●第185話●ゴーレムオリンピック
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週3~4話更新予定です。
かなりの広さがあるとは言え、さすがにハンガー内で派手な操縦は出来ないので、会場は屋外となる。
いつも勇たちがハンガーへ入る時に使っている、サルーンの隠し扉から魔法巨人を出すことはできないのでどうするのかと思っていたら、ハンガーの奥にもう一つ大きな隠し扉があるらしい。
滅多に機体を外へ出す事はないので、使うのは久しぶりだとノーマンが言っていた。
高さも幅も5メートル以上はありそうな傾斜の付いた隠し通路は、途中で一度折り返して地上へと繋がっており、出てきた所はサルーンの裏手側にある岸壁の麓だった。
「サルーンの裏に妙に広いスペースがあると思っていたけど、運動場だったとは……」
出てきた場所を見て勇が呟く。
目の前には、サッカーコートが10面はとれそうなだだっ広いスペースが広がっていた。
「元々このハンガーは割と早い時期に見つけた場所らしくてな。人気もあまり無いから、ネオトーキョーが出来るまで魔法巨人の訓練場だったらしい」
勇の呟きを聞いたノーマンがそう説明してくれた。
ハンガーから持ち出した魔法巨人と操縦席の前で、ノーマンが競技の説明をしていく。
「今回行う予定なのは、短距離走、障害物走、垂直跳び、槍投げ、そして模擬戦の5種だ」
ここには稼働させられる機体が2体しかないため、チーム競技の類や一斉にスタートして順位を競うタイプの競技は行えず、オリンピックというより記録会という感じだ。
短距離走はその名の通りで、ぱっと見は陸上競技場と同じくらいの大きさのトラック1周を走る速さを競う最もシンプルな競技だ。
垂直跳びもそのままだ。幅跳びが無いのを不思議に思って聞いてみると、かつては実施していたもののヒートアップして着地に失敗、機体が破損することが多発したため後に廃止されたらしい。
槍投げも、投げる槍の大きさこそ魔法巨人サイズだが、地球の槍投げ競技と同じだ。
少し変わっているのが障害物競走で、壁や段差、森林を模した石柱エリア、坂道にぬかるみに砂地など、戦場となりそうな様々な障害を乗り越える競技となっていた。
説明を聞いた面々は、一人当たり10分間だけ魔法巨人を操縦し、競技場の確認や槍の確認、簡単な個人リハーサルを行った。
そしていよいよ、魔法巨人による記録会がスタートした。
奇しくもこの日は、勇がこの世界に来てちょうどこちらの暦で1年が経過した日であった。
ドドドドッ、と大地を振るわせて紫色の魔法巨人がトラックを爆走していく。
1種目めの短距離走が始まり、現在は7人目であるティラミスが走っているところだった。
参加者は、参考記録用にと参加しているサラを加えて11名。これまでの最速タイムは、2人目に出走したユリウスの22秒だ。
ちなみに過去最速記録は初代であるアベルの16秒である。
ざっくり確認したトラックの距離は地球と同じ400メートルだったので、時速換算するとなんと90キロメートルというとんでもない速度である。
「おっ!? 21秒だ!! やるなティラミスの嬢ちゃん」
「「「おおーっ!!」」」
タイムを計っていたノーマンが感嘆の声を漏らす。
滅多に見られない記録会を観戦している里の面々からも歓声が上がった。
22秒でも平均よりは随分速いらしいので、それを上回ったティラミスのタイムは相当優秀なようだ。
「ふはははっ! 最速の座は渡さないっすよー!」
操縦席から戻って来たティラミスが、タイムを聞いて派手なガッツポーズで喜びを露わにする。
「コーナーでバランスを崩さなかったら、もう一段早かったかもな。よし、じゃあ次だ!」
記録をメモしながら、砂時計の砂が完全に落ちたのを見計らい、ノーマンが次の走者を促す。
