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●第190話●サミュエル・フェルカーの矜持

ブックマーク、評価していただいた皆さま、本当にありがとうございます!!

週2~3話更新予定です。

「「「「…………」」」」

 勇の運転する黒猫(シュヴァルツ・カッツ)の車内に、何とも言えない微妙な空気が漂う。

 魔動車の車列が走るのは、フェルッカの街を出てすぐのあたりだ。

 サミュエルとフランボワーズは一応お客様なので、最も乗り心地の良い黒猫(シュヴァルツ・カッツ)に乗ってもらっている。

 この耐え難い空気感の正体は、まさにその2人のせい、もっと言えば約一名いらっしゃるやんごとなきお方のせいだ。


「うーむ、これは素晴らしい乗り心地だな……」

 しかしその張本人はと言うと、そんな空気など全く気にすることなく魔動車の乗り心地に関心しきりだった。

 むしろ乗り心地への関心は随分後半になってからで、見たこともない操縦席のハンドルやペダル類、動力となる魔改造した繰風球などなど目につくもの全てに興味を示していたのだが……。

「秘匿技術なので詳しくは申し上げられませんが、車輪にひと工夫したのが大きいかと思います」

 勇としては、全く無視するわけにもいかないが技術をバラすわけにもいかず、こうした中途半端な回答に終始する事になっていた。


「ほぅ、車輪にか……。次に休憩した時に、拝見させてもらおう」

 そんな中途半端な回答に怒るでもなく、出来る範囲で情報収集をしようとするサミュエルの姿は実に紳士的だ。

 ちなみに王都に行ったときに乗れなかった事を悔やんでいた、と言うのは、そうすることで自領内で勇たちが移動しても警戒されることが減るようにとの配慮からだと言っていた。

 その配慮を有難いと思うと同時に、半分は本音なのかもしれないと、勇を含めた全員が思っていた。


 そんな変な緊張感の中三時間ほど走り、日が落ちた後に本日宿泊する予定の街へと辿り着いた。

 サミュエルを乗せて慌ただしく出発するのは憚られたため、予定を変更して翌朝にフェルッカを出るよう勇が提案したのだが、当のサミュエルが

「自分のせいで急ぎの旅程を遅らせるわけにはいかない。なに、大した準備も不要だからこの後すぐに出発してくれ」

 と申し出てくれ、その言葉通り大きめのトランクケース1つだけを持って魔動車に乗り込んできたので、予定通りこの町へと辿り着く事が出来ていた。

 

 貴族であれば、男性であってもかなりの量の荷物を持っていくのが当たり前なので、上位貴族のサミュエルのその様子を見てアンネマリーが驚愕していた。

 フランボワーズの話によると、数人の騎士だけを引き連れて、カレンベルク領の限定領域をはじめとした遺跡に数日間籠ることもざららしいので、豪華な服装などには頓着しないらしい。

 もちろんTPOは弁えているので、決してものぐさというわけでは無い。


 さすがに宿泊する宿は、町で最も豪華な宿だった。

 サミュエルは元々領内を移動することが多いそうで、いつ来訪しても良いようにどの町にも必ず専用フロアが1フロア確保されているのだとか。

 今日泊まる宿もそんな宿の一つで、勇たちは最上階のフロアへと案内される。

 その下のフロアも丸々空いていたので、今回は全員が同じ宿に泊まれることになった。


「いやぁ、サミュエルさんが同行すると聞いた時はどうなるかと思ったけど、逆に快適になったかもしれないね……」

 食事まで少し時間があるので、与えられた客室で旅装を解きながら勇がアンネマリーに話しかける。

「そうですね。飛び込みでこんな豪華な部屋に泊まれるなんて思ってもみませんでした。それに、もっと厳格な方かと思っていたんですが……」

「あはは、そうだね。表情があまり変わらないから分かりづらいけど、魔動車に乗ってる時は嬉しそうだったよなぁ」

「ええ、そんな気がします」

 車内での様子を思い浮かべながら、二人は顔を見合わせて苦笑するのだった。



「ほぅ、では其方らは真にアバルーシの子孫と言うわけか」

「フォフォフォ、そういう事ですわい」

 食事後にお茶を飲んで一息つきながら、サミュエルがグレッグに話しかけていた。

 概要は出発前に軽く話してあったのだが、詳しい話は落ち着いてからという事で、夕食後の今行われている。

 どこまで話して良いものか散々迷いはしたのだが、この期に及んでは下手に隠すほうが大変なので、一部の極秘事項以外は全て話すことにしたのだ。

 ちなみにサラは、相手が侯爵本人と知り一番遠い席まで逃げている。


「しかし無属性の魔石にそんな利用方法があるとはな……。魔石なら何でも良いから、魔法具の権利を買えなかった逆恨みを晴らすためクラウフェルト領へ手引きしたと思っていたのだが、そんな裏があったか」

