●第171話●プラッツォ入国
ブックマーク、評価していただいた皆さま、本当にありがとうございます!!
週3~4話更新予定です。
クラウフェンダムから到着したのは、3台の軽魔動車と1台の貨物魔動車だった。
軽魔動車は、勇の乗る黒猫や貨物魔動車よりも推奨速度が3割以上遅い。
にもかかわらず、先ほどの魔法具輸送部隊から半日足らずの遅れで到着している。
実家が気がかりなシルヴィオの気持ちを慮って、1日当たりの走行時間を想定よりも長くとった強行軍だったのだろう。
「すみません、マツモト様。無茶なお願いをした上、魔動車まで駆り出してしまいまして……」
到着したシルヴィオが、勇に頭を下げる。
その表情が冴えないのは、強行軍の疲れではなく心配なためだろう。
馬車による強行軍が十八番のシルヴィオは、鍛えられているはずの騎士たちより肉体的には元気そうだ。
「いえいえ。ザンブロッタ商会というかシルヴィオさんは、専属商会というより身内みたいなものですからね。身内の一大事とあらば、当たり前ですよ」
シルヴィオに頭を上げてもらい、それに――と勇が続ける。
「魔法巨人が出てきたのであれば、なおのことですよ」
その日はさすがに夜も遅いので、軽めの夜食を一緒に取りながら今朝がた届けられた声明の内容を共有するにとどめて、早めに休んでもらう。
迎えた翌朝、シルヴィオを加えた一行はいよいよ隣国プラッツォへ向けて出発した。
クラウフェンダムから自走してきた4台の魔動車は、運転手とともに町で待機していてもらう。
しばらくはここで、有事の際の輸送や移動に利用する運用を想定している。
「こっちで外国へ行くのは初めてなので、不謹慎ですがちょっと楽しみですね」
黒猫のハンドルを握りながら勇が言う。
「まぁ、ガスコインの奴は別として、そうそう外国へ行くことも無いと思うぞ? 俺とて数回じゃ」
後部座席から身を乗り出しながらエトが言う。
「ええ。上位の貴族ともなれば違うのでしょうけど、私もプラッツォ以外は行ったことがありませんね」
同じく後部座席に座るアンネマリーも言う。
「そうなんですね。でもそうか、魔物も出るし移動も基本馬車ですから、よほどの用がない限り外国へ行かないのも当然かもしれないですね」
「勇さんのいた世界は、そうではなかったのですか?」
「そうだね……。仕事でちょこちょこ外国へ行くことがあったので、10回以上は行ってるね。プライベートでの旅行は4回くらいかな?」
「それは凄いですね!」
大手のSIerともなれば、海外の取引先と仕事をすることも普通にあるし、CESをはじめとした北米や欧州のイベントに海外出張することもままある。
大学の卒業旅行は台湾だったし、海外挙式でハワイにも行っている。
なにより――
「数百人が一度に乗れる、空を飛ぶ乗り物があったんだよね。それも恐ろしく速い。そうだな…クラウフェンダムとイノーティアくらいの距離なら一時間でいけるくらいの」
クラウフェンダムからイノーティアは、直線距離にしておおよそ400kmほど。これは東京大阪間の距離とほぼ等しい。
「イノーティアまでが一時間……。それは想像もつかない速さですね」
「魔物がいるわけでもないからね。速さを追及していった結果だと思うよ」
ところ変われば、というやつだろう。
もっとも地球においても、気軽に海外へ行けるようになったのはつい最近のことだ。
いや、先進国を除くと未だにそうそう気軽に海外旅行へ行くようなこともないだろう。
そんな話をしているうちに、プラッツォの国境が近づいてきた。
そのすぐ手前に、バルシャム辺境伯騎士団の駐屯地があるので、情報収集しながら小休止をとる。
やはりこの先にあるプラッツォ側の国境の町ピッチェの先からは、依然として街道に魔物が出るらしい。
まだ午前の早い時間なので、小休止後いよいよプラッツォ国境へと向かった。
初の他国ということで少々緊張していた勇だったが、簡単な誰何と入国税を取られたくらいで拍子抜けするくらいあっさりとプラッツォへと入国してしまった。
同盟国と言うこともあるだろうが、バルシャム側からみたら自分たちの領主の盟友ともいえる貴族家一行だし、プラッツォ側から見れば国を代表する商会の御曹司ご一行なのだからさもありなんだ。
隣国に入ってしばらくすると、植生はあまり変わらないが風景に変化が表れた。
街道のすぐ両脇は、これまで通りまばらに木が生えた浅い林なのだが、向かって右手側を少し奥へ行くと急峻な岩山が連なっている。その向こう側はシュターレン王国のフェルカー侯爵領だろう。
対して向かって左側をしばらく行くと、幅が1キロメートルを超える大峡谷が北へと広がっており、自然とそこがズン共和国との国境となっていた。
