●第179話●アバルーシの猫事情
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「ええ。むしろ、こちらからもお願いしたいところですね。残念ながらリリーネさんの証言だけでは王家も動かないと思うので、我々の派閥だけで当面どうにかしなければなりません。内情を知っている方が味方にいるのは大助かりです」
勇がそう言いながらリリーネに右手を差し出した。
魔法巨人を持ち込んだうえで上申すれば、ある程度の信憑性は担保できるが、訴えるのが公爵家ともなればそれだけでは足りないだろう。
自国の重鎮より他国の言う事を信用するのか、と言われてしまうので、決定的な証拠を用意しなければならない。
そうそう尻尾を掴ませるようなドジはしないだろうから、むしろ自分たちで解決するくらいの心持ちが必要だろう。
「そう言ってもらえると助かる。もっとも我々は大した戦力ではないがな……」
勇と握手をしながら、申し訳なさそうにリリーネが言う。
「どれくらいの戦力なんですか?」
「味方の振りをして潜り込んでいるのが、私を含めて10名程度。稼働状態の魔法巨人が私の機体含め3体。非稼働状態のものが2体といったところだ」
「計5体ですか……。十分な気もしますが、相手方は何体いるのですか?」
「40体ほどだな。非稼働状態のものは恐らくないはずだ」
「……10倍近い戦力差ですか。一斉に戦うわけでは無いですし、やり方次第でしょうかね?」
数を聞いた勇が、フェリクスに水を向けた。
「そうですね。我々には魔法具もありますし、それに何機かでも魔法巨人が加わるのですから、やりようはいくらでもあるかと」
特に気負うことなくフェリクスが答える。
「うむ。それに魔法巨人の魔法陣が読めるものであれば、上手くいけば作る事も出来るかもしれませんな」
ミゼロイもそう言って大きく頷く。
「……動揺しないのだな。まぁ確かに、あの戦いっぷりが出来るのであれば、それも頷けるか」
彼我の戦力差に動揺しない勇たちにリリーネが苦笑した。
「にゃにゃっふ」
すると、いつのまにかこちらにやってきていた織姫が、ミゼロイの肩に乗ってテシテシと頭を叩く。
「おお、そうでしたね。我々にはオリヒメ先生もいらっしゃいましたな!」
「にゃふん」
その言葉を聞き、満足そうに織姫が鼻を鳴らした。
「やはり汝らのキャト、オリヒメといったか? は、人の言葉を理解しているように見えるのだが……」
そのやり取りを見たリリーナが驚きの表情で言う。
「多分、分かっているんだと思います。それより!! マックス君はどういった経緯でリリーネさんと一緒にいるんでしょうか。と言うかさっきアバルーシには猫がいるようなことを言ってませんでしたか。そもそもキャトは多分アベルさんの国の言葉で猫を意味するキャットの事だと思うのですがそれはいったい――」
「にゃっふ!」
「いてっ!」
相変わらず自分の興味のあることになると句読点が無くなる勇に、織姫がいつも通りバリバリっとその耳を引っ搔いた。
「にゃーふー」
「あーーー、ごめん、姫……」
まるで盛大なため息をつくように長鳴きした織姫に対して、頭を掻きながら勇が謝る。
「…………マックスは、大ボスがこちらに来るときに一緒についてきたキャト、レイとカオルの子孫だ」
少々引き気味な表情で、リリーネがマックスについて語り始めた。
大ボスことアベルは、重機で仕事をしている最中にこちらへ召喚されたようなのだが、その時ポケットの中にレイとカオルがいたため一緒にこちらに来てしまったそうだ。
「ポケットに猫を入れて仕事してたんですか!? はーー、アメリカは自由だなぁ」
もちろんアメリカだからOKだというわけでも無いし、重機は音と振動が大きいため猫にとっては良い環境とは言えない。
ではどうしてか? と言うと、こちらへ召喚される数日前に、現場近くの駐車場で二匹の子猫を保護していたためだ。
親猫が立ち去ってしまったのか、生後1~2か月と思われる茶トラと黒猫が車の下でみーみー鳴いているのを見つけたアベルが保護したのだが、自宅に置いておくわけにもいかず会社の許可を得て同伴出勤していた。
業務中は事務所に置いておいて事務員に面倒を見てもらう予定だったのだが、アベルが出ていこうとすると追いかけてずっと鳴いてしまうので、やむなく一緒に重機に乗せることになったのだ。
幸い、作業着の大きなポケットの中にいると大人しく寝ているため、業務に大きな支障はなかったそうだ。
「こちらに来てすぐに運良く冒険者のパーティーと知り合えた大ボスは、彼らの狩った魔物の肉を茹でてレイとカオルに与えていたようだ」
この辺りは織姫の最初の頃と同じような感じだ。
レイとカオルはだいぶ小さい子猫にもかかわらず魔物の肉が食べられたのは、こちらに来た時に織姫と同じように何らかの加護や強化をされたのだろうか。
