●第212話●遠距離通信の魔法具
「遠距離で……。ああ! 魔法巨人の手を真似して、遠距離で筆談ができるかもと言っていたアレか!?」
思い出したエトが問い返す。
「ええ、そのアレです。この腕だけだった時は、やり取りする情報の形式が不明だったのでどうしようもなかったんですけどね」
「そうか、アベル氏の操縦席にその形式が書いてあれば、腕の方でそれを受け取って動かすことが出来るかもしれない、ということだね!」
「そういうことです」
勇はそう言って大きく頷くと、あらためて操縦席を調べるため中庭へと向かった。
「イサム様、おはようございます」
「兄様、おはようございます」
「にーー」
「ああ、リディルさん、ユリウス、おはようございます。レオもおはよう。操縦席の移動ありがとうございました」
勇たちが中庭へ出ると、アベルの操縦席を運んできたリディルとユリウスが、操縦席に異常が無いか確認をしている所だった。
守り人の里でユリウスに懐いた事で譲り受けた子猫のレオが、ちょこんとユリウスの肩に乗っている。
リディルが先導し、操縦訓練を兼ねたユリウスが魔法巨人を使って輸送してきたようだ。
一度魔法巨人に襲われたクラウフェンダムだったが、領主の娘のアンネマリーや迷い人の勇、神として祀られている織姫らと凱旋してきたことで、僅か一日で恐怖の対象ではなくなっている。
そこへ、お姉様方やおば様方に大人気のユリウスが日常的に操縦してみせることで、さらに住民からの親しみを増やそうというのが、ニコレットの目論見である。
「えーっと、確かこの辺りだったはず……」
レオの喉を軽く撫でると、勇は操縦席を囲むように建っている四本の柱のうちの一本の前で腰を下ろした。
以前確認した際、この柱の辺りに動きを送信する部分の魔法陣がコメントアウトして残されていたためだ。
「お、あったあった。えーーっと、これが魔力を飛ばす部分で、ここが魔力に変換する部分か。うわ、この変換式は複雑だなぁ……。げ、何だこの変数の数と桁は!? これはちょっと魔力量が多すぎるな……」
「魔力量が多い? どういうことじゃ?」
例によって独り言を呟きながら解読していく勇に、エトが質問をする。
「えーっと、どうも動きを表すためには、かなりたくさんの情報が必要なんです。で、それを飛ばせる形の魔力にそのまま変換すると、膨大な量の魔力を飛ばさなくてはならないんです」
人の動きを魔力の動きに変換して、それを離れたところへ送り、そこで今度は魔力の動きを人の動きに戻すことで遠隔操作を実現しているのが、旧来の魔法陣のコンセプトだ。
まず人の動きを正確に魔力の動きに変換した時点で、かなり複雑な魔力の組み合わせが必要になる。
そしてそれを、遠隔地へ飛ばすことが出来る無属性の魔力の波のような形に変換しているのだが、この変換で一気に魔力量が増えているのだ。
人の動きを魔力にした時は、なにやら立体的な形で魔力を保持する事が出来るため、複雑ではあるが量自体はそれ程ではない。
しかし無属性の魔力の波に変換した時に、どうやらそれを平面的な魔力構造に変換する必要があるらしく、一気に魔力の量が膨れ上がっていた。
そして魔力が飛んでいく速度には上限がある。そんな中で大量の魔力を送っているので、操作にタイムラグが生じているようである。
「ふむ……。大量の水を短時間で流したければ溝を広げりゃいいが、それが出来ん状況という事か」
「ええ、そうなりますね。距離が延びると、速度を保つためにはさらに魔力量を増やす必要があるので、燃費も悪くなるしさらに時間もかかると思います」
「なるほど……。この方式を採用しなかったのは、その辺りが大きいのかもしれないね」
「そんな気がしますね。魔力を増やしても速度に限界がある以上は、どうにもなりませんし」
納得した様子のエトとヴィレムと話しながら勇が腕を組む。
「う~ん、ここは手を入れないと駄目そうだけど、ひとまず燃費とタイムラグは無視して動かすことだけを目指しましょうか」
「そうじゃな。実際にどの程度魔力が必要で、どれくらい時間がかかるかも見てみんと分からんからな」
「ええ。じゃあ一旦このままこっち側の解読をまずは終わらせます。その後はアベルさんの機体の方と岩砂漠の腕の方も詳しく調べてみます」
「分かった。その間に、こっちで進めておくことはあるか? 解読にはしばらく時間がかかるじゃろ?」
「そうですね、二、三日は必要な気がします……。だったら、二つお願いしても良いですか?」
「二つだろうと三つだろうとかまわんぞ」
「あはは、ありがとうございます。一つ目は、この岩砂漠の腕を固定する台座と、手のサイズに合わせたペンと紙が欲しいです。あ、書ければ別にペンと紙にはこだわりません」
「ふむ、台座にペンじゃな。ようは腕だけで文字が書けるようになればよいわけじゃろ?」
「はい、その通りです。で、もう一つですが……、これはちょっと絵を見せながらお話ししますね」
そう言いながら研究室へ戻り引き出しを漁ると、数枚のスケッチが描かれた紙を取り出し机の上に広げた。
「こんな感じの物を作って欲しいんですよ。あ、もちろん二、三日で出来るような物ではないと思うので、とりあえず試作を始めるだけで十分です」
