●第214話●ゴーレムライター
「すごいですね、エトさん。軽く話した程度なのにここまで再現できちゃうなんて……」
この世界の筆記用具は、付けペンか筆がほとんどだ。多少面倒だが、人が机で使う分にはあまり問題は無い。
しかし魔法巨人の腕に持たせて字を書こうとすると、インクなり墨のような塗料を付けるなりする工程が非常に難しいと思われた。
遠隔地の見えないものを操作するため、余程正確な位置取りをしないとインクが付かなかったりインク壺を倒したりする可能性が非常に高いのだ。
最悪チョークのようなモノや炭の粉を指先に付けて書く方法も考えてはいるが、どうせならと以前この構想をぶち上げた際に鉛筆についても話をしていた。
それを覚えていたエトが、試行錯誤したようだ。
「どうやったんですか?」
「基本はお前さんの言っておった通りじゃな。炭の粉にマッドスラッグの粉を混ぜて焼き固めたものを芯にしとる」
マッドスラッグは、その名の通り泥のような質感をした、巨大なナメクジっぽい魔物だ。
その身体を乾かして粉にしたものは粘土のような素材で、焼くと固まる性質を持っている。
地球の鉛筆は黒鉛と粘土を混ぜて焼いたものなので、木炭を使った今回の試作品は、チャコールペンシルと言ったほうが近いだろう。
「さっきも言った通り大雑把に作っても大丈夫な大きさじゃからな。炭とマッドスラッグの分量を何パターンか試したくらいだの」
事も無げに言うエトだが、世界初の物を聞いただけで作ってしまうのだからとんでもない。
「これは魔法具とは別に多分売れるはずなので、また義父とシルヴィオさんに言っておきますね」
インク壺が不要な筆記用具は非常に使い勝手が良い。
特に、活動範囲が外の職業に対しては大うけするに違いないので、通信用の魔法具と並行して話を進めるべきだろう。
「じゃあペンも問題無さそうなので、試しに何か書いてみますか」
「うむ。紙はひとまず大きめでいくか」
勇の提案に頷いたエトが、木の板に何枚か紙を貼り合わせていく。
板の下に別の木を噛ませて高さを上げると、ペンを持たせた腕の下へと置いた。
「高さの加減が分からんから、ちょいと試してみてくれ」
「分かりました!」
操作する側と動く側の大きさが1:1ではないので、まずは丁度良い高さに紙を設置する必要がある。
紙の位置が低ければペンは空を切るし、高いと板ごと壊してしまうかもしれない。
「こっちも毎回同じポジションじゃないと駄目だから、起動前に印を付けておくか。これは肘置きみたいなのを作ったほうがいいなぁ」
起動後の操縦側の初動時に、魔法巨人側のポジションが初期化されるようなので、バラつくのはよろしくない。
魔法巨人側、操縦側共に、初期ポジションは決めておいたほうが良いだろう。
「よし、じゃあいきますね!」
細い木の棒を手に持った状態で魔法具を起動させた勇はそう宣言すると、ゆっくりその手を少しだけ上げた。
ちなみに手持ち用の鉛筆もどきはまだ形になっていないので、持っているのはそれっぽい細さの木の棒の先を削って尖らせたものだ。
ギュギュイ
勇の動きに連動して、魔法巨人側の腕が駆動音と共にその動きをトレースする。
「このまま実際に書く時のポジションまで下ろして止めるので、紙の調整をお願いします!」
「おうよ!」
今度は逆にゆっくりと手を下ろしていき、机に触れたところで手を止めた。
「そのままジッとしとるんじゃぞ!」
エトがそう言いながら、板に噛ませた木を取り換えながら高さの調整をしていく。
「よし、こんなもんじゃろ。もうええぞ!!」
三分ほどかけて高さを合わせると、勇にゴーサインを出した。
「じゃあ書いていきます!」
エトのゴーサインに頷いた勇が、ゆっくりと手に持った木の棒を動かし始める。
