●第173話●戦略的撤退
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週3~4話更新予定です。
3体目の魔法巨人による突然の乱入、からの撤退という怒涛の展開に思わず言葉を無くし立ち尽くす勇。
しばらく3体が去っていった方を見ていたが、戻ってくる様子が無いのを確認すると、力なくドサリとその場にへたり込んだ。
「はぁぁ~~~、助かった……」
盛大な溜息を漏らす勇。
魔法巨人発見から相手が撤退するまでは、時間にしたら10分も経っていない。
そんな短時間で目まぐるしく変わった展開による精神的な疲れが、一気に押し寄せてきていた。
「イサム様! ご無事でしたかっ!」
勇の一番近くにいたリディルが、状況が落ち着いたのを見て勇に駆け寄ってくる。
「ああリディルさん。はは、何とか無事でしたよ。かなり石礫が飛んできましたけど、この鎧のおかげですね」
イノチェンティ辺境伯から提供された、土属性の魔法の鎧が体の大部分を覆っていたため、最初に無防備だった顔に当たって出来た傷以外はほぼ無傷だった。
「守っていただいてありがとうございました! あの時壁を作ってもらわなかったら、運が悪ければ死んでいました……」
そう言ってリディルが深く頭を下げる。
リディルも同じくイノチェンティ家の鎧を着ている上、対物理攻撃用の魔法の盾も持ってはいるが、あの質量の武器をあの勢いで当てられても大丈夫だという保証はない。
「間に合って良かったですよ。急に闇の魔力が強くなったのでもしや、と思いましたが……。やはり速度が上がりましたね」
「おう、それそれ。アイツ、なんで急に速くなったんだ? 最初からあの動きしてりゃ、瞬殺だっただろうによ」
不意に後ろから声が掛かったので勇が振り向くと、離れた位置にいたガスコインとシュマイケルが、疲れた顔でやって来ていた。
「ガスコインさん、シュマイケルさんお疲れ様です。魔法巨人を倒した一撃、さすがでしたね」
「2対1だったし、相手は魔法による援護も気にしなくちゃならんからな。失敗してたらウチの大将にどやされるぜ」
あれくらい当たり前といった風に言うが、初見の相手にあんな芸当が出来る騎士はそうそう居ないだろう。
「お二人に一緒に来てもらっていて良かったですよ……。ああ、すいません、なぜ急に速くなったか? でしたね。あ、ちょうどマルセラさんも向かってきているので、全員集まったら話をしましょうか」
最も遠くにいたマルセラが、こちらに駆け寄ってきているのを見つけた勇は、マルセラが来るまで待ってから自分の考えを話し始めた。
「多分ですけど、あれは闇魔法で機体を軽量化させることで速度を上げているはずです。通常時も薄っすら闇の魔力を纏っていたので、普通に動くためにもある程度軽量化しているんでしょうね」
つい先ほどまで見ていた魔法巨人の魔力の動きを思い出しながら勇が続ける。
「で、そもそもなぜ軽量化しているのか? です。前にも言いましたが、あれの主目的は、おそらくまともに動く状態で最大限稼働時間を稼ぐためでしょう。なので、最初の状態が一番バランスの取れた状態のはずなんです」
「なるほどな。もっと速く動ける強さで軽量化しても稼働時間に問題ねぇなら、わざわざ遅くはしねぇか……」
勇の説明に、ガスコインが腕を組んで頷く。
「はい。まぁ、さらに魔力消費を抑えるモードだった可能性もありますけど、爆裂玉なんかでダメージを受けることが分かった後でも動きが変わらなかったので、多分あれが通常モードでしょうね」
やられる可能性があるなら、少なくとも通常モードにはするのが普通だろう。
「そういった点を踏まえると、あの動きの速いモードを使うとかなり魔力を消費するから短時間しか使えないんだと思います」
「奥の手、ってヤツですかね」
マルセラが神妙な顔で呟く。
「おそらく、ですけどね」
勇はそう言って小さく肩をすくめた。
「イサム様、あの村はどうしますか? 魔法巨人は居ましたが兵の姿は見えませんでしたよね?」
