●第195話●敵陣へ
鹵獲した二機の魔法巨人を、ドレクスラーとローレルがそれぞれ操縦し、里から持ち出した機体はユリウスが操縦して森の中を進む。
ちなみにティラミスも操縦したがっていたが、いくら哨戒機を鹵獲して警戒が甘くなっているエリアとはいえ、繊細な動きが苦手で度々暴走するティラミスに操縦させるのはリスクが高いと判断され却下されている。
なるべく音を立てないよう慎重に森を南下していると、先頭を歩いていた織姫たち猫軍団が足を止めた。
地図がないので正確には分からないが、昨日リリーネと決めた合流ポイントに近い場所のはずだ。
休憩がてらしばらく様子を見ていると、毛繕いをしていた織姫が頭上を見上げて小さく鳴いた。程なくすると、マックスが木の上からぴょんと飛び降りてきた。
「にゃーう」
「ナーォ」
短く何事かを確認するように鳴くと、マックスを先頭にして再び猫軍団が歩き始めた。
勇達一行も、当たり前のように猫たちに付いていく。
猫に先導される、というのは普通に考えるとあり得ない状況なのだが、ここ数日で全員がすっかり慣れてしまったし、すでに全幅の信頼を置いてさえいる。
そして今回も、猫たちが誘導した先には、当たり前のようにリリーネと彼女が操る魔法巨人がいるのだった。
「お待たせしました。何とか作戦通り二機を鹵獲してきましたよ」
「さすがだな。これで次の作戦に移る事が出来そうだ。そしてキャト達、いやオリヒメかな? とんでもなく案内が正確なのが信じられんよ……」
「あはは、確かに驚異的なんですけどね、毎回なので慣れちゃいましたよ」
「……そういうものなのか」
無事合流を果たしたリリーネに声をかける勇。
リリーネは合流を喜びながらも、広い森の中で正確にナビゲートする猫たちに、まだ驚いているようだった。
「さて、次は某と一緒に一機潜伏場所まで付いて来てもらう事になるが、誰の機体になるんだ?」
各々が円状に座ったり立ったりして集まる中、リリーネが皆の顔を見回しながら尋ねる。
「私が行く予定だ」
操縦席から降りて来ていたドレクスラーが答える。
「確かドレクスラー殿だったか? 騎士としての経験の長い貴殿であれば、腕も立つし冷静な対応が出来そうだな。よろしく頼む」
それを聞いたリリーネが小さく頷き、ドレクスラーと軽く握手を交わした。
作戦の二段階目は、リリーネの言うように鹵獲した魔法巨人がリリーネの機体と共に潜伏場所へ戻る事から始まる。
リリーネ含めてどちらも哨戒任務に出ている事になっているが、その二体が敵の威力偵察部隊と思しき一団を発見したため、それを伝えるため急ぎ帰還した、という設定である。
そしてそれを拿捕、ないし排除するという名目で二機ほど魔法巨人を釣り出す。
この時、距離がそこそこ離れていることを理由に、操縦者も一緒に連れ出すのがポイントだ。
連れ出した後は、残り二機の魔法巨人と勇たちがアンブッシュしているところまで誘導、挟撃して鹵獲するという筋書きだ。
「ではドレクスラー殿は付いて来てくれ」
「了解した」
作戦の最終確認を行ったリリーネが、操縦用の魔法具に乗り込む。
口頭での説明も必要なので、リリーネは操縦席ごと帰還する必要があった。
ドレクスラーは身バレする可能性があるので、数名の護衛を伴いアンブッシュポイントから少し離れた場所から操縦することになる。
操縦席を抱えた二機が集合場所から出撃したのを見送って、勇たちもアンブッシュポイントへと移動を開始した。
「にゃっふ」
茂みに潜んでいた勇の頭を、織姫がぽむぽむと叩いた。
「……どうやら無事釣り出すことに成功したようですね。皆さん、準備をお願いします」
