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●第230話●災い転じて福となす

「ええっ!? 前ヤーデルード公爵は、アレクセイさんに襲われていたんですか!?」

「ああ、そのようだね」

 クラウフェンダムにある領主の館。その執務室に、勇の驚きの声が響いた。


「魔物討伐で大怪我を負われたとの事でしたが、まさかそれも……?」

「そうだ。そちらも息子である現当主、アレクセイ殿の流言であるとみて間違いない」

 セルファースの答えに、質問をしたアンネマリーが驚愕の表情を見せる。


 つい先ほど、プラッツォの最前線で戦っていた辺境伯らから、ズンとの戦争に勝ったという報告と共に魔法巨人の書記(ゴーレムライター)で届いた情報は、驚愕の二文字だった。

 現ヤーデルード公爵が、前ヤーデルード公爵を罠に嵌めて家督を手にし、ズンと裏取引をして自らの勢力を伸ばそうと画策をした――

 間違いなく、シュターレン王国の黒歴史として後世まで語り継がれるレベルの背信行為だろう。

 そしてそれが露見した経緯がなんともお粗末なものであったことが、余計に勇たちを驚かせていた。


「まさか戦場で裏切って味方に攻撃を仕掛けるとはねぇ……」

 あらためてその報告書に目を通したセルファースが、深くため息をついた。


 ヤーデルード公爵が率いる北部貴族連合軍が合流したことで数的な不利が改善された上、地道な魔法巨人(ゴーレム)破壊活動が功を奏して、戦況は徐々にシュターレン側に傾き始めていた。

 そして戦況を決定づけたのは、散々投げてきた散魔玉の効果が、目に見えて現れ始めたことだ。

 元々は相手の動きを阻害することを期待して投入された散魔玉だったが、期待する効果は得られなかった。

 代わりに、魔法巨人(ゴーレム)の消費する魔力を増やす効果があることが分かる。

 元々短期決戦で勝利を収め、その後はクラウフェルト領から強奪した魔石で魔法巨人(ゴーレム)を稼働させる想定だったのだが、思わぬ抵抗にあい中型以上の魔石を手に入れることに失敗していたため、魔法巨人(ゴーレム)の燃費が悪くなることは致命傷となったのだ。


 戦況が不利になっていくと、ズン側からヤーデルード公爵ら内通貴族に対する裏切りの催促が増えていく。

 その頃になるとヤーデルード公爵らは、このまま負けてもしらを切り通しきれないと判断、ついに友軍に刃を向けたのだ。

 最後方に控えていたヤーデルード公爵らの軍が裏切った事で、シュターレン側は挟撃を受ける形になる。

 しかし戦場が混乱したのは一瞬だった。


 痺れを切らしてヤーデルード公爵が裏切るだろうことを予測していた辺境伯らが、ヤーデルード公爵配下の騎士団の隊長格を抱き込んでいたのだ。

 大胆な裏切り行為なので当然極一部の者しか内通の事実は知らない。衝撃の事実を初めて知った騎士らのほとんどは、国賊にされてはたまらないと辺境伯らの誘いに応諾する。

 そして本当に主君が裏切った事を知り一時呆然とするもすぐに立ち直り、まともな衝突が起きる前に寝返りは鎮圧された。

 と同時に、ズン側へ亡命しようとしていたアレクセイ・ヤーデルード公爵ら張本人は、目を光らせていたエレオノーラ・エリクセン伯爵に拿捕される。

 相手側の重鎮と接触していた所を現行犯で押さえられたため、言い訳することも出来ず万事休すとなったのだ。


 その後、再び指揮を執ったバルシャム辺境伯の元、シュターレン側は危なげなく押し込んでいく。

 ズン側もある程度の抵抗は続けたが長続きせず、ついに全軍が撤退する。

 国境付近まで追撃して更なる打撃を加えることに成功し、今回の戦争は終戦を迎えることになった。

 そしてその後行われた現地での聴取で、ヤーデルード公爵らの悪事の全てが判明、現在に至っている。


「まさか自分の父親を害してまで裏切っていたとは……。ご無事でよかったですね」

「ああ。前当主であるドラッセン殿は、反王家派閥ではあるがひとかどのお方だ。今回も、直前にアレクセイ殿の裏切りを察知した腹心に助けられ、どうにか一命を取り留めたようだよ。しかし……」

 そこまで言ったセルファースは、一度溜息を零して言葉を続けた。

 

「どこぞの辺境伯閣下と似て、現場にしか興味がないタイプのお方でね……。ご子息に対しては放任主義だったようだよ。そうなると罠に嵌められたとはいえ、監督不行き届きとして処分は免れないだろうね」