紙の替わりに敷いてあるのは、発泡ウレタンもどきの石を作る魔法具で生成した薄い石板だ。
気泡のパラメータをかなり細かいものにしてあり、木の棒で削ると薄っすら傷がつく。
手持ち用の鉛筆が出来るまでは、これで実験する予定である。
慎重に木の棒を動かすと、魔法巨人側の紙にも線が引かれていった。
そのまま1分ほど時間をかけて、十文字ほどの文字を書き上げる。
「ふぅ。やっぱり最初はこれだよなぁ」
書き上がった文字を見て、ほっと息を吐きながら勇が笑顔をみせる。
「む? なんて書いてあるんじゃ? これはイサムの元居た世界の文字じゃろ??」
地球の文字で書かれているため、エトが首を捻る。
一旦魔法具を停止させた勇は、出来上がりを見るためエトの方へと歩いていった。
「おお! ちゃんと書けてますね!!」
果たしてそこには、アルファベットで“hello, world”と記されていた。プログラムの入門書の最初に書いてあるヤツである。
「これは、私のいた世界の魔法陣を勉強する時、最初に表示させることが多かった言葉なんです。意味は色々な受け取り方が出来るんですが、“ようこそ新しい世界へ”とかそんな感じですかね」
「新しい世界へ、か……。うむ、新しい魔法具にはもってこいじゃの!」
「あはは、ですよね。それにしてもちゃんと書けましたね」
「うむ。ペンを落としやせんかとひやひやしたが、取り越し苦労じゃったの」
あらためて書かれた文字を見てみると、少々筆圧が強そうな感じだがきちんと勇が書いた文字が再現されていた。
エトが言ったように、途中でペンを落としたり折ったりする事も無かった。
「ペンの太さの比率には、多分結構な誤差があると思うんですが、問題無さそうでしたね」
「言われてみればそうだね。操縦する側の動きをそのまま拡大して再現してる訳だから、誤差も拡大されるはずなんだけど……」
勇の疑問にヴィレムも不思議そうだ。
「これ、ある程度の誤差は自動で補正してるんですかね??」
「自動で補正……。まぁそう思わざるを得ない状況ではあるね」
「ちょっと試してみましょうか? どれくらいの誤差までなら大丈夫なのか」
本当に自動補正機能があるのなら運用が一気に楽になる。
勇たちは早速、異なる太さの木の棒を使って実験を始めた。
「すごいね……」
「ある程度違っても大丈夫そうじゃの……」
「ええ。やっぱり何らかの補正が自動で働いているとみて間違いないですね。どういう原理なのか、全く分かりませんけど……」
実験の結果を受けて、勇たちは感嘆するしか無かった。
どう見ても腕側にはカメラのようなものは付いていない。どうやって補正しているか皆目見当がつかないのだ。
腕自体がセンサーのような働きを備えているのかもしれないが、この辺りは“魔法すげー”で片付けるしかないなと勇は自分を納得させる。
大切なのは、結果として運用が大変楽になる事なのだ。
そしてその後、この結果を受けてもしや? と試した実験で、腕と紙の置いてある机の高さについても、ある程度融通が利くことが判明する。
「いやぁ、あらためて魔法具と言うか魔法ってとんでもないね……」
「ホントにそうですね……。でも、これで運用がだいぶ現実的になりましたよ」
「そうじゃの。で、次はどうする? 距離か?」
「ええ。距離と遮蔽物に関して調べようかと」
「遮蔽物か。確かに何かしらが飛んどるわけだから、壁やら屋根やらがあったらどうなるかは気になるの」
魔力の波というのがどういう性質か分からないのだが、勇の常識では電波のようなものは遮蔽物があると減衰するのが普通だ。
その特性が同じだった場合、距離が離れるほど様々な障害物が途中に介在するため、壁の無い高所に設置するなどの工夫が必要になって来る。
