●第178話●アベルとアバルーシ
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週3~4話更新予定です。
まずは自身が敵ではない事を、少しでも証明したいというリリーネの申し出を受ける。
「奪った魔石の一部を回収した。これを返還しよう。ダグラス、出してくれ」
「はい」
リリーネが馬車のような乗り物に声をかけると、一人の男が大きな箱を抱えて出てきた。
ダグラスと呼ばれた男は、リリーネのパートナーを務めており、一緒に行動しているらしい。
「バラバラに持ち帰る事になっていたから一部だけで申し訳ないが……。その代わり中魔石が多いものを選んでおいた。盗んでおいておかしな話だがな」
「いえ、ありがとうございます。そもそも姿を現した時点である程度は信用していますよ。姫もリラックスしていますしね」
そう言う勇の目の先では、織姫が白い狼の大きな尻尾にじゃれついて遊んでいる姿があった。
「ありがたい。表向きは行動を共にしている故、あまりあからさまな行動はとれぬのだ……」
リリーネが頭を下げた。
「では、順を追って話をしていこう」
そう言ってリリーネが話し始めた。
勇としては、そしておそらく同行しているミゼロイも、まずはマックスと言う猫についての話を真っ先に聞きたいのだが、さすがに自重する。
それを除くと、優先度的には現在事件を起こしているアバルーシ巨兵団についての情報から聞きたい所ではあったが、それを説明するにはアバルーシとは何かを話さないと分かりづらいとの事だったので、大人しくまずはアバルーシの興りから順に聞くことにした。
「先程も申した通り、汝らが物語で知っているアバルーシは二代目のアバルーシなのだ。初代のアバルーシについては我々も多くは知らぬが、この魔法巨人を作り出したのは初代のほうだ。が、完成して活躍し始めた矢先に空白の千年があり滅びたと思われる」
岩砂漠にある遺跡のいくつかは、この初代アバルーシの施設であるらしい。おそらく勇が脚のパーツを発見した遺跡もその一つだったのだろう。
「大ボス、ああ、我々はアベル様のことをそう呼んでいる。なんでも存命中からそう呼べと言っていたらしい。大ボスがこの世界にやって来たのは今から1100年ほど前だ。空白の千年の後、少し経った頃だろう。フルネームはアベル・ヒンカピーという」
確かシュターレン王国が迷い人のことをきちんと認識したのが800年前だとフェルカー侯爵が言っていたはずなので、それよりもかなり前のことになる。
もっとも、勇が召喚されたあの魔法陣と同じところに召喚されていたとは限らないが。
また、そこまで勇とは地球年齢に差がないはずなので、こちらの時間と地球の時間は全く連動していないという事も分かる。
「当時、今のシュターレン西部から、ケンプバッハ、ズンの東部あたりは、小国が入り乱れて争いが絶えない場所だった。そこから少し離れたところに召喚された大ボスは、たまたま知り合った冒険者、当時は魔物狩りと呼ばれていたそうだが、とともに流れ着き、そこで初めて自身の能力を知ったそうだ」
戦争が絶えなかった事もあって、能力や魔法についてはこのエリアが一番進んでいたらしい。
優秀な能力を持った人間を雇い入れようと、無料で鑑定を行っていたようだ。
「大ボスのスキルは同調と言って、騎乗動物を含めた乗物の真価を見抜けるものだった。操縦はもちろんだが、壊れたり調子が悪いものも、どこをどう直したら良いのか分かったらしい」
勇の能力の乗り物版のようなものなのだろうか?動物含めてとは中々に大盤振る舞いだ。
そしてその能力名だ。さっき聞いた情報からすると、アベル氏は大喜びしていそうだなと勇が考えていると、案の定エピソードが飛び出す。
「大ボスは能力の名前を聞いて狂喜したそうだ。俺にこのスキルを与えてくれた神に感謝する、と」
やはりそうだった。
1995年にテレビ放送が開始された某ロボットアニメ。
