●第174話●見えてこない狙い
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週3~4話更新予定です。
「「は?」」
サミュエルの口から出て来たあまりに予想外の言葉に、思わず勇とアンネマリーの声が重なった。
「ふむ……。まぁ驚くのも無理なかろう。その様子だと、貴殿らにとっても慮外の話だったようだな」
割と失礼な対応をしたにもかかわらず、特に怒ったような素振りも見せずサミュエルが言う。
「こ、これは失礼いたしました」
「あまりの驚きに我を忘れておりました。大変申し訳ございません」
ようやく少し現実に戻って来た勇とアンネマリーが慌てて謝罪する。
「かまわぬよ。私とて少々驚いておるのだからな」
「フェルカー閣下も驚かれた? ……と言うことは、閣下は賛同された5家では無いということでしょうか?」
勇は、サミュエルの言葉に引っかかりを覚える。
「失礼ながら、閣下はヤーデルード公爵閣下の派閥の重鎮であると聞き及んでおりましたので……」
以前、ヤーデルード公爵の派閥と敵対する派閥の長であるシャルトリューズ侯爵からは、そのように聞かされていた。
「うむ。貴殿の言う通り、当家はヤーデルード公爵家と志を共にしてはいる。が、今回の件は私も緊急招集命令書で初めて知ったのだ」
常に冷静で感情を表に出す事が無いサミュエルの顔に、不愉快さが滲む。
「そうだったのですね……。失礼いたしました」
当然サミュエルも賛同した上での話だと思っていた勇は、そうでは無かったという事実に驚くとともに謝罪する。
「嫌疑の具体的な内容は、証拠隠滅の恐れがあるとして伏せられているが……。タイミング的に間違いなく先般のプラッツォ絡みであろう」
これで話は終わりかと思っていたが、意外にもサミュエルはまだ話に付き合ってくれるようだ。
「そうですね。ただ、現状を踏まえるとこの状況下で上位貴族を招集するのは悪手ではないのでしょうか? 特に国境線を預かる辺境伯、フェルカー閣下の所もプラッツォとの国境線がありますよね?」
付き合ってくれるのならと、勇も疑問をぶつけてみる。
「そうだな。アバルーシ何某と名乗る賊が攻め込んでこないとも限らぬし、裏にどこぞの国が潜んでいる可能性も高かろう」
サミュエルも勇とは同意見のようだ。
「されど、招集命令に背くわけにもいかぬ……。貴殿らはどうするのだ? 招集対象は当主のみだが」
そう言ってサミュエルが勇に目を向ける。
「我々もすぐに王都へ向かおうと思います。行っても何が出来るのかは分かりませんが、セルファース様と話がしたいので……」
「そうか。では、我々と同道するかね? フランボワーズとは知らぬ仲でもないだろうし、貴殿らのような腕の立つ騎士が護衛に加わってくれるのなら心強いのだがな」
答えを返した勇に対して、サミュエルから思わぬオファーが飛び出した。
「ありがたいお言葉ですが……。我々は魔動車と言う新しい乗り物で来ております。魔動車は馬車の2倍以上の速度で行軍できますので、お先に失礼させていただきます。代わりに、道中の露払いをしておきましょう」
主家がかけられている嫌疑の内容やそれを提起した人物のことを考えれば、敵対派閥の重鎮と一緒に王都入りするというのも悪くはない。
しかし現状においては、何より早くセルファースとコンタクトをとり、動き方を決めるのが先決のように思われた。
「……そうか。残念ではあるが、貴殿の言う事ももっともだな。気を付けて行くとよい。どうにもきな臭い気がする故な」
「ありがとうございます」
よもや道中の心配をされるとは思っておらず、勇は驚きつつも頭を下げて礼を言った。
「ところで、変わった乗物があると思っていたが、あれは魔動車と言うのだな。あれも貴殿が作った魔法具なのかね?」
町に入ってすぐフランボワーズたちを見つけて今に至るため、魔動車は門の脇でアイドリング状態のままになっている。
それを見ながらサミュエルが質問をしてきた。
「はい。まだ試作段階なので、現在実地試験を兼ねて派閥の皆様の領を回っていたところです」
「なるほど。先程2倍以上の速度と言っていたな? それは1日の行軍距離も2倍以上になる、と受け取って良いのかな?」
「ええ。そのご認識で間違いありません」
