●第202話●ニコレットの戦い方
勇たちが“守り人の里”で魔法巨人の操縦訓練を始めていた頃、領都クラウフェンダムでも別の方法で反撃の為の準備を始めている者達がいた。
「……なるほど。それは良い考えですな」
「でしょう? どうせ決定的な証拠なんて出てこないのだから、こっちも正攻法じゃないやり方でやり返さないと」
大きく頷く神官長のベネディクトに、腕を組んだままのニコレットが不機嫌そうに言い放つ。
「それともう一つ。イサムさんは嫌な顔をするかもしれないけど……。オリヒメちゃんのコイン、お印を使うわよ」
「ほぅ、お印をですか」
「ええ。教会が節操なく広めてくれたおかげで、この短期間でかなり人気になってきてるでしょ?」
「熱心な布教活動の賜物でございますれば……」
ニコレットの皮肉にも、ベネディクトは表情を変えずに答える。
「物は言いようね……。まぁいいわ。今回はそのおかげで打てる手があるわけだし、見逃してあげる」
「恐れ入ります」
ニコレットたちが言う“お印”とは、ご神体や家庭用祭壇の後に作ることが決まった、教会による織姫グッズの一つである。
作ることを決めたのは行脚に出かける直前、およそ三ヶ月ほど前だ。
ベースは淡彩金という金に似た見た目の金属で作られたコインで、織姫の横顔と肉球模様がレリーフされている。
嵩張らず、ご神体と比べたらかなり安価な点と、購入日と名前を刻印してもらえるため、頒布されると共に瞬く間に人気となっていた。
型を作れば量産できるため、ひと月ごとにデザインを変えており、コレクターも増えているようだ。
「期間限定で、複数の新デザインを投入しましょう。……ただし、一部の領地を除いて、ね」
「一部の領地を除いて……。なるほど、そういう事ですか。しかしよろしいので? マツモト様からはあまり絵柄は増やさないようにと、仰せつかっておりますが?」
ベネディクトの言う通り、コレクターズアイテムがほとんど存在しないこの世界で、織姫コインの収集ブームが過熱するのを危惧した勇は、絵柄を増やさないようあらかじめ釘を刺していた。
「多分イサムさんも苦笑いしながら認めてくれるはずよ。それに今回に限っては、例えイサムさんが駄目だと言ってもやるわよ? 旦那を牢に入れられて黙っていられるほどお人好しじゃ無いの」
ニコレットも当然それは理解している。
理解した上で、領地を荒らしたばかりか愛する夫に濡れ衣を着せて牢に入れた相手にやり返すのに、手段を選ぶつもりは無かった。
「承知しました」
ニコレットの意思を確認したベネディクトが深く頷いた。
「では、あらためて今回の作戦を整理いたしましょう」
そう言って、ベネディクトがテーブルに広げられた紙の空きスペースに、ペンを走らせていく。
ニコレットとベネディクトが、教会を使ってやろうとしている事は大きく二つ。
まず一つ目は、紙芝居を使ったプロパガンダだ。
織姫コインと同じタイミングで、織姫の活躍を布教する目的で制作と公演を始めた紙芝居は、今や王国中で密かなブームとなっていた。
娯楽が少ないこの世界で、宗教画の制作者たちの手による絵を使い、話のプロたる神官たちが公演する紙芝居は、子供はもちろん大人にも大いに受けた。
最初のクラウフェルト防衛戦に続いて、遺跡探検の話など実話を絡めた続編もすでに次々とリリースされている。
貴族やある程度の収入がある層向けには、ライセンス購入した吟遊詩人による公演もされており、そちらも大人気だ。
この紙芝居の題材に、今回の事件を取り上げるのである。
古代の兵器である魔法巨人を使って悪事を企てた敵国の侵略を織姫たちが阻止するという、非常にうけの良さそうなストーリーだ。
もちろん悪役となるのは、ヤーデルード公爵をはじめとする内通貴族たちだ。
さすがに実名で登場させることはしないが、王国民であれば多くの者が誰なのかを察する事が出来るレベルでの匿名化に留めている。
ズンをモデルとした国と共に、それはもう悪逆非道の限りを尽くす悪役として描かれていた。
これを国中の教会にバラまき、一気に公開するのだ。
気付いた内通貴族からは当然圧力をかけられるだろうが、教会主導のためほとんど意味をなさない。