同時に使い魔というものが存在する事を知ったアベルは、レイとカオルを使い魔として育てていった。
そしてこちらに来て1年半ほど経ったときに、二匹の間に何匹か子供が生まれる。
ちょうど2体目の魔法巨人を発掘していた最中だったので、傭兵仲間と一緒に落ち着いて育てる事が出来た。
その後も遺跡を求めて岩砂漠を転々としていると、とある遺跡に猫に非常によく似た魔物が棲みついているのを偶然発見する。
見た目は地球の猫より一回り小さい猫なのだが魔物は魔物、やはり襲い掛かってきた。しかもなんと、いくつかの土魔法まで使ってきたらしい。
レイとカオル、そしてその子供たちに完全に情が湧いていたアベルとその仲間たちは、同じような見た目の魔物を出来れば倒したくは無かったそうだが、襲われた以上は反撃するしかない。
放置しておくと遺跡も発掘できないので泣く泣く倒すのだが、なんとその魔物には生まれて間もない子供が3匹いたのを発見してしまう。
どうしたものかと思案していると、レイとカオルのほうに魔物の子供たちがなーなーと鳴きながらすり寄りカオルもペロペロと子供たちを舐めている。
他の子猫たちも興味津々ながら攻撃するような素振りは見せないので、そのまま飼うことにした。
レイとカオルの子供たちと一緒にすくすくと育った猫型の魔物は、成体になった後も猫たちにはもちろんアベル達にも懐いていた。
しかも魔物だけあって、使い魔として得意の土魔法を使って戦闘にも参加するようにもなった。
「その魔物が2歳くらいになった頃、なんとレイとカオルの子供との間に子供が出来た」
「えっ!? 魔物同士ではなく、猫と魔物の間にですか?」
「そうだ。魔物の子供は三匹ともメスだったのでな」
そのころには、レイとカオルの子供は10匹近くいたそうで、孫にあたる三代目も生まれたところだった。
順調に子孫を残していたが、これ以上は近親交配が進んで危険になるからどうしようかとアベルは頭を痛めていた。
そこに魔物との間でも子供が出来る事が分かり、大いに喜んだと言う。
「魔物のほうは、1匹か多くても2匹しか子供を産まないので、その後はあまり数は増えなかったらしい」
地球の猫は一度に3~4匹産むことも珍しくないので、確かに少ない。
「何年か後、もう一度だけ他の遺跡で同じ魔物と遭遇したようだ。その時は保護した魔物が間に入ったのか戦闘にはならず、逆に二匹の子供を託されたらしい」
よほど珍しい魔物だったのか、遺跡を掘りまくっていたアベル達でさえ2度しか遭遇しなかったそうだ。
「それからは、大ボスの仲間だった傭兵や大ボスの一族も次第にキャトを使い魔にするようになった」
可愛い上に戦う事も出来る魔物の血が入った猫たちは大人気で、子供が生まれる度にすぐに引き取られていった。
最盛期には100匹をゆうに超える猫たちがおり、ネオトーキョーではよく目にすることが出来たのだとか。
しかし、アベルが亡くなると住民たちは散り散りになってしまう。
飼っていた猫も一緒に逃げてはいたが、皆1匹しか飼っていなかったので、子孫たちが繫栄していくことは無かった。
「某たちのような魔法巨人を守る役目を負った者たちはまとめて移住したので、キャト達もそこそこの数がいた。だから、今でもレイとカオルの血を引いたキャトを使い魔にしているのだ」
「なるほど……。今まで隠れて暮らしていたから、だれも猫を見たことが無かったんですね」
そもそもが珍しい魔物だった上、魔法巨人さえ隠し通すような者たちに飼われていたとあっては、誰も知らないのも無理はない。
「ああ。某らも、アバルーシの者以外のところでキャトを見たことは無いから相当驚いたのだ。しかも汝の話だと、レイ達と同じ大ボスの世界のキャトだからな。アバルーシの者が見たらさぞや喜ぶはずだが……」
そこまで言ってリリーネは表情を曇らせると
「今となっては、オリヒメを見せることも容易ではなくなってしまった……」
悔しそうにポツリとそう呟いた。
「さて、協力することは決まりましたので、当面どう動きましょうか?」
「ある程度ズンに魔石が渡ってしまうのは防ぎようがない。ただ、まともに動かせるようになるまでには時間がかかるはずだ。なのでまずは、カポルフィにあるアバルーシの魔法巨人を取り戻す」
「……何か案があるのですか?」
「我々の魔法巨人は、最初に操縦者の魔力パターンを登録する必要がある。一度登録するとその変更は、現在の登録者にしかできない。だが、当主だけはそれを解除する事が出来る」
遠隔操作を行っている関係上、人の持つ魔力との精密な連携が必要なためらしい。それが図らずも、鹵獲されても簡単には動かせないようなセキュリティを兼ねているのだ。
ただし、操縦者が急に亡くなった場合などに変更が出来ないと困るため、当主と当主が認めたものの魔力パターンで、登録者を白紙にすることが出来るそうだ。