「そうか、それは良い物を作ったな。ただし……」
「ただし?」
「些か良すぎるな。くれぐれも、扱いには注意してくれたまえよ」
そう言ってサミュエルは、スッと目を細めて勇を見る。
「……はい、しかと肝に銘じておきます」
「うむ。すまなかったな、時間をとらせた」
「いえ、色々と教えていただき助かりました」
踵を返して馬車のほうへと歩き始めたサミュエルだったが、数歩歩くとふと立ち止まって振り返る。
「ああそうだ。王都へはどのルートを通っていくつもりだ?」
「ルートですか?」
「おそらく閣下達も使われる、ディスカフ伯爵領、アルクメイヤー伯爵領を通る街道を行く予定です」
まだどこをどんな道が通っているのか詳しくは知らない勇に変わって、アンネマリーが説明をする。
王都は、今いる町から見ると南南東にある。
最短距離で行くのであれば、フェルカー侯爵領の領都を北端に今いる町の付近を通りながらほぼ真っすぐ王都へ伸びている街道を使うのがセオリーだ。
そしてその街道は、アンネマリーの言った両伯爵の領地を貫いている。
「ディスカフにアルクメイヤーか……。できれば、バルシャム領内を南下して西から王都へ入ることをお勧めする。多少遠回りにはなるが、その魔動車の足であればそれでも我々より早く着けるだろう」
「バルシャム領から、ですか」
フェルカーが言ったルートは、南南西に伸びているバルシャム辺境伯領の街道を通り南下、その後王都西にあるスキラッチ侯爵領から東進し、王都の西側からアクセスするルートだ。
今いる町から南側の領配置がざっくり以下のようになっているので、確かに少々回り道にはなる。
●〇△
〇□×
〇□◇
〇◎★
★:王都
●:バルシャム辺境伯領1(国境の町/現在地)
〇:バルシャム辺境伯領2(上記以外)
◎:スキラッチ侯爵領
□:ディスカフ伯爵領
◇:アルクメイヤー伯爵領
×:ビッセリンク伯爵領(含クラウフェルト子爵領)
△:カレンベルク伯爵領
「確かに魔動車の足なら一日延びるかどうかだと思いますが……。理由を伺ってもよいでしょうか?」
わざわざ勇たちにだけ遠回りを勧めるのだから、何かしら理由があるはずだ。
「最短ルートで通る両伯爵領も、ヤーデルード公爵閣下の派閥なのだ。そしてその両伯爵とも、今回ヤーデルード公爵閣下の緊急招集に賛同した貴族家だ。とここまで言えば分かるかな?」
「……なるほど。ご忠告ありがとうございます。それは多少遠回りでも、そちらのルートのほうが良さそうですね」
誰が賛同したかは、関係者でもなければ普通は王都に着いてみないと分からない情報なので、ここでサミュエルからそれを聞けたのは幸運だったと言えるだろう。
「ふ、分かってもらえたのなら何よりだ」
「しかし何故、わざわざご助言を?」
「何故、か。そうだな、しいて言えば勘、だな」
「勘、ですか……」
「ああ。今貴殿らに何かあると、バランスが大きく崩れるような気がするのだよ」
「バランス……」
「では、道中気を付けたまえ」
そう言うと、今度こそサミュエルは踵を返し馬車へと向かっていった。
「バランスとは何のバランスのことでしょうか?」
アンネマリーが首を傾げる。
「わからない……。わからないけど、向こうの派閥は一枚岩じゃないみたいだね。アドバイス貰えたのは助かったし、急いで出発しようか」
「そうですね」
サミュエルの意味深な言葉はひとまず置いておき、勇とアンネマリーは魔動車へと戻って現状と今後の行動予定をメンバーに説明する。
その後、この町で待機させていた軽魔動車の1台にクラウフェンダムへの伝言を託してすぐに出発してもらうと、自身達もすぐに出発の準備に取り掛かった。
少しは休めると思っていたのにまたもや魔動車での強行軍になると聞きガスコインが逃走を図ったのだが、織姫の追走速度に敵うはずもなく、あえなく「にゃっふ」の餌食となり拿捕、簀巻きで荷台に転がされた。
鬼の傭兵騎士団長が繰り広げた一連の騒動を見ていたフランボワーズが目を真ん丸にしていたのだが、勇たちは笑顔で礼と挨拶をすると、何事もなかったかのように町を後にした。
かなりの無理を押して陽が落ちた後もある程度行軍した結果、翌日の夕方にバルシャム辺境伯領の領都バルシャーンへと到着した。
バルシャム辺境伯は、二日前に通知が届いたためその日の午後遅くにすでにバルシャーンを発っており不在だった。
