●第208話●詰めの一手
「イサムさんっ!!」
「ああ、アンネうわったっとぉぉ」
どうにかメラージャの街へ滑り込み、操縦席から出てきた勇に、アンネマリーが飛びついた。
エトらと共に一足先に街へと入ると、サミュエルの認めた書状を持って貴族の長子である事を前面に押し出し、領主と警備兵に事情の説明を行うと、勇らの到着を待ち構えていたのだ。
「よかった、無事で……」
「心配かけてごめん。でも、もう大丈夫だよ」
涙目で勇の胸にぐりぐりと額を擦り付けるアンネマリーの頭を撫でながら、勇が優しく声を掛ける。
私が付いているから大丈夫よとばかりに、勇の肩にのった織姫も、尻尾でアンネマリーの頭をぽむぽむと叩く。
「ふふ、ありがとうオリヒメちゃん」
「にゃ~ふぅ」
アンネマリーが目を細めて織姫の頬を撫でると、お返しに涙の痕が残る頬を一舐めした。
「マツモト殿、ご無事で何よりだ。しかし、本当に魔法巨人が襲ってくるとは……」
アンネマリーが落ち着いたのを見計らったかのように、勇に声を掛ける人物がいた。
声のした方に目をやると、二人の男が軽く会釈をしてから近付いてくる。
「この辺りを治めているマリエンテ・メルシュだ。国王陛下から子爵位を賜っている」
最初に挨拶をしてきたのは、仕立ての良さそうなシャツにえんじ色の薄手のコートを纏った中年男性だった。
綺麗に切りそろえられた口髭と顎髭を蓄えている。
「メルシュ家で騎士団長を務めているエステバンと申します。よろしくお願いいたします」
続けてマリエンテの脇に控えていた壮年の男が、騎士の敬礼をして挨拶をする。
軽鎧を身に纏った実直そうな男だ。
「これはご丁寧に。初めましてメルシュ閣下、エステバンさん。迷い人のイサム・マツモトです」
商会長、魔法顧問、子爵家長女の婚約者――。色々と肩書が増えているが、通りが良さそうな迷い人として自己紹介をする。
「アンネの要請にお答えいただき、ありがとうございました。本当に助かりました」
「いや、礼を言うのはこちらだな。先のアバルーシの騒動があったとは言え、さらに大規模で同時多発的な魔法巨人による侵攻があるとは想定していなかった……」
「ええ。お話しいただかなかったら、この街はあっという間に陥落させられていたと思います」
勇と握手を交わしながら、メルシュ家の二人が礼を述べる。
「いえいえ、まだ撃退したわけでも無いですから……」
ひとまず不意打ちで攻められる事は阻止したが、相手には半数近い第一世代が残っているし、しばらくしたら後詰の騎馬部隊も攻め寄せて来るはずなのだ。
勇が言う通り、依然として予断を許さない状況だ。
「それに、王都のほうはどうにもなりませんからね……」
そう言って勇が顔を顰める。
ここメラージャはどうにか首の皮一枚繋げることができたし、恐らく南側のカポルフィについても、情報を受け取ったバルシャム、イノチェンティの両辺境伯がすぐ奪還に動くはずだ。
しかし距離のある王都ラッチェリオへ今まさに向かっているであろうズン主力部隊を事前に叩くには、如何せん距離が遠すぎるし戦力差が大きすぎる。
更にその後には、2万を超えるズンの本隊の侵攻が控えている。
こことカポルフィを守りきり、シュターレン王国からの援軍をスムーズに送り込めたとしても間に合うかは微妙なところだ。
「それこそ贅沢と言うものだ。そもそも我が国の油断が招いた状況だからな。感謝こそすれ責めるようなことはせんよ」
沈痛な表情の勇に、マリエンテが苦笑し話題を変える。
「で、この後はどうするのだ? このまま籠城し続ける訳ではあるまい?」
「ええ。向こうの騎馬隊が到着する前に、もう少し相手の魔法巨人の数を減らしたいと思います。そちらの騎士団の方にもお手伝いいただきたいのですが、大丈夫でしょうか?」
「もちろんですとも。どうしたら良いか教えてください」
「なに、ちょっとした嫌がらせをしてやろうかと。同じ魔法巨人ですが、こちらとあちらでは方向性が違いますからね。その差を突いてやります」
そう言って勇がニヤリと笑った。
十分ほど小休止をとっただけで、勇達はすぐに動き始めた。
五体の第二世代と、メラージャに常駐している騎士五名が騎乗、それに魔動車を一台加えたチームを編成すると、メラージャから打って出る。
その様子は、五百メートル程離れた位置で体勢を立て直していたイゴールたちの目にも入っていた。
「なにっ!? アバルーシ共が出てきただと!? そんな少数で? 正気か??」
物見からの報告を受けたイゴールが立ち上がる。
第一世代と第二世代の間には、埋められない戦闘能力の差がある。
操縦者の技量が同じであれば、二対一でも勝てるレベルだ。
「奴らも、それを知らぬではあるまいに……。まぁいい、出て来てくれるなら好都合だ、迎え撃て」
