●第225話●謁見と献上
思いのほか謁見の日取りが早くなり、クラリスへの連絡など含めて慌ただしく準備を進めていると、あっという間に謁見当日の朝となった。
「いやぁ、午前中の謁見じゃなくて良かったよ……」
「ホントそうね。結局ギリギリまで準備していたものね」
謁見は午後の早めの時間、おそらく昼食後最初の時間に設定されていた。
なんだかんだ直前までバタついていたので、王城へ向かう魔動車の中でセルファースとニコレットはホッと胸をなでおろしていた。
王都はクラウフェルト領近郊のように、当たり前のように魔動車が走っているわけではない。
迂闊に魔動車で王城へ乗り込んで騒ぎになっても大変なので、馬車でいきたい所だったのだが、大荷物故にそれがかなわなかった。
と言うのも、普通は保安上の問題もあって、献上の品は一足先に王城へと運び込まれ、事前に検閲を受ける事になっている。
しかし今回は物が物なので、なるべく限られた人数の人間の目にしか触れぬよう、直接当日持ち込むように宰相より指示されたのだ。
その関係で、ほぼクラウフェルト領から輸送してきた車列そのままで王城に乗りつけることになってしまった。
せめてもの抵抗は、随伴する騎士が魔動スクーターから馬に乗り換えた事くらいだろうか。
「……クラウフェルト子爵家の皆さまですね。召喚状を拝見します」
「ああ、こちらが召喚状だよ」
城門を守る騎士に、召喚状を渡す。
紋章入りとは言え見慣れぬ魔動車にさほど驚いていない所を見ると、事前に事情を知らされている騎士のようだ。
王都でイノチェンティ家当主代行を務めている長男のツァイルが、王城の守備隊に伝手があるとの事だったので、内々に手を回してくれたのだろう。
「確かに確認しました! どうぞお通り下さい!」
「ありがとう」
その甲斐があってか、荷物についても軽く検められた程度でスムーズに王城内へと通される。
「……これは、かなり気を遣ってもらっているわね」
「そうだね。まさか近衛騎士が先導してくれるとは……」
王城へ通された後は、馬車止めまで王城騎士が先導、随伴するのが習わしだ。
それが今回、先導してくれているのが白馬に乗った騎士だったのである。
王城において白馬に騎乗するのが許されるのは、王族とその直臣である近衛騎士のみだ。
さすがに国賓が来た時のように随伴する騎士まで近衛騎士と言う事は無いのだが、重要な客扱いであることに疑いはない。
「おそらく宰相閣下の仕業だろうね。反王派に対して、いらぬ邪魔をするなと言うクギ刺しといったところかな」
勇だったら帰ると言いかねないな、などと考えながらセルファースは苦笑した。
その後、献上品を載せた魔動車とセルファースらが乗る魔動車は別の入口へと別れる。
引き続き近衛騎士に案内されたセルファースらは、王城の正面入り口から城内へと足を踏み入れた。
「では、奥方様はこちらへどうぞ」
「ありがとう。じゃあね、セル。また後で」
「ああ。王妃陛下にご迷惑をかけぬようにね」
しばらく城内を進んだ所で、今度はニコレットが別行動となる。
国王に謁見するセルファースとは別口で、正妻である王妃から招待を受けていたのだ。
「分かっているわ」
「にゃあ」
数名の護衛騎士と共に別の部屋へと案内されていくニコレットの方から、微かに猫の鳴き声が聞こえてくるのだった。
ニコレットと別れてしばらくの後、セルファースは大きな扉の前に来ていた。
「クラウフェルト子爵閣下、到着されました!」
「通しなさい」
「はっ!!」
随伴してきた近衛が到着を告げると、中から返事が返ってくる。
「失礼いたします。セルファース・クラウフェルト、御命に従い参上いたしました」
謁見の間と呼ばれる部屋へと一歩足を踏み入れたセルファースは、片膝をつき最敬礼で短く口上を述べる。
顔は上げず、床に敷き詰められた豪奢な絨毯に目をやったまま返答を待つ。
「しばらくぶりだな、セルファース。話がしたい、もっと寄れ」
「はっ」
国王ネルリッヒ・シュターレンの砕けた呼びかけに、立ち上がったセルファースが絨毯の上を歩いていく。
素早く周りを確認すると、国王の背後には四名の近衛騎士が立ち、国王の右側に二人の男が立っていた。
