●第249話●海の魔物
「なにっ!! 船に魔物だと!?」
村人の言葉に、一度腰掛けた村長が再び勢い良く立ち上がる。
「へ、へい。見張り台からも確認したんで、間違いねぇかと」
「どんな魔物かは分かりますか?」
勇からも質問が飛ぶ。
「か、確証はねぇですが、でけぇ甲羅が見えたんでアサルトタイマイ辺りじゃねぇかと……」
「アサルトタイマイだとっ!?」
勇の質問に答えた村人の言葉に、村長がこの日一番大きな声を上げた。
「……危険な魔物なんですか?」
「ええ、沖で遭遇しても危険な魔物ですが、厄介なのは浅瀬でもある程度動けることなんです」
「陸上でも、ですか……」
村長の言葉に勇が思わず唸る。
水棲の魔物は、大型であればあるほど普通岸へは近づかない。
水深が浅いと上手く泳げなくなるためだ。いかに強力な魔物と言えど、動けなくなってしまっては元も子もないのだ。
しかしこのアサルトタイマイと呼ばれる魔物は、例外的らしい。
大型のウミガメのような魔物で、好んで浅瀬に来る事は無いが、何かの拍子で浅瀬や砂浜にやってきた場合も動けるため、大きな被害が出ることがあるらしい。
「すぐに避難指示を出してくれ。自警団は直ちに海岸に集合させよ。すみません、マツモト様も念のため高台に避難を……」
「いえ、私も騎士たちと共に海岸へ向かいましょう」
「は? り、領主様が自らですか!? よろしいのですか?」
驚いた村長が、思わず隣に控えるフェリクスのほうを見やる。
「ええ。いつも大体ご自身も前線へ向かわれますね。遺跡探索などもされますし、元々騎士団の魔法顧問でしたからね。我々の中で最も魔法が得意なのはマツモト様です」
「な、なるほど……」
少し苦笑しながら答えるフェリクスに、村長がどうにか納得する。
「そういうことです。フェリクスはこのまま付いてきてください。リディルはティラミスとマルセラに魔法巨人で直ちに海岸へ向かうよう指示を」
「「はっ!!」」
「さぁ、急ぎますよ!」
「にゃっふ!」
一方の勇は素早く指示を出すと、いつの間にか戻ってきていた織姫を肩に乗せて急ぎ海岸へと向かった。
「アレですか……。確かに船が追いかけられていますね」
「ですね。真っすぐにこちらに来るというよりは、ジグザグに逃げている? まだ距離があるので何とも言えないですが、そこそこ速くないですか? あの船」
勇たちが海に近い家から丘の上へと避難する村人とすれ違いながら海岸にたどり着くと、勇の目でも分かる距離に船と魔物が見えた。
勇が言う通り、沖合二百メートルほどの距離を走る小舟と、それを追いかける亀の甲羅のようなものが目に入る。
全長では双方の長さは同程度、幅は甲羅らしきもののほうが広そうだ。
小舟は十秒間隔くらいで進路を反転させて、ジグザグな動きを見せている。
そこそこ距離があるので確証はないが、結構な速度が出ているように思えた。それに何より……
「帆が無いですね、あの船。動力船は私たちの作ったもの以外に、これまで見たことが無かったですが……」
「マストも立っていませんね。何より帆船であそこまで機敏に方向転換できるものなのでしょうか?」
勇が気付いた通り、逃げていると思われる小舟には帆が無かった。
この世界の船は、勇が前に作った外輪船のような船を除くと、全て手漕ぎか帆船なはずなのだ。
「しかも船上に人影が見当たりませんね」
「確かに……」
勇より視力の良いフェリクスが操船する人がいないことにも気付く。
船体はそれほど高さがあるようには見えないので、操舵室が船内にあるとしたら寝そべって操縦していることになるだろう。
そんな不思議な船は、後方から追いかけてくる亀っぽい魔物に攻撃されているのか、時折大きく揺れる。
しかし転覆したり大破することなく、ジグザグな操船を続けて徐々にこちら側へと近づいてきていた。
その普通ではない状況に、駆け付けた村の自警団らも固唾をのんで様子を見守る。
「む? 今のは魔力光? 金色と水色か?」
当初から一回り程大きく見えるようになった船体から、微かに魔力光が発せられたのを勇の目が捉えた。
一瞬だったが二色に光ったように思える。
「魔力光が見えたのですか!?」
「ええ。おそらく金と水色なので、光と水です。動きがあるかもしれないので注意を」
「はっ!」
警戒するように勇が注意を促した矢先だった。
「なんだぁ!? 急にスピードが上がったぞ!!」
「真っすぐこっちに来やがる!!!」
突如動きを変えて、速度を上げてこちらへ向かってくる船に驚きの声が上がる。
水飛沫を上げてこれまでの倍近い速度で向かってきたため、あっという間に浜近くまでやってきてしまった。
「臨戦態勢を!! 初撃は私が行きますが、撃ち終わるまで絶対水中には入らないように!!」
「「「了解っ!」」」
勇からも即座に指示が飛び、騎士たちが応答する。声は発せないが、魔法巨人からも承服のハンドサインが送られてきた。
それから十秒足らずで波打ち際まで突っ込んできた小舟は、勢いそのままに座礁することなく砂浜へと乗り上げて動きを止めた。
プシュプシュと、船尾のほうから断続的に少量の水を噴き出している。
(なんだ? 水を噴射して進んでたのか? いや、今はそれどころじゃないな!)