独特の世界観、キャラクター、ストーリー、演出が爆発的な人気となり、その後のアニメビジネスに多大な影響を与えた作品だ。
その主題歌は、今だにカラオケランキングの上位に顔を出している。
当時高校生だったアベル少年は、この作品の熱狂的なファンになった。そしてその後の人生まで、この出会いが変えてしまう。
作中に出てくるロボットに憧れ、大学はロボット工学を専攻。
しかし作るよりも乗りたいという思いのほうが強く、在学中から重機の操縦免許や資格を片っ端から取得し、卒業後は重機オペレーターとして働くようになった。
そして働き始めて5年ほどが経ったところで、こちらに召喚されたそうだ。
勇にしてもアベル氏にしても、与えられる能力は元の世界の職業や特技が反映されるものなのかもしれない。
そんなアベル氏の人生そのものとも言うべきアニメの中に、しばしばシンクロ率と言う単語が出てくる。
数値が高い程、より上手くロボットを操縦できるという設定だ。
それと名前が似ているだけでなく、自身が上手く乗物を操縦できるスキルを手にしたことで、アベル氏の第二の人生は激動のものとなる。
まずはその能力を鑑定した小国と好待遇で傭兵として契約、騎馬隊へと配属された。
馬など牧場で見たことがあっただけのアベル氏だったが、やはり迷い人の能力の力は凄まじく、初騎乗でまるで自分の足のように馬を操って見せる。
武器の扱いには慣れていないので、いきなり敵を多数打ち倒すようなことは無かったが、陽動や奇襲などで大活躍していく。
そして1年ほど傭兵として岩砂漠の戦場を転々としていたアベル氏に、大きな転機が訪れた。
魔法巨人との出会いである。
同調のスキルは、乗物が近くにあるとそれがなんとなく直感で分かるらしい。
ある日いつも通り岩砂漠を移動していると、地面の下から強い反応があった。
名を上げて小さな傭兵団の団長となっていたアベル氏は、団員と共にしばらくかけてその辺りを徹底的に調べ、遺跡を発見する。
当時はまだまだ手を付けられていない遺跡が多数眠っており、彼が見つけた遺跡もその一つだった。
そしてそこには、彼が夢にまで見たロボット――魔法巨人が眠っていた。
「見つけた魔法巨人は壊れていたらしい。大ボスの能力は乗り物の作り方は分からないが、どうやったら修理できるかは分かる。当然すぐに修理に取り掛かった」
部品や描いたこともない魔法陣をどうにか能力の力を使ってゴリ押しで作成し、一月ほどかけてついに修理が終わる。
残念ながら乗り込んで操縦するタイプのものでは無かったが、それでも夢にまで見たロボットを自由自在に操縦できた事に彼は狂喜乱舞する。
その後は、これまで稼いできた私財を全てなげうって、遺跡発掘に尽力するようになる。
発掘・修理する中で、この魔法巨人がかつてアバルーシと呼ばれた国で作られたものである事を知る。
そして3年ほどかけて5体の魔法巨人を発掘、修理し、傭兵団のメンバーに操縦方法を覚えさせると、その名前をそのまま使ってアバルーシ巨兵団と言う魔法巨人傭兵団を立ち上げた。
「その後も傭兵をしながら発掘を行い続け、最大で100体を超える魔法巨人を揃えたそうだ」
魔法巨人が増えれば、操縦者はもちろん修理したりメンテナンスする者も必要になるし、様々な素材や魔石も大量に必要だ。
いつしか様々な人が、彼と魔法巨人の周りに集うようになる。
「そこからはおおよそ物語の通りだ。常々ヒーローは正義のために戦うものだ、と言って、悪政を敷きそうな国に戦いを挑み続けた」
戦った国から逃げてきた人も集まるようになり、やがて村となり街となり小国となった。
「大ボスは地下の遺跡を利用した魔法巨人の工房の上に街が出来たのをみて、これも運命だと言っていたそうだ」
理由は良く分からぬが、とリリーネは首を捻るが、なるほどネオトーキョーと名付けたくもなるなと勇は苦笑した。
しかし、いかに素晴らしいスキルを持っていようと生身の人間だ。