「はっ!」
訝しみつつもここで引くと言う選択肢はそもそもないため、交戦の指示をだした。
「相手も動いてきましたね……。近づくまでは弱で、接敵したら遠慮せず強に切り替えてください!」
ごく小さな荷台に換装した、牽引タイプの魔動車から勇の指示が飛ぶ。
牽引タイプは元々魔法巨人を運ぶために作られているので、引くものが軽ければ、乗り心地は最悪ながら通常タイプの黒猫より速度が出るのだ。
勇からの指示に、第二世代たちが頷いた。
彼我の差が三百メートルほどになったところで、勇達は足を止めた。騎馬隊も馬から降りて、何やら急いで地面に設置をしている。
対するズン側の魔法巨人は、なおも前進を続けた。
距離が二百メートルほどになったところで、勇達の陣営からポン! という音と共に何かが一斉に打ち出された。
弧を描いて百五十メートル程飛んでいき地面を転がると、飛んでいったそれがボンッと破裂し、銀色の粉のようなモノが辺り一面にバラまかれた。
「なんだっ!?」
目の前に急に靄がかかった事に驚く第一世代たち。
進行速度を緩めて、慎重に霧の中へと入っていく。
「……多少視界は悪いが、特に問題は無いな」
「ああ、呼吸も苦しくないから、毒と言うわけでもなさそうだ」
「ちっ、ビックリさせやがって。いくぞっ!」
散魔玉の攻撃には直接的な被害が無いと気付いた第一世代たちは、再び速度を上げようとする。
そこへ今度は水平斉射された爆裂玉が飛んできた。
ドドドン!ドドン!
直撃を受ける機体こそいないが、そこかしこで爆発しているため足を止めるしかない。
二回の斉射を終えると、騎馬と魔動車は撤退を開始する。
「ちっ、やはりアレは魔法具だったのか。鬱陶しいものを!!」
「だが弾切れっぽいな。追うぞっ!」
これまで自分たちが受けていた攻撃がどうやら魔法具で、それが弾切れになったとみたズンの魔法巨人たちが、一気に距離を詰めにかかる。
逃げる騎馬との間に立ちはだかるように、アバルーシの魔法巨人が割って入った。
「”もどき”風情がっ!」
最初に接敵した第一世代が、大剣で第二世代を袈裟懸けに斬りつける。
ブンという風を切る音を伴い襲ってくる大剣を、半身になるようにして第二世代が躱す。
斜め左下に振り切られた大剣は、切っ先を返すと今度は逆水平に振るわれた。
再びの風切音。しかし今度も軽く後ろに跳躍した第二世代に綺麗に躱されてしまった。
「おいおい、何やってんだよ」
少し後ろで一連の攻防を見ていた他の第一世代から、呆れたような声が掛かった。
アバルーシの第二世代とズンの第一世代は、訓練を兼ねた模擬戦を何度も行っていた。
最初こそ運転技術に差があるアバルーシ側が優位だったのだが、ズンの操縦者が慣れてくると形勢は次第に逆転。
今回の作戦行動直前には、10回やれば9回はズン側が勝つようになっていたのだ。
「うるせぇっ! なんか速くなってんだよ!」
からかわれた操縦者が毒づく。
「はっ、そんな急に速くなるわけねぇだろ。俺が相手をしてやる、よっっと!」
そう言って今度は、後ろにいた第一世代が斬りかかる。
しかし三回ほど放った斬撃は、またしても見事に躱されることになる。
「はんっ、偉そうなこと言っておきながら一緒じゃねぇか」
「うるせぇっ!! くっそ、どうなってやがる……」
「うん、やっぱり強モードならスピードだけは完全に上回ってますね」
その様子を、逃走する魔動車から身を乗り出して見ていた勇が、小さくガッツポーズを作った。
強モードは、デフォルトのオーバードライブの効果のおよそ一・四倍程度の効果が見込める。
元々オーバードライブモードを使えば、模擬戦でも互角とは言えないまでも速度面ではあまり見劣りしなかったという。
今回はそれが四割増しになった上、全員が猫によるサポートを受けているのだ。
スペック的に上回るのは当然と言えば当然だろう。
「くそっ、ちょこまかと鬱陶しい!!」
その後も全ての第一世代が交戦状態に入ったが、時折かすめる程度が精いっぱいで、有効な打撃は与えられていない。
ただし反撃する第二世代の攻撃も、命中はするものの大きなダメージを与えられていない。
膠着状態となりつつある中、いつの間にか随分と距離を離した勇が、肩に乗った織姫にお願いをする。
「姫、頼んだよ?」
「にゃっふ」
小さく頷いた織姫が、停車した魔動車の屋根に飛び乗る。
「なおぉぉぉ~~~ん!」
そして長鳴きをした。
その直後、前線で戦っていた第二世代たちが、一斉に撤退に入った。
あるものは相手の足を払い、あるものは思い切り槍を投げつけ。隙を作って大きく後ろへ跳躍して距離をとると、そのまま走り出す。
「なっ!?」
「逃がすかよっ!!」
突然の方針転換に驚き、追いかけようとする第一世代。
ボボン!