そればかりか、紙芝居の作成は孤児院を中心に行われている事もあり、迂闊に領内で禁止のお触れなど出そうものなら、逆効果となるのは目に見えている。
ある意味相当たちの悪い報復と言えるだろう。
紙芝居がプロパガンダに繋がる可能性が高い事を知っていた勇が、教会と孤児院を巻き込んだのは大正解である。
「各地の教会への手回しはよろしくね。こっちも辺境伯閣下の奥様達や王都の知り合いに例の件を頼んでおくわ」
「かしこまりました。例の件が上手くいけば、ダメ押しになりますからな……。よろしくお願いいたします」
「こっちはちょっと時間がかかるだろうから、まずは教会からよ?」
「委細承知しております」
ニコレットの確認に、ベネディクトが深く頷いた。
もう一つの施策は、織姫コインを使った流言飛語だ。
安価で嵩張らず、複数の種類が発売されている織姫コインは、手軽な収集アイテムとして定着しつつある。
今の所、元締めであるクラウフェンダム教会指定の絵柄が全国で発売されているのだが、それをある程度自由化するのだ。
いわゆる“ご当地絵柄”である。
ご当地ものは土産として人気が出るし、コレクターズアイテムとして人気になるのもまた歴史が証明している。
しかし流通網も交通網も発展しておらず、魔物がいることで気軽に旅行へ行くことも出来ないこの世界では、中々他領のコインを入手することは叶わない。
そこで、各領で作られたコインを他領の教会へと輸送する流通網をつくる予定だ。
最初はクラウフェルト家が魔動車を何台か提供し、その運行並びに護衛には同派閥の貴族から騎士や兵士を供出してもらう。
大きな荷馬車に積載量では劣るが、嵩張らないコインであれば圧倒的に移動速度が速い魔動車による輸送は理想的だろう。
そしてその流通網から、敵対した貴族領を外す。
するとどうなるか?
隣の領では様々な領のコインが手に入るのに自領では手に入らない領民の不満が、徐々に溜まっていくだろう。
そこに「お宅の領主がやらかしたせいで外されている」という噂を流すのだ。
その程度でクーデターや反乱が起きるようなことは無いだろうが、紙芝居と合わせて不信感は募るはずだ。
なお、他領のコインであっても喜捨金額を上乗せする訳では無いため、流通作業自体はボランティアだ。
儲かっている訳では無いので、領主としても無理強いすることは出来ない。
当地の教会には当然裏から根回しをするため、教会間で争いが起こる事もない。
「で、肝心の絵柄は大丈夫なのかしら?」
「それはもう。もっと種類を増やせないのか、という嘆願が絵柄の担当者から毎日のように来ております」
「なら良いわ。でも、まずは各領一種類ずつよ? あまり同時に増やし過ぎてもありがたみが薄れるから」
「……かしこまりました」
「ふぅ。これで少しでもダメージを与えられれば良いのだけれど……」
「すぐに目に見えた効果が出ずとも、じわじわと領主の力と信用を削いでいくのではないかと」
「ふふ、そうね。そう願いたいわ……。ま、いずれにせよ教会の協力があってのものだから、頼んだわよ? 司教様?」
当面の方針をまとめ終わって部屋を出ていく準備をしているベネディクトに、ニコレットが悪戯っぽい笑みを浮かべながら言う。
勇達がクラウフェンダムへ来た時には神官長という職位だったベネディクトだが、現在は司教に昇進していた。
司教は神官長、大神官の上の職位なので、二階級特進したことになる。
神の眷属たる織姫を見出したことが表向きの理由だが、ご神体関連や紙芝居、コイン等による文字通り桁違いな喜捨額によるものであることは想像に難くない。
「オリヒメ様、マツモト様のお力で頂いただけの地位にございますれば、その主家たるご領主様のために粉骨砕身するは当たり前のこと。お任せくださいませ」
苦笑しつつ恭しく頭を垂れるベネディクト。
「……まぁいいわ。イサムさん達の味方である限り、いくらでも出世してちょうだい」
「肝に命じておきます」
そう言ってベネティクトは、再び深々とお辞儀をするのだった。
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