一人は先の婚約発表にも登場していた宰相のザイド・メルクリンガー。
そしてもう一人。いかにも古強者然とした風貌の男は、事実上の王国軍部トップである王国軍務大臣ベルトラン・ドラグレンだ。
それ以外には玉座台の下に敷かれた絨毯の両側に数名の大臣と思しき人物と、警護の近衛騎士が十名程いるだけだった。
通常の謁見では、国王の問いに迅速に答えられるよう副大臣クラスも玉座台下に列席する事が多いので、異例の少人数と言えよう。
そんな中セルファースは、両サイドに近衛騎士が立っている辺りまで歩いていき再び膝をついた。
「この度は、謁見の機会を頂きありがとうございます、陛下」
「ふふ。何やらとんでもない物を寄こしたようだからな。呼ばぬわけにはいかんだろう」
「……恐れ入ります」
楽しげに笑いながら言う国王に、セルファースが深く頭を下げる。
「では、目録にある献上品を検めさせていただきます。まず二品あるうちの一品目。魔法巨人の書記という名の魔法具をこれへ」
台上のザイドが、手にした目録を読み上げながら台下の大臣に目配せをする。
頷いた大臣が一度謁見の間の脇にある扉から出ていき、すぐに大きな台車を何台か伴って戻ってくる。
そのまま玉座台の正面まで運ぶと、荷台に掛けられていた一目見て上質と分かる布が取り払われた。
「ほう……」
「む……」
布の下から出てきた、甲冑を身に着けた騎士の腕のような奇怪な魔道具を見て、台上で驚きの声を上げる国王とベルトラン。
軍部トップであるベルトランが、一瞬腰に手をかけそうになっていた所を見ると、彼も初見だったのだろう。
「こちらが魔法巨人の書記で間違いないですね?」
「はい、間違いございません」
ザイドの問いをセルファースが首肯する。
「目録の説明によると、遠隔地との連絡を可能にするとの事ですが……。どのように使うか説明いただいても?」
「かしこまりました」
下手に情報が漏洩するのを避けるため、目録の説明書きは極シンプルに書いてある。
目録の献上時に指摘されたら答えるつもりであったが、当日まで何もツッコミが無かったという事は、王家としても同じ考えだったという事だろう。
「こちらは名前にもある通り、魔法巨人の一部、主に腕の部分を利用した魔法具になります。人の動きを模倣する特性を利用して、この腕に文字を書かせることが出来ます」
そう説明しながら、セルファースが魔法巨人の腕にペンを握らせ台の上に紙を設置する。
ペンはだいぶ小さくする事に成功した鉛筆もどきだ。
「口で説明するより実際に動かしたほうが分かりやすいと思いますので、これより実践に移りたいと思いますがよろしいでしょうか?」
「かまわぬ」
「ありがとうございます」
王の許可を得たセルファースが、今度は操作側の魔法具である台座の上にある椅子へと腰掛け、腕にもいくつかの魔法具を取り付けていく。
魔法巨人側の台と操作側の椅子、机は、量産に際して規格化されている。
使用する際の動きの誤差を極力減らすことを狙ってのものだ。
「こちらで書いた文字が、そのまま魔法巨人の腕でも書かれます」
そう言うと、魔法具を起動させてサラサラと紙に文字を書き始めた。
ギュギュイ
一拍置いて、一瞬淡い光を放った魔法巨人の腕が、駆動音と共にペンを動かす。
「仕込みでは無い事を証明するため、陛下の望む言葉をお書きしますが、何かございますでしょうか?」
やらせだ、と言われることの無いようにセルファースが提案する。
「ふむ……。ではそこにいる近衛二人の名を書いてくれ」
「かしこまりました。名前をお聞きしても?」
「はっ! チェザリスと申します」
「私は、ライコネンと申します」
「ありがとう。では失礼して」
聞いたばかりの二人の名前を、追加でサラサラと書いていく。
魔法巨人側の動きが止まった事を確認したセルファースが、魔法具を停止させて手元の紙と魔法巨人の元にある紙を、先程台車を運んできた大臣に手渡した。
「ほう……。確かに今聞いたばかりの名前、それに今日の日付が書かれているな。文字の癖も同じか」
大臣から宰相を経由して渡された二枚の紙を見比べて、国王が呟く。
「これで、この腕が私の書いた文字を同じように書くことが出来る事がお判りいただけたかと思います」