「なんじゃこれは? 変わった形をしとるのぅ……」
「やっぱりこちらには、このタイプのものはありませんか?」
「うむ、見た事がないの」
「実は私も実際に動かしてみないとどんな感じになるか分からないので、試行錯誤して形にしていきましょうか。こっちは魔法具の部分より物理的なモノ作りがメインなので、頼りにしてますよ!!」
「おう、まかしとけ。ああ、魔法巨人の腕については後で重さと長さを測らせてくれ。現物は分析に使うじゃろ?」
「はい、ありがとうございます」
「久々の新しい魔法具づくりじゃからな、腕が鳴るわい!」
そう言って、エトはガハハと笑いながら勇の描いたスケッチをヒラヒラとさせながら自身の作業スペースへと戻っていった。
「さて、本腰を入れて解読といきますか!」
それを見送った勇は、軽く腕を回しながら再び裏庭へ向かうと、本格的な魔法陣の解読に取り掛かるのだった。
三日後。
研究室の机の上には、五〇センチほどの棒が一本立った複雑な魔法陣が描かれた基板と、岩砂漠で見つけた腕が置かれていた。
腕の肩側部分からは何本も太いきしめんの様なものが伸び、今まさに勇が魔法陣へと繋げている。
よく見れば、きしめん状のものにも魔法陣が描かれていた。
「ふーー、ようやく接続する事が出来ました……」
薄っすらと目の下に隈を作った勇が、首をコキコキと鳴らしながらそう呟く。
「こいつは中々に大がかりだったねぇ」
接続を手伝っていたヴィレムもため息を漏らす。
操縦席側に書かれていた魔法陣の解読は割とスムーズだった。
最難関と思われた送信用の魔力に変換する部分が、書いてある通りで変換する事が出来たのが大きい。
もっともこの部分の理論は、現状まったく理解は出来ていないままだ。当面は動けば良いの精神である。
問題は腕の方だった。
なにせ腕しかない。腕にしかるべき形で魔力情報を渡してやれば動くことは予測できたのだが、そのしかるべき形がゴッソリ抜けているからだ。
結局アベルの魔法巨人に残されていた、初期構想の魔法陣をほとんど全て見直すことになってしまった。
そしてそれを元に、送信された魔力を受け取って腕へと送る部分だけを分離する魔法陣を新たに書き起こした上で、腕と接続したのである。
きしめんの様なものは、正しく魔力情報を伝えるための接続ケーブルだ。
「これで腕側は大丈夫なはず。エトさん、操縦側はどうですか?」
「おう、こっちも大丈夫なはずじゃ」
勇が目をやった先には、操縦席と思しきものの確認をしているエトがいた。
高さ十センチほど、広さが一メートル四方程度の台座があり、その四隅には直径五センチほどの柱が建っている。
第二世代の操縦席よりかなりコンパクトな作りだ。
アベルの操縦席は、言わば二種類の方式が描かれているようなものなので、細かく描かれていても広い面積が必要だ。
しかしコメントアウトの無いアベルのもの以外の第二世代の操縦席も、なぜかアベルのものと同じ広さだった。
パーツの共通化を図ったのか、量産するには広いほうが良かったのか、はたまた他の理由なのか……。
今となっては知るすべも無いが、勇が新たに試作したものはそうした無駄を排除したため、コンパクトな作りになっているのである。
「さて、では起動してみますか!」
「うむ。楽しみじゃの」
「いやー、ワクワクするねぇ」
エト、ヴィレムが見守る中、勇がまず操縦席側の魔法陣を起動させる。
お馴染みのフォンという起動音と共に、台座と柱に書き込まれた魔法陣に光が走った。
「うん、ちゃんと起動しましたね。エトさん、腕の方をお願いします」
「了解じゃ」
勇に頼まれたエトが、腕から繋がる基板の起動用魔石に手を触れると、こちらも問題無く起動する。
「……大丈夫そうだね」
「そうですね。ここまでは問題無さそうです。じゃあ、いよいよ動かしてみます」
別の方向から確認していたヴィレムに頷くと、勇が操縦席の中心にある円形の魔法陣の中央に立った。
「正しく再現できていれば、右手を動かせばそちらの腕も同じように動くはずです」
そう言いながら、五本の指にそれぞれ指輪型の魔法具を嵌め、前腕と上腕には腕輪型の魔法具を一つずつ嵌めながら、それらを全て起動していく。
この魔法具が、身体を動かした際の魔力の流れを放出して、操縦席の魔法具でそれを読み取り情報化する仕組みだ。
身体に装着する魔法具については実物が無かったのだが、その魔法陣はメモとしてアベルの操縦席に残されていたため、無事再現する事が出来た。
「では、今は腕が固定されていないので、指だけ動かしてみますね」
そう言って勇が、指輪の嵌った人差し指を軽く曲げた。
その刹那、身に着けた指輪や腕輪に嵌っている無属性魔石が一瞬淡く光を放つ。それに呼応するように、台座の魔法陣、四隅の柱の魔法陣と続けて光が走った。
続いてそれを受けた、腕側の基板に立てた棒が光り、それが基板の魔法陣、きしめん状ケーブルの魔法陣へと伝うように走る。
固唾を飲んでその様子を見守る一同。
しかし、十秒まっても一分待っても、机の上の腕が動くことは無かった。
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