随分と陽も傾いてきたのを見てリディルが尋ねる。
「あの魔法巨人も占領していたという感じでは無かったですよね……」
「だな。偵察のために駐留してた、っつう感じか?」
「おそらくは。占領されて酷い扱いを受けていたのなら、一も二もなく開放して駐留するんですが……。そうではないですからね。軽く情報を収集したら撤退しましょう」
瞑目しながらゆっくりと勇が言う。
「こちらの手持ちは使い果たしましたし、アレがいつ戻って来るかも分かりません。これ以上は危険なので、残念ですが撤退しましょう」
目を開いた勇が、厳しい表情で告げた。
「俺は賛成だな。今の手持ちで次やったら確実にやられるからな。魔法巨人の強さもある程度把握できたし、ここは引くべきだ」
「ですね。無駄死には勇気でも何でもねぇし、ここで得られた情報はかなり貴重だ。イサム様は良く分かってるぜ」
ガスコインとシュマイケルが笑みを浮かべながら賛同する。
「私も賛成です。途中で待たせているメンバーも心配しているでしょうしね」
「そうだね。それにここは同盟国とは言え他国だから、勝手に駐留するのも気が引けます」
リディルとマルセラも同意のようだ。
「ありがとうございます。では、少し話を伺って撤退しましょう」
「「「「了解!」」」」
その後村で話を聞くと、勇たちの予想通り偵察・情報収集目的で短期駐留しているだけのようだった。
村の北も南も魔物が出るようになって村に引き籠っていた所、数騎の騎馬と共に突然やって来たそうだ。
とくに略奪したりすることもなく、しばらく魔法巨人を置いていくが抵抗しなければ何もしない、と言って翌日には騎馬は帰っていったらしい。
魔法巨人も、常駐しているのは2体で、1体は2~3日に一度来る程度で、偶々今日は来ている日だったとの事だ。
今日で10日経つか経たないからしいので、カポルフィが占拠されて数日後にはやって来た計算になる。
ちなみに魔法巨人は、これまで一度も言葉を発する事がなかったらしい。
街道に魔物が出ている事で商人が来ず、生活必需品の在庫が少なくなってきているのが悩みだとの事だったので、ピッチェに戻ったら物資輸送を依頼することを約束して、勇たちは村を後にした。
村から30分ほどの所で待機していたメンバーと合流した頃には、すっかり夕方になっていた。
情報共有は魔動車の中ですることにして、一行は急ぎ来た道を引き返す。
幸い行きに街道沿いの魔物は片付けてあるので、林から出て来た魔物と一度遭遇戦になっただけで、夜更け前にはピッチェへと戻ってくることが出来た。
「はー、それにしてもえらい目にあったぜ……」
鎧を脱ぎ、ゆったりとした服に着替えたガスコインが、ソファに埋まりながらしみじみと言う。
「あはは、濃い一日でしたね」
その対面に座った、同じくゆったりした服を着た勇が苦笑しながら答える。
思い思いの場所に座っている他のメンバーも皆、同じような服を着ていた。
勇たちが集まっているのは、ピッチェにあるザンブロッタ商会ピッチェ支店のゲストハウス、その談話室だ。
戻りが夜遅くなったので、そこから宿へ行くのは迷惑になりそうだと話していたところ、是非ウチへ泊ってくれとシルヴィオから誘いを受けたのだった。
ピッチェの町自体はそこまで大きな街ではないのだが、国境から最も近い町なので商人の往来は多い。
ザンブロッタ商会は、プラッツォとシュターレンの両国に跨って商いをしているので、商会の人間も得意先もピッチェをよく訪れるのだとか。
そのため、店の規模に対して不釣り合いなほどに立派なゲストハウスが構えられているのだった。
今は、身体の汚れを落として準備してもらった夕食兼夜食を食べ終えて、ようやく一段落したところだ。
帰りの魔動車の中でもある程度情報共有は行ったが、バラバラに乗っていたり魔動車内ではガスコインがポンコツになるので、あらためて情報の共有と整理を行う。
「さて、共有と言っても人はいなかったので、相手の目的やら素性やらは分からず。分かったのは魔法巨人に関する事くらいですが……」