やがて年老いた彼は、思い切った遺言を残す。
「自分が死んだ後は、この街を放棄して魔法巨人と共に逃げて隠れて欲しい。隠れながら操縦の技術は継承し、空白の千年のような世界が危機に瀕した時に存分にその力を発揮できるようにして欲しい、と。また、魔法巨人は私の人生そのものだから出来ればずっと保管しておいて欲しいが、悪しきものの手に渡るくらいならば、すべて破壊して欲しい、とも」
自分は決して善人では無かったから、多くの国や人から恨みを買っている。死んでしばらくは大丈夫だろうが、そのうち恨んでいる者たちがこの街に押し寄せるだろう。
家族のような皆には死んでほしくはないし、魔法巨人が悪用されるのは慙愧に堪えないので、どうかこの最後の我儘を聞いて欲しいと言って息を引き取った。
「大ボスが好きな者や、大ボスに助けられた者ばかりが集まった国だったから、皆その遺言を守り数日のうちに街から人も魔法巨人もいなくなったそうだ」
物語では最終的にはズンの前身となる国に滅ぼされたとなっているが、それはその国が捏造したもので、実際は大挙して攻めたもののもぬけの殻だったらしい。
「その後も遺言を守り、これまで隠しておったのだが……」
ここで初めてリリーネが怒りの表情をあらわにした。
そしていよいよ、話は現状に至った理由へと移っていく。
「一年ほど前か。ズンが大量の魔法巨人を発掘した」
「ズンが!?」
「ああ。100は軽く超えている。おそらく300近いだろう」
「300体の魔法巨人がズンに……」
一体でも相当な戦闘力をもつ魔法巨人が300体というのは、軍事力の国家間パワーバランスが一気に崩れるレベルだ。
「それも発掘されたのは第一世代なのだ……」
「第一世代?」
「ああ。我々の魔法巨人は第二世代と呼ばれていたものらしい」
「……、ひょっとしてより大型で、人が乗り込む前提の物が第一世代ですか?」
「なんとっ!? 某ら以外に、それを知っている者がいようとは! どこで耳にしたのだ?」
勇の口から出た言葉に驚愕するリリーネ。
「遺跡の中で少々……。まともに動かせるなら、第二世代より戦闘能力が高いのでは?」
「なっ……!! そこまで知っているのか!? アバルーシのものでも知るものは少ないというのに……」
「やはりそうでしたか……」
「うむ。あれは大きいだけでなく力が強い。大ボスも2体だけ見つけたそうだ。ただ、操縦者への負担が大きいのと魔力を異常に消費するとかで実戦には投入しなかったらしい」
「でもアバルーシの一部しか知らないのであれば、ズンの人間は間違いなく知らないはずですよね? ……もしかして?」
「……ああ、アバルーシから裏切り者が出た。いや、人数でいえば某らのほうこそが裏切り者なのかもしれんな……」
そう言ってリリーネが自嘲気味に笑う。
「大量の第一世代が発掘されたのを知った長老衆の半数ほどと、それに唆された若手の多くが、魔法巨人とその操縦方法をズンへ売り込んだ。自分たちならそれを動かせる、とな」
長老衆というのは一族の上層部の総称で、別に老人の集まりというわけでは無い。魔法巨人を隠し、守り、継承し、しかるべき時に備えるための政を行う機関だ。
ここ数百年。自分たちの力を世の中に示すべきだ、という自称革新派が台頭してきていたのだが、第一世代が発掘されたことでアバルーシの優位性が損なわれると焦った彼らが暴挙に出てしまった。
血気にはやる若者も簡単に乗せられて、現存する一族のなんと8割程度がズンについてしまったのだと言う。
「大ボスの遺言を何だと……」
リリーネが悔しそうに地面を叩く。
「そして運悪く発掘された第一世代は、ほとんど壊れていなかった……。某らの知識でも動かせてしまったのだ」
「なるほど……」
「しかし、やはり相当な魔力を消費するのは事実だったようで、中魔石があっという間に空になったそうだ」
「それで我が領の魔石を狙った……」
