●第218話●戦況報告
「確かに、オリザが生えていますね……」
「うん。どう考えてもおかしいけど、見事に生えてる……」
あり得ない状況に困惑しつつ、勇はより詳しく状況を把握するため屈みこむと、一番手前にあるオリザを一本そっと引っ張ってみた。
「……茎もしっかりしてるし、根張りも悪くないんじゃないか? これ」
「そうなんですか?」
うなる勇の横でアンネマリーが尋ねる。
「うん。それにほら、この根元の所を見てみて?」
「あ、二本に分かれていますね」
「稲はこうやって茎の本数を増やしながら大きくなっていくんだ。本当なら植えてから一か月くらいかかるはずだよ」
勇が好きでよく見ていた、男性アイドルが農業をやる某テレビ番組で言っていたことを思い出す。
現在のオリザの長さは二十五センチ程か。中には三十センチに迫ろうというものもあった。
勇が言う通り、茎が分かれて増えていく”分けつ”が始まるのは、おおよそ田植えから一か月ほどと言われてる。
田植えに使用する苗の育成期間が二十日から三十日である事をふまえて考えると、わずか一晩で一気に二か月ぶん成長したことになる。
「すごいな……、女神さまが言っていたのはこういう事だったのか。しかし成長速度が二倍になるとかそういう話だと思ってたけど、まさか一日で一気に追いつかせることだったとはなぁ」
女神の祝福の恐ろしさを思い知った勇が嘆息する。
「この後も同じペースで育った場合、あと二日くらいで収穫できそうだけど多分そうはならないだろうなぁ」
「確か、まだ間に合う、と仰っていましたからね」
「うん。数日で収穫できるなら間に合うどころの話じゃないからね。追いついた後はきっと普通に育つような気がするよ」
そう結論付けた勇は、ひとまず様子を見ることにして、この日は館へと戻る。
そして翌日。オリザはさらに倍に成長しているようなことはなく、勇の予測したとおり通常の成長ペースになっていた。
今後は普通の農作物と同じように、成長の様子を見ながら害虫や雑草を駆除したり水量や肥料を調整したりと、手探りで栽培を続けていくことになるだろう。
思いのほか早く稲作に目途がついたところに、プラッツォの戦況速報が舞い込んできた。
届けてくれたのは、少数で敵地に乗り込んだ勇たちに、魔動車で援軍を送ってくれたズヴァール・ザバダック辺境伯家だ。
魔動車の足でも、プラッツォの王都ラッチェリオからは十日ほどかかるため、状況もそのタイミングのものである。
ほぼ世界中のどこからでも携帯電話が繋がる現代地球人からするとかなり遅い気がするが、馬車だと倍以上かかる距離を、王家が緊急時に使う伝馬とほぼ同じ速度で貴族間の私信が届くのは驚異的と言える。
「ふむ、どうやらギリギリ王都に攻め入られる前に、南部から進軍したバルシャム辺境伯閣下の援軍が間に合ったようだよ」
もたらされた手紙を読んだセルファースが、大きくため息をついた。
「おお、それは良かったですね! しかし南部からだと結構距離がありますし、途中にあるカポルフィには第一世代が結構な数攻め込む手はずになっていたのに、良く間に合いましたね?」
それを聞いて喜びつつも、ズン側の作戦を知っている勇が驚く。
勇たちがメラージャ近郊でズンの魔法巨人たちと戦っていた日から数日後には、カポルフィにも五十体の第一世代が二百の騎馬と共に攻め込むことになっていた。
カポルフィは一度アバルーシの魔法巨人に攻め込まれて陥落したため、それをふまえた防衛態勢が敷かれているとはいえ、数も個々の戦闘力も高い第一世代に攻められて持ちこたえられるとは思えないのだ。
「リリーネ嬢からの情報を受けて、即座に行動を起こしていたらしいよ。表立って部隊を展開するわけにはいかないから、ザンブロッタ商会のものに偽装した魔動車をフル稼働させてコツコツと騎士や兵士を魔法具と一緒に送り込んだと書いてある」
「あのタイミングでそこまで動いて下さっていたんですね……」
なんの裏取りもしていない情報を元に、辺境伯という上位貴族が動いてくれていたことに勇は思わず言葉が詰まる。
が、そのタイミングで動いたおかげで、第一世代が攻め込む前に三百名ほどの精鋭とありったけの魔法具をカポルフィへ持ち込めたのだから、結果としては大成功だ。
そして兵を送り込み終えた翌日、情報通りズンの魔法巨人が攻め込んできた。
しかし楽勝と高を括っていたズンの兵たちは、魔法具による強烈な反撃を受けて大いに驚くことになる。
大きな損耗をする事は無かったが、魔弾砲を使って撃ち込まれる爆裂玉や雷玉、射槍砲による遠距離攻撃で巧みに籠城戦を行う相手に対して、完全に戦闘は膠着状態となった。
そしてその膠着状態を打破する心強い援軍が到着する。
「イサムたちと別れてそのまま南下したフェルカー閣下とその手勢が、攻めあぐねるズンの背後を強襲したそうだ」
「サミュエルさんたちが……。間近で魔法を使うのを初めて見ましたけど、あの方もエレオノーラさんと同じ化け物でしたよ」
「ははは、イサムから見ても化け物ということは、ズンからしたら悪夢だっただろうね。雷の魔法と土魔法で奇襲した後は、あえて辺境伯とは合流せずそのまま遊撃部隊として奇襲を繰り返したらしい」
「うわぁ……」
セルファースの説明に勇の表情が強張る。
あの威力の魔法が、いつ襲ってくるかわからないという状況は精神的に最悪の状況だろう。