そこへ再び、後方へ下がっていた勇達から魔法具が飛んでくる。
「くそっ、またか!!」
爆裂玉と散魔玉をバラまかれ、行き足が鈍る。
その隙に、勇達は再び街の中へと逃げ込んでいく。
第一世代たちが追いかけていくが、入れ替わるようにして今度は十体の第二世代が街から出てきた。
「新手かっ!」
ほぼ同数の第二世代の登場に、第一世代たちが足を止める。
そこへ今度は、防壁の上から魔法や石、そして雷玉が飛んできた。
「今度はそっちかよっ!」
攻め入ろうにも第二世代が邪魔をしている。
致命傷を負うようなことは無いのだが、速度で負けているため倒すことも出来ない。
手こずっているうちに街から散々攻撃されては割に合わないので、仕方なく一時撤退して、再び指示を仰ぐことに決めた第一世代たちが下がっていった。
「何をやっておるか! ”もどき”ごときにいいようにあしらわれおって!」
「申し訳ございませんっ!! しかしながら、どういう訳か奴らの速度がかなり速くなっておりまして……」
「そんな訳があるかっ! この数の魔法巨人で町一つ落とせませんでしたなどと、末代までの笑いものになるぞ!!」
「も、申し訳ございません!!」
「くそがっ!! どいつもこいつも!!」
簡易な天幕の中で報告を受けるイゴールだったが、目の前で展開された醜態にその怒りが爆発する。
しかしそれをあざ笑うかのように、その後も勇達のヒット&アウェイ攻撃は間断なく繰り返されることとなった。
「まだ街が落ちていない? 魔法巨人も待機している……。あの頭の悪い将軍も流石に慎重になったか?」
一時間後、ようやくメラージャ近くに駐留している自軍の一団を見つけたヤリスコフが独り言ちる。
最悪、怒りに任せて街へ突入した挙句、なんらかの策を講じられて大敗する可能性もあると考えていただけに、遠目では落ち着いている自軍を見て安堵の表情を見せた。
そのままゆっくりと馬を進めて合流を果たしたのだが、どうにも様子がおかしい。
イゴールから怒声の一つでも飛んでくるかと思いきや静かなものだし、駐機姿勢をとったほとんどの魔法巨人の背面搭乗口が開け放たれている。
操縦者が交代で休憩するのは普通だが、こんな最前線でほとんどがスタンバイ状態ですらないのは異常である。
「将軍、ヤリスコフです……。失礼いたします」
一つだけ張られた簡易天幕に声を掛けるが、しばらく待っても返答が無いため中へと入るヤリスコフ。
「ただいま戻りました。これは一体どういう状況……、将軍?」
普段であれば入った途端罵声の一つでも飛んでくるのだが、そんな気配すらない。
ただ椅子にもたれて天を見上げて呆けていた。
「し、将軍! 如何されましたか!?」
あまりの異常事態に、ヤリスコフが思わず駆け寄る。
「ヤリスコフか。見ての通りだ……。アバルーシのやつらにまんまとしてやられた」
「アバルーシに、ですか?」
「そうだ!! 奴ら、何度も攻めて来ては引き返すのを繰り返してきおった。大した被害も出ておらんし、何がしたいのか分からなかったが、まさか、まさかコレが狙いだったとはな!!」
イゴールが吐き捨てるように言う。
「コレ、とは? 休憩中の機体は多いですが、仰る通り被害は皆無に見えますが……」
状況が呑み込めないヤリスコフが聞き返す。
「被害が皆無だとっ!? 貴様の目は節穴かっ??」
その質問にイゴールが激高する。
「しかし――」
「あれは休憩などではないわっ!! 動かせんのだっ!!」
「動かせないとは一体どういう……。もしやっ!?」
ようやく何かに気付いたヤリスコフは慌てて天幕から飛び出すと、一番手前の魔法巨人へと向かった。
「やはりっ!!」
そして、搭乗口の内側に納められている魔石を見て目を見開く。
そこには大型のもの一つと、中型の無属性魔石が大量に組み込まれているのだが、大型の魔石を除いてほぼ全てが摺りガラスのように白く濁っていたのだ。
慌てて他の機体の魔石も見て回るが、程度の差こそあれ皆同じような状態であった。
「くそっ、よもや魔力切れを狙われるとは……。しかし確かに大食らいではあるが、ここまですぐに魔力が切れることは無いはずだ。予備の魔石も付いていたと言うのに、一体なぜ……」
ヤリスコフはそう呟き、困惑交じりの表情でメラージャの街を睨みつけた。
週1~2話更新予定予定。
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