「なるほど……」

「そしてそうなると、だ。国王陛下の仰っていた“褒賞”とやらは、ほぼ確定したとみて良いだろうねぇ……」

「あーー、そうか。そうなりますよねぇ……」

 セルファースと勇は顔を見合わせると、お互い苦笑している事に気付いてさらに力なく笑う。


 褒賞とは、先般国王に謁見した際に言われたセルファースの陞爵、勇の叙爵の事だ。

 国王の言葉が額面どおりであれば、セルファースは伯爵、つまりは上位貴族に仲間入りする事になるだろう。

 勇に関しては騎士爵か男爵のどちらかだろう。騎士爵であれば一代限りだし、男爵の場合は一代限りの場合もあるし次代へ継承可能な世襲の場合もある。


「何を言っているのよ。迷い人のイサムさんはまだしも、セル、あなたは偉くなって領地を豊かにする事が目標だったのではなくて?」

 そんな二人の様子を見たニコレットは、やれやれと首を振る。

「それにイサムさんが貴族家を立ち上げられるなら、クラウフェルト家は迷うことなくユリウスに継がせられるわ。アンネも貴族夫人になれるし、こんな良い話に文句を言ったら、女神様の罰が当たるわよ?」

「あー、確かに……。私が婿に入るとユリウスは後を継げないですし、かと言ってアンネが私に嫁ぐと平民になっちゃいますもんね……」

「いえ、私は別に平民になってもその、イサムさんと一緒にいられれば別に……」

 もっともな話をするニコレット。それを聞いたアンネマリーは、顔を赤くしながら何やらごにょごにょと呟いている。


「あはは、ありがとうアンネ。でも、俺としてもアンネには苦労してもらいたくないからね。うん、貴族にしてもらえるというならしてもらってもいいかもしれない」

「イサムさん……」

「はぁ。やっぱり迷い人は感覚が違うわね。貴族にしてくれって頼む人はいても、してもらってもいいなんて言う人は初めてみたわよ」

 なんとも軽い勇の様子を見たニコレットが苦笑するが、貴族などと言うものとは縁遠い現代日本人である勇からしたら“ちょっと偉くなる”程度の感覚でしかないので仕方がないだろう。


「はー、イサムがそう言うなら私も腹を括るしかないね……。戦後の処理もあるし、公爵家の不祥事だから仕置きが決まるまでは時間がかかる。その間にイサムには、貴族について勉強してもらおうか」

「うわぁ、勉強ですか……。いや、勉強自体は嫌じゃないですけど、うーーん、魔法陣の研究をする時間が減っちゃうなぁ」

「はっはっは、問題はそこなのか。やっぱりイサムは筋金入りだね。なに、勉強といっても一日中じゃない。十分研究時間もとれるさ」

 研究が出来ない事に悩む勇に、セルファースは声をあげて笑った。


 にわかに始まった勇の貴族修行が一ヶ月を迎えた頃、今回の一件を沙汰するため全貴族に臨時招集の号令がかかる。

 そしてそれは、急ピッチで配備された魔法巨人の書記(ゴーレムライター)および交換局を使ったネットワーク初の、実戦使用でもあった。



 召集の号令より十日後。勇の姿は、セルファースら貴族家当主たちと共に王城の大会議室にあった。

 爵位を持たない勇は本来であれば同席は出来ないのだが、当事者としての係わりが深いため参考人として参列している。


「此度の戦は、誠に大義であった。この国に弓引く大馬鹿者が出たことは国を統べる王として慙愧に堪えんが……。結果として国益を損なう者を処断できたことは良かったのかも知れぬな」

