●第250話●謎の小舟
「マルセラ、この小舟を村長の家の庭まで運んでください。このまま海岸で調べるわけにもいかないので」
ざっくりと読める魔法陣である事を確認した勇が、マルセラの魔法巨人に指示を出す。
略式の敬礼で了解の意思表示をした魔法巨人が、小舟を抱えて運んでいく。
タイマイの素材はまだしも、未知の魔法具である小舟は厳重に取り扱う必要があるので、まずはこの村内で最も安全と思われる村長宅へと移送するのだ。
「ふむ……。どうやらここから水を噴射する事で動力にしているのは間違いなさそうですね」
「ほぅ、そうなのか?」
村長宅の庭で、勇とエトがひっくり返した小舟の後方部分を覗き込みながら、熱心に話し込んでいた。
「えーーっと、まずはこの前に空いている穴から水を吸い込んでるのか。あぁ、この部分は繰風球の水版みたいな感じなのか?」
そう言いながら、小舟の動力と思われる魔法具を丁寧に確認していく。
「で、吸い込んだ水がこっちに流れて……。これは加速させてる? んーー、別に加速なら繰風球と同じだからそのまま出来るはずだけど何で別なんだ?」
「確かにの。それと吸い込んでその次のとこまでは二系統あるのが、この後一つになっとるのも気になるの」
「ですねぇ。合流した後は普通に噴射させてる感じなのかな?……いや、これ交互に切り替えてるっぽいぞ」
と、なおも検証を進めていく。
そして二時間ほどあーでもないこーでもないと検証した結果、一先ずの仮説に辿り着いた。
「なるほど、一系統だとムラが出るから二系統を切り替えとる、ということじゃな?」
「確証は無いですけどね。多分この二段階目の工程を行うのに、どうしても時間がかかるんじゃないかなぁ、と」
まず今回の小舟に搭載されている推進装置と思われる魔法具だが、外部前方から水を取り込みそれを後方へ噴射させて推力を得ている事はほぼ確実だった。
制御不能になってロストする訳にもいかないので再稼働はさせていないが、向かってきたときから陸に上がって止まるまでの様子からみても間違いない。
大きく工程は三段階に分かれており、水を取り込む一段階目、それを噴射できる状態に加工する二段階目、加工した水を噴射する三段階目である。
勇は地球のウォータージェット推進の仕組みを詳しく知っている訳ではないが、工程的には納得できるものだった。
ただ吸い込み口が二つあるのに噴出孔が一つしかない。
どちらも二つあれば、単純に推進装置を二つ備えているという事になるのだがそうではない。
取り込む水量を増やすためとも考えたが、繰水筒(仮称)の扱える水量の上限には達していないので、そうでは無さそうだった。
そこで二段階目の工程を詳しく調べたところ、吸い込んだ水を魔力で圧縮している事が分かる。
相変わらずどういう原理が働いているのか全く不明だが、結果として加圧したような状態で留めているようだ。
そして噴射孔で圧縮状態を開放して噴射、その力を推力としているようなのだが、この圧縮した状態にするのに少し時間がかかるようだった。
実際には一秒にも満たない程度の時間なのだが、推進装置としてそれをそのまま使うと、連続噴射ではなく手拍子のように一拍置いた断続的な噴射になってしまう。
おそらくそれを嫌って、取り込みから圧縮までを二系統にして切り替えることでタイムラグを無くそうとした、というのが勇たちの辿り着いた推論だった。
「最初は取り込んだ水を普通にそのまま加速して出せばいいのにと思ってたんですが、繰風球と同じ理論の魔法具だとすると無理だったんでしょうね」
「まぁそれが出来るんなら、繰風球を後ろ向きに付けるだけで動かせることになるからの」
そのまま話題は推進原理へと進んでいく。
繰風球は、その周りの空気を移動させることが出来る魔法具だ。
正面に立てば風が吹いて来るので、一見すると扇風機のように見える。
しかし扇風機が物理的に羽根を回して風を起こしているのに対して、繰風球は魔力で空気だけを動かしている。
ようは常に自立飛行するドローンから風が送られてくるような状況を作り出す魔法具なのだ。そのため繰風球には、本体に反作用が発生しない。
なので、船の後方に後ろ向きに取り付けても、ホバークラフトのように進むようなことは無い。
代わりにその風を帆に当ててやれば、地球の扇風機と違い本体の反作用が無いので前に進むことが出来る。