しかもサミュエルには劣るとはいえ、超一流の魔法騎士であるフランボワーズもいるのだから質が悪い。
そんな追い詰められたズンの魔法巨人たちに、止めを刺す援軍が到着する。
「サミュエル閣下たちが断続的な攻撃を開始した翌日、バルシャム辺境伯の本隊千五百がついに合流、一気に片を付けたそうだよ」
カポルフィの先鋒部隊は、魔法巨人が攻めてきたタイミングでカポルフィの使者を乗せた魔動車を一台国境へ走らせた。
これで憶測ではなく正式な援軍依頼を得られたことになるため大手を振って動くことが出来る。
たまたま国境で軍事演習をしていたバルシャム辺境伯軍は、現場へと急行した。
「カポルフィの防衛に当たっていた先鋒部隊は、すでに魔法具をほとんど使い果たしていたそうだから、実は冷や汗ものだったらしいよ」
全力を挙げて生産しているとはいえ、作れる数には限界がある。
最初に出し惜しみせず使い相手に危機感を与えることで、その後の町への接近を躊躇させた戦術の勝利と言えるだろう。
また、その後にサミュエルが合流したことも非常に大きかった。
こちらもカポルフィで一戦ある事を見越して、引き返さず全力で南下したサミュエルの手柄と言えよう。
「この本隊には、エリクセン閣下の所の傭兵騎士団が何十人か加わっていたようだね。フェリスの強化型や雷剣を振るって大暴れしたらしい」
追加生産した投擲タイプの魔法具と雷槍を上手く使って兵士たちがけん制しつつ、魔剣を携えた騎士たちが隙をついて切り込んでいく。
こうして数に勝るバルシャム辺境伯軍が押し込んだところへ、カポルフィから出撃した部隊とフェルカー侯爵らの魔法騎士が参戦、一気に勝負が決まった。
しかし、人間の数十倍のパフォーマンスを発揮する魔法巨人が五十体いたのだ。撃退したとは言え、魔法巨人のいないシュターレン側の被害が軽微なはずがない。
無視できない死傷者が出たことが書状には書かれていたが、勇の心情を考えてセルファースはあえてそれを飲み込んだ。
もっとも、勇とて直接ズンの魔法巨人と矛を交えその戦闘力を痛感しているので、楽勝ではなかったことくらいは気付いていたであろうが……。
「その三日後、イノチェンティ閣下を中心とした南部貴族の連合軍がカポルフィで合流して進軍、王都ラッチェリオに攻め入ろうとしていたズンの本隊の背後を突いたことで、ギリギリその侵攻を食い止めることに成功。間もなく大きな戦闘が始まるだろうと言うことだよ」
「なるほど。それにしてもギリギリの状況だったんですね……。」
「ああ。今回は国王陛下からの参戦要請を待たず出撃準備を整えていた辺境伯閣下たちのおかげだろうね。ん? あぁ……、王都近郊の攻防ではエリクセン閣下が大暴れしたらしいよ」
書簡の最後に追伸的に書かれていた部分を見て、セルファースが苦笑する。
エレオノーラ・エリクセン伯爵は、ズヴァール・ザバダック辺境伯と同タイミングでメラージャにいた勇を訪ねてきた。
勇だけに戦わせたことを詫びると、傭兵騎士団長のガスコインらを伴い、一足先にメラージャを発ち王都ラッチェリオへと向かった。
そんなエレオノーラたちが王都へと辿り着いた時には、王都近郊での初戦はすでにズンの勝利に終わっていた
勝利したズンの先行部隊は、そのまま王都へ攻め入る事は無く手前の平原に橋頭堡を築くべく工事を開始する。
それを見たエレオノーラは威力偵察を繰り返し、建築工事の妨害を始めた。
以前、御前試合でチゴール・バルバストルが暴走した際に見せた高威力の魔法と、武の名門エリクセン家にあって歴代最強と言わしめる近接戦闘力をいかんなく発揮し、効果的に妨害を行う。
そして遅れて出発したズヴァールやリリーネ率いる第二世代魔法巨人らが合流したことで、ゲリラ戦が本格化した。
このゲリラ戦はかなりの効果を上げ、ズンの本隊が合流するまで、ついに橋頭堡が完成する事は無かった。
「その後ズンの本隊が合流すると、エリクセン閣下らは王都へと撤収。王都前で行われた野戦でも大暴れしたそうだ。残念ながらこの野戦は多勢に無勢で敗北したみたいだけど、それで稼げた数日でイノチェンティ閣下らの軍勢が間に合ったわけだから、大金星と言って良いだろうね」
「……すごいですね、閣下たちは。それぞれが示し合わせたかのように最善手を選んで、ついに間に合わせてしまったんですから」
「何を言っているんだい。それを可能にしたのは他でもないイサムのおかげなんだよ? 魔動車はもちろん、数々の魔法具、何より辺境伯閣下らを一つの派閥にしたのもイサムが原因だ。もっと胸を張りなさい!」
思いがけずセルファースにはっぱをかけられた勇が、はっと我にかえる。
「っ!! あ、ありがとうございます!! そうですね、私がやれることをやった効果はあったんですよね!?」
「もちろんだとも!」
「よーし、そうと分かればじっとしてはいられません! 早速次の魔法具をつくりますよ!!」
晴れやかな顔でそう宣言した勇は、アンネマリーを伴って再び研究所へと向かう。
次なる魔法具、高速魔動車を開発するために。
本年は、拙作を読んでいただき誠にありがとうございました。
来年も何卒よろしくお願いいたします!!
週1~2話更新予定予定。
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