●第197話●強奪作戦 第二ラウンド
休憩スペース側に残された二体のアバルーシの魔法巨人のうち一体が、サミュエルの作った土壁の際に操縦席を置くと、土壁に手をかけてその上へと身を乗り出す。
壁の向こう側でもこちらで戦闘が起きている事は把握しており、全ての魔法巨人がこちら側へと向かって来ていた。
壁を登った魔法巨人は、そのまま乗り越えて向こう側へ行こうとしていたようだが、土壁のすぐ向こうに薄緑色をした風属性の壁があることに気が付き断念する。
あの壁はぶつかった物を弾いたり分散させたりする特性があるため、迂闊に飛び込むとバラバラになりかねないのだ。
そこで壁によじ上り、こちらへと向かってくる僚機に向けて素早くハンドサインを送る。
『岩拳』
ガキキンッ!
それを見たサミュエルから牽制の魔法が飛んでいくが、距離が離れたこともありこちらを向いて注意を払っていたもう一体の魔法巨人に槍で弾かれる。
「ふむ。この距離からだと撃ち落とすか……。中々良い腕だ」
大きなダメージは与えられないと思って放ってはいたが、まさか落とされるとは思わなかったサミュエルが少し驚いた表情を見せた。
「やはり操縦技術はかなりのものですね……。ん?」
勇も渋い表情でその様子を見ていると、壁に登っていた魔法巨人が壁から降り、操縦席を抱えて壁沿いに走り始めた。
守っていた魔法巨人もそれに続く。
「二手に分かれろ、とハンドサインを送っていたから合流するつもりだ! 壁の両端から攻めて来るぞ!」
アバルーシで使われるハンドサインの意味を理解しているリリーネから、そんな注意喚起が飛んでくる。
それを聞いたティラミスとイーリースの機体がフェリクスの方を見る。
「追うな! 数が少ないこっちがバラけたら一気に持ってかれるぞ! 急ぎ操縦席とリリーネさんの機体を下げて、迎え討つ体制を作る!」
フェリクスの指示に頷き、操縦席とリリーネの席を休憩スペースの端まで下げると、七体の魔法巨人のうち五体が扇状に広がり、その内側に二体が備える陣形を組んだ。
搭乗していない者たちも一か所に固まり、急ぎ方針を決めていく。
「まだ相手は20体近いので、正面から当たるとマズいですね」
「ええ。最終的には、当初の予定通り釣り出して罠に嵌めるしかないでしょうね」
フェリクスの問いに勇が答える。
「数と個の戦力では負けていますが、こちらには魔法使いが複数いますし伏兵もいます。また姫により相手の猫を使って隙を作らせることが出来ます。これをうまく使って誘い出しましょう」
「了解です。まずは上手く森に逃げたドレクスラーを使いますか」
「そうですね。相手は池を迂回してこちらに来なければなりませんから、その隙に動いてもらいましょう」
一緒に潜伏場所入りしていたドレクスラーの機体は、壁の向こう側で待機していたのだが、混乱が起きたタイミングで気付かれないうちに森の中へ入っていったのを確認している。
そのままアバルーシに混ざって行動するか別動隊として動くかは本人に任せてあり、今回は別動隊として動く方が良いとみての行動だろう。
「分かりました。ドレクスラーは相手の操縦席が見える位置まで移動。先生にまた呼びかけていただき、隙が出来た機体が乗っ取った後に動けそうだったら、ドレクスラーに操縦席ごと掻っ攫ってもらいます」
「ええ、それで大丈夫です。操縦席の護衛に複数の魔法巨人がいたら、諦めて即時合流してもらいましょう」
「魔力パスを切って話しますか?」
フェリクスがチラリと後方に並ぶ操縦席に目をやりながら勇に確認をする。
機体は向こう側だが、操縦席は守りやすいようにこちら側にまとめてある。
「接続を切っているうちに状況が動くとマズいですし、向こうからこちらの戦況が見えるとは限りませんからね。合図を出す人も必要だと思います」
「了解です。ではユリシーズ、ドレクスラーの元まで行って、作戦を伝えつつ木の上で戦況を確認して合図を頼む」
「了解!」
「掻っ攫うにしろ撤退するにしろ、結果が出たらユリシーズさんはそのままアンネ達の潜伏場所へ行ってください。この作戦の仕上げは、ユリシーズさんの魔法が多分キモになります」
「うわぁ~、責任重大だぁ……。ちょっと気合い入れていきますかっ」
勇からの一言に少し顔を頬をひくつかせつつ、ユリシーズが呪文の詠唱を始める。
『全身強化!』
「では!」
威力を抑えた全身強化を使用したユリシーズが、短く挨拶をして飛び出していった。
「む。あれが全身強化だと?」
明らかに常人離れした速度で小さくなっていくユリシーズを見てサミュエルが驚く。
旧魔法化していない全身強化は、消費魔力が大きいだけで効果の薄い魔法の代名詞だ。
その認識は、王国でも屈指の魔力量を誇るサミュエルとて例外では無かった。
「あはは、ちょっとした企業秘密、ですよ。とは言え、使える人はほんの一握りですけどね……」
勇はそう言って小さく肩をすくめた。
クラウフェルト家においても、勇と同レベルで全身強化が使えるのはユリシーズのみ。実戦に投入できるレベルなのも、アンネマリーとマルセラ、フェリクスしかいない。