代わりに、留守を預かっている元騎士団長にして側近であるラーレムから話を聞く。
「なんと、すでに緊急招集があった事はご存じでしたか!」
緊急招集は、上級貴族にしか通知が無いのが基本らしく、勇が既に知っていたことにラーレムが驚く。
「ええ。たまたま国境の町で王都へ向かう途中だったフェルカー侯爵閣下とお会いしまして……。召集の理由含めて教えていただきました」
「なるほど、招集理由までお聞きでしたか……」
同じく理由を知っているのであろうラーレムの表情が曇る。
「ルビンダ閣下は、かなりお怒りでした。いつズン共和国が攻め入って来るかもわからない状況で、あり得ない理由で招集をかけるなど非常識甚だしいと」
国境を預かる辺境伯としては当然の怒りであろう。
「何を企んでいるかは分からないがロクな事ではないのは間違いないから、マツモト様も身辺には気をつけるようにとの言伝を預かっております」
「ありがとうございます。実はこちらへ寄ったのは、似たような忠告をフェルカー侯爵閣下からいただいたからなんですよ……」
「なんと、フェルカー侯爵閣下が」
緊急招集をかけたヤーデルード公爵派閥であるサミュエルから忠告があった事にラーレムが驚いていた。
翌朝、バルシャーンに駐留させている軽魔動車4台を車列に加えるため最終確認を行いながら、勇がラーレムと話をしていた。
「我々はこれからルビンダさんを追いかける形で街道を南下します。色々きな臭くなってきたので、ラーレムさんもご注意くださいね。魔動車を3台だけですが運転手付きで引き続きお預けしますので、何かあったら遠慮せず使ってください」
「ありがたく使わせていただきます。有事の際は速度が大切ですからね……」
「そう思います。相手が魔法巨人を持ち出してくるなら、こちらは魔動車で対抗しましょう。では、行って来ます!」
「いってらっしゃいませ。道中お気を付けて」
ラーレムと別れの挨拶を交わして、勇たちはバルシャーンを後にした。
バルシャーンを発って三日目の午前、ちょうど王都との中間あたりで勇たちはルビンダ一行に追い付いていた。
「おお、イサム! ここで会ったということは、緊急招集の話を聞いてきたんじゃな?」
「ええ。もっとも聞いたのはバルシャーンではなく国境の町でしたけどね」
合流後小休止で立ち寄った村で勇がルビンダと話をしていた。
「なに? バルシャーンではないのか?」
「ええ。たまたま立ち寄ったフェルカー侯爵閣下から聞いたんです」
驚くルビンダに、勇がこれまでの経緯をプラッツォでの出来事と合わせて説明する。
「やはり魔法巨人は手強いか……」
「ええ。我々のように対抗できる魔法具があればまだやりようもありますが、これまでの兵装では相当苦戦すると思います」
「仮にもアバルーシを名乗るだけはある、ということじゃな……。それとサミュエルがこの招集を知らんかったというのも驚きじゃわい」
「はい。当然ご存じのものだと思ったので相当驚きました」
「……これは、色々一筋縄ではいかんかもしれんの」
「そうですね。完全に後手に回っているのが手痛いところです」
「うむ。とりあえず急ぎ王都へ向かい、セルファースのヤツと合流して対策を練らねばな」
「はい。ルビンダさんと護衛の騎士の一部は、ここから魔動車に乗り換えてもらって、急ぎ王都へ向かおうと思うのですが大丈夫ですか? 4台魔動車を追加したので、ルビンダさん合わせて10から15名は乗れますよ」
「なんと、魔動車を出してくれるのか。では2分隊10名と隊長ひとり、それに儂を乗せていってもらうかの」
「了解しました。では、ルビンダさんは私の魔動車へどうぞ。他の方はそちらの軽魔動車へ分乗してください」
こうしてルビンダとバルシャムの騎士11名を加えた勇達一行は、軽魔動車にバルシャム家の旗を立てて再び王都へ向けて出発した。
ルビンダと合流して二日後、バルシャーンを出てからは四日後の夕方、勇たちは王都へ到着すると、ひとまず腰を落ち着けるため、バルシャム家のタウンハウスへと向かった。
「なんとも魔動車とはすごいもんじゃな。馬車じゃったら急いでも最低あと二日はかかるものを……」
バルシャーンから四日で王都に到着できることにルビンダが驚く。