そう、タイムの計測には砂時計が用いられていた。
これもアベルが作らせたもので、1分計、3分計、10分計の3種類が用意されていた。
仕事中に飛ばされたアベルも勇のように時計をしていたようで、勇が腕時計で確認したところ、ほぼ正確に1分、3分、10分を計る事が出来る。
目盛りも刻まれているので、1分計なら0.5秒単位までは割と正確に計測できる優れものだ。
ガラスの加工技術が甘かった昔は、ノズルと呼ばれる砂時計のくびれの部分をあまり細く出来なかったためだいぶ大きなものだったらしいが、現在ではワインボトルを二つくっつけた程度の大きさになっていた。
ちなみに長さの単位についてはメートルが使われていた。
アメリカではヤード・ポンド法が一般的なので、フィートやヤード表記だったりしたらどうしようと思っていたのだが、理系出身のアベルは、世界基準であるメートル法を採用したようだ。
短距離走の計測は二回行われたが、最速は結局ティラミスの21秒、22秒のユリウスが続き、25秒のドレクスラーが3位という結果となった。
勇は28秒で、6位タイの成績である。
もっとも遅かったマルセラとバルシャム辺境伯家騎士でも30秒なので、上位の二名以外は団子状態だ。
続けて行われたのは垂直跳びだ。岸壁に目盛りが刻まれているので、助走をせず跳び上がり手を触れた位置で計測する。
単純な種目だが、跳び上がる際の力の伝え方や手で触れるタイミングなど意外と奥が深い。
「ふははー! 私が一番魔法巨人をうまく扱えるっすよー」
ハイテンションなティラミスが腰に手をやり胸を張る。
垂直跳びも二度の計測が終わり、3メートル近く跳んだティラミスがこちらでもトップを獲得していた。
鼻息が荒くなるのも仕方がないだろう。
2位には2.7メートルでユリウスが入り短距離走に続いて1位2位は同じ顔ぶれとなった。
続いてバルシャム辺境伯家の元騎士団長ラーレムの息子ローレルが2.6メートルを跳び、3位に食い込む健闘を見せた。
二種目が終わったところで昼食を摂り、午後から引き続き三種目目の障害物競走が行われた。
かなり実戦を想定した競技で、細やかな操作技術のみならず、コース取りなどの戦術眼も試される競技となっている。
「ぬああーーっ、なぜ一番速いはずの私が最下位なんすか!?」
昼食前のハイテンションとは打って変わり、ティラミスが項垂れる。
本人が言う通り最下位、それもブービー賞から10秒以上離されての大差である。
「なぜも何もアンタは雑なのよ、色々と。障害物なのに、まっすぐ行けるわけないじゃない……」
「ぐぬぬ……」
マルセラの容赦ない正論に黙るしかないティラミス。
この競技で2位と大健闘を見せたマルセラの言葉だけに説得力がある。
そしてこの競技で1位となったのは、ベテラン騎士のドレクスラーだった。
短距離のタイムも3位と上位だったが、障害物競走では無駄のない的確なルート選びで堂々の1位をもぎ取っている。
選定したルートは2位のマルセラも良く似ていたが、足の速さでドレクスラーに軍配が上がった形だ。
この競技は、ルート選びの不公平が無いように他者の競技中他の者はそれを見る事が出来ない。
なので、初見でどんなルートをとればよいかを正しく判断することが求められるが、実戦経験豊富なドレクスラーが、その経験を見事に活かしたと言えるだろう。
他にもラーレムなど経験の多いものが上位に入り、イーリースのような若手が苦戦していることからもそう言えそうだ。
マルセラも直感型ながら判断自体は冷静なので、それが勢い重視のティラミスとは決定的な差がつく形となったのだろう。
ちなみにユリウスは5位と、経験不足ながら巧みな操縦技術でそれをカバーして上位に食い込んでいた。
行き当たりばったりなティラミスと違って、経験が無い中自分なりに考えてルートを選定しているあたり、セルファースとニコレットの教育の賜物だろう。
