●第213話●遠距離通信の魔法具2
「……動きませんね」
「……動かんの」
「……動かないね」
しばし待っても動かない腕をみて三人とも首を傾げる。
その後も何度か指を動かしたり、思い切って腕全体を動かしてみても結果は変わらなかった。
「魔法陣の光り方を見ると、魔力情報は腕側の魔法陣に渡されてはいますよね、これ?」
「そうだね。柱のほうも基盤のほうも光ってはいるからね」
「この平べったい“けーぶる”とやらも光っとるから、腕までは魔力情報はいってそうじゃな」
三人が口にした通り、腕まで魔力は届いているが動かない、という状況のようだ。
「うーーん、フォーマットが違うのかなぁ……?」
「ふぉーまっと?」
「ああ、すいません。なんて言ったらいいかな……。形式、だと分かり辛いか。多少の誤解を承知で簡単に説明するなら、理解できる言葉が違う感じですかね」
勇がここで言っているフォーマットとは、データの形式の事である。
地球のコンピュータを使う分野においては様々な種類のものが存在していた。
例えば音楽データで言えば、MP3やWAVなどはよく知られているだろうか。
どちらも再生すると音楽になるのだが、データの形式としては全く異なり基本的に互換性は無く、それぞれの仕様、ルールに従わないと再生は出来ない。
「今の言葉は理解できなくて、空白の千年前の言葉なら理解できる、とかそんな感じですかね」
「ふむ。そうなると通じる言葉が分からん事には、何ともならんのじゃないか?」
「そうなんですよねぇ……。でもどこにも翻訳とか変換してるような記述は無いんだよなぁ」
「さすがに言葉が分からないとお手上げだね……。他に可能性のある理由は無いのかい?」
「他の理由ですか……。データエラーを検出するための検査ビットの付与だとか符号化、セキュリティのために暗号化してるとか……。いや、待てよ?」
ヴィレムの質問に答えていた勇が、何かに思い当たったのか腕組みをして思案し始める。
「第一世代は直接乗り込むから問題無いけど、第二世代はどうだった? あーそうか、最初に魔力パターンを登録したな。じゃあコイツは? 試作とは言え複数運用する前提で作ってたはずだよな??」
なおもブツブツと独り言を呟きながら、勇は思考の沼へとはまっていく。
こうなると周りの音は一切聞こえなくなるので、エトとヴィレムは苦笑しながら見守るしかない。
「あああっっ! あれかっ!?」
「うおぅっ!」
数分ブツブツと考え込んでいた勇が急に大きな声を出したため、エトがビクリと肩を震わせた。
「そうか、あの謎の文字列はそれだったのか!?」
そして何かに得心したかと思うと、勇は再び操縦席の台座に描かれた魔法陣を指差しながら目で追い始めた。
「やれやれ、相変わらず忙しないのぅ」
再び苦笑しながら、エトとヴィレムは首をすくめた。
「えーっと、たしかこの辺りに……。あった! コレだ!」
台座の上で這いつくばるように魔法陣を確認していた勇が声を上げた。
「何かの単語と……、こっちは数字だな。送信できる形に変換するのに必要な文字列かと思ってたけど、多分これ識別子だ……」
「識別子? 何だいそれは?」
念のため魔法具を止めた後、勇の近くへ来ていたヴィレムが首を傾げる。
「どこから送られてきたものなのかを特定するための名前とか合言葉みたいなものですね。他とは被らないように指定するのが基本です」
「へぇ。ちょっといいかい……。ああなるほど、多分これは“登録番号”って書いてあるんだと思う」
「おおっ!? すごいですねヴィレムさん! これも読めるんですか!?」
勇の話を聞いて、勇が読めなかった単語部分を確認したヴィレムが呟く。
勇のスキルは、魔法の発動に関係する部分については完璧に意味を把握できるのだが、単なるメモや変数名については、それが変数であることまでは分かるがどういう名前なのかは分からない。
数字に関しては設定用のパラメータとして何度も出てきているので理解しているが、それ以外の単語となるとからっきしだ。
「これまでも何度か出てきたことがあった文字なんだけど、いくつかの意味がありそうだったんだ。それが今回の件で、その仮説の一つが正しいと確信できたよ」
小さく頷きながら、ヴィレムが分厚い本のようなものにペンを走らせていく。
ヴィレムには勇のようなスキルは無い。
しかしこれまで1年近く魔法陣の意味を教えてもらいながら毎日のように研鑽を積んできた結果、ある程度の魔法言語の意味が理解できるようになっていた。
小脇に抱えている分厚い本は、そうした研究の成果がびっしりと書き留められた研究資料だ。