小舟の気になる挙動を脇に置いて、それを追いかけて今まさに浅瀬へと突っ込んできた亀の魔物へ注意を向ける勇。
間近で見るとかなり大きい。テカテカと陽光を反射する甲羅の大きさは、四畳半くらいはありそうだ。
「行きます!『紫電投網!!』」
そして宣言通り、勇が先制の魔法を放った。先の気球での戦いでも使った、紫電投網の魔法だ。
網目状の雷撃が、巨大な甲羅を覆うように襲い掛かる。
「グモァァァァッ!!!」
バチバチと紫電を迸らせる魔法の威力に、アサルトタイマイがたまらず咆哮をあげた。
腹の底に響くような雄叫びが、只者ではない魔物であることを如実に告げる。
『岩石壁!』
それを見届けたマツモト家の騎士たちから、まずは石壁の魔法が放たれた。
小舟と同じく、勢い勇んで砂浜付近まで突っ込んできているアサルトタイマイの眼前に現れた石壁が、その勢いを削ぐ。
『天地杭!』
続けて今度は、動きが止まったアサルトタイマイの後方に、何本もの石の杭が顕現する。
相手の有利になる海側へ、簡単には逃がさないための措置だ。
「マルセラ、ティラミス、行けっ!!」
そこへフェリクスの指示を受けた二体の魔法巨人が詰めていく。
その足元は、ごわごわした長靴のようなものを履いていた。
海沿いへ行くということで、念のため用意してきていた簡易的な防水装備だ。
防水性と伸縮性に優れたロックワームの皮を貼り付けた長靴に、長靴の履き口と膝関節部分を覆うようにフォレストリーチの膜を纏っている。
多少の動きにくさに目をつぶれば、水深一メートルくらいまでならある程度動いても問題が無いレベルの防水性能だ。
バシャバシャと水飛沫を上げながら、盾を構えたティラミスを先頭に突っ込んでいく魔法巨人たち。
しかし魔物とて、それを黙って見ている訳ではない。
「グワァァァァッァッ!」
不機嫌そうな雄たけびを上げて、口を大きく開く。
「!? 水属性の魔法が来ますっ!」
大きく開かれた咢から濃い水色の魔力が漏れ出すのを見た勇が叫んだその刹那。
ドッパァッッ!!
口の中から、かなりの勢いで水弾が何発も放たれる。
とっさにティラミスの魔法巨人が、足を止めて構えた盾でそれを受け止めるが、水弾が当たるたび少し後方へと押し戻されていた。
人と比べてはるかに重量がある魔法巨人を押し戻すのだから、かなりの威力だ。
『風壁』
そこへフェリクスから風壁の魔法が飛んでくる。
アサルトタイマイと魔法巨人の間に、薄緑色に揺らめく壁が現れた。
ドンドンドンッ!