そして本日最後の競技である槍投げが行われる。模擬戦については時間の都合で翌日実施する予定だ。
ここまで全員が一投目を投げ終え、これから二投目が行われる。
暫定順位としては、イーリースが350メートルを超える大投擲を見せぶっちぎりの1位となっている。
2位のドレクスラーが270メートル程なので、圧倒的と言って良い。
そして3位には、260メートルで勇がまさかのトップ3入りを果たしていた。
これには本人ですら驚いていたが、あながちまぐれとも言い難い。
そもそも地球では、やり投げは陸上競技としては残っているものの、過去の戦争において投槍が主役であったことはほとんど無い。
狩りなどで使う部族はいたものの、もっと投げやすい石のほうが、入手の難易度を考えてもはるかに効率が良い。
また、弓というより射程の長い遠距離武器があったため、奥の手として以外で槍を投げる機会が無かったのだ。
それはこの世界でも同じようで、騎士であっても槍を投げた経験のあるものは少なかった。
そんな中イーリースは、自身の最も得意な武器が槍だという事もあり、投槍の練習を時折していたらしい。
一人だけが経験者のような状態なので、ぶっちぎりの1位となるのは納得だ。
二投目は自身の記録を伸ばせるかどうかのみで、優勝は確定と言って良いだろう。
二位のドレクスラーも、長い騎士人生の中で槍を投げたことが何度かあったため、他のメンバーより一歩秀でた記録となっていた。
一方の勇はというと、“投げる”という行為を日常的に経験していたという事が大きいだろう。
もちろん槍など遊びでそれっぽいものを投げた経験程度しかないが、小学校中学校と野球をやっていた勇は、毎日のようにボールを投げていた。
高校からは別の部活だったが、投げる行為自体は体に染みついている。
やり投げとボールを投げるのでは違いも大きいが、戦闘時に偶に石を投げる程度な人と比べるとやはりアドバンテージはある。
また、スポーツ観戦が好きだった勇がオリンピックや世界陸上をよく見ていた事も、小さくない要因といえる。
魔法巨人は体ではなく魂を動かしているので、それが見た事があるというイメージも馬鹿にならないのだ。
そんな中、一投目を終えての最下位は……
「なんで上手く飛ばないんすか……」
力を入れ過ぎたのか、目の前に叩きつけるように投げてしまい30メートルという不名誉な記録を叩きだしてしまったティラミスだった。
「アンタはホント不器用ね。と言うか力み過ぎなのよ、そもそも……」
障害物競走に続き、やり投げでも不本意な記録を出してしまい呆然とするティラミスを見て、マルセラが呆れたようにため息をついた。
そして二投目の投擲が始まった。
一番手は、ほぼ1位が確定しているイーリースだ。
軽く助走をとり見事なフォームで放たれた槍は、ゴウと風を切る音を残して勢いよく飛んでいく。
遥か遠方まで飛んでいった槍は、一投目よりもさらに記録を伸ばして370メートル地点に突き刺さっていた。
「ほう、さらに記録を伸ばしたか。これは訓練したら大ボスの記録を抜くかもしれんな」
記録をとりながらノーマンが呟く。
殊更やり投げが好きだったアベルがやはりこの競技のタイトルホルダーなのだが、その記録が450メートルらしいので十分射程距離だろう。
二番手で登場したのはユリウスだ。一投目は210メートルで6位と健闘している。
一投目の時も皆の投擲を真剣に見ては、真似をするように身体を動かしていたのが印象的だった。
結果は20メートル記録を伸ばして230メートルとなり、暫定ではあるが順位を4位タイまで上げることに成功する。
その後も投擲は続き、一投目と比べて少し記録を伸ばすケースが多い中、ティラミスが再びやらかした。
「……フライングだな」