ある意味、この世界においてはこちらの方がよっぽどのお宝かもしれない。
「なるほど登録番号かぁ……。うん、もの凄くしっくりきますね。多分その通りだと思います」
「で、その識別子とやらが分かるとどうなるんじゃ?」
「多分ですけど、まずは受け取った方で自分に対する識別子なのかを確認して、正しいかどうかの判断をします」
識別子は誰からのものかを表す符号なので、まずは受け取った側が自分宛のものなのかを確認をする。
例えば、“登録番号01-右手よ動け”という情報が、操縦側から送られたとする。
“登録番号01-”が識別子で、“右手よ動け”が実際に魔法具を動かすために必要なデータになる。
そしてそれを、魔法巨人側で受け取る。自身の登録番号と突合して、正しければ自分宛の命令だと判断するわけだ。
「で、正しかった場合、今度は識別子部分は除外した上で、動きとして再現するんだと思います。今回は識別子を除外せずに使ったから動かなかったんだと思います」
送られてきたデータは“登録番号01-右手よ動け”だが、動かすのに必要なのは“右手よ動け”の部分だけだ。
“登録番号01-”も含めた形で使ってしまうと、無駄な内容が含まれたデータとなってしまい動かないのである。
現代地球においても、不要なデータが付与された事で誤作動を起こしたプログラムは枚挙にいとまが無いだろう。
「なので、受け取った側の魔法陣に、こうやって識別子部分を取り除く処理を描き加えてやれば動くはずです」
そう言いながら、勇は腕と繋がっている基盤を加筆修正していった。
「よし! 今度こそ動いてくれよ~?」
加筆した部分を何度か見直すと、再び台座の中心へ移動し指輪等を装着していく。
「じゃあ、いきますね!」
そして再び魔法具を起動させると、右手の人差し指を動かした。
先程と同じように光が走っていく。
そして……。
ギュイ
微かに何かが軋むような音を立てながら、机の上に置かれた大きな腕の人差し指が動いたのだった。
「「「おおおっ!!!」」」
それを見た三人が一斉に声を上げた。
「動きましたね!」
「動いたの!」
「動いたね!」
そして顔を見合わせて破顔する。
「もう少し動かしてみますね」
ひとしきり喜んだあと、勇はさらに手を動かしていく。
勇が手を握ったり開いたりするたびに、ギュイギュイと小さな音をさせながら机の上の腕も同じ動きを繰り返す。
「かなり正確に動いてますね、これ」
「そうじゃな。あらためて見るととんでもないの」
「そういえばこっちの手は指が三本だけど、どんな感じなんだい?」
「えーーっと……。うん、親指、人差し指、中指の三本にだけ反応してるようですね」
ヴィレムの問いに色々な組み合わせで指を動かしてから勇が答える。どうやら反応するのは三本の指だけらしい。
この腕パーツの指は特殊な形状で、親指と人差し指があり、それ以外の指は一体化したような形状をしている。溶接作業等に使う分厚い皮手袋の様な形状と言うのが分かりやすいだろうか。
どのように動きがトレースされるのか少々謎であったが、どうやら割と妥当な仕様であったようだ。
また、何度か動かしたことで分かったのは、腕の形は最初に動かした時に自動補正されるという仕様だ。
例えば魔法巨人の腕側が肘を曲げた状態だったとする。
その後、操縦する側が肘を伸ばした状態で魔法具を起動し指だけを動かした場合、魔法巨人側は肘が伸びた上で指が動くのだ。
魔法巨人側の挙動が操縦側にフィードバックされる仕様ではないので、操縦側の動きが優先されるのだろう。
こうして大枠の仕様が分かったところで、実験は次のステップへと進んでいった。
どうにか腕を動かせるようになってから三日後。
稼働実験の第二ステップが行われていた。
「おお、良い感じですね」
「とりあえず固定しただけじゃがな」
データ受信用の基板の隣に重そうな金属で出来た土台があり、そこに立てられた支柱に腕パーツの肩側が取り付けられていた。
きしめんの様な接続ケーブルは剝き出しのままだ。
「エトさん、こっちの手に持たせる細い棒ってありませんかね?」
「おう、ついでにペンも試作したからちょっと待っとれ」
勇の問いに答えたエトが、自分の作業机から三十センチほどの長さの棒状の物体を持ってくる。
「ほれ、以前にお前さんが言っておった“えんぴつ”とやらを試しに作っておったんじゃ。人が使うやつより大きいからの、精度が甘くてもいいから実験にはもってこいじゃ」
そう言ってエトが見せてくれたのは、まさに大きな鉛筆と呼べるそれだった。
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