 広い室内に国王の声が響き渡る。

 裏切り者が出た割に表情が明るいのは、本人が言った通りそれを炙り出すことが出来たためであろう。

 セルファースら勇派閥の当主の見立てでは、あの茶番のような緊急招集時からわざと泳がしていたのだろうとの事だ。

 それが上手くいき、見返りとして陞爵させてやるから当時の処遇は不問にせよ、とも取れる状況にセルファースは苦笑していた。


「まずは大馬鹿者の沙汰だが――」

 初めて入る大会議室に緊張しながら勇がこれまでの事を思い返していると、国王と宰相から裏切った者への処断内容が発表された。


 まず、裏切った張本人であるヤーデルード公爵、ハイネマン伯爵、ディスカフ伯爵の当主三名は、事情を知って加担していた重臣らと共に死罪となった。

 国を裏切った上に戦争による死者も出ているため当然の結果であろう。

 当然本人らは否認したが、勇たちが拿捕していたズンの軍師であるヤリスコフとの司法取引で裏取りが出来たため、あえなく失敗に終わっていた。

 また、事情を知らされていなかった当主の家族や騎士らは、今回はお咎めなしとなっている。

 シュターレンは連座制も導入しているが、今回は極一部の者による犯行であるとしての措置だ。


 もっともそれは表向きの話で、一気に三つの上位貴族家が連座で断絶すると国の運営に対する影響が大きいため、それを嫌った形であろう。

 ただし、ヤーデルード家は伯爵に、ハイネマン、ディスカフの両家はそれぞれ男爵に降爵される。

 それに伴い旧ハイネマン、ディスカフ大領の運営は、現在配下にいる子爵家が一代伯爵位を得た上で引き継ぐ事となった。

 ヤーデルード家は、匿われていた旧当主のドラッセンが当主に復帰して事に当たる。


 ドラッセン本人は自身の不始末の結果として固辞していたのだが、辞める方が責任逃れだと言われて引き下がった。


 最高位であった元公爵家の運営は、例えそれが伯爵家になったとしても一筋縄ではいかない。

 それを慮りつつ、反王家派の重鎮に大きな貸しを作った形にもなるため、国王としては上々の落としどころだろう。


 加えて、三家の所領は大きく割譲されることとなる。

 もっとも広い旧ヤーデルード領は、隣接するザバダック辺境伯家、ビッセリンク伯爵家に割譲されたうえ、一部が王家直轄領となる。


 ディスカフ領はバルシャム辺境伯、カレンベルク伯爵家に、ハイネマン領はビッセリンク伯爵、クラウフェルト子爵家に割譲された。

 いずれの領も、以前の三分の二程度の広さとなる。


 もっと割譲せよとの向きもあったのだが、譲られた側も急に広くなっても運営に支障が出るため、この程度に落ち着いた格好だ。


「では次に褒賞についてだ。まず、濡れ衣を着せられながらそれを跳ね返し、今回最も良い働きをしたクラウフェルト子爵家は陞爵して伯爵家とする。セルファースよ、受けてくれるな?」

「はっ。謹んでお受けいたします」


「うむ。より一層励むが良い。続いてクラウフェルト家幕下で多くの成果を上げた迷い人イサム・マツモトは、叙爵して世襲男爵とし、マツモト男爵家当主となってもらう。受けてくれるな?」

「はっ。王国に連なる貴族の末席として、身命を賭して励みます」

「うむ。期待しているぞ」


 セルファースの伯爵襲名は想定通りだった。

 クラウフェルト子爵家自体は直接戦争に参加はしていないのだが、配下扱いの勇の活躍はクラウフェルト家の手柄となるため功一等になるのは当然の結果だった。


 対して勇の男爵位叙爵、それも世襲貴族としての叙爵は、考え得る中で最上の評価と言える。

 もっとも、敵の策を暴きその重鎮を拿捕。多くの魔法巨人(ゴーレム)を倒した上一部を鹵獲して王家に献上。さらには戦争を有利に進めるための数々の魔法具を惜しげもなくばら撒いたのだ。とんでもない功績である。


 これを全て勇個人の功としてしまうと、釣り合わせる褒美もとんでもないことになるため、両者に分けて妥当な落としどころに落ち着けた格好だろう。

 これでもやや褒賞のほうが負けているが、いきなり多くを貰っても持て余すことになるので、セルファースや勇にとっても悪い話ではない。

 それに、王家に対する小さな貸しを作る事に成功しているので、これ以上無い成果と言える。


 その後も功績に応じた褒賞の話が続いたが、さすがに二人以外に陞爵の話は無く、金一封や没収した領地の割譲が主であった。

 今回の戦で新たな領地を得たわけでは無いので、褒賞については本来頭の痛い話なのだが、やらかした貴族から領地を接収できたのは王家にとって僥倖だ。

 なにしろ王家の懐は直接痛まないのだ。国王としてはしてやったりといったところだろう。


「詳細についてはこの後ザイドから書類を受け取ってくれ。特に大領主となるセルファース、初めて領地持ちの貴族となるイサムはやる事が多い。半年の準備期間のうちにぬかりなくな。以上だ」

「「はっ!」」

 そんな国王の台詞と共に、今回の騒動における論功行賞が終わった。


 伯爵となったクラウフェルト家は、直轄領も加増されたうえ、領地を増やしたヤンセン子爵家と新たに領地貴族となったマツモト男爵家を寄子にした大領主となる。

 これまで寄親だったビッセリンク伯爵は、一部の所領をクラウフェルト家に譲る代わりに、さらに大きな領地をヤーデルード公爵家から得ることで加増。

 その他バルシャム辺境伯とザバダック辺境伯も加増され、領地が不要なエリクセン伯爵は一年の課税免除を手にしていた。

 

 こうして、クラウフェルト家への濡れ衣から始まった今回の魔法巨人(ゴーレム)騒動は、結果として勇派閥の勢力を伸ばしてようやくの終結を迎えた。


 訳も分からないままこの世界(エーテルシア)に勇と織姫が召喚されておよそ一年半。

 何の因果か貴族になってしまった彼らの、新しい一歩が今日からまた始まる。

 領主就任までに残された期間は、あと半年だ――

これにて第14章はおしまいです。

15章からは、いよいよ男爵となった勇の自領作りが始まるので、お楽しみに!!

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― 新着の感想 ―
おお〜〜ついに領地経営が始まるんですね!楽しみです!
本作1の憎まれキャラであるアレクセイ氏があっさり退場してしまった〜!! 悪役成分の補充に期待します
ズンへの戦後賠償はしないのですかな? 払うかどうかは別としても、周辺諸国に対して「うちの国はズン国に巨大な貸しがある」と喧伝出来るだけでも、今後ズン国が再度侵攻を企む大義名分を抑える役割を果たしそうな…
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