全員が座ったのを確認して勇が切り出した。
「確認したのは3体。外見的に、遺跡で見つけたアバルーシの魔法巨人と同系統とみて間違いないでしょう」
「ちゅうことは、遠隔操作方式ということじゃな?」
「おそらく間違いないでしょうね。村の人も人が出てきたのを見たことは無いと言っていましたし」
ずっと駐留している2体にもし人が搭乗していたら、食事や排せつ、睡眠が必要になる。そうした形跡がないので間違いないだろう。
「どこから動かしていたのでしょうか? 村から北側へ去っていったと言うことなので、そちらの方角なのだとは思いますが……」
アンネマリーが勇に尋ねる。
「少なくとも見える範囲にはそれらしい場所も人もいなかったから、そこそこ距離があっても大丈夫なんだろうね。ちょっと想定外だったのが、散魔玉の妨害があまり効いていなさそうだったところかな」
勇は、魔力を電波のように飛ばすことで遠隔操作を実現している仕様を想定していた。
なので、散魔玉の魔石粉チャフでその魔力の流れを乱してやれば、操縦に大きな影響を及ぼすだろうと思っていたのだ。
ところが相手は、チャフの中でも普通に動けているようだったのだ。
「まぁあの動きが影響を受けていた動きである可能性もありますけどね」
「確かにな。最後に出てきたヤツ、アイツだけ動きが段違いだったからな。あっちの動きが本来の動きなんだったら……。戦ってはいないが、ありゃ強いぞ」
「ガスコインさんもそう思いますか? 身のこなしがスムーズでしたよね、3体目は。しかもあれでほとんど闇の魔力は見えませんでしたよ」
勇の目にも、あの3体目だけは格が違うように映っていた。
「分からないのは、結果的にあの3体目に助けられた事なんですよね」
「それは私も思いました。イサム様の石壁で防いでもらった後、あのハルバードが飛んできてなければやられていたと思います」
リディルが断言する。
「ええ。まるでそれを邪魔するようにハルバードが飛んできましたからね。まぁたまたまだったのかもしれませんけどね。助ける理由もありませんし」
「しゃべらないですから、感情も分かりませんしね」
違和感は感じつつも、決定打になるような行動は無く3体目の動きについてはそこで話を打ち切った。
「あと、雷魔法に弱いのが分かったのは大きいですね。弱点があればやりようはありますから」
「雷剣を関節に突き刺して仕留めたんじゃったな」
「ええ。それに、雷魔法を使うリディルさんが真っ先に狙われてましたからねぇ」
「あれは参りましたね……」
そう言ってリディルが首をすくめる。
「対魔法用の装甲が、火と雷属性を優先させていたのも、それに弱かったからなのかな?」
ヴィレムの言う通り、弱点であるがゆえに防御するようになったのだろう。
「雷剣や雷玉があのあたりの遺跡から出てきたのも、これが理由な気がするね。順番的には逆だろうけど」
魔法巨人という兵器が出来て、それの対策用に雷剣や雷玉が作られた。そしてそれに対抗するため、対雷魔法用の魔法装甲が作られたと考えるのが自然だろう。
「雷玉の数を増やすのと、雷魔法の習得は急務ですね。この中でまともに使えるのはリディルさんとユリシーズさんだけなので、私とアンネ、それにマルセラさんも一つ二つ使えるように練習しましょうか」
「わかりました」
「そうですね」
アンネマリーとマルセラが、真剣な顔で頷いた。
「あと、相手を見るのには頭部を使っていて、そこを壊されないように守っていましたね」
「だなぁ。高ぇ位置にあるから白兵戦で狙うのは難しいが、魔法や飛び道具で狙うなら頭だろうな。少なくとも守る必要があるから、牽制にはなるぜ」
「近距離で狙うなら、俺がやったみたいに爆裂玉を投げるくらいだろうな」
白兵戦のプロであるガスコインとシュマイケルの言う事なので説得力がある。
「後は、相手は目以外でもものが見れるということが分かったのも大きいですね」
「温度で見てるって言ってたな」
