●第228話●最新の戦況と生産工場
クラウフェルト夫妻がそれぞれ国のトップと面会をした翌日、プラッツォ王国の最新の戦況が、交換局経由で早速国王の元へともたらされた。
セルファースも、交換局と繋がっている魔法巨人の書記を持ってきているので、状況を知る事となる。
「どうやら、ようやく戦況は互角になったようだね」
報告内容を見たセルファースが、安堵の表情でタウンハウスのソファにもたれかかる。
プラッツォにおける戦いの序盤は、相手の魔法巨人に手を焼き劣勢だった。
戦術としては大きく二つで、一つ目は迫りくる魔法巨人を止めるため、多くの兵力を塹壕や逆茂木によるバリケード等の構築に充てて、押し込まれながらも魔法具も駆使してどうにか防衛ラインを死守するというものだ。
そして二つ目は、アバルーシの魔法巨人、各領の精鋭魔法騎士達を、エリクセン家の傭兵騎士の元に集結させて対魔法巨人特化部隊を結成、ゲリラ的に展開して相手の魔法巨人を少しずつ削っていくというものだ。
開戦当初、ズンの第一世代魔法巨人がフルで存在していた時には、防衛ラインを守る兵にかなりの被害が出ていた。
そこから対魔法巨人特化部隊は、ゆっくりとだが確実に成果を上げていく。
ズンの魔法巨人が集中運用されておらず、小隊ごとに一体ずつバランスよく配備されていたことも味方して、各個撃破が上手くいったようだ。
そうして二週間ほどが経過した頃には、実に三十体以上の第一世代を仕留めるに至る。
包囲殲滅のためズンの部隊が広い範囲に展開していたこと、一度に倒される魔法巨人が精々数体だった事が仇となり、ズン側は気付かないうちに徐々にアドバンテージを失っていった。
その頃になると、防衛ラインへの被害が縮小し始めていた。
そのタイミングで、メラージャ近郊で鹵獲して操縦訓練を終えた味方側の第一世代五体が、特化部隊に加わる。
操縦方法にクセがあり、練度こそズンの第一世代と比べて低いものの、見た目が全く同じ第一世代が敵として突如戦場に現れたため、ズン側は混乱に陥った。
素性がばれるまでの期間は決して長くは無かったが、その間にさらに多くの相手方魔法巨人を仕留めることに成功、徐々に戦況が好転し始める。
そして北回りで進軍してきたシュターレン王国の援軍が、ついに合流した。
ヤーデルード公爵を中心に、北部の反王派貴族家やビッセリンク伯爵領の貴族家などが加わった大軍団だ。
これで随分と数的な不利も無くなり、一気に盛り返せるかと思いきや、そう上手くはいかない。
これまでバルシャム辺境伯が総大将、フェルカー侯爵が副将を務めていたのだが、ヤーデルード公爵が爵位を理由に総大将を標榜。
複数貴族による連合軍の場合、国王による指名が無ければ最も爵位の高い者が総大将を務めるのが慣例なので、バルシャム辺境伯も応諾、フェルカー侯爵も副将の座を退く。
しかし総大将が変わった途端、引いて守りを固めるだけで、こちらから打って出ることが極端に減ってしまった。
「どうやら、ヤーデルード公爵は大量の第一世代魔法巨人がいることに相当驚いたようだね」
報告書を読み進めたセルファースが、驚いた表情で言う。
「どういうこと? 裏で繋がっていたのになぜ驚くのかしら?」
事情を知っているニコレットが首を傾げる。
「そこまで大量の魔法巨人を使って戦争を仕掛けるとまでは、聞いていなかったのではないか? と言うのが、辺境伯閣下らの共通見解だね」
苦笑してそう答えるセルファース。
「なにそれ。呆れたわねぇ。騙すつもりが自分も騙されていただけじゃない……」
「全く、お粗末なもんだ」
ため息をついて言うニコレットに、セルファースも肩をすくめる。
しかし読み進めると、更に驚きの情報が出てくる。
こうした国を挙げての戦時には、派閥ごとに固まって宿営地を敷くのが常識だ。
仲が悪い者同士が近くにいるよりトラブルも少なくコミュニケーションも円滑になるので、妥当なところだろう。
今回ももちろんその慣例どおりに天幕が張られており、北部の反王派閥の者も固まっていた。
すると当然、内通していたと思われる三貴族当主は、どこかで集まって話をすることになる。