おそらくこの小舟の水の取り込みに使用されている繰水筒(仮)も、水を動かせるが本体に反作用が発生しないのだろう。
繰風球のように、後方からの水流で船を直接押すような方法も考えたであろうが、安定性や効率面などに問題があり見送られた。
最終的には、魔力で水を圧縮して噴射する方法が採用されたと思われた。
「作った人がいないんで全部想像ですけどね」
「まぁのぅ。結果として使えそうなもんが手に入ったんじゃから、それで良しとすべきじゃな」
「ええ」
「ただ、どうやって進んどるかは分かったが、全く分かっとらん事も多いのぅ……」
推進方式が分かったところで、更なる大きな謎がその前に立ちはだかる。
「どうやって操縦していたのか、ですよねぇ……」
「うむ。途中からしか見とらんが、ありゃ適当に進んどったわけじゃないじゃろ?」
「ですねぇ。最初のジグザグに動いていた時はまだしも、途中でこちらに向かって一直線に走ってきましたからね。何らか意図のある動きだったかと」
「まるで人を見つけたから急いでそちらへ来たような動きじゃったな……」
腕組みをしたまま、エトがゆっくり呟く。
「……私もそう思いました。だからこそ人が操縦していると思ったんですが」
「誰も乗っておらんかったからのぅ……。魔法巨人みたいな遠隔操作の線は無いのか?」
「それも多分無いと思います。この内側の部分は読めませんけど、無属性の魔石無しで魔力を飛ばすことは出来ないはずなので」
勇としても人が乗っていないなら遠隔操作を疑ったのだが、無属性の魔力に変換して飛ばす時と受け取る時には、無属性の魔石が必要となる。
その肝心の無属性の魔石が使われていなかったのだ。
「代わりに水と光と風か……」
「ええ。水は分かりやすいですけどね。光と風は何とも……。ただ、こちらに向かって来る直前に光の魔力光が見えたのと、この形状で何となく予想はしてます」
「ほほぅ?」
「この上の部分から、かなりの数の魔法陣が延びてるじゃないですか?」
そう言って勇が指差したのは、小舟の上部中央にある直系三十センチほどの半円形をしたドームのような部分だった。
その裏側から、ブラックボックスとなっている小舟内部に向かって無数の魔法陣が延びている。
「多分ここで、外部の情報を色々収集しているんじゃないかと」
「外部の情報を?」
「はい。景色そのものや音、ああ、第二世代みたいに“熱”とかの可能性もありますよね。で、それをもとに自動で操縦する……」
「ふーーむ、確かに第二世代魔法巨人は熱を見えるようにする仕組みがあるから情報を集めることは出来そうじゃが……。それを使ったからといって操縦する事なんぞ出来るのか??」
「十分可能だと思います。もちろん精度を出すのは大変でしょうけど、実際私のいた世界では色んな所で使われていました」
勇が想像していたのは、各種センサーを使った自動運転や補助機能だ。
センサーからの情報が正確でイレギュラーさえなければ、自動操縦は中々に正確だ。
実際飛行機では離陸時以外はほとんがオートパイロットで対応可能と言われている。
大型の船舶などもオートパイロット化が進んでいるし、モノレールなどの次世代交通にも使われている。
「まぁ、今回のはそこまで高度なものと言うより、状況によってモードを切り替えるような感じな気はしていますが」
「なるほど。人を見つけたからこっちに来た、というのは間違いじゃないかもしれんわけか……」
「ええ。その前のジグザグ走行も、敵性生物に追われている時の動きだとしたら不自然じゃありません」
速度差があれば真っすぐ逃げれば話は早いが、そうでなければ不規則な動きをした方が相手を惑わせることが出来るかもしれない。
「そうなると、だれが何の目的で作って走らせたのかじゃなぁ……」
「そこが一番わかりませんよねぇ。間違いなく旧魔法時代のアーティファクトでしょうけど、なんでそれが今動いてウチの村に来たのか……」
「たまたまじゃないのか?」
「あはは、実は私もその可能性が一番高いと思ってます。私達が遺跡を発見するのもほとんどが偶然ですしね。ただ気になってるものが、あとひとつ残ってるんですよ」
そう言って勇が目をやったのは、船の内部の一番奥のほうにある小さな箱だった。
小舟の魔法陣はいくつかのパートに分かれているものの、基本的には連動して動いている。魔石の魔力も共有だ。
それに対してこの小さな箱は、どうやら完全に別系統として独立しているようなのだ。
