●第215話●損して得取れ
魔法巨人の書記の完成は、すぐに領主夫妻へも報告された。
「昨日の今日で、もう完成させてしまったのかい……」
「前から規格外だったけど、さらに拍車がかかってないかしら?」
報告された夫妻は、もはや苦笑するくらいしかリアクションが無い。
「あはは、ここのところ戦闘向けのものばかり作ってましたからね。その反動かもしれません」
笑いながら勇がそう返す。
「人間サイズに出来たことで、ぐっと生産効率も上げられそうでよかったですよ。すぐに何セットか作ります」
「ありがたいね。まずはどこへ配備するんだい? やっぱり最前線かい?」
「はい。大至急プラッツォの最前線に一組届けます」
セルファースの問いに勇が頷く。
ズンとの戦況について、ほぼリアルタイムでやり取りが出来るのは大きいというレベルの話ではない。
この世界の戦争のありかたを根本から変えてしまうと言っても過言では無いだろう。
「ちなみにどこまで広げるつもりなんだい?」
「まずは同一派閥に展開して、その後国王陛下にも献上しようかと」
「有用性を考えると、陛下への献上は必須だろうねぇ……」
「これが各所に配備されたら、国防の概念が変わるものね……」
勇の言葉に、領主夫妻が唸る。
「その後は、友好的な貴族家や中立の貴族家への販売と、友好国への提供と言う流れになると思います」
「敵対した貴族には?」
「個人的には絶対に渡したくは無いですね。ただ、国王陛下的には全貴族に通達できる手段が欲しいと仰るでしょうから、受信側だけという線で妥協しようかと」
「ふむ……。まぁその辺が落としどころだろうねぇ。私も腹に据えかねているが、陛下の命に背くわけにもいかないからね」
セルファースがそう言って渋面する。
いわれのない罪で牢にまで入れられたのだから、さもありなんだろう。
「幸い二つ一セットじゃないと十分な効果は発揮されませんから、差は付けられると思いますよ」
「まぁね。そう言えば交換局、だったかな? そちらの整備はどうするんだい?」
「やはり場所的に、クラウフェンダムに作ろうかと思います。ちょうど王国でも真ん中あたりにありますから」
セルファースが問うた交換局とは、地球にもかつてあった電話交換局のようなものだ。
今回勇たちが開発した魔法巨人の書記は、送受信が一対一に限定されているため、運用方法を少し考える必要がある。
情報のやり取りを行いたいもの同士が、何も考えずに魔法具を配備していくと、とんでもないことになるのだ。
二者間だけであれば、一組二台で事が足りるのだが、これが四者間となると六組、六者間だと十五組と一気に増えていく。
今回は、同一派閥の主だった貴族家間で相互にやり取りするだけでも七者いる。実に二十一組もの魔法具が必要となってしまうのだ。
また、その情報ネットワークに新たなメンバーを加えようとした場合、既存のメンバー全てに新メンバー用の魔法具を毎回追加する必要がある。
いくら人型サイズにしたとは言え、さすがにそれを管理するのは現実的ではない。
そこで交換局である。
個人間で直接やり取りをする方式ではなく、間に必ず別の者(交換手)を介してやり取りをするのだ。
現代地球でも広く使われているスター型と言われる通信の方式を、手動で実現しようという試みである。
この方式は、AからBへ情報を送りたい場合、A→交換手→Bという手順で行われる。
交換手がAから送られた文章を確認し、それをあらためてBへと代筆して送るのだ。
情報を送りたい者は、誰に送りたいかを添えた上で、常に交換手宛に送ればよいし、情報は常に交換手から届くことになる。
交換手に読み書き能力が必要ではあるが、この方式であれば各貴族家は最初に一組の魔法具を導入すれば、情報ネットワークのメンバーが何人であろうとそれ以上の追加は必要ない。
新たなメンバーが加わった場合も、新規メンバーが一組の魔法具を導入すればよく、七者でも七組の魔法具があれば事が足りる。
また副次的な効果として、疑似的な一対多の通信も可能となるだろう。
なお、代筆するのは、動きを読み取る魔法具が人にしか反応しなかったためである。
最初は魔法巨人の腕に動きを読み取る魔法具を搭載して、自動書記のような仕組みを構築しようと思っていたのだが、それはかなわなかったのだ。
ちなみに現代地球ではもちろん手動ではなくほぼ全自動で、何かしらの機器がこの交換手の役割を果たしている。
例えば代表的なスター型である家庭内のネットワークは、ルーター(多くの場合はモデムとハブ機能も内蔵)がこの交換手の役割を担っているのだ。
しかし交換局を置く場合でも、課題は当然出てくる。
ぱっと思いつくだけでも、情報漏洩、負荷の集中、脆弱性などが考えられるだろう。
情報漏洩は非常に分かりやすい。
そもそも間に人が介在する仕組みなので、少なくともその者には情報が筒抜けになる。
文章を暗号化する事である程度は回避できるが、何かしらの情報を伝えようとしている事自体は周知されてしまう。
本当に秘匿したいものは、別の手段を考える必要があるだろう。
負荷の集中も顕著だろう。