通常バルシャーンから王都までの馬車移動は、急いでも8日、通常だと10日かかる。それが半分になっているので当然の驚きだろう。
「ここまで早いと、まだズヴァールはもちろん、ナザリオもエレオノーラも着いてはおらんじゃろうな」
ズヴァール・ザバダック辺境伯の領地は、王都から最も遠い領地の一つで馬車では15日ほどかかるため、おそらく最後の到着となるだろう。
ナザリオのイノチェンティ領、エレオノーラのエリクセン領からは、共に10日前後。かなりの強行軍で来るはずだが、あと二日ほどかかるだろう。
「それと、セルファースが無事到着していてなによりじゃ」
「はい。正直ほっとしました……」
クラウフェルト領から王都までは通常五日前後。今回は軽魔動車を使ったようで、すでに三日前に到着したという連絡が、ここバルシャム家のタウンハウスにもたらされていた。
道中何があるか分からなかっただけに、勇もルビンダもほっと胸を撫でおろす。
到着後は定宿としている銀龍の鱗亭に宿泊しているようなので、先程ルビンダが遣いの者を出していた。
一時間も経たないうちに、セルファースが護衛の騎士を伴って訪ねてきた。
「すまんな、遅くに」
「いえ。こちらこそ長距離の移動でお疲れのところすみません」
「なんの、途中で勇の魔動車に拾ってもらったからの。快適なもんじゃったわい」
「おぉ、イサムと一緒にいたのはそういう事だったのですね」
「ええ。私はたまたま緊急招集でこちらへ向かっていたフェルカー侯爵閣下とプラッツォの国境付近でお会いしまして。そこで事の次第を聞きまして……。バルシャム辺境伯領経由で駆けつける途中、ルビンダさん達を乗せて来たんです」
「それはまたすごい偶然だね……。だが助かったよ、今回の件についての具体的な情報がほとんど入っていなくてね……」
セルファースが困惑と疲れが入り混じった表情で言う。
「そうだったんですね。ちなみに、アバルーシを名乗るものの要求はご存じですか?」
「ああ、聞いている。とは言えそれも、王都に着いてからこちらにいるナザリオ様の長男ツァイル殿から聞いたんだがね……」
「……なるほど。道中御無事で何よりです」
「あはは、実は今回魔動車で移動するにあたって、王都の直前までクラウフェルト家の紋章ではなくオリヒメ商会の紋章を掲げて来たんだよ。招集をかけたのがヤーデルード公爵だから、その派閥貴族の領地をそのまま通るのに抵抗があってね」
苦笑しながらセルファースが言う。
「ほっほ、中々大した読みじゃの」
「ええ、凄いですね。私もフェルカー閣下からアドバイスを貰わなかったら、気にもしなかったですからね……」
セルファースのリスク回避能力の高さに勇が舌を巻く。
「しかしそうなると、あの声明を受けてから緊急招集までの期間が早すぎませんか?」
勇がずっと引っかかっていたことを質問する。
国境の町で、早朝に勇が声明を確認した日の夕方に緊急招集動議がかけられている。
明らかに声明の内容を踏まえた招集理由なのだが、プラッツォ国境からの距離がクラウフェンダムより遠いヤーデルード公爵が、何故そのタイミングで招集をかけられたのかが引っかかっていたのだ。
「どうやら、ここしばらく王都にいたらしいよ、アレクセイ殿は」
「王都に? なるほどそう言う事ですか……。王都で声明を聞いてすぐに招集をかけた、と」
「表向きはそうなるじゃろな。賛同した当主も“たまたま”王都か王都付近にいたんじゃろうよ」
ふんと鼻を鳴らしてルビンダが面白く無さそうに言う。
「……証拠こそ何もないですけど、ここまでバレバレの自作自演をしてどうするつもりなんでしょうか?」
「そうじゃな。こんな言いがかりのような理由で動議をかけたところで上手くいくはずが無いのじゃがな……」
しかしいくら考えても狙いが見えてはこない。
この日以降も続々と上位貴族が王都へと集まる中、情報収集をおこないはしたものの目ぼしい情報を得ることはできなかった。
情報収集と並行して、派閥貴族間での情報共有や中立派閥との対話、対魔法巨人用の魔法具作成などをして日々は過ぎていった。
そして勇たちが王都へ着いてから8日後。ついに緊急招集された会議当日を迎えることになった。
週3~4話更新予定予定。
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