実験は、有効距離、タイムラグと共にそれを検証する第三フェーズへと移行していった。
「おおっ!? これは先生の肉球?!」
「にゃふぅ」
騎士の宿舎にある食堂から、ミゼロイの嬉しそうな声が聞こえてくる。
その頭の上に乗った織姫も満足そうだ。
「うん。この距離とシチュエーションでも大丈夫なら、遮蔽物はあまり気にしなくても良さそうだ」
紙に描かれた肉球マークを見て、勇も満足げに頷く。
距離と遮蔽物に関する実験のため、勇たちは腕側を騎士の宿舎の最も奥にある食堂に設置、操作する側を街の最下層にある魔石鉱山の中に持ち込んで実験を行っていた。
宿舎はクラウフェンダムの最上層、しかも岩を掘って作られている。魔石鉱山も言わずもがな分厚い岩盤の下だ。
街の中で最大距離&遮蔽物のテストをするのであれば、これが上限の条件だろう。
「どうだった?」
十五分後、息を切らせてヴィレムが食堂へ駆けこんでくる。
後ろには同じく息を切らせたティラミスが続いた。
ヴィレムが鉱山内部で操作をして、ティラミスは魔動車による送り迎え担当だ。
大きな街ではないとは言え、相応に広いので徒歩での移動は中々に厳しい。
「ああヴィレムさん、お疲れ様でした。見てください! バッチリですよ!!」
ヴィレムにねぎらいの言葉をかけつつ、勇が肉球マークが描かれた紙を見せる。
「おお!! 綺麗に描けてるね!」
「ばっちり可愛いっす!」
それを見てヴィレムとティラミスが破顔する。ちなみに肉球をリクエストしたのはティラミスである。
「遮蔽物もこれで問題無さそうな事が分かったのは大きいですね」
「そうじゃの。屋内に置けないとなると、どうしても人目に付くしのぅ」
設置場所の自由度が高まるのはもちろんだが、エトの言う通り人目に付かない所へ置けるのが何よりありがたい。
この世界初の(ほぼ)リアルタイム通信装置は、どう考えても極一部の人間によってまずは運用されるべきなのだ。
「さて、後は距離だね」
「ええ。恐らくタイムラグを気にしなければ、かなりの距離がいけそうな気はします」
落ち着いたところで切り出したヴィレムの話に勇が答える。
「ひとまず領内で試してみて、その後はお隣のダフィドさんの所と寄り親のマレインさんの所に協力してもらいましょう」
「まぁそれが無難じゃの」
「という事で、ちょっとセルファースさんに実験の結果を伝えつつ、外へ持ち出す許可を取ってきます」
そう言うと勇は、書かれた紙を持って騎士の宿舎を後にし、領主の館へと向かう。
そして報告を聞いた領主夫妻が、その成果に驚愕する。ここまではもはや様式美と言ってよいだろう。
くれぐれも取り扱いには注意するようにとのお言葉を貰った勇は、騎士団の手を借りてダフィド・ヤンセン子爵の領都ヤンセイルとの通信実験を行う。
魔道車に積んだまま実験しても良いのだが、不安定な所で動かして万が一があってはまずい。なので、道中の町に二回ほど立ち寄り、徐々に距離を伸ばしながらテストしていく。
あらかじめ決めておいた、確実に立ち寄れるであろう時間帯に鳴る鐘の音が合図になっているので、どの程度のタイムラグがあるかも同時に確認していった。
結果、クラウフェンダム・ヤンセイル間であれば、問題無く通信できることが判明した。
また、タイムラグが三分半程あることも同時に判明する。
クラウフェルト・ヤンセイル間は街道を使っておよそ九十キロメートル程度、直線距離にすると七十キロメートル程度だろうか。
そう仮定すると、魔力の波が飛ぶ速度は秒速三三〇メートルほど。音速とほぼ同じ程度となる。
音速と聞くと速そうではあるが、一五〇メートルで〇・五秒のタイムラグが発生すると考えると、リアルタイム性が要求される用途には適さない。