肩にのる織姫の頬を軽く撫でながら、勇が皆に小声で指示を出す。
五分後、勇たちの耳にもガサガサと藪をかき分けて進む一団の音が聞こえてきた。
先頭を行くのはリリーネの機体で、その横にドレクスラーの機体が控える。
その後方から、二機の魔法巨人が付いて来ているのが見えた。
よく見ると、マックスがぴょんぴょんと頭上の枝から枝へ飛び移っているのも確認出来る。
操縦席は既にどこかに置いて来てあるのか、どの機体も抱えていない。
戦闘時に、操縦席を抱えていたり足下にあったりすると、動けない操縦者が巻き込まれて非常に危険なだけでなく、操縦席が壊れてしまう可能性もある。
そのため、ある程度距離の離れたところに降ろすことになっていたのだが、どうやら問題無く実行できたようである。
そして一団が何事もなく勇たちの近くまで差し掛かった時だった。
『閃光弾』
勇の呟きと共に、茂みから小さな光球が飛び出し、そのまま前を行く二機と後ろの二機の間へ飛んでいく。
後ろを行く一機がそれに気付いたのか、顔が光球のほうへ向いた。
その刹那。
光球が弾け、一面を真っ白に染め上げた。
突然の目眩ましをまともに食らった後ろの二機が、がしゃがしゃと音を鳴らして慌てているのが、目を開けた勇の視界に飛び込んできた。
音に気付いた前を行く二機は、振り返ると後ろの二機との距離を詰め、まずは相手が手に持っている武器を弾き飛ばす。
視界が戻ったかどうかというタイミングで武器を弾き飛ばされた後ろの二機は、一瞬何が起きたのかと動きを止めたが、すぐに距離をとって腰を落とした。
そのタイミングで、今度は後ろの二機の斜め後方から二機の魔法巨人が飛び出す。
一機ずつ後ろから羽交い締めにすると、リリーネとドレクスラーの機体もそれに加わり、制圧にかかる。
それを横目に織姫とマックスが森の中を駆け、後ろを六名の騎士とグレッグが追いかけていった。
しばらくすると、織姫を追いかけていった騎士達が、相手の護衛と操縦者を無力化して戻って来る。
それから操縦席を回収してくると、リリーネの手により二機の魔力パターンを初期化、あらためてマルセラとビッセリンク家のメンフィオの魔力パターンが登録された。
こうして都合六機となった魔法巨人を駐機姿勢で待機させ、勇達一行は再びリリーネを交えて作戦の確認を行っていた。
「ぐぬぬ、またしても……」
「お前の出番はこの後だ。敵地で暴れまわってもらうからな、それまでとっとけ」
次の作戦も出だしは少々センシティブな動きを要求されるため、パイロットから外されたティラミスが歯噛みし、それをフェリクスがなだめる。
「そうだぞティラミス。最後は力勝負になるんだから、頼りにしてるぞ」
「むぅ、頼りにされているのか馬鹿にされているのか、いまいち分りづらいっすね……」
ドレクスラーも半笑いでそう言ってティラミスの肩をポンと叩いた。
小休止の後、いよいよ作戦の最終段階へ向けて動き出した。
まずリリーネの機体とドレクスラーの機体、そして今しがた鹵獲したマルセラとメンフィオの機体で、待機場所へ向かう。
その際、リリーネとドレクスラーはそれぞれの操縦席を、他の二機は貨物タイプの魔動車を持っていく。
ユリウスと、ローレルと乗り替わったサラは待機場所から少し離れた場所で待機。その護衛としてミゼロイ、リディル、アンネマリー、ルドルフ、カリナが残る。マルセラ、メンフィオの操縦席、エトとヴィレムの非戦闘要員も一緒だ。
そしてそれ以外の十一名が、魔動車に乗った状態でリリーネ、ドレクスラーと共に待機場所へ乗り込むことになる。
「すみませんね、こんな所に押し込めたうえに酷い乗り心地で」