呪文の意味を理解してもなお難しいのが全身強化の魔法なのだ。
(もっとも、この人は意味を説明したらすぐに使いこなしちゃいそうで怖いんだよなぁ……)
ちらりとサミュエルを見て、心の中でそう呟き小さく身震いする勇だった。
ユリシーズの姿が森に消えてからすぐ。壁の両端から相手の魔法巨人が姿を現した。
「来た! 向かって右手側が八、左が九。綺麗に分けましたね……」
「そうですね。印付きは……。あー、これも右が三で左が四ですか」
「一体だけの差ですが、数が多い左側を相手にしますか?」
「そうですね。距離も左側のほうが近いですし」
「了解です」
「では、ちょっと右側の足止めをしますか。サミュエルさん、フランボワーズさんもよろしくお願いします」
「ああ」
「もちろんだ」
多少なりとも確率が高そうな左側の集団に狙いを定めた一行は、撤退戦へと繋がる行動を開始した。
『天地杭!』
二列で走って来る右側の集団の先頭の眼前に、まずは勇の天地杭が発動する。
密度は低めだが、杭を大きく範囲を広めに調整して足止めを図る。
目の前にひざ丈を超える突起が出現したことで、先頭の二体が急ブレーキをかけた。
ガシャンガシャン!
突然先を行く二体が動きを止めたため、あまり距離を開けていなかった後続の機体が、止まり切れずに玉突き衝突を起こす。
壊れたりはしていないが、転倒し絡み合った機体も障害物となり行き足が完全に止まった。
『岩石壁』
『岩石壁!』
相手の動きが止まったのを確認すると、サミュエルとフランボワーズが再び壁を出現させる。
初手を壁にするほうが手っ取り早いのだが、激突されて機体を壊してしまうわけにもいかないので、後からの発動となった。
すでに作られている休憩エリアとそれ以外を分断している壁を起点に、L字型の壁が新たに連結される。
結果的にコの字型に近い形で壁が作られ、その中に右側から来た魔法巨人の一団が閉じ込められた形になった。
壁が無いのは後方だけである。
『風壁!』
さらに勇たちが陣取っている側に面している壁に沿うように、フランボワーズの風壁が発現する。
最初に作った土壁より一段高く作られてはいるが、乗り越えることは可能な高さなので、正面側だけはそれが出来ないようにという配慮だ。
「二人ともありがとうございます! これで時間が稼げます」
「なに、礼には及ばん。しかし倒してはならない、というのがこれ程難しいものだとはな……」
勇の礼に、サミュエルが眉根を寄せながら答える。
膨大な魔力を持つサミュエルからすれば、ある程度の数であれば破壊して行動不能にする方法の方が手っ取り早いのだろう。
「すみません、サミュエル様。私はこの風壁の維持で、魔力をかなり使ってしまうと思います」
一方フランボワーズのほうは、額に少々汗が浮かんでいる。
彼女の魔力量もかなりのものだが、さすがにサミュエルには及ばない。
また、風壁は岩石壁のように発動させて終わりではなく、維持に魔力が必要になる。
今は解除しているが、最初に発現させた風壁の維持にも魔力を使っていた彼女の魔力残量が少なくなっているのは仕方がない事だろう。
むしろこの期に及んであの規模の風壁を新たに発動、維持できている事が驚異的なのだ。
「かまわんよ。フランボワーズ以外に同じことができるような者など居ないのだから。それに……」
サミュエルはそこで一旦言葉を切ると、くるりと振り返って言葉を続けた。
「それに、私と違い貴女は魔法など無くとも騎士としても一流だ。違うかね?」
そして言い終わるとすぐにまた前を向いてしまった。
「サ、サミュエル様! ありがとうございます!」
思わぬお褒めの言葉に、フランボワーズが嬉しそうに頬を赤らめた。
「さて、次はこっちか」
ひとまず右側の魔法巨人への一時的な対処が終わったため、迫りつつある左側の魔法巨人への対応に移行する。
「姫、お願い出来るかい?」
「にゃふ」
勇のお願いに答えた織姫が、ひょいっと頭の上へ飛び乗る。
「なぉぉん!」
そして長鳴き。しかししばらく様子を見てみたが、左側の魔法巨人の挙動が乱れることは無い。
「右側のヤツだったか? 姫、もう一度頼む!」
「なぉぉん!」
すると、集団の中ほどを走っていた魔法巨人が急に顔を押さえるような素振りを見せてスローダウンする。
猫と魔力パスが繋がっていると、操縦中にも猫の存在を感じ取ることができるのだが、あれはおそらくその猫に顔を引っ掻かれたのだろう。
スローダウンした魔法巨人にぶつからないよう、魔法巨人が急制動をかけ、先行する五体と分断される。
と同時に、ユリシーズが走っていった森の方で光弾が打ち上がった。
鹵獲目標を確認出来たユリシーズからの合図兼相手護衛に対する目くらましである。おそらくドレクスラーが、一気に対象の操縦席を強襲しているはずだ。
「皆さん、ここが踏ん張りどころです!」
勇はそう言いつつ、自身に全身強化をかけると、魔動車から持ち出した爆裂玉を次々と目前に迫った魔法巨人へと投げていく。
ドドドドンッ!!