この方式が魔法巨人の操作に採用されなかったのも頷けるだろう。
引き続きマレイン・ビッセリンク伯爵領の領都ビッセリーヘンとの通信テストへと移行していくが、ヤンセイルとの通信が確認できた時点で勇は次の作業へと取り掛かっていた。
「ふむ、コイツは同じものを使っとるな」
「あ、やっぱりそうですか?」
勇とエト、ヴィレムが顔を突き合わせて、2本の細長いひも状のものを真剣に見比べていた。
片方は、岩砂漠の遺跡から持ってきた腕パーツを構成している人工筋肉的な物。
もう片方は、大破した第一世代魔法巨人の腕から取り出した人工筋肉的な物だ。
エトが言う通り、太さや質感などがそっくりである。
「んーー、セラビムか何かの髭かな??」
「セラビム?」
「うん。そういう魔物だね。髭と言うか触角と言うかがかなり長い、カブトムシみたいな魔物だよ」
片方を手に取って色々な角度から見ていたヴィレムが、その正体に言及する。
ヴィレムの言う通り、セラビムは長い触角が特徴のカミキリムシを巨大にしたような魔物である。
この辺りの森には少ないそうだが、少し南へ下れば割とポピュラーな魔物らしい。
どうやらそのセラビムの細長い触角を束ねて伸縮させることで、魔法巨人の人間そっくりな動きは再現されているようだ。
「最終的にはそのセラビムとやらの髭を試すとして、直近では第一世代の資源を再利用できるのがありがたいですね」
「そうじゃな。第一世代はデカいし、作るのが腕だけなら一体分から結構な数が作れそうじゃ」
勇たちが取り掛かっていたのは、腕パーツ量産タイプの試作だ。
実験に使っているものは一つしかない上、大きさも人間の腕の倍以上あるため、人間が生活する場で利用するには大きすぎるのだ。
なので、そのままコピーするのではなく、人の腕と同じ大きさにダウンサイジングして量産しようというのである。
描いてある魔法陣については、すでに全て写し取ってあるので、後はそれと組み合わせる素材さえあれば試作が出来る。手元にある素材が使えそうなのは僥倖であった。
第一世代の素材が使えそうな事が分かった三人は、早速試作を開始した。
そして、これまで嫌と言う程腕を調べ、その構造や魔法陣を複写していた三人は、半日足らずで腕を組み上げてしまった。
取り付ける土台も、人サイズであれば話は早い。こちらも数時間でエトが作り上げる。
「ふむ、この大きさなら違和感は無いの」
「そうですね。普通に部屋にあっても威圧感は無いですね」
「まぁ服の袖なんかを被せて置いてあったら、ちょっとギョッとするかもしれないけどね」
笑い合いながらそんな話をして、早速稼働実験を行う。
「うん、問題無さそうですね」
「いやー、人間サイズのものが使えると楽でいいね」
「そうじゃな。しかも多分コイツは、最初のヤツよりだいぶ魔力の消費が少なそうじゃな」
「おおっ!? 本当ですか??」
「ああ。まだ短い時間しか動かしとらんから確信はもてんが、石の曇り方が明らかに遅いわい」
ダウンサイジングしたことで、思わぬ副産物も生まれたようだ。
基本的にずっと起動しっぱなしになる魔法具なので、燃費が良いのは非常にありがたい話である。
そして翌日。無事ビッセリーヘンとの通信にも成功したとの連絡が入る。
斯くして、この世界初の半リアルタイム遠隔通信用魔法具、“魔法巨人の書記”が誕生するのであった。
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「クズ魔石屋」時代のエピソードなど、書き下ろしも充実。何卒よろしくお願いいたします。
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