「しかし、あくまで初期状態に戻すだけなのでな。またすぐに登録できてしまう。なので、某が白紙に戻すと同時に、別の者が同時に登録する必要がある」
「なるほど。しかしそれだったら内部にいる他の方の魔力を登録したらよいのでは? 同時には動かせないでしょうが、反撃はされなくなるでしょうし」
「それがな、同じ人間の魔力パターンを複数の魔法巨人に登録するには条件があるのだ。詳しくは省くが、最も大きな条件は近くに複数台がいない事、だ」
魔力パターンを使って操縦元と操縦先を結び付けているため、近くに同じ人間が登録した魔法巨人がいると動かなくなるか暴走してしまうそうだ。
昔のラジコンやトランシーバーなどで周波数が被ると、混線が起きていたのと同じような状態なのかもしれない。
「最悪暴走させる手もなくは無いが、ズンの魔法巨人とやり合う可能性がある以上、あまり手持ちの魔法巨人は減らしたくない」
「確かに、こちらの戦力が減ってしまいますもんね……」
「ああ。なので、こちら側の人間に操縦方法を覚えてもらって、その者たちのパターンを登録しようと考えている」
単に魔力パターンを登録するだけならだれでも良いのだが、操縦方法が分からないと結局動かせないし、関係無いカポルフィの住民を登録するわけにもいかないだろう。
「なので、マツモト殿たちには是非とも魔法巨人の操縦方法を覚えてもらいたいのだ」
「魔法巨人の操縦方法を……」
まさかの申し出に驚く勇。
小さい頃は人並みにロボットアニメを見て、年頃の男の子の例に漏れずパイロットに憧れもしたが、まさかこの年になって実現するとは思ってもみなかった。
隣にいるフェリクスなどは「おお……魔法巨人を操縦できる」などと目を輝かせていたが……。
「でも、どうやって操縦方法を学ぶんですか? リリーネさんも合流しないと怪しまれるでしょうし」
「そうだな。私は当主であるがためその動きも他の者より注目される。夜明け前にはここを発たねばならん。なので、替わりの者をそちらに付ける。操縦方法はもちろん、こちらとのやり取りもその者を介して行おう」
「それはありがたいですが、人を割いちゃって大丈夫なんですか? アバルーシの人達は全員、表向きはズンに協力しているんですよね?」
「そこは大丈夫だ。当主とその付き人しか知らぬ、守護者と呼ばれる者達がおるのだ」
「守護者?」
「ああ。大ボスの機体とその部品取りを兼ねた予備機の二体を代々守り続けている者達だ。その二体を使って操縦方法を学んでもらう」
「えっ? まだアベルさんの機体が残っているんですか!?」
リリーネの言葉に勇が目を見張る。
「うむ。表向きは大ボスと共に埋葬したことになっているがな、埋葬したのはダミーだ。本物の機体は秘密裏に持ち出され、今なお稼働可能な状態で隠されている」
「凄いですね……千年以上前からずっと守り続けているなんて」
「先代の守護者であるグレッグとその孫のサラの2名だ。当代の息子夫婦には引き続き残ってもらう。今はバルシャーンに冒険者として滞在しているはずだから、すまんが会いに行ってもらいたい。隠し場所もそちらのほうなのでな……」
「ええ、それは構いませんよ。バルシャーンなら何度も行ってますし、3日あれば行けますからね」
「魔動車というのは凄いな……。バルシャーンの“砂の輝き”という名の宿にいるはずだ」
「砂の輝き、ですね。分かりました」
「ああそうだ、彼らもそれぞれキャトを連れている。楽しみにしているといい」
「おお!? それは楽しみですね!!」
リリーネの言葉に勇の目が輝く。
隣に座っているミゼロイも嬉しそうだったが、肩に乗った織姫に尻尾で鼻っ柱をバシバシ叩かれると、「いや、先生、これはその」と慌てて弁明していた。
「では一先ずバルシャーンへ向かい、グレッグさんとサラさんに会ってきます」
「申し訳無いがお願いする。10名程は、ある程度操縦出来るようにしてもらえるとありがたい」
「分かりました。クラウフェルト家以外からも、何人か見繕って良いですか?」
「ああ、信頼のおけるものであればかまわない」
「ありがとうございます。念のためクラウフェンダムの防備を固めてから向かうので、2,3日後に出発しようと思います」
「よろしく頼む。プラッツォ南部には偵察にも出るから、定期的にこちらからも状況を連絡しよう」
「よろしくお願いします」
こうして直近の動き方をすり合わせた両者は再び握手を交わした。
リリーネとマックスが操縦室だと言う馬車のような乗り物の中へと入っていく。
程なくすると、立膝をついていた魔法巨人が立ち上がり軽く礼をすると、操縦室を抱えて森の奥へと消えていった。
それを見送った勇たちも街道へと引き返すと、魔動車に乗ってクラウフェンダムへと帰っていった。
週3~4話更新予定予定。
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