激しい爆発音とともに炸裂する爆裂玉。
頭部以外には防御用の魔法陣があるため大きなダメージにはならないだろうが、逆に言えば頭部は守る必要があるし、音も大きく見た目にもインパクトがあるため、驚いた五体の魔法巨人が足を止めた。
また半分ほどが地面で爆発したため、いくつもの小さなクレーターが出来ていた。
さらにいくつもの爆裂玉を投げつけ、足止めをすると同時にクレーターを増やしていく。
相手は迂回して森の中から攻めるか、足場の悪いクレーターを乗り越えていくかの二択となるが、こちらは平坦な場所にいるため地形的有利を確保できる。
しばし逡巡した相手だったが、先頭の一体がハンドサインを送ると、真っすぐに突っ込んできた。
多対一を強いられる可能性が高い迂回ルートではなく、多少足下が悪くても多対多で戦える方を選んだのだろう。
その動きを見たこちら側の魔法巨人も一斉に距離を詰めていく。
そしてついに、何百年かぶりに魔法巨人の集団同士による戦端が開かれた。
これが戦場であれば、何も考えずに相手を壊してでも行動不能にすればよいのだが、お互いにそうも言っていられない。
鹵獲してズンに対抗したい勇達はもちろん、アバルーシ側としてもここで機体数を減らすのはこの後の作戦を考えると避けたい。
そうした思惑もあって、戦いにはどこか遠慮がちな雰囲気が漂っていた。
地形的優位とその遠慮から、どうにか互角の勝負を続ける事数分。
右手やや後方の森の方から、バキバキと派手に枝を折りながら突っ込んでくる音が聞こえてきた。
一瞬敵の伏兵か!? と焦った勇たちであったが、迫りくる機体の頭頂部が赤く光っているのを確認して安堵する。
左の小脇に操縦席を抱えながら、右手に持った槍で枝を薙ぎ払いながら、ドレクスラーの機体が遂に森から飛び出してきた。
勇の目には、機体が黒く光る魔力光を纏っているのが見えた。
「速いと思いましたが、オーバードライブモードを使ってますね」
勇の言うオーバードライブモードと言うのは、一時的に魔法巨人の性能、特に素早さを上げる機能の正式名称だ。
いかに短時間で合流できるかがキモだったため、躊躇せずに使用したのは良い判断だろう。
ちなみに命名はもちろん初代のアベルである。
「暴走モードまでついてるなんて、なんてクールなんだ!」と、この機能が付いている事を知ったアベルは狂喜していたそうである。
合流したドレクスラーの機体は下に操縦席を置くと、今度は戦いを繰り広げている前線へと走っていく。
リリーネとフェリクス、エシャドがすぐに操縦席へと走り魔道具を停止、操縦者を連れ出して拘束しつつ、魔法パスの初期化を行う。
そしてすぐさまその操縦席にエシャドが乗り込むと、リリーネも操縦席へと乗り込み前線へと魔法巨人を走らせた。
二体が前線に加わっただけでなく、図らずも背後を突く形になったエシャドの機体の参加により、膠着していた戦線は一気に勇達優位へと傾き始める。
しかしそれも長くは続かない。
右側の一団が、遂に壁を迂回し終えてこちらへと向かってきたのだ。
「ここらが潮時ですね。皆さん、撤退です!!」
それを見て取った勇が、総員撤退の指示を出す。
パーーン!
同時に、前線で戦っている魔法巨人への撤退の合図である、フェリクスの偽破裂が鳴り響いた。
森の中で繰り広げられたアバルーシとの戦いは、ついに最終局面を迎えることとなるのだった。
週2~3話更新予定予定。
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