「フェルカー閣下もご存じなかったのですね」

 緊急招集の発動に関わっていない時点で、ある程度梯子は外されていることは分かっていたが、やはりほとんど何も情報は共有されていないようだ。

「ああ。おそらく首謀者のアレクセイ以外は知らぬとみて良かろう。若造め、なかなかやってくれるな。マツモト殿がクラウフェルト家にいた上、それに気付いたからまだギリギリの状況で踏みとどまっているものの、そうでなければ成功は約束されたようなものだっただろう」

 腕組みをしたサミュエルが、重いため息をつきながら言う。


「いや、今も失敗する可能性があるなどとは夢にも思っておるまいな……。しかし偶然ではあるが、あの時にアンネマリー嬢に迷い人の権利を譲ったのが吉と出たか」

 たしかにサミュエルの言う通り、勇が他のスキルだったらクラウフェルト家にいても駄目だったし、逆もまた然り。双方が偶然かみ合った結果と言えよう。

「マツモト殿のスキルはある程度強力だとは見ていた故、無属性魔石しかないクラウフェルト家に譲ってバランスを保ったのだが……。何がきっかけになるのか分からぬものだな」

「「えっ!?」」

 何気なく呟いたサミュエルの言葉に勇とアンネマリーが驚いて思わず声を漏らす。

「どうしたのだ?」

「い、いや、私のスキルが微妙だったからパスしたのでは無いのですか!?」

 当時のことを思い出しながら勇が聞き返す。


「ああ、あの場ではああ言う物言いをしただけだ。どういう見え方をするのかは分からぬが、魔法が見えるスキルが微妙な訳が無かろう? あのまま当家に来ていたら、当家の魔法戦力が突出しすぎてバランスが崩れるのだよ」

 さも当然のようにネタバラシをするサミュエルに勇とアンネマリーが目を丸くする。

「あそこでそれを正直に言えば、すんなり納まるものも納まらなくなる。もっとも、無属性の魔石に対する評価が現状のように高いものだったら、非常に悩んでいただろうな……」

「全く気が付きませんでした……」

「ええ、私も全く……」

「言っておらぬからな。家人でも極一部しか知らぬ。当然フランボワーズも知らぬ」

「は、全く存じ上げませんでした……」

 そう言ったフランボワーズを見てサミュエルがフッと短く笑った。


「まぁ過去のことは良い。問題はこれからだ。私も助力するが、まずアバルーシの魔法巨人(ゴーレム)を接収するところについての勝算はどうなのだ?」

「「「「「…………」」」」」

 真意を知って相当驚いている周りとは裏腹に、それを過ぎたこととばっさり切り捨ててサミュエルが話を進めにかかる。


 サミュエルはそれ以上自身について語ることはなかったが、そもそもフェルカー家は古来より王国のバランス取りをしてきた家系なのだ。

 代々強力な魔法に関するスキルをもった者が生まれやすい家系であることを活かし、外敵に対してはもちろん、国内においても特定の貴族や派閥が力を持ち過ぎないよう機微を見て動いてきた。

 ここ何代かは王家による善政が続いている事もあって親王派の派閥の力が強く、フェルカー家は反王家ではあるが、本来どちらにも属さない。

 彼らは代々、国にのみ忠誠を誓っていると言えよう。


「む? 反応が悪いな? 私が助力した程度では厳しいか?」

 引き続き沈黙している勇たちに対して、サミュエルが小さく首を傾げる。

「い、いえいえ! そんな事はありませんよ! 我々だけでも成功させるつもりだったので、閣下と……フランボワーズさんの助力が得られればまず大丈夫だと思います」

 勇たちは、一度もサミュエルが魔法を使う所を見た事は無いのだが、先ほど見た圧倒的な密度の魔力を見ただけでも、人間兵器レベルである事は間違いない。


 旧魔法とオリジナル魔法具のおかげで、少人数における戦闘能力はかなりあると自負している勇達だが、ここにいるフランボワーズやエリクセン家の当主エレオノーラが使ったような強力な魔法は面制圧も可能なので、良くも悪くも盤面をひっくり返す切り札となるだろう。