魔法巨人が一歩踏み出すたびに揺れる貨物タイプ魔動車の荷室の中で、勇が申し訳なさそうにサミュエルに謝罪する。
「なに、無理を言って付いてきたのはこちらのほうだ。それに一昔前の馬車の揺れを思えば、この程度問題無い」
対するサミュエルは、特に気にした様子はない。つくづく大貴族当主らしからぬ特異な人物だ。
その後も軽く雑談をしつつ、うっかり外に飛び出さないように身体を固定しながら幌の隙間から様子をうかがっていると、前方に開けた場所があるのが目に入ってきた。
「どうやらもうすぐ到着のようですね……」
「そのようだな」
「魔法巨人も速度を落としましたね」
フランボワーズの言う通り、駆け足だった魔法巨人がゆっくりと歩き始める。魔動車の揺れもそれに伴い小さくなった。
そのまま三分ほど歩くと、ついに魔法巨人が足を止め、魔動車が地面に降ろされる。
同じ魔動車に乗っている、勇、サミュエル、フランボワーズ、イーリース、ビッセリンク家のゲーブルは、息を殺して外の様子に耳をそばだてた。
「お? 帰ってきたな」
「何だあれ? 馬車か?」
戻ってきた魔法巨人が、見慣れないものを運んできたことで、アバルーシの者たちが少々ざわついている。
その疑問に答えるべく、リリーネが操縦席から降りてきて口を開いた。
「やはりシュターレン王国の偵察部隊が入り込んでいたようだ。あっさり引き上げたことを訝しんだバルシャム辺境伯と、魔石を奪われたクラウフェルト子爵が、合同で送り込んできたらしい」
それを聞いた面々が、それぞれ感想を口にする。
「へぇ、シュターレンにも目聡いヤツがいたもんだ」
「何とかいう公爵からクラウフェルト家は無属性魔石を掘るだけの貧乏貴族だと聞いていたが、どうして中々……」
「ああ。魔石を取りに行った時も、何機かやられたからな」
「はっ。だとしても、今頃偵察したところでもう遅いだろ」
「お嬢、捕らえた連中はどうするんだ?」
「戦いが終わるまで捕らえておいて、終わったら捕虜としてズンに売り払うつもりだ。下手に扱って後から揉めるのも面倒だからな」
一人の男のもっともな質問に、リリーネももっともらしい返答を返す。
「まぁそれが無難か。おい、そんなに時間もかからんだろうから、大人しくしてろよ」
それを聞いた男が魔動車の中を覗き込む。
後ろ手に縛られているのを確認すると、ガンと魔動車を蹴り上げ捨て台詞を吐いて去っていった。
「こいつらは、このままここに閉じ込めておく。交代で見張りだけ立てておけ」
リリーネの指示に、魔動車を運んできた二機の魔法巨人が頷き、再び魔動車を抱え上げて潜伏場所の端のほうへと運んでいった。
運ばれた先は、どうやら休憩場所として使われているスペースのようだった。
そこであらためて、勇たちは潜伏場所の全容を確認してみる。
まず目に入ったのは、綺麗な水を湛えた小さな池だった。
それを中心に、半径二十メートルほどの広さで森にぽっかりと穴が空いたように開けた場所があり、そこをそのまま利用して潜伏場所としていると思われた。
さすがに建物は無く、大きめのテントがいくつも並んでいた。
目視できる魔法巨人は、勇たちの物を除いて二十機ほどか。
その内三分の一ほどが、運ばれた休憩スペースの近くで駐機姿勢をとっており、残りの機体は稼働状態にあるようだ。
操縦用の車両の数が魔法巨人の数より少ないので、リスクヘッジのため森の中に分散させてあるのだろう。
時刻は昼を少し過ぎたあたり。これくらいの時間が良いというリリーネの希望に沿う形にしたのだが、状況を見て勇はなるほどと思う。
駐機姿勢の魔法巨人の操縦者たちが、操縦席を降りて昼食を摂っていたのだ。