「ええ。私のいた世界だと、ヘビなんかは熱で見ていたので、隠れている獲物をそれで見つけていましたね。上手く火属性の魔法や灼熱床みたいな魔法具を使えば、逆手にとれると思います」
可視光線を見るモードとは切り替えて使う仕様のようなので、上手くハマれば短い時間だが相手の視覚を完全に奪う事も出来るだろう。
「あの倒せた一体を鹵獲出来たらベストでしたが、ある程度弱点も分かりましたし良しとしましょうか」
あらかた情報をまとめたところで勇が締めに入る。
「まぁ、それも我々が有効そうな魔法具を持っているから言えるだけなんで、それ無しで戦ったら相当な脅威です」
「これでますます無属性の魔石は渡せなくなりましたね……」
アンネマリーが厳しい表情で言う。
「ええ。そこも含めて、またセルファースさんや閣下達と対策を相談しましょう」
そう結論付けて、勇にとって初の外国、初の威力偵察、初の魔法巨人との戦い等々、初物づくしの長い一日が終わりを迎えた。
翌朝、代官と衛兵隊長に、北にある村の日用品が不足し始めている旨と、ザンブロッタ商会が物資輸送を手伝う旨を伝えて、勇たちはピッチェを後にした。
ひとまず手に入れた情報の共有と今後の対策を練るため、ここから最も近い同一派閥の領都バルシャーンまで急ぎ帰還するつもりだ。
しかし、バルシャム辺境伯領の国境の町についたところで、とんでもない情報が飛び込んできた。
「え? 王都に全貴族家当主を集める緊急招集がかかったんですか!?」
「ああ、つい昨日な。王家だけが緊急時に使える全領直通伝馬が来た。我々はそれを受けてサミュエル様の護衛途中でここに立ち寄ったんだ」
勇が話している相手は、御前試合で戦い、その後の合同討伐ではタカアシガニを相手に共闘した、フェルカー侯爵家の魔法騎士団長フランボワーズだった。
彼女からもたらされた情報に、勇は驚きの色を隠しきれない。
「ああそれと、正確には全当主ではなく、大領地を治めている上級貴族家の当主全員、だがな。まぁ一緒に付いていく小領地貴族もいるだろうが」
「それでも隣国が攻められているこの大事なタイミングですよ? こんな時に上位貴族の当主を集めるなんて……。一体何を考えているんだ?」
「ちなみに今回招集をかけたのは陛下ではない。アレクセイ・ヤーデルード公爵閣下だ」
「ヤーデルード?」
聞き覚えのある名前に勇が眉を顰める。何かと因縁のある炎の魔石を独占する公爵家だ。
「一貴族家が、緊急招集などかけられるんですか?」
「公爵家であれば可能だ。伯爵以上の5家の賛同があった場合、陛下でもこれを断ることはできない」
「そんな制度が……」
「うむ。ここ100年以上使われる事がなかった制度ではあるがな」
それは派閥づくりに躍起になるわけである。
「今、アレクセイ閣下と仰いましたよね?」
横で話を聞いていたアンネマリーがフランボワーズに尋ねる。
「ああ、そうだ」
「ヤーデルード家の当主は、アレクセイ様の父君であるドラッセン閣下であったと思うのですが?」
現場好きのドラッセンは、内政や運営はほぼ息子たちに任せており、事実上の当主はアレクセイだと言われてはいたが、まだ当主の座は明け渡していなかったはずなのだ。
「先日、魔物討伐で大怪我を負われて、家督を譲られたそうだ」
「なっ……」
フランボワーズの言っていることが確かならば、当主が変わってすぐに招集をかけたことになる。
「いったい何のために……」
「そ、それはだな――」
「私から説明しようか」
言い淀んだフランボワーズの後ろから声が掛かった。
「サ、サミュエル様!」
「これはフェルカー侯爵閣下。ご無沙汰しております」
急に現れた大物貴族に、勇とアンネマリーが礼をする。
「うむ。息災そうだな。今回の緊急招集の理由だがな……」
サミュエルはそこで一度言葉を区切る。
そしてあらためて開いた口から、驚愕の理由が語られた。
「クラウフェルト子爵家に、敵国との内通及び国家に対する反逆の嫌疑がかけられている」
週3~4話更新予定予定。
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