●第198話●撤退戦
今日の後書きは必見ですよ!
撤退の合図を聞いて、前線でアバルーシの魔法巨人と戦っていたティラミスらの魔法巨人が撤退準備に入る。
まだ右側の一団は合流していないこのタイミングを逃すと撤退が難しくなるので、迅速な行動がカギになる。
そんな状況下で最初に動いたのは、背後を取ったことを利用して相手を錯乱させていたエシャドだった。
槍を中段に構えると少し相手から距離をとる。そしてオーバードライブモードを発動させ、槍を突き出しながら敵機の間へ向けて突撃を仕掛けた。
これまで攻撃は正面に展開する味方に一任し、牽制に徹底していたエシャドの魔法巨人による急な突撃に、突っ込まれた二体が慌ててそれを回避する。
その動きによって出来た隙間を、そのままエシャドの機体が全力で駆け抜けていった。
このまま相手を倒すのであれば最適な位置取りだったのだが、撤退するとなると一体だけ離れていることになるため、強引に合流を図った形だ。
エシャドの機体が合流を果たしたのを皮切りに、全機が撤退戦に移行する。
まず、この場に八台ある操縦席を一緒に運ぶ必要がある。
そこそこの大きさがあるので、頑張っても魔法巨人一体に付き二台が限界だ。
安全面を考えると、一体に付き一台にしたいところだが、そうすると二体しか殿を務めることが出来ない。
そこで経験豊富で操縦技術が高いグレッグ、丁寧な操縦が出来るマルセラ、ローレルが二台を受け持ち、メンフィオとゲーブルが一台ずつ輸送することとし、まずはその5体が先陣を切って森の中へ飛び込んでいった。
それに続くように、魔法巨人を操縦していない勇達が、そして殿を五体の魔法巨人が務める形で次々と森の中へと入っていく。
ちなみに魔動車は、さすがに乗っていくわけにもいかないので、魔石と起動陣だけ取り外して放置してきている。事が無事に終わったら、急ぎ回収したいところだ。
森の中へ入った勇達生身の人間組は、魔法巨人たちの進むルートから少し外れていった。
全身強化でも使わない限り、さすがに魔法巨人の足には付いていけず、撤退速度を落とすことになってしまうためだ。
相手としても追いたいのは魔法巨人なので、道を逸れた勇たちを潰しにかかるような事も無いだろう。
こうして撤退を開始して数分。元々左側にいたアバルーシの魔法巨人たちが、脇を進んでいた勇たちの近くまで迫ってきた。
先程までの小競り合いでダメージを受けた機体があったのか、一体少ない七体が追撃してきているのを勇の目が捉える。
「やはり荷物が無い分相手の方が速いですね」
「うむ。そこは仕方があるまい」
相手が射程距離に入ったため、手持ちの魔法具を投げたり魔法で妨害をしながら、勇とサミュエルが状況を分析する。
散発的に投げつけられる爆裂玉と雷玉のせいで思ったように追撃できないアバルーシの魔法巨人ではあるが、操縦席を抱えているこちらの魔法巨人よりは流石に足が速い。
彼我の差は、徐々にではあるが確実に小さくなってきていた。
並走しながら妨害を続ける事五分ほど。勇たち手持ちの使い捨て魔法具が底をついた。
文字通り全力投球したことで、さらに一体の魔法巨人を行動不能にしたが、ついに左側にいた一団が合流したため、都合十四体に増えていた。
「嫌なタイミングで合流されましたね……」
妨害が無くなった事で追走する速度が徐々に上がり始めている事に気付いた勇が顔をしかめる。
「ふむ……。ここが正念場と言ったところか。そういえば、あの肩が黒い機体は、ネコがサポートしている機体だったか?」
「ええ、そうですね」
並走するサミュエルが木々の隙間から魔法巨人の肩を見ながら尋ねる。
その数は五体だ。
「そうか……。オリヒメよ、あれらのネコに一斉に邪魔をするよう伝えられるか?」
「んにゃ? にゃにゃっふ」
突然サミュエルから話を振られた織姫は、定位置である勇の頭の上で一瞬小首を傾げた後、力強く鳴いた。
「えっと、どうするつもりですか、サミュエルさん?」
「なに、ここが勝負どころだ、私の残った魔力を注ぎ込もうと思ってな。相手が密集している今なら、上手くいけば何体かまとめて行動不能に出来る。そのためには一瞬相手の集団の足を止めたいのだ」
「そういう事でしたか……。しかし魔力を使ってしまって大丈夫なのですか?」
「このタイミングを逃して散開でもされるとチャンスが無くなる。ああそうだ、私はおそらく走れなくなる。フランボワーズ、すまんが担ぐなり背負うなりしてくれ」
「なっ!? かつっ? せおっ!? ……し、承知しましたっっ!!」
サミュエルのお願いに、フランボワーズが首がもげそうなほどブンブンと頷きながら、声を裏返らせた。
「では、私が詠唱を始めたら、そちらもよろしく頼む」
「にゃっふ」
織姫にもお願いをしたサミュエルが、集中するためか走る速度を少し落として詠唱を開始した。
『ワレはネガう。テンクウより、マいオりしイカヅチが、ライゲキのレンカンとなりてテキをジュウリンせんことを……』
「なぉぉぉぉーん!!」
それと同時に、織姫の力強い長鳴きが響き渡る。
一拍おいて、追走する魔法巨人のうち肩の黒い機体が次々に動きを止めた。
それは時間にしたら一秒程度の事だが、走っている中集団で起きた事となれば馬鹿にならない。
動きを止めた機体の後ろを走っていた機体は、たたらを踏んだり体勢を崩したり、中には転倒しそうになっている機体も目につく。
そうして、前を走っていて難を逃れた機体以外が、足を緩めることになった。
『連鎖雷撃!』
そこへすかさずサミュエルが雷属性の魔法を叩き込んだ。
バヂィィィィィッ!!