それを見越して、今回の企てから梯子を外された形のフェルカー侯爵とカレンベルク伯爵の両者が、常に聞き耳を立てていた。
そして当主らが、「このままこちらが勝ってしまえば計画が狂う。どうにかズンが王都を占拠できるようにせねば」と相談しているのを盗聴する事に成功した。
以前に、アバルーシのリリーネからもたらされた情報の裏付けが出来た形だ。
「その証拠に、戦力の分析や把握が重要だとか、軍を引くように説得すべきだとか、消極的な事ばかり言っては戦闘を引き延ばそうとしていたそうだ」
盗み聞きした事を大々的に告げることも出来ないし、戦場での上官に対する命令違反は罪となるため、どうしようかと気を揉んでいたのだが、戦況が不利と悟ったズン側の動きが、皮肉な事に解消の手助けとなる。
三当主に対して内通をほのめかす密書を持った敵兵が捉えられたのだ。
当然ヤーデルード公爵らは敵の策略だと否定するのだが、それを知ったエリクセン家が超法規的措置に出ることを決定する。
エリクセン家は、伯爵家となった際に領地を最小限にするのと同時に、いくつかの例外的特権を手にしている。
その中の一つが、“自らが率いる兵の範囲であれば、独自の判断で用兵を行って良い”という、規律違反を不問にする強力なカードだ。
歴史上使われた例は少ないのだが、エリクセン家に対する王家の信頼がいかに厚いかが分かる権利だ。
そして現状に不満を覚えたエレオノーラ・エリクセンが、そのカードを切って、傘下にいるアバルーシの魔法巨人と共に攻撃をすると訴えたのである。
さしもの公爵家とは言え、王家が認めた権利を覆すことは出来ないし、これ以上の行為は裏切りを肯定する事になってしまう。
ようやくズンに対して本格的な戦闘が再開されることになった。
その甲斐あって、最近ついに戦況がこちらに有利になってきたところなので、近々勝利を収められるだろうと報告書は締め括られていた。
「やれやれ。これでどうにか戦争自体は終わらせられそうだね」
「そうね。あとは陛下がこれをお知りになって、ヤーデルード閣下たちをどうするのか、ね」
「ああ。まだ物理的な証拠は無いに等しいからね。何か決定的な物が無いと、公爵家をどうにかする事は難しい」
「おいそれと処分も出来ない、か……」
「まぁ我々は我々で、出来る事をやろう。明日には大々的に戦況報告を行うそうだよ」
「そうなのね。じゃあクラリスに伝えて、明日から演劇を始めてもらうわね」
「頼んだよ。これでまた、王都の風向きは陛下にとって追い風になるはずだ」
ニコレットはセルファースの言葉に小さく頷くと、状況を伝えるため部屋を後にした。
翌朝。
王家から魔法巨人を相手にした戦争が行われていることが大々的に発表されると、王都は大騒ぎになった。
合わせて、先の御前試合で活躍したクラウフェルト家やエリクセン家の功績もあって戦況が有利である事が伝えられたので、どちらかというとお祭り騒ぎに近いものだ。
その日の午後。今度はクラリーネ劇場が新作の演劇を開始するとの告知を行う。
さらにはその演目が、偶然にも魔法巨人を題材にしたものであり、初演を王妃殿下が公務で観覧されるとの発表が同時にされたものだから、再び王都にざわめきが広がった。
そして初回公演の後、王妃から素晴らしい内容だったとのコメント及び、観覧費用の一部をプラッツォでの戦費に充てる事が通達されると、劇場は連日超満員となるのであった。
◇
一方セルファースらを見送った後の勇の姿は、複数の文官らしき者たちと共に工房にある応接室にあった。
「う~~ん、やはりまずは魔動車と魔動スクーターですかね?」
「そうですね。人流はもちろんですが、物流に対する効果が計り知れません」
腕組みしながら小さく唸る勇に、文官と思しき男の一人が答える。
何をしているのかというと、随分と種類の増えたオリジナル魔法具の生産工場についての話し合いだ。
すでにクラウフェルト領だけで生産するような状況ではなくなっているので、寄り親であるビッセリンク伯爵家や、同じ北方で比較的距離の近いザバダック辺境伯家、お隣ヤンセン子爵家の文官が参加している。