すべての通信が交換局に集約されるので、メンバーが増えるほど交換局の負荷だけが高まっていく事になるのだ。
脆弱性もこの一極集中が招く弊害の一つと言えるだろう。
全てが交換局に集約されるという事は、交換局にトラブルが発生すると全ての通信が途絶することになるのだ。
偶発的なトラブルもさることながら、人為的な行為にも気を配らなくてはならない。
端的に言えば、通信を邪魔したいものによる破壊工作から守る必要があるのだ。
もっとも、少なくとも当面これらの課題は問題無いと勇は考えていた。
いや、むしろ交換局を自前で作れば、今後はそれがとてつもないメリットに繋がると踏んでいた。
「情報漏洩についてですが、そもそも身内だけでスタートするので、少なくとも“我々は”気にしなくても良いと思ってます」
「そうだね。基本的に魔法具もイサムのスキルも派閥内には公開しているからねぇ」
「はい。近い将来王家も参加する事になると思いますが、交換局の人員は全て我々の派閥の人間とするので問題無いかと。あくまで私財で作るものですからね」
「脆弱性についてはどうなんだい?」
「そちらも当面大丈夫かと。まず、交換局の場所は非公開とします。軍の重要拠点のようなものなので、特に問題にはならないでしょう」
「確かに……。万一敵対勢力に知られたら一大事だね」
「はい。その上で警備にはエレオノーラさんのところにお願いしようと思ってます。さらに数体魔法巨人も回そうかと」
「あらあら、それは難攻不落ね。多分王国一になるのではないかしら?」
勇の答えにニコレットが苦笑する。
「おそらくは。将来的にはアバルーシの里に構えることも想定しています」
通信のタイムラグの都合で、最初は王国中央にあるクラウフェルト領近辺で立ち上げる予定ではあるが、規模が大きくなってきた場合はより安全な場所に移築する事も考えておいたほうが良いだろう。
「なるほど。それならさらに安全か。となると後は負荷集中だが……」
「あー、こればかりはどうしようもないですね。信用できる者でやる必要があるので、当面は身内から人を出してもらって交代制で事にあたろうかと」
「まぁ仕方がないか。うん、当面問題無さそうなことは良く分かったよ」
「そうね。すぐに派閥の閣下達にも連絡して進めるわ。まぁ多少問題があったところで、少しでも将来を考えられるなら無償でも参加させろと言ってくるでしょうけどね……」
ニコレットがそう言いながら再び苦笑する。
「そうだね。この情報通信の仕組みに入れない所は、今後一気に情報収集能力が低下するわけだからね……」
ニコレットの言葉を受けて、セルファースが瞑目しながら言葉を続けた。
「自前で魔法巨人の書記を用意できない時点ですでに勝負はついてるけど、仮に手に入れたとしてもこの仕組みに参加していなかったら宝の持ち腐れだからねぇ」
数名程度の情報ネットワークはどうにか実現できたとしても、それまでだ。
圧倒的な情報弱者として、取り残されていくのは間違いないだろう。
インフラを独占するというのは、そういう事なのだ。
なにせインターネットや携帯電話の事業を、一つの業者や国が牛耳っているようなものなのである。
かなりの先行投資が必要ではあるが、得られるメリットを考えると安いものだろう。
独占禁止法のようなものが存在しないこの世界においては、やったもの勝ち、早い者勝ちなのだ。
こうして、この世界初の通信魔法具の誕生と時を同じくして、“情報通信インフラ”もまた産声を上げるのだった。
その後、魔法巨人の書記の量産に必要なセラビムの髭の収集依頼を冒険者ギルドに依頼した勇は、織姫とアンネマリーを伴って教会へと向かっていた。
「今日はどのような用事で教会へ行くんですか?」
勇のすぐ隣を歩きながら、アンネマリーが顔を覗き込むようにして尋ねる。
「オリザを植え付けようと思ってるんだけど、メーアトル様の言葉を思い出したんだよね」
「確か、イサムさんの故郷の食べ物でしたね。メーアトル様のお言葉というと……、ああ、船で河を下っていた時の!」
オリザというのはアンネマリーの言う通り、地球の米によく似た穀物のことだ。
イノチェンティ辺境伯領の領都イノーティアを訪ねた際に偶然発見、籾の状態で売られていたのを買い占め、持ち帰っていたものである。
「そうそう、それそれ。種を植える前に教会に供えると良い事があるって仰ってたからね」
「確かに仰られてましたね」
以前、メーアトル河を下っている時に、女神メーアトルの化身と思われる巨大な白蛇と邂逅したことがあった。
その際に、自身の象徴である米を好いていてくれるお礼をするから教会に供えよとのお言葉を頂戴していた。
色々あって忘れていたのだが、昨日倉庫にある種籾を見つけて思い出したのだ。
日本基準だと田植えは五~六月ころに行うのが一般的なので、時期としては少々遅い。
ただこの世界と日本では色々と異なるので、物は試しとばかりに魔法巨人の書記が一段落したこのタイミングで行動を起こしたのだった。
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