槍自体は200メートルを超えるところまで飛んでいったものの、どうオマケしても無理なレベルで盛大にラインを超えて失格となった。
ジャッジを務めるノーマンが、無表情で用紙に記録していく。
「おぉぉ…………」
その横で両手と両膝を地面についたティラミスが号泣していた。
いよいよ残りは二人。
270メートルで暫定二位のドレクスラーは、残念ながら一投目と同じく270メートルで記録を伸ばせず、最終投擲者の勇の出番となった。
「にゃっふ」
先程より気合の入った織姫と共に操縦席に座ると、魔法パスを繋げる。
頭の上に織姫の存在を感じながら助走を開始、織姫が本気を出したせいなのか一投目より鮮明にテレビで見たやり投げのフォームがイメージできている気がした。
そうして放たれた槍は、一投目の記録を超え280メートルを記録。勇が逆転で2位の座を獲得して、一日目の競技が全て終了した。
「ユリウス坊とドレクスラー殿はバランスが良く優秀だな。苦手なものが無いという事は、操縦がスムーズな証だ」
競技終了後、ノーマンを中心に総評が行われていた。
「イサム殿もそつなくこなしていたな。やり投げであそこまで投げられたのにはびっくりしたが」
「あはは。実際に身体を動かして投げるわけでは無いので、イメージ出来るだけでも動きに補正がかかるのかもしれませんね。あと、私には織姫がいますからね」
そう言いながら膝の上で丸くなっている織姫を撫でる。
「確かにオリヒメは相当優秀なパートナーな気がするな。よほどイサム殿との相性が良いのだろう」
「ええ。姫がいるのといないのでは、もはや別物と言って良いレベルですからね」
「他の者も、皆総じて優秀だ。もう少し実戦的な訓練を積めば、十分操縦者としてやっていけるだろう」
元々魔法パスの数値の高い者だけを選抜しているだけあって、ノーマン曰く10名すべてが優秀な操縦者になれる素養があるという。
「まぁ唯一問題があるとしたら、ティラミスの嬢ちゃんだな」
ノーマンがため息交じりにそう言うと、本人を除く全員が小さく頷き彼女に視線が集中した。
「ななな、なんっすか!?」
「機体のポテンシャルを引き出す力は間違いなく一級品なんだがな……如何せん扱い方がな」
「……ノーマンさん、はっきりと頭が悪いと言っていただいても構いませんよ?」
言葉を濁すノーマンに対して、護衛隊長のフェリクスの言葉は辛らつだ。
「まさかの頭の悪い子認定? 二種目もトップをとったのに!?」
その物言いに、ガックリと肩を落とすティラミス。
「生身で戦う時は意外とちゃんとしてるんですけどね。ただ、乗物の類に乗ると残念なことになるんですよねぇ……」
「今度は残念な子扱い!? しかもさらりと意外って言われてる!?」
苦笑しながら言う勇の言葉に、ティラミスが机に突っ伏した。
「まぁ初めから分かっていれば、使いようはいくらでもあります。それを織り込んで戦術を考えます」
「そうですね。よろしくお願いします」
フェリクスの言葉に勇が軽く頭を下げた。
「くそう……。明日の模擬戦では目にものを見せてくれるっすよ」
涙目になりながら、ティラミスは模擬戦での活躍を心に誓うのだった。
翌日。ティラミスが汚名返上に闘志を燃やす模擬戦の日を迎えた。
試合は一対一。武器は木製のものを使用し、ジャッジが有効打と判断した攻撃を先に3本決めるか、継戦困難と思われる攻撃を1本決めれば勝利となる柔道に似た方式だ。
現状サラを入れて11名なので、模擬戦にはさらにグレッグが参加し12名でのトーナメント方式で争われる。
ちなみにジャッジをするため参加できないノーマンが、大層羨ましがっていたらしい。
そして簡単なルールと注意事項の説明後、くじ引きにより組み合わせが決まり、いよいよ模擬戦がスタートした。
週3~4話更新予定予定。
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