クラウフェルト側は、勇以外にアンネマリー、エト、ヴィレム、ザンブロッタ商会のシルヴィオという陣容だ。
「やはり物を速く、たくさん運べるようになるのは大きいですか……?」
「ええ。効率面が倍どころではないですからね……。運用費も馬を世話するのとは比較になりませんし、馬房も要りませんから」
シルヴィオが大きく頷きながら言い、文官たちもしきりに頷いている。
彼らの言う通り馬車には馬が必要で、運用するにはその馬の世話をすることが必ずセットとなる。
餌や水を与え、身体を洗うなどの世話はもちろん、健康管理や病気にも気を付けなければならない。
馬車を使っていない時でも当然毎日世話は必要だし、そのための場所も必要だ。
基本的には人を雇ってそれを行うため、馬車を維持・運用するのは、下手をしたら購入するよりお金がかかると言われるくらいだ。
対して魔動車や魔動スクーターも日々のメンテナンスは必要だが、その手間は馬の世話と比べるべくもない。
燃料も魔石さえあればよい。近距離であれば小魔石でも十分に実用範囲だ。
その上で馬より速く、交代制なら夜通し走る事さえできるし、保管スペースも荷車分しかいらない。
少しでも馬車を運用したことがあるものなら、その利便性に気付かないはずがないのだ。
「分かりました。今も各領でノックダウン生産はしているのでそれは続けてもらいつつ、マレインさんの所と共同で大きな工場を作りましょうか」
「そうだね。当面秘匿魔道具のままだから、基幹部品の製造は近場でやりたいしねぇ」
しばし考えた後、勇がそう結論を出すと、隣に座っていたヴィレムも頷く。
「ええ。ノウハウは、まだ狭い範囲に留めておきたいですからね。それにこの近くなら、駐留しているエレオノーラさんのところの睨みが効きますからね。安全面でも良いんですよ」
「かしこまりました。それでは領境近辺ですぐに用地の選定に入ります」
勇の決定に、参加していたビッセリンク伯爵家の文官が応える。
「お願いします。あ、用地は少し縦長に縄張りしてもらっても良いですか?」
「縦長に、ですか?」
「はい。ちょっと生産方法にも新しい事を試してみたいので……」
首を傾げる文官に勇が簡単に説明を行う。
今回勇が試そうとしているのは、いわゆるライン生産方式、それもコンベアを使ったものだ。
職人が生産を行う工房と違って、工場は未経験者が働くことが前提だ。
そうなると、一人が受け持つ作業範囲が狭いライン生産方式のほうが、教育期間が短く済む分有効と見たのだ。
そんなライン生産方式は、製造ラインが一直線に並ぶ関係上縦長になりがちなので、それを見越してのことである。
ちなみに一人が受け持つ作業範囲を狭くすると、個人が抱え込むノウハウの量が減るため、技術の流出防止にも一定の効果が見込める。
「我が領では、以前ズヴァール様とお話をされたものの生産を始めようと思い、本日はサンプルをお持ちしております」
ビッセリンク領の話が終わったとみて、今度はザバダック辺境伯家の文官が話を切り出した。
「こちらになります」
そして持参したカバンの中から、小さなアタッシュケースのような物を取り出すと、机の上に載せて蓋を開く。
「おおっ!?」
出てきたものを見て勇が思わず感嘆の声を上げる。
見下ろしたその目の先には、整然と並んだ鈍く光沢を放つ、高級感あふれる白い小さなキューブ状の物体があった。
「“マージャンパイ”の高級モデル、その試作品です」
「ほぅ、コイツは見事なもんじゃな。触ってもよいか?」
「はい、ご自由にご覧下さい」
エトの問いかけに文官が頷くと、皆が銘々に麻雀牌を手に取り始めた。
基本的な柄は、以前勇たちと作ったものと同じで、数字、短剣、肉球柄の三種類に、東西南北の字牌もある。
異なっているのは中と發にあたる牌で、それぞれザバダック家の紋章の簡易版と正式版が描かれていた。
「おぉ、この紋章牌はいいですね!」
「ありがとうございます。最初は片方を国の紋章にしたのですが、国を捨てるというのは遊びとしてもいかがなものか、という事になりまして……」
褒める勇に対して、文官が少し苦笑しながら答えると、勇も思わず苦笑する。