「ああ、それは間違いなかろう」
セルファースの確認を国王が首肯する。
「ありがとうございます。そして、この魔法巨人の書記の真価は、これが遠距離であっても作動する事にあります」
「……遠距離とはどの程度なのだ?」
セルファースの説明に、今度はベルトランが質問をする。
「これを作ったイサムの見立てでは、ほとんど制限はないだろうとの事です。少なくともプラッツォの王都ラッチェリオ近郊から、我が領の間で問題無く作動する事は確認しております」
「なんだとっ!?」
「なんとっ!?」
セルファースの答えに、質問したベルトランだけでなくザイドも驚嘆した。
隣の国王も声こそ上げていないが、その顔は驚きに染まっている。
「クラウフェンダムからラッチェリオは千キロメートルはあるんだぞっ!?」
「……陛下、それが本当でしたらとんでもないことですな……」
「だろうな。セルファース、それを証明できるか?」
「はい。この魔法巨人の書記と言う魔法具は、人が文字を書く操作側と、その動きを真似して文字を書く魔法巨人側が一対一になっています」
玉座台の上から投げかけられた質問にセルファースが粛々と答えていく。
「今お見せした一組はこの場で実践するための一組です。そして献上するためのもう一組ですが、対になる一式が我が領にあり、いつでも作動できるようにしてあります」
「ほぅ。つまりはこことクラウフェンダムにいる者とで、筆談が出来ると言う事か?」
「御意にございます。娘のアンネマリーが待機しているはずですので、実際にやり取りをしていただければと思います」
「分かりました。私が文字を書いても?」
国王からの目配せに頷いたザイドが、セルファースに問う。
「はい。是非お試しください。そちらに座っていただき、右腕に魔法具を着けていただけば大丈夫です」
「分かりました」
セルファースの説明に従って準備を終えたザイドが、早速紙に文字を書いていく。
「距離があるため、反応があるまで多少お時間がかかりますが、程なく返事が来るかと……」
しばし待っていると、魔法巨人の書記がギュイギュイと駆動音をさせて文字を書いていく。
「……本当に返事が来おった」
それを見たベルトランが思わずそう零す。
一方のザイドは、魔法巨人が書いた文字を見ながら再び筆を走らせていく。
「なるほど……。陛下、確かにこれは遠隔地とやり取りが出来ているものと思われます」
五分ほどかけて何度かやり取りをしたザイドが、魔法具を止めてもらってからそう国王へ声を掛けた。
「相手がアンネマリー嬢との事でしたのでいくつか質問をしてみましたが、本人もしくはそれにごく近い者が相手であると推察できました」
そう言ってやり取りした内容を、ザイドが皆へと見せる。
そこには婚約発表時の司会者の名や自身の服装、勇がこちらに来た時に仕切っていた貴族の名などに関するやり取りが記されていた。
「相手は目に見えないので絶対とは言い切れませんが、クラウフェルト卿が我々をだます必要性もありませんので、真実と言ってよろしいかと」
王の脇へと戻っていったザイドが、あらためてその見解を口にした。
「ザイドがそう言うのであれば間違いなかろう」
そう断言した国王の言葉に、「おお」という感嘆の声が、謁見の間にいる誰からともなく漏れ聞こえてきた。
「くっくっく、セルファースよ。とんでもない物をよこしたな? 伝馬を飛ばしても何日もかかる距離に、ほぼ一瞬で言葉を伝えられるばかりか、そのままやり取りまで出来る。その価値は計り知れん」
「勿体ないお言葉」
「して、寄こしたものの片割れが、そなたの領にあるのは何のためなのだ? 両方寄こせば、好きな所と話が出来るのではないか?」
「そちらにつきましては、魔法巨人の書記の運用方法が関係しております」
国王からの質問に、引き続きセルファースは淀みなく答えていく。
一対一であるが故、やり取りする人数が増えると必要な魔法具の数は飛躍的に増えてしまう事。
それを防ぐため“交換局”を中央に置いて運用を行う事。
交換局は既に立ち上がっており、重要性を鑑みてその場所は秘匿する予定である事。
