●第203話●辺境伯たち
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ニコレットがベネティクトと企てを進めるのと前後して、派閥の同志たる辺境伯らもまた動き出していた。
真っ先に動いたのは、ズンに睨みを利かせているルビンダ・バルシャム辺境伯だった。
勇達がアバルーシの守り人の里へ行く際には、領都のバルシャーンに立ち寄っているし、里からの連絡もバルシャーンを経由するので正確な情報を迅速に手に入れている事が大きい。
一度プラッツォからの救援要請を受けて出兵したものの、アバルーシがすぐに撤退したため兵を引かざるを得ず消化不良だったため、相手がズンである事が確定して以来ずっと士気が高いらしい。
ルビンダ自らがズンへ乗り込んで行きそうになるのを止めるのに、家令のハマドらが苦労しているくらいだ。
「ひとまず国境線に兵を集めて封鎖するとして、そこからどうするかじゃのぅ」
「リリーネ嬢からの報告によると、本隊より先に何やらデカい魔法巨人が先兵として再びカポルフィを押さえに来るそうだが……。まずはこれを阻止出来るかどうかだな」
「うむ……。カポルフィを押さえられると、王都まで援軍を送りづらくなるからのぅ」
バルシャム領南西部にある大きな街ディルヤーク。
領都バルシャーンと、お隣のイノチェンティ辺境伯の領都イノーティアとのちょうど中間あたりにある街だ。
そこにあるバルシャム家のセカンドハウスで、ルビンダとナザリオ・イノチェンティ辺境伯が膝を突き合わせていた。
「かといって救援要請が取り下げられた今、大軍を送り込むわけにもいかんぞ?」
「そうじゃの。だから、魔動車を使おうと思っとるんじゃ。お前さんとこは何台くらい完成しておるかの?」
同一派閥と言えど、魔動車は販売こそすれ製造方法は秘匿されていた。
しかしアバルーシの一件が起きた直後から、派閥全体の戦力強化および国境線の戦力強化が必須となったため、少し前からイサム派閥内では魔動車の製造が始まっている。
もちろん魔法陣を公開したわけではなく、クラウフェルト領で製造した基幹部品を購入しておこなう、いわゆるセミ・ノックダウン方式での製造だ。
極秘で生産しているため生産能力は小さなものだが、自領内で馬車の三倍近い速度が出せる魔動車を製造できるメリットは計り知れない。
「魔動車か? まだ作り始めたばかりだからな、十台もないくらいだ」
「ウチもおなじくらいじゃな。 貨物タイプのヤツを何台か回せんかの? あれだと一台で五人くらいは兵を運べるじゃろ?」
「確かに運べるが……、どこに駐留させる? ズンも偵察部隊くらいは出しておるだろ?」
ルビンダの問いにナザリオが腕組みをして答える。
「例の商会、ザンブロッタ商会じゃったか? それを利用しようと思っておる」
「イサムのところと専売契約を結んでいるところか! なるほど、確かカポルフィにも大きな支店があるという話だったか」
「うむ。アバルーシ、もといズンの凶行では被害も受けておるからの。協力の内諾はとってある。むしろ、やり返せるなら全面的に協力するとまで言っておるくらいじゃ」
ライバルであるガットゥーゾ商会がズンに加担しているとの事なので、ザンブロッタ商会としては反撃の機会を窺っていたのだという。
「ザンブロッタ商会の隊商に偽装した魔動車に兵を載せてプラッツォまで輸送、一旦兵はザンブロッタ商会に匿った上で商会員に変装させてから街の宿に散れば、そうそうばれんじゃろ」
「それなら大丈夫そうだな。魔動車を全部こっちに投入するわけにもいかんから、使える魔動車は合わせて十台ほどか?」
「そんなもんじゃろな。国境の街からカポルフィまで、魔動車なら片道一日半あれば行けるらしい。七往復くらいは出来るから、三百人以上は送り込める計算じゃの」
「相手は魔法巨人が五十に騎兵が二百だったか……? 基本的には門を閉めて国境からの本隊を待つ防衛戦になるだろうから、どうにか出来る可能性はあるな」
「三日もたせばよいからの。魔法巨人がどの程度か次第じゃのぅ」
「かっかっか、面白そうな話をしておるではないかよ? ぜひ、わっちも混ぜておくれや」
具体的に話を詰めようとした矢先、唐突に女性の声が二人の辺境伯の会話に割って入ってきた。
「む?」
「ん?」
反射的に腰の得物に手をかけて中腰になりながら振り返る二人。
「すまんの、ハマドに無理言って通してもらったんよ」
殺気を飛ばす二人に悪びれずにそう言うのは、通称傭兵伯ことエレオノーラ・エリクセン伯爵その人。
「いやいやいや、せめてノックくらいはしましょうや、大将……」
そしてその横で、二人の辺境伯から発せられる殺気に顔を青くしているのは、エリクセン伯爵家の傭兵騎士団をまとめる騎士団長のガスコインだ。
「なんじゃ、エレオノーラのお嬢ちゃんか。年寄りを驚かせるもんじゃないわい」
「まったくだ。ガスコインの苦労を少しは分かってやらんか」
ため息をつきながら二人の辺境伯が再び腰を下ろす。
「かっかっか、じーさま達だけには言われとうないわな」