現に本体側を停止させた後も、これだけは動き続けていた。
起動用の魔石にも隠すように蓋が付いていたので、そこまでするならと、あえて今も動かし続けている。
ちなみに箱の外側には、古代語と思われる言葉で何事か書かれているが読めない。
「確かにコイツは謎じゃな」
「ええ。ほとんど魔力は消費していないっぽいですけど、何なのか分からないんですよねぇ……」
「動いとるものをバラすのも怖いし、今更止めるのものぅ」
「そうなんですよ……。ただ、ここまではっきり外部に言葉が書かれているものは初めてなので、そこにヒントがあるんじゃないかなとは思っています」
勇の言う通り、これまでの魔法具に、魔法陣以外の何かが書かれている事はほぼ無かった。
なので、これはあえて文字が書いてるのだろうと勇は考えている。つまりはその文字を読んでほしいという事ではないのだろうか、と。
「ヴィレムへの土産じゃな」
「ええ、とびっきりの」
そう言って二人して笑う。
ヴィレムの古代語や魔法語の解読は地道に進んできている。
今やそれがライフワークと言うか研究所の言語部門責任者となったことで、より一層力を入れて解読に没頭しているのだ。
今回の新しい魔法陣と、この謎の箱は、そんな彼にとって願ってもない土産となるだろう。
と勇がそんな事を考えていると、フェリクスが小走りに近付いてきた。
「イサム様、タイマイの解体が終わりました!」
「ああ、ご苦労様でした。どうです? ちゃんと素材として使えそうでしたか?」
どうやら村人と共に行っていた、タイマイの素材剥ぎ取り作業が終わったようだ。
「ええ。甲羅にあまり傷をつけないように戦っていましたから、かなり程度は良いようです」
「おお、それは良かったですね。では、半分は村人の皆さんで分けてもらってください」
「了解っ!」
「「ええっ!!?」」
「え?」
「え?」
勇の一言に、当たり前のように頷いたフェリクスに対し、一緒に報告に来ていた村長と村人の代表は声を裏返らせた。
「どうしましたか?」
「え? いや、今半分分けると……」
「ええ、そうですよ。元々村に来た獲物ですから。ああ、すいません半分では少なかったですかね。じゃあ七――」
「いやいやいや、逆です、逆っ!!」
「逆?」
「はい。そもそも我々では倒す事など出来なかった魔物です。解体の手間賃くらいはいただけると助かりますが、素材自体は領主様に……」
村長の言葉に、村人の代表もコクコクコクと高速で頷いている。
「あはは、ありがとうございます。でも大丈夫ですよ。こう見えて実は結構お金持ちですからね。配るなりいざという時の蓄えにするなりしてください。あ、オリーブ畑造りの原資にしてもよいですね」
「な……。そんな簡単に……」
半分でもかなりの大金になるであろう素材をあっさり村人に譲る勇を、旧クラウフェルト家以外のものは信じられないものを見るような目で見ていた。
元々この旧セードルフ領の税収は、非常に安定している。
魔石こそ産出しないものの、農作物、林業、そして油から得られる税収がバランスよくあるためだ。
さらには魔法研究所へのパテント料やオリヒメ商会経由の売上などもあるので、マツモト家が得ている収入は非常に多い。
その上さらに、先のオリーブと並んで新たな収益拡大施策の実施に動き出そうとしていた。
◇
「なるほど。魔動車自体を売るとリスクがあるから、魔動車を使った商売で儲けようという腹か……」
「ええ、その通りです。直接売るより当然金額は減りますけど、これなら技術漏洩のリスクを抑えつつ外貨も得られます」
「確かにな。派閥外の貴族への秘匿魔道具の有料提供は、ほとんど儲けは乗せられんからな」
メルビナでの出来事を報告するためクラウフェンダムを訪れていた勇は、その報告後、新たな施策についての話を、寄り親のセルファースと元寄り親のビッセリンク伯爵としていた。
「まずは近隣からですけど、魔動車によって人や物を運ぶ仕組み作りを始めたいと思っています」
次に勇が着手しようとしていたのは、魔動車流通網とも言うべき流通革命だった。
すみません、更新一日遅れました。
皆様、まだコロナは終息しておりません。お気を付けくださいませ……。
(ニンバスとかいう変異株にやられたようですが、アホほど喉が激痛でした。マジでヤベーっす)
週1~2話更新予定予定。
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