まず、動きが鈍った集団の先頭付近に渦を巻くような帯状の光が現れ、まるで顎を開けた大蛇のように一番手前にいた魔法巨人へと襲い掛かった。
バチバチバチバチバチッッッ!
続けてその機体の隣にいた機体に雷撃が連鎖、そしてまたその隣へと雷の蛇が襲い掛かっていく。
雷属性の魔法に反応して、魔法巨人の装甲の表面に目まぐるしく土の魔力が流れていくのを勇の目は捉えていた。
そして、最初に雷撃を受けた機体と、そこから一段階目の連鎖を受けた二体の合わせて三体が、糸の切れた操り人形のように膝から崩れ落ちた。
「す、すごい……」
辺り一面にオゾンの匂いが立ち込める中、勇が目を丸くして呟く。
旧魔法でもないのに、まとめて数体の魔法巨人の魔法装甲を剝がして行動不能にするなど、規格外にもほどがあるだろう。
しかしそれは、サミュエルをもってしても無理をしないと成しえない事のようだ。
ドサリ。
奇しくも自身が倒した魔法巨人と同じように、サミュエルが膝から崩れ落ちた。
「サミュエル様っ!!」
それを見たフランボワーズがすかさず走り寄る。
「フフ、さすがに魔力が切れた、よ……。フランボワーズ、あとは、任せ、た……」
フランボワーズに抱き寄せられたサミュエルは、そう呟くとゆっくりと目を閉じ気を失った。
「お任せくださいサミュエル様!!」
しばしその顔を見つめていたフランボワーズが、サミュエルを背負って立ち上がる。
「なんなら、ずっとこのままでもいいのに……」
そうボソリと呟いたフランボワーズの声は、誰の耳にも届かなかった。
サミュエルが渾身の一撃で足止めをしている間に、距離を稼ぐことに成功したグレッグらの操縦する魔法巨人一行。
その後10分ほどで再び追いつかれそうになるが、今度は逃走経路脇に潜んでいたユリウスとサラの機体による奇襲を受け、また足止めを食らってしまう。
奇襲した二体もそこから戦列に加わり、牽制を繰り返しながらどうにか当初予定していたポイントへと辿り着くことに成功した。
そこは、少し前に大きな魔物同士が戦った跡なのか、幅五メートル、長さ五十メートル程に渡って地面が抉れ、木々が倒されている場所だった。
道のようになっているその最奥は、土魔法で地面を盛り上げて一段高いステージのようになっており、そこにユリウスらの操縦席が並べられていた。アンネマリー達も一緒だ。
辿り着いたグレッグ達の魔法巨人もそこに操縦席を置くと、ステージを守るように周りを固めた。
間を置かず、追走してきたアバルーシの魔法巨人がそこへ雪崩れ込んでくる。
急に開けた場所に出たことに驚いたのか一瞬動きを止めたものの、前方にこちらの魔法巨人が集まっているのを見てすぐさま隊形を整えた。
開けているとは言え、さほど幅があるわけでは無いため、2、3体が一組になり、槍を構えてじわじわと近づいて来る。
そこへ呪文の詠唱が聞こえてきた。男女の声が重なって聞こえてくるので、同じ魔法を同時に使っているのだろう。
詠唱しているのは、アンネマリーと一足先にアバルーシの潜伏場所からこちらへ合流したユリシーズだ。
『『水よ。刹那に満ちて激流となり、暴威を示せ。局地洪水!!』』
魔法が発動すると、ステージ状に盛り上がったエリアの前に、水で出来た丸い鏡のようなものが二つ浮かび上がった。
一つは直径三メートル程と一際大きく、もう一つは直径一メートル程度。横に二つ並んでいる。
見慣れぬ魔法にアバルーシの魔法巨人が足を止め、勇たちの魔法巨人はすぐにステージの上や後ろへと移動した。
ゴ、ゴゴゴ……
直後、地鳴りのような音が辺りに響く。
そして……
ゴウ!!