「はーー、まったく。すみませんね、ルビンダ閣下、ナザリオ閣下」
空いている席に笑いながら腰掛けるエレオノーラ。ガスコインは盛大にため息をついてエレオノーラの後ろに立った。
「で、何用じゃ? まぁ聞かんでもおおよそ見当はつくがのぅ……」
「おぉ、話が早そうで助かるよな。プラッツォへ兵を出すのだろ? わっちのとこのも連れってくれんかの?」
「今日すでに、魔動車で三十人連れてきとります。後日七十名が追って馬車で来る予定です」
エレオノーラの言葉を補足するようにガスコインが具体的な状況を説明する。
「傭兵騎士を百人動かしたのか……。どうする、ルビンダ?」
「そうじゃの……。魔動車を半分借りつつ、傭兵は三十借りようかのぅ」
ナザリオに水を向けられたルビンダが、少し考えてから答える。
「ふむ、残りはどうするのかの?」
「残りは北へ回ってくれんか?」
「北?」
「そうじゃ。イサムたちが北側からプラッツォに入ると言っておったからの、間違いなくズヴァールの奴も動く」
「が、すぐ近くにヤーデルード領があるからな……。あまり思い切って兵は動かせんだろう。だから、そちらに手を貸してやってほしい」
「なるほど……。ではわっちも北へ向かうかの」
両辺境伯の答えに、エレオノーラが頷く。
「なんじゃ、お前さんも直接動くのか?」
「それはじー様たちも同じよの? やられっぱなしで黙っておる訳にもいかんよなぁ?」
「……まぁそれはそうだがな。途中、フェルカー領で問題を起こすなよ?」
ニヤリと笑うエレオノーラを見て、ナザリオが苦笑する。
「かっかっか、善処はするよ。まあ、赤髭もどちらかと言えばこっち側だからの、問題にはならんよ」
「まあのぅ。ああ、そうじゃ。北へ行くなら雷の魔石と勇の作った、雷玉・改を持っていかんか?」
「改?」
「うむ。どうやら魔法巨人というのは雷系の魔法に弱いようでな。それを無効にする魔法具が、鎧に組み込まれているらしい」
「じゃが、それもずっと防ぎ続けられる訳では無いからの。雷玉を使って、相手の魔石の魔力を使わせるのが狙いじゃ」
「なるほどよの。雷魔法は使えるものが少ない魔法だからの、魔法具があるのは助かるよな」
「ああ。ただ雷玉・改も結構な大喰らいでな。元の雷玉よりは随分マシになっておるが、それでも魔石の消費が激しい」
「普通の雷玉なんぞ使い捨てよな」
「じゃから、ちょいとスキラッチ侯爵閣下に渡りを付けてな。雷の魔石を大量に譲ってもらったんじゃ」
スキラッチ侯爵家は、イノチェンティ辺境伯領の南に大領を構える王国南部の大貴族だ。
メーアトル河による水運と、河沿いに広がる広大な農地に加えて、雷の魔石を算出する大きな魔石鉱山を抱えている。
かつての辺境伯らと同じく無派閥を貫く侯爵家だが、隣接するイノチェンティ家とは縁が深い。
敵国であるケンプバッハとの国境線を全て隣領のイノチェンティ家が押さえてくれているお陰で、領地が戦火にさらされること無く発展できているからだ。
ライバルとも言える北の大貴族であるヤーデルード公爵家が絡んでいる事が濃厚な今回の騒動を看過できないものの、表立って敵対するのも良くない。
それを見越して、良好な関係を築いているイノチェンティ辺境伯家が相談を持ち掛けた。
「優先的に魔石を流してもらうのと同時に、北側への流通量を大幅に減らしてもらったのだ。元々向こうが先に火の魔石の出荷を減らしたからな。文句も言えまい」
「かっかっか、なるほどなるほど。彼奴らがズンと結んでおるなら、対魔法巨人用の武器となる魔石を買い占めるくらいはやりかねんよな」
「ああ。そうなる前に手を打った」
「じゃから、魔石も潤沢にあるからの。存分に使えばよい。まぁ魔法具自体はそんなに数が多くは無いがのぅ」
「かっかっか、それで十分よ。弱点も教えてもらえたし、後はひと暴れするだけよな」
「……ほどほどにの。相手の魔法巨人をあまり壊したら、多分イサムが怒るじゃろうし」
「あいつにとったら、魔法巨人も単なる研究材料というか玩具みたいなもんだろ。そりゃ壊されたら怒るわな」
「おお、おお、それは怖いの。あ奴を怒らせると大変だ、気を付けるとするよ」
そう言いながら三人は、顔を見合わせて肩をすくめた。
その後すぐにルビンダは表情を引き締めると、あらためて二人に問いかける。
「さて、いかにイサムと言えど、敵の本隊相手では多勢に無勢じゃ。こんな所であ奴が命を落とすなど、あってはならん事だ。違うかの?」
「うむ。アンネちゃんに一生恨まれることは避けたいところだな」
「そもそもイサムには戦争なんぞ似合っとらんのよ」
「そうじゃの。じゃから最初の魔法巨人との戦闘が終わったら、イサムにはゆっくり後方で見物でもしてもらう。二人とも、ぬかるなよ??」
「愚問だな」
「誰にものを言うておるのかの?」
「ふむ。気合は十分じゃな。おお、そうじゃ、こういう時こそあの掛け声じゃな。各々、ご安全に!」
「「ご安全に!」」
こうして王国南方でも、心強い味方が着々と反撃の準備を進めていくのであった。
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