その警護にはエリクセン家の傭兵騎士団が就く事、などが滔々と語られていく。
「……すでにそこまで考えておったか」
「イサム曰く、この魔法具のキモは魔法具そのものではなくて運用にありますからね、だそうです」
「くくく、なるほどな。大したモノよ」
「時にクラウフェルト卿、この魔法具はどこまで広めるおつもりか?」
今度はザイドから質問が飛ぶ。
「陛下に献上した後は、まず同一派閥の貴族家に譲る予定です。その後は、友好的な貴族家にも販売させていただこうかと」
「……なるほど。友好的ではない貴族家にはどうするおつもりで?」
ザイドからさらに質問が飛ぶ。
「こちらは秘匿魔道具となりますので、今の所友好的ではない方へ提供する気はございません」
「ほぅ……?」
セルファースの回答に、国王の目がスッと細められる。
「……しかし、王家による統制と言う面で考えると、そうも言ってはおれません。ですので、王家からの連絡のみを受け取れる魔法巨人側だけを提供しようかと」
「ふむ。こちらからの通達を受け取ることは出来るようにする、と言う事ですね?」
「はい。そう思っていただいて問題ございません」
「なるほど、そう来るか。ふふっ、完全に枠組みから外すと言うのであれば問題だが、連絡は届けられるようになるのであれば、とやかく言う事は出来んな」
「ええ。秘匿魔法具ですから、本来はクラウフェルト卿には提供する義務はありません。ただ、国防に大きく関わる問題なので……。その点、連絡が届くのであれば看過できる範囲かと思われます」
国王の言葉に大きく頷きながら、ザイドも肯定の言葉を口にした。
「ふっ、よかろう。その提案でよしとしてやろう」
「……ありがとうございます」
ニヤリと笑う国王に、セルファースが深く頭を下げた。
「さて、献上品はもう一つあったな?」
「はい陛下。もう一つは魔法巨人本体でございますが、大きすぎてこちらには入りませんので、近衛の城内演習場に運ばせております」
「ほう、腕に続いて今度は本体か。まったく次から次へと……。よし、しばし休憩の後演習場へ移る。ベルトラン、休憩の間に人払いをしておけ」
「はっ!!」
「セルファース、ではまた後程な。魔法巨人本体も楽しみにしておるぞ?」
「承知いたしました」
いったんの休憩を宣言して退室していく国王に深々と最敬礼をしたセルファースは、国王が完全に退室したことを確認すると、自身も謁見の間を後にした。
「陛下、これは国が、いや世界が大きく変わるきっかけになるのでは?」
「ああ。間違いなくそうなる。そして、魔法巨人の書記を持っている者と持っていない者――いや違うな。正確には例の仕組み、交換局だったか? それに参加出来る者と出来ない者の間に、決定的な差が生まれる」
謁見の間から休憩室へと向かう道すがら、国王とザイドが言葉を交わしていた。
「そうなりましょうな。そしておそらくクラウフェルト卿もそこまで読んだ上で提案しておられますな」
「だろうな。くくく、どうして中々食えん男よ。まぁ今のところ余に楯突こうと言う訳ではないから問題は無いがな」
「はい。魔法巨人の書記にしろこの後の魔法巨人にしろ、わざわざ献上しなくても良いものですからな。忠義があるのは間違いないかと」
「ふ。クズ魔石屋と言われていたクラウフェルト家が、よもや国のあり方を左右する存在になるとはな……」
「大変になるのは、彼らに喧嘩を売った連中でしょう。運用の枠組みから外れますから、一気に取り残されますな……」
「ああ、その件についてはひとつ考えがある」
ニヤリと笑った国王が、何事かをザイドに耳打ちする。
「…………なるほど。それはよろしいかと。しかし受けますかな?」
「分からん。分らんが、仮に受けなかったとしても、そこまで大きな問題では無いからな。またその時考えればよかろう」
「御意にて」
「くっくっく、セルファースの尻馬に乗る形なのは癪だが、贅沢は言えん。これを機に下らん事を考える連中を一掃したいものだ」
国王はそう呟くと、目を細めて長く続く廊下の先を力強く見つめた。
週1~2話更新予定予定。
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