 勇の返答を聞いてフムと小さくサミュエルは頷き、ちゃんと名前が出たことでフランボワーズは満足そうにフンスと鼻を鳴らしていた。


「そうなると、問題は奪った後のズン本体との戦いか……」

「ええ。例の第一世代と言うヤツがどの程度の戦力なのか分かりませんが、力の強さと大きさはアバルーシの魔法巨人(ゴーレム)の1.5倍はあるそうです」

「そうですな。あれは魔石を馬鹿食いするのと、操縦者の負荷を除けば、性能自体は我々の第二世代の完全上位互換ですわい」

 グレッグが、アバルーシに伝わる第一世代の話を伝える。

「なるほど……。数も戦力も相手が上、という事か。アレクセイめが余裕なのも頷けると言うものか。マツモト殿はどうするつもりだったのだ?」

 アレクセイめ、のところで露骨に嫌な表情をしながらサミュエルが勇に尋ねる。


「すみません、現時点では奪った魔法巨人(ゴーレム)と魔法具、それと魔法を駆使して、としか……。真っ向勝負では押し潰されるので、威力偵察がてら一当てしてみて作戦を考えるつもりでした」

「……褒められたやり方とは言えんが、現状を考えるとそれしかない、か」

 勇の案を聞いたサミュエルが眉間に皺を寄せつつ小さく首肯する。

「にゃ~ふ~」

 すると、ずっと勇の膝の上で丸くなっていた織姫が、伸びをしながら立ち上がった。

 話が長いとばかりに、パシパシと尻尾を勇の鼻に打ち付ける。


「ああ、ごめん姫。そうだね、こっちには姫もいるし、ほかにもアバルーシの人たちの猫もいるね」

 勇が謝りながら織姫の後頭部を優しく撫でる。

「なっふぅ」

「にゃーお」

「にーー」

「みゃーー」

 それに応えるように織姫が鳴くと、いつの間にかすぐ近くに来ていたルーシー、キキ、レオの3匹も鳴き声をあげる。

「っ!? な、なんて可愛い……」

 そしてそれを見たアンネマリーが、案の定悶絶していた。


「ああそうだマツモト殿。この愛らしい小動物は、貴殿の使い魔なのかな?」

 様子を見ていたサミュエルが、思い出したかのように勇に問いかける。

 愛らしい、という発言を聞いたフランボワーズがピクリと反応する。

「迷い人の門でも気になっていたのだがな、あの場で下手な事を言うとややこしくなると思い、単なる使い魔としてスルーしたが……」

 勇としても、あの場で猫を抱いていることを突っ込まれなかった事は、ずっと気にはなっていたのだ。

 普通に猫がいる世界であったとしても猫を抱いていれば気になるだろうし、ましてや猫がほぼ全く知られていないこの世界であればなおのことだ。

 よもやそれもが、サミュエルの差配であったことに驚きつつ勇が質問に答える。


「使い魔と言えば使い魔でも間違ってはいませんね。私達の窮地を何度も救ってくれましたし。でもそんなことは関係無く、織姫は私にとってかけがえのない家族なんです。私のいた世界では、そうやって動物と共に生きる人たちが沢山いたんです」

「……なるほど、家族か。しかも窮地を救ったと? フフ、素晴らしいな。愛らしい上に有能とは」

 再びの愛らしいと言う単語に、フランボワーズが再びビクッと反応する。

「にゃっふ~」

「にゃーん」

「にーにー」

「みゃーう」

 そんなフランボワーズの気持ちを知ってか知らずか、猫たちが全てサミュエルの元へと向かった。

 織姫はいつも通り足下に尻尾を擦りつけ、ルーシーは大胆にも座っているサミュエルの膝へと飛び乗った。

 そしてレオとキキの兄妹はテーブルの上を歩いて行き、それぞれ右手と左手の甲に頬を擦り付けた。


「……フ、フフフ、フハーッハッハッハ!! 良い、実に良いな! フハハハハハ!!」

 こうしてここにまた、織姫(たち)に完堕ちする上位貴族家の当主が一人生まれたのだった。

週3~4話更新予定予定。

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― 新着の感想 ―
こちらの世界でもバランスさんがお仕事をしておられる・・・
ポーカーフェイスで愉快な御仁でもあった 閣下が笑われたぞッ!!と臣下が震撼するシーンが···
今まで横槍入れてこなかったからもしやと思ってたけどやはり。 正月に挨拶と手土産ぐらい渡してもよかったのではとずっと思ってましたが、日本人なら気にしそうなものなのに。
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