交代制ではあるだろうが、三割の魔法巨人が非稼働状態だというのは非常にありがたい。
この非稼働状態の魔法巨人を奪い、魔力パターンを書き換え乗っ取るのが作戦の要となるためだ。
リリーネの話では協力者が二名いるとの事だったので、さて誰がその協力者だろうかと様子をうかがっていると、見張りに立っている男が背中を向けたまま声を掛けてきた。
(狭い所に長い時間すみません。お嬢から話は聞いています。今見張っている、私ともう一人がお手伝いしますので、仕掛けるタイミングになったら教えてください)
(おっと、あなたが協力者の方でしたか。分かりました。最終確認をしたらまた声を掛けさせてもらいます)
少々驚きつつ返答を返した勇に、見張りの男は小さく頷いた。
「さて、待機状態の機体が七機。操縦席はバラけた配置になってますね」
「うむ。一度に全て押さえるのは無理だろうな」
「そうですね。起動前に……手前側にある三機を押さえたいところですね」
「休憩スペース側にいるアバルーシの者たちはざっと三十名といったところですか。非戦闘要員もいそうなので、戦闘要員は二十名くらいでしょうか?」
「それくらいでしょうね。なるべく怪我をさせないようにしたいので、雷剣と威力を弱めた雷魔法や水魔法を中心にお願いします」
勇、サミュエル、フランボワーズが、状況をみて最終確認を進めていく。
「リリーネさんがもうすぐ休憩に入る体でこちらに来ると思うので、そのタイミングで行動開始しましょう」
「「「「了解」」」」
「イーリースさんは、行動開始と同時に向こうのチームに最終決定した内容を伝えてください。その後はリリーネさんと合流、ティラミスさん、グレッグさんと共に優先的に魔法巨人を操縦してもらいます」
「分かりました」
勇からの指示にイーリースが緊張した面持ちで頷く。
生身での戦闘能力と魔法巨人操縦の腕前を加味して決めた優先順位だ。新人かつ操縦技術がそこそこ高いイーリースは優先度が高めである。
そうこうしていると、池の反対側で長老衆と思われる者たちと話をしていたリリーネが、魔法巨人を操縦してこちらへとやって来るのが見えた。
それを確認した勇が、小声で外にいる見張りに開始タイミングを伝える。
(リリーネさんが操縦席から降りたら、行動を開始します。念のため目を瞑るか後ろを向いていてください)
(承知しました)
ここまで来たら、あとは実行あるのみだ。
覚悟を決めてリリーネの様子をうかがっていると、魔動車からほど近い場所に操縦席を降ろし、魔法巨人は他の操縦席の近くで駐機姿勢を取らせた。
勇たちに近い位置に操縦席を置いたのは、作戦開始時の初動を早くすると共に、大切な操縦席を騎士達が守りやすくするためだろう。
そしてついに、リリーネが操縦席から降りて来る。
勇たちは一瞬顔を見合わせ小さく頷くと、見かけだけ縛られているように見えたロープをほどく。
騎士達は、床下に隠した武器を手にし、勇、サミュエル、フランボワーズは一斉に呪文を唱え始める。
『岩石壁!』
『風壁!』
まず発動したのは、サミュエルの岩石壁と、フランボワーズの風壁だった。
休憩エリアとそれ以外を隔てるように、幅二十メートル高さ五メートルはある大きな土の壁をサミュエルが一瞬で築き、その手前側にフランボワーズが同じくらいの幅で風の壁を築いた。
『閃光弾!』
その直後、勇の大光量の閃光弾が発動。壁のこちら側を白く染め上げる。
そして二つの魔動車から、騎士達が一斉に飛び出していった。
週2~3話更新予定予定。
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