「うむ。すでに気付いているだろうが、そちらの貴族も一枚かんでいるし、プラッツォ内にも手を貸すものがおる」
「え!? プラッツォにもですか!?」
シュターレンの貴族に裏切り者がいるのは確信していたが、よもやプラッツォにもいるとは思わず勇が驚く。
「ガットゥーゾ商会という老舗商会だ。プラッツォでも1、2を争う大商会だが、最近ザンブロッタ商会の勢いに押されて危機感を持っていた」
「だから、ザンブロッタ商会と繋がりの深いクラウフェルト家を潰せるなら、と手を貸した……?」
「その通りだ。その手引きがなければ、そう易々とプラッツォには入り込めぬ」
苦々しい表情でリリーネがなおも続ける
「そちらの貴族はさらに賢しいぞ? 直接手を貸すことはせず、街を案内したり、道を封鎖したり関の検閲を緩くしたり、議会を招集したり。追及されても言い逃れできる範囲で手助けをしておる」
「……見返りは?」
表情を変えることなく勇が問いかける。
「プラッツォの割譲だと聞いている。第一世代を動かせる魔石が手に入れば、それをもってズンはプラッツォを落とすことが出来るからな」
「割譲……」
「プラッツォが落とされた後、同盟国の救援と称し自ら攻め入る。そして示し合わせたズンは南部から撤退。これを手柄として自らの領地を得ようという腹づもりだ」
プラッツォ政府が倒れた後となっては、奪い返してもすぐに譲渡は出来ず当面代理で統治することになる。
取り返した領地の全てを手に入れることは不可能だろうが、手柄を立てた上で統治の既成事実を積み重ねていけば多くの領地を増やすことは容易いだろう。
「ズンとしても、プラッツォ全土は手に余るからな。だったらひも付きの貴族に、南側に蓋をしてもらったほうが都合が良いのだ」
「……敵ながら、中々にうまく考えましたね。しかも今度こそウチに濡れ衣を着せて、魔石鉱山にまで手を伸ばす可能性もありそうだ」
勇が思わず唸る。
「ああ。このままでは一気にシュターレン近辺のパワーバランスが崩れ、ズンとその同盟国のケンプバッハが幅を利かせることになってしまう。それも大ボスが最も嫌っていた、悪党の手に渡った魔法巨人のせいで……」
ギリリ、と歯噛みしながらリリーネが絞り出すように言う。
「この計画を知ってから、どうにかして阻止できないかと考えてきた。そちらの王に直訴する事も考えたが、直接話すような伝手など無い。しかもどの貴族が敵なのか分かったものではないから、貴族経由で上げるのも危険だ。握りつぶされたら一巻の終わりだからな」
最上位貴族たるヤーデルード家が裏切っているのだからさもありなんだ。
「裏切り者が行動を起こしたのも直前だったので、完全に後手に回ってしまった。協力する振りをして情報を得るのがやっとという有様でな……。そんな中、偶然マツモト殿のことを知るに至ったのだ」
ザンブロッタ商会との関係やプラッツォに近い辺境伯領で色々動いていた事もあって、その近辺で動いていたリリーネ達にも、勇の噂が聞こえてきたそうだ。
その噂に興味を持って色々調べたらしい。
「そしてピッチェの町近くで、実際に遭遇した……」
「え?」
「ふふ、驚くのも無理はない。あの時の槍、大ボスは“ろんぎぬす”と呼んでいたらしいが、アレを投げたのは私なのだ」
「!! そうだったんですね。助けてもらったように感じていましたが、やっぱり助けてくれていたんですね」
「大したことはしていないがな……。怪しまれない程度に介入して、被害が拡大する前に撤退を後押しした」
生身で魔法巨人を手玉に取る戦いぶりを見て心底驚いたらしい。
「アレを見て助力を願うなら汝しかおらんと思って、ずっと接触の機会をうかがっておったのだ」
そう言って居住まいを正すと、深々と頭を下げる。
「どうか、アバルーシ38代目当主リリーネ・ヒンカピーに、力を貸してほしい」
週3~4話更新予定予定。
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