そんな山と谷に挟まれた街道を2時間ほど北上していくと、プラッツォに入って最初の町が見えてきた。
最もシュターレン王国に近い町、ピッチェだ。
付近の街道に魔物が出たことと、南部最大都市カポルフィがアバルーシを名乗る賊に占拠されたとあって、普段は開いているであろう大きな門は閉められ何人もの衛兵が警戒に当たっていた。
馬が引いていない珍妙な乗り物が接近してきたことで衛兵たちの緊張感が高まるが、車体にザンブロッタ商会の紋章があることを発見し少しその緊張がゆるんだ。
刺激しないように少し離れたところで魔動車を停車させ、勇とアンネマリー、護衛のフェリクスとガスコイン、そしてシルヴィオが衛兵のところまで歩いて向かっていった。
「お勤めご苦労様です!」
顔見知りなのか、シルヴィオが衛兵に笑顔で声をかけた。
「これはシルヴィオ殿! ご無沙汰しております」
少々驚いた顔をしていた衛兵だが、こちらもやがて笑顔になりシルヴィオと握手を交わす。
「カポルフィが大変なことになっていると聞きまして……。懇意にさせてもらっているクラウフェルト家の方に無理を言って、様子を確かめに来たんですよ」
「そうでしたか。カポルフィにも大きなお店がありますものね……」
衛兵の顔が心配そうな表情へと変わる。
そのままシルヴィオの紹介を受けて勇たちも挨拶を交わすと、無事ピッチェの町へと入ることができた。
「少し人通りが少ない感じはしますが、おおむねいつも通りですね」
町の様子を確認したシルヴィオが言う。
出入りに少々制限がかかってはいるが直接の危機にさらされていないし、物資もシュターレン側からは届くので、住民にはそこまで大きな影響は出ていないのだろう。
「この町にもウチの支店がありますから、食事がてらぜひ寄って行ってください」
ちょうどお昼時だったこともあり、シルヴィオに案内された勇たちはザンブロッタ商会ピッチェ支店で小休止をとった。
ピッチェ支店には、カポルフィ支店の状況は何も伝わっていなかったので、鷹からの情報と要求を携えてきた騎士からの話を伝えたら非常に感謝された。
カポルフィから飛ばされたと思われる鷹は、クラウフェンダムのシルヴィオの所へ来た後すぐ勇の所へ飛び、そこからまたクラウフェンダムへ戻り、以降クラウフェンダムで待機している。
賊に占拠されているカポルフィに送るわけにはいかないし、プラッツォ王都の本店も状況が不明なため見送っている。
そのため、どういう状況なのか知る由もなかったのだ。
もっとも勇たちとて、ほとんど何も情報がないのには変わりがないのだが……。
昼食をとって一休みした勇たちは、まだ時間も早いためもう少し北まで足を延ばすことにした。
魔物がいる上、次の町まではそこそこ距離があるため、ある程度の時間になったらまた一度ピッチェに戻る前提だ。
「おらよっと」
「にゃっ」
「せいっ!」
「おりゃっ」
ピッチェを出てから2時間ほど。5度目の魔物との遭遇戦が展開されていた。
一か所に大量に固まっていることはなかったが、結構な数の魔物の群れと断続的に遭遇している。
魔物の種類も色々だが、複数種類の魔物が一つの集団となっていることは無かった。
中には周囲の林から出てくる一団もあり、中々気が抜けない行軍を強いられていた。
「ふー。ずっと魔動車に乗りっぱなしじゃ無いのはありがてぇし、先生のおかげもあって対処自体は問題ねぇが、ちょっと鬱陶しいな」
「にゃっふ」
剣から血糊を拭き取りながらガスコインが零す。
その頭の上に座る織姫も、手をぺろぺろと舐めながら同意するかのように一鳴きした。
「これは恐らく大きな集団だったのが、この辺り一帯にばらけて小集団が無数に形成されているようですね」
同じように剣を確認しながら、イノチェンティ辺境伯領からメンバーに加わったワッケインが口を開く。
「そうなんですか?」
「おそらく。イノチェンティ領とケンプバッハの国境あたりの岩砂漠で、魔物が定期的に大量発生して、大集団で移動してくることがあるんです。それの第二段階の状態に似ているんですよ」
イノチェンティ領は、敵国であるケンプバッハと国境を接しているのだが、頻繁に間引くことが出来ない国境付近にどうしても魔物が溜まりやすい。
それらが餌を求めてどちらの国に流れて来るかは運次第なので、魔物の群れとの戦闘機会も多いらしい。
「なるほど……。ちなみに第三段階はどうなるんですか?」
頷きながら勇が更に尋ねる。
「まず居着く集団が現れます。そして新たな縄張りが出来上がり、居着いたものに追いやられたものが再び移動し始めます。移動する場合