード公爵派閥だったフェルカー家とカレンベルク家が治めているが、新派閥を立ち上げたこともあってか協力する旨の返答があったそうだ。
もっともこの両家は、勇や勇の作る魔法具の有用性を実感しているため、派閥関係無く了承しただろう。
そこから南下した王国西部は、これまた同一派閥のバルシャム辺境伯とイノチェンティ辺境伯の領地なので問題無い。
またクラウフェンダムから王都までについては、途中反王派の領地を通るのだが、わざわざ王家の不評を買ってまで反対するようなものでもないため、大丈夫だろうとの事だ
「あとは南部だが、シャルトリューズ閣下からは早々に承諾の一報があった」
以前にひと悶着あったシャルトリューズ侯爵領は王国の南端にある。
「周りの親王家派閥の領主はひとまず態度保留としているが、シャルトリューズ閣下が了承しているので遅かれ早かれだろうな」
「南西側も態度保留の所が多いけど、中立派の雄であるスキラッチ閣下が乗り気だからね。こちらも最終的にはほぼ問題無いと思うよ」
王国の南部は親王派と中立派が多いのだが、その二派の中核をなす両家が了承している事で、整備は進むだろうとの事だ。
「ありがとうございます! 思ったよりスムーズにいきそうで良かったですよ」
交渉を依頼した勇がホッとした表情で礼を言う。
「ふっ、こんなもの交渉とは呼べぬがな。話に乗らなければ高規格の魔動車が走らない可能性があるのだ、余程愚かでなければ否やは無いだろう」
交渉役をお願いされていたマレインが自嘲気味に言う。
「魔法巨人の書記の交換局もそうだったけど、イサムは無害な顔して割とえげつない事をするよねぇ……」
マレインの言葉に頷きながらセルファースも苦笑する。
「あはは、私はセルファースさんやアンネに恩返しをするって決めてますからね。押さえられるところは押さえに行きますよ」
勇も、笑いつつ二人の言葉を否定するようなことは無い。
インフラを手に入れたものが勝者になる事を見てきた勇だ。
ましてやそれを自分の手で作る事が出来るのだから、やらない手は無いだろう。
「はっはっは、ありがたい話だね。もう返しきれないくらいだけど」
勇の言葉にセルファースが肩をすくめる。
「まだまだですよ! これで陸上は一段落すると思うので、次は海を狙うつもりです。今日はその話も少ししようと思っていたんです」
「海か……。例の鹵獲した船の魔法具か」
「はい。まだ研究を始めたところですが、上手くいけば大海原へ繰り出せるようになるかもしれません」
勇はそう言って、ニヤリと笑った。
◇
「水を噴射して進む船か……。しかも今度は海かよ」
「ええ。これから試作しようと思っているんですが、流石に造船となると知識不足でして……。お力添えいただけないかと」
領都であるヴェガロアに戻って来た勇は、完成したばかりの新しい研究所で一人の男と話していた。
「そりゃありがてぇ話だがよ……。マツモト様んとこの商会じゃなくていいのか?」
その男――レベッキオが、少々困惑気味に聞き返す。
「これも当面売りには出せない代物になるでしょうからね……。体裁もあるので共同研究という形にはなりますけど、レベッキオさん頼りである事に違いは無いので問題ありません」
「そうか。じゃあいいんだがよ」
勇がレベッキオと話しているのは、先日海の村メルビナで鹵獲した小舟に搭載されていた推進装置を使った、新型の船の試作研究についてだ。
推進装置部分だけなら勇やエト達だけでもなんとかなるのだが、船の本体部分となるとそうはいかない。
馬車と比べてもさらに専門的な知識や技術が必要になるのは目に見えているため、餅は餅屋と河船の商会を持つレベッキオに相談したのである。
「まぁ俺としては全く新しい船造りに関われるってんなら断る理由はねぇ。ぶっちゃけ、話を貰った時からワクワクしっぱなしだぜ。がっはっは!」
「ありがとうございます。そう言ってもらえると助かります」
白い歯を見せて笑うレベッキオと勇が握手を交わす。
「で、どんな船を作るつもりなんだ?」
「どれくらいのものが作れるのか分からないので個人的な妄想ですけど、三種類出来たらいいなと考えてます」
「おいおいおい、まだ手も付けてねぇのに三種類かよ……」
軽く言ってのける勇の言葉に、良い笑顔だったレベッキオの頬が一瞬で引きつる。
「あはは。まぁ作り方はさておき、前の世界で色々と見てはいますからね」
車と違って乗ったり操縦したりする機会はほとんど無かったが、知識として様々な船がある事は知っている。
それをベースにして、本職であるレベッキオの知識で補完しながら作り上げていく算段だ。
「まずは魔法具の特性調査も兼ねて、一人用の小さい船から作ろうかと」
そう言いながら勇は、テーブルの上に何点かのスケッチを並べていく。
「こんな感じでハンドルがあって、跨って乗る感じを想定してます」
「なるほど……。こういう形の船は初めて見るな」
勇のスケッチを見たレベッキオが、腕組みしながら唸る。
「前の世界ではジェットスキーとか言われてましたね。動力の仕組みが同じなので、まずはこれから作ってみようかと」
「へぇ、マツモト様の世界にも同じもんがあったのか」
「細かい原理までは分かりませんけどね。かなりのスピードが出てたと思いますよ。全力で走る馬より速かったかと」
「はぁぁ!? 馬より速いだとっ!?」
「ええ。多分ですけど」
「……とんでもねぇな」
いきなり出てきたとんでもないスペックに唖然とするレベッキオ。
こうしてレベッキオを巻き込んだ勇たちの新たな挑戦――魔動ジェットスキーの開発が始まった。
週1~2話更新予定予定。
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