「あーー、それは確かに……。後から難癖付けられても困りますしね」
「これは……、もしかしてスノーワイバーンの角ですか??」
今度は、真剣な目つきで牌の質感や手触り、光沢を確認していたヴィレムが、驚いた表情で確認する。
「はい、ご推察通り、スノーワイバーンの角を削り出しております」
「やはりそうでしたか。この冷やりとした独特の手触り、もしかしたらと思いましたが……」
答えを聞いたヴィレムが、感嘆の溜息を漏らした。
スノーワイバーンはワイバーンの亜種で、その名の通り雪が降るような冷涼な地域にのみ生息しているらしい。
勇からしたら爬虫類っぽいくせに寒い所が平気だとは何事かと思うのだが、魔物はそういうものだと納得しておく。
先日仕留めたワイバーンには無かった、白くて立派な角が後頭部から一本突き出しているのが特徴だ。
そしてその角は、常にひんやりと冷たい事と、まるで氷のようなつるりとした質感が特徴で、高価な工芸品やアクセサリーなどに使われる高級な素材である。
「貴族向けに販売するものなので高級感が必要だろうと、ズヴァール様が仰いまして」
そう続ける文官の言葉に、そう言えば地球でも昔は象牙を使っていて、その後急激に個体数が減ってしまって禁止されたはずなので、大丈夫なのだろうかと勇が心配する。
「確か通常のワイバーンより二回りほど大きくて、氷のブレスを吐いて来る強敵だと聞いた事がありますが?」
前言撤回。氷のブレスを吐くような輩と象とでは、その危険性は大違いであった。
「そうなのですが……。ワシが狩ってくるわ、と言って数名の手勢と共に狩りに行かれた方がおりましてね……」
そう言って文官が遠くを見る。どうやらズヴァールの現場主義は相変わらず健在のようだ。
「まぁそのおかげで複数セット作れるだけの素材が調達できましたので、こうして試作品をお持ちした次第です」
「そうだったんですね。このクオリティなら全く問題無いと思いますが、アンネはどう思う?」
主観では大丈夫だが、この世界の貴族基準が分からないので、勇はアンネマリーに話を振る。
「全く問題無いと思います。スノーワイバーンの角と言うだけでそもそも問題無いのですが、それを綺麗に加工していますので、もはや美術品として販売できるレベルかと」
「ありがとうございます」
アンネマリーからの太鼓判も出たことで、文官がホッとした表情を見せる。
「ちなみにこれ、いくらくらいで販売される予定なんですか?」
「素材が素材なのと、加工に非常に手間がかかりますから、百万ルイン程度を考えています」
「ひゃくっ!?」
何気なく聞いた勇だったが、一億円相当という興味本位で聞いた事を後悔するような金額が返って来てしまった。
しかし隣ではアンネマリーが当然と言うような表情で頷いているので、妥当な値付けなのだろう。
であれば、特に言う事は何も無いので、最高級モデルはこれでいこうという事になった。
「ではこちらが契約書になります」
元々の取り決めで利益は折半と言う話になっていたので、この高級モデルについても同じ契約になる。
売上ではなく粗利ベースなので五千万円が手に入る訳では無いが、数千万円くらいは入って来るだろう。
年に一つ売れるだけでも結構なものだなぁ、などと考えて勇が契約書にサインをしていると、コンコンコン!とやや強めに応接室のドアがノックされた。
ノックの前には廊下を走ってくるような足音も聞こえたので、何か急ぎの用件だろうか。勇は扉の前に立っているフェリクスに頷いて見せる。
「にゃ~っふ」
織姫にもその足音が聞こえたのか、一鳴きして伸びをした。
「どうぞ」
「し、失礼いたします!」
フェリクスが扉を開けると、入って来たのは息を切らした教会の司教であるベネディクトだ。
「マ、マツモト様、ついに生まれましたぞ!! アッシュとルルの子猫が生まれましたぞっ!!」
そしてベネディクトと共に飛び込んできたのは、待望の子猫誕生の一報であった。
週1~2話更新予定予定。
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