空中に浮かんでいた鏡のようなものから、膨大な量の水が一気に流れ出した。
二つの水鏡から噴出した水は、抉れていた地面を満たしながら轟音とともに流れていく。
そしてそれは、一秒と掛からず足を止めていたアバルーシの魔法巨人に襲い掛かった。
数秒で浮かんでいた水鏡は消えて水の噴出が止まり、あたりに静寂が戻る。
小さな池のようになった所に、腰の辺りまで水に浸かったアバルーシの魔法巨人の姿があった。
結構な水圧がかかったせいか、転倒して完全に水没している機体も見受けられる。
『雷力弾!』
バチバチッ!
バチバチバチッ!
そこへ今度は、リディルの雷力弾が何発も降り注ぐ。
「そりゃっ!」
さらにミゼロイが、ロープが結ばれた何かを投げ入れた。
バヂィィィィィッ!!!
二秒後。激しい閃光が断続的に水中から三連続で迸る。
以前ルサルサ河で川鮫と交戦した時に作った、雷玉・改を投げ込んだのだ。
光が収まると、ロープを手繰って回収し、再び投げ入れる。
魔石の魔力が無くなるまで何度かそれを繰り返すと、動く魔法巨人はいなくなっていた。
「よし、ひとまずは成功だ。これより魔石の回収に入る! まだ動く機体もいるはずだから気を抜くなっ!」
その後もしばらく様子見をして、水があらかた引いた事を確認したステージ上のミゼロイから号令が飛ぶと、避難していたこちら側の魔法巨人たちが、一斉に動き出した。
「お疲れ様でした。お嬢様たちは休んでいてください」
限界まで魔力を使って座り込んでいるアンネマリーらを労うと、ミゼロイもステージを降りていった。
今回二人が使った局地洪水の魔法は、大量の水を指定した方向に一気に放出するだけの単純な魔法だ。
例によって新魔法としてはホースで散水する程度の威力しかなく、誰も使わない魔法のひとつだった。
大量の水が必要な場合は、以前傭兵伯エレオノーラが使ったように水竜巻を使うのが一般的だ。
しかし水竜巻は、その名の通り竜巻状に水柱が上がるうえ、制御が難しい。
勇たちとしてはなるべく魔法巨人を壊したくないため、勇が旧魔法として使える状態にしてから、魔力の多い二人に教え込んでいた。
そうして一時的に相手を水没させた状態で、雷魔法や雷の魔法具を使って効率よく属性攻撃を加えて、無力化を図ったのだった。
それから一時間ほどかけて、全ての魔法巨人から起動用の魔石を外していく。
魔法巨人の起動用魔石は外からは直接見えない位置にあり、工具を使わないと外せない構造になっている。
通常の魔法具とは違って、停止状態の他にスタンバイ状態のようなモードがあり、完全停止させることは少ないそうだ。
動き出して怪我をしないよう、複数台で押さえつけながらの作業だったが、壊れたのかはたまた戦意を喪失したのか、動き出すような機体は無かった。
魔法巨人が動かなくなった後は、操縦席と放置してきた魔動車の回収だ。
どちらも殆どが潜伏場所にあるため、一旦全員でそちらへ移動する。
アバルーシの操縦者や護衛が逃走していないか不安もあったが、生身で森の中へ逃げ出すリスクを把握していたようで、逃げることなく全員が大人しく投降した。
「半分以上は、ちょっと手を入れれば動きそうですわい」
魔石が外された魔法巨人をチェックしていたグレッグが、操縦席を確認していた勇とリリーネの元へやって来てそう告げる。
「おー、それは良かったです。ひとまず私の分も含めて、今操縦できる人の分の機体は確保出来ていましたが、予備機や後詰用の機体も欲しい所でしたからね」
「フォフォフォ、そうですな。では、某はすぐに修理を始めますわい。明日までに五台は動かせるようにしておきますぞ」
「ありがとうございます!」
こうして勇たちは、現時点で操縦可能なメンバー全員分以上の魔法巨人を手に入れることに成功するのだった。
書籍用イラストを描いて頂いている又市マタロー先生の手による、織姫のイラストが届きました!!
刮目せよっっっ!!!
↓
この丸っこい感じ、まさに織姫です!
はー、かわいい。作者冥利に尽きますね……。又市先生、ありがとうございます!!
また、累計ポイントがついに20万ポイントに到達しました!
大きな区切りの一つで、目標としていた数字なので非常に嬉しいです。
評価、ブックマークいただいた皆様、本当にありがとうございました。
これを励みに、引き続きがんばりたいと思います!
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