連続で放たれるアサルトタイマイの水弾が、傾斜をつけた風の壁に弾かれるのを見て、二体の魔法巨人が加速する。
一歩先に壁の陰から飛び出したティラミスは右へ、追うように飛び出したマルセラは左へと回り込んでいく。
「モバァァァッッッ!!!」
両サイドから槍を突き込まれたアサルトタイマイが雄たけびを上げ、狂ったように暴れ出した。
少しだけ距離を離して冷静にそれを見極めた魔法巨人たちが、遠間から的確に槍を突いていく。
「モァァァァ……」
暴れながら放たれる水弾を躱しながら五分ほど槍で攻撃をしていると、やがて魔物の動きが緩慢になり、ついにその巨体を横たえる。
なおも槍を構えたまま警戒するが、数分経っても動かないのを見てようやく戦闘態勢を解いた。
「おおぉぉぉぉっ!!!」
「すっげぇぇっ!」
「あれってアサルトタイマイだよなっ? それをあんなにあっさり……」
「魔法巨人強ぇぇぇ」
「なんか魔法もすごくなかったか!?」
魔物が倒されたと分かると、遠巻きに見ていた村人たちから一斉に歓声が上がった。
「お、お見事でしたっ!!」
「あはは、ありがとうございます。フェリクスはアサルトタイマイでしたっけ? を皆と引き上げてください。マルセラたちはその小舟をお願いします」
目を見開いて賛辞を贈る村長に礼を言いつつ、勇が戦後の処理を指示していった。
◇
「でけぇなぁ、おい」
「ああ。ここまでの大きさは中々ないんじゃねぇか?」
引き上げられたアサルトタイマイを、素材ごとに切り分けながら村人たちがざわついている。
どうやらかなりの大物らしい。
村長の話によると滅多に倒せるような事は無いのだが、数年に一度くらいの間隔で、死亡したアサルトタイマイの甲羅だけが流れ着くことがあるという。
今回の獲物は、これまで村に流れ着いた甲羅の中でもトップクラスの大物らしい。確かに四畳半くらいあろうかという甲羅の大きさは圧巻である。
アサルトタイマイの甲羅は、討伐する事の困難さとその独特の色合いと光沢から、装飾に使われる高級素材らしい。
タイマイの名の通り、地球の“べっ甲”に近い扱いなのだろう。違いといえば、その硬さから防具に使われることもあるという点か。
「完全に無人ですね、これは」
「うむ。中に人がおるかと思っとったが、まさか無人とはの……」
一方の勇は、魔法巨人によって引き上げられた小舟を、帯同していたエトと共に検分していた。
離れたところからだと無人に見えていたが、引き上げて見てみてもやはりこの小舟は無人だった。
それもどうやら、途中で人が振り落とされたとかではなく、最初から無人だったようなのだ。
「うわぁ……。これ、中も魔法陣となんかよく分からない部品で一杯ですね」
「そうじゃのぅ。とても人が入り込めるようにしてあるとは思えんの」
全体的に平べったい船体だが、少々盛り上がっている部分の外装を慎重に剝がしながら勇とエトが嘆息する。
小舟の全長は四メートルほど。幅は一・五メートル強で、かなりスリムな印象を受ける。
競艇のボートが長さ三メートル弱、幅一・三メートルほどなので、それを二回りほど大きくした感じだろうか。
船体の中央が、長さ二メートル、幅は一メートルほど盛り上がっている。
そこに人が入っているのかと思いきや、開けてみたら中は無人で、魔法陣と何かしらの部品が詰まっていた。どう見ても魔道具だ。
「んーーー、ぱっと見読めそうな部分は無いですね……」
「ふむ、それは残念じゃの」
中に詰まっていた魔法陣をざっと眺めた勇が言う。
「一度持って帰って詳しく調べますか。あ、そうだ!!」
何かを思い出した勇が、船体の後方に回り込む。
「どうしたんじゃ?」
「浅瀬に上がった時、後ろから何度か水を噴き出していたように見えたんですよ。これ、私のいた世界でウォータージェットと言われていた機構に近いかもしれないんですよね」
訝しがるエトの質問に答えながら、勇が船体後方の下部を覗き込む。
「ん、これだな? おーー、見た目はジェットっぽいなぁ」
目を輝かせる勇の視線の先には、筒状のノズルのようなパーツが船体最後部から顔をのぞかせていた。
「んんんっ!? ひょっとしてこれは……」
ノズルの周りを調べていた勇が思わずその手を止める。
「おおっ! ここは読める魔法陣だっ!!!」
嬉しそうな勇の声が、砂浜に響き渡った。
週1~2話更新予定予定。
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