●第217話●クラウフェンダムの最下層エリア
クリスマスに米の話・・・
すり鉢状に形成されたクラウフェンダムの街の最下層中央には無属性魔石の鉱山があり、それを取り囲むように大小様々な魔法具工房が軒を連ねている。
一年前までは、いわゆる下請け、孫請けとして魔法基板の製作を請け負う小さな工房がほとんどだった。
それが今では、魔法コンロをはじめとしたオリジナル魔法具を作る大規模工房が林立していた。
「おお、イサム様! お疲れ様です!」
「アンネマリー様、こんにちは!」
「きゃ~~、オリヒメ様よ~~!!」
魔動車を降りて歩いていると、そこかしこから声がかかる。その表情は皆明るい。
「ここも随分と活気が出てきたよね」
「はい! いつ契約を切られるかビクビクしなくてもよくなりましたし、世界でここでしか作れない魔法具を作っていますからね。皆、誇りをもって働いています」
「うんうん。やっぱり仕事はやりがいがないとね!」
「本当にそう思います。よかった、本当に……」
生き生きとした表情で働く住民を見て、アンネマリーの目にうっすらと涙が浮かぶ。
それを見た勇は、何も言わずにその頭を優しく撫でた。
中央エリアを抜けた勇たちは、最下層の北東エリアへ足を向ける。
この辺りはクラウフェンダムでは珍しい畑や果樹園のあるエリアだ。
日当たりの良い南向きの斜面を段々畑のように開墾してあり、最下層の平坦部分にも畑が作ってある。
街の全人口分を賄えるような生産量は期待できないが、季節ごとの作物を植えることで有事の際にしばらく食いつなげる程度には収量があった。
少量とは言え、安全な街の中にある畑と言うのはそれだけで貴重なのだ。
また、その近辺には古い工房が多く建っているが、倒壊しそうな建物が多いので現在は使われていない。
何年かかけてまとめて建て直す再開発計画はあるが、まだ着工しておらずつい最近までは人気のないエリアだった。
それが十日ほど前から、喧騒に包まれた活気あふれる場所へと変貌を遂げていた。
「あ、イサム様! お嬢様! こんにちはっす!!」
やって来た勇たちに気が付いたティラミスが、声を掛けてきた。
何かの作業の休憩中だろうか。簡易なタープのような日よけの下で寛いでいるようだ。
その向こう、元々古い工房が建っていた辺りで、数体の第二世代魔法巨人と騎士達が作業をしているのが見えた。
「ああティラミスさん、こんにちは。どうですか、作業の方は?」
「順調っす! 時々オリヒメ先生にも手伝ってもらったっすからね!」
「にゃっふん」
第二世代が動いている方を指差しながら言うティラミスの言葉に、勇の頭の上の織姫が満足げに尻尾をユラユラと揺らす。
「おおっ! 凄いですね、もうほとんど完成しているじゃないですか!!」
指差された方を目を細めながら見た勇が感嘆の声を漏らした。
「これが、イサムさんの故郷にあった“たんぼ”というものですか?」
「うん。正確な構造とは違うだろうけど、覚えている範囲ではそのままだね!」
隣で疑問を投げかけるアンネマリーに勇が答える。
そう、第二世代を導入して試作していたのは“田んぼ”だった。
プラッツォ王国から戻ってきてすぐ種籾の事を思い出した勇は、それを植えるための田んぼづくりに取り掛かった。
街の外に作る事も考えたのだが、まだ育て方も良く分からない手探り状態なため、毎日確認出来て安全な街の中で試験的に育てることを選んだ。
幸い最下層のこのエリアの再開発が止まっていたので、セルファースの許可は簡単に得られた。
マンパワーだけで工事をするととんでもない時間がかかるはずだが、ここは異世界。
土魔法をはじめとした各種魔法と、操縦訓練も兼ねた魔法巨人というチートじみた重機の導入により、驚異的な速度で工事は進む。
そして、勇たちの魔法陣マニアの開発モードに飽きた織姫が工事に参加したことで工事参加者のモチベーションが暴騰、十日ほどでほぼ完成にこぎつけていた。
「さて、じゃあまとめて仕上げをしちゃいますね」
そう言って勇は、四つに分かれた田んぼの一つの中へ、靴を脱ぎズボンの裾をまくってから入っていく。
しばし目測で大きさを確認すると、両手を地面に付けて呪文の詠唱を始めた。
『大獣を飲み込む泥沼は、岩より転じるもの也。泥化!』
勇が魔法を唱えた瞬間、勇が入っていた区画の地面が薄っすら光を放つ。
そして光が消えた後には、一面が泥沼になっていた。
「うん、こんなもんかな」
「相変わらず見事な魔力操作ですね」
畦道の上からその様子を見ていたアンネマリーが感嘆の声を零す。
「魔力がそれほど多くないから、効率よく魔法を使う練習ばかりしてたからねぇ」
「だとしてもお見事です」
「あはは、ありがとう。さて、他の区画もちゃちゃっとやっちゃいますかね」
褒めるアンネマリーに少々照れながら、勇が残りの三区画にも泥化の魔法をかけていく。
「これでよし、と。端の方の魔法の効果が届いていない所の仕上げはお願いします!」
「了解っす!!」
一通り作業を終えた勇は、ティラミスに仕上げの依頼をした。
騎士団の面々も、引き続き旧魔法のレクチャーは受けているので、彼らの魔法技術も格段に向上している。
しかし、優先されるのはやはり直接的な攻撃能力に優れた火や風の魔法なので、勇ほど土魔法を使いこなせる者はいない。
ある程度泥化を使える者は増えてきているので、そうしたメンバーに端の方を仕上げてもらうのだ。
「これである程度うまく育ってくれると良いんだけど、どんな土が良いかなんて分からないからなぁ」
水魔法で足を洗いながら勇が呟く。
農家の生まれでもない勇には、どんな土が水田に適しているかなど分かりようが無い。
何気なく見てきた実際の様子や、テレビなどで得た断片的な知識を思い出してそれっぽく作っているに過ぎないのだ。
畑の土や、肥沃だと農家の人間が言っていた森の土はすでに集めてあるので、一応この後混ぜ込んでみるつもりではあるが、上手くいく保証は無い。
「ディアレシス様とメーアトル様の加護を受けた種ですから、きっと上手くいきますよ!」
「そうだね。織姫も耕すのを手伝ってくれてるし、女神様三人の加護って、考えてみたら贅沢すぎるよね」
「ええ。お一人だけでも奇跡ですから」
「だよね。うん、何にせよ初めてなんだし、やるだけやってみよう。来年は実際に栽培されているメーアトル河から土を運んで来れるし、これから試行錯誤していこう!」
「はい、それが良いと思います」
それから土を混ぜ込み、うっすら水を張り終わった頃には、すでに陽は西に傾き始めていた。
ちなみに水は、シャワーの魔法具にも使われている水を生み出す魔法具と、すぐ近くの森の小川から元々引き込んである水のハイブリッド仕様だ。
水の魔法具だけでも水量自体は問題無いのだが、どうにも栄養分が足りないような気がしたので森の水も使う事にしたのだ。
バックアップとして水の魔法具を使うという贅沢な仕様により、水不足には非常に強い水田が出来上がった。
「さて、じゃあ種籾を蒔いていこうか。本当は苗まで育ててから植えたほうが良いんだろうけど、時期も遅いしね」
通常の稲作では、ある程度の大きさまで苗を育ててから、いわゆる“田植え”をする。
手間はかかるが、苗立ちが良く鳥などに種籾を食べられることもないなど育成が安定するメリットが大きい。
それに対して勇が今回行うの直播方式は、手間がかからないが自然任せになるため非常に不安定だ。
今回は、ものの試しとして直播してみて、次回以降にその反省点を活かしていく予定である。
また、女神の祝福を受けたことで、ある程度適当に育てても育つのではないかという打算もあった。
しかし、女神の祝福の本当の恐ろしさを、この時点では誰ひとりとして理解してはいなかった……。
翌朝。
「たたた、大変っす!! たんぼが大変っす!!!」
勇が朝食を終えて研究所で魔法陣を解析し始めた所へ、ティラミスが血相を変えて飛び込んできた。
「どうしたんですか、そんなに慌てて?? 田んぼに何が??」
「生えてるっす!!」
「生えてる??」
「オリザがもう生えてるっす!!!」
「はい???」
オリザが生えた。
ティラミスからの報告は至極簡潔なものだったのだが、簡潔故にいまいち状況が把握できない。
見た方が早いという事で、魔動車を飛ばして最下層の試験用水田へと向かった。
「えっ…………!?」
「これは……」
魔動車を降りて畦道に立った勇とアンネマリーが共に言葉を無くす。
果たしてそこには、薄っすら張った水面から顔を出した青々としたオリザの若葉が、そよそよと風に揺らいでいる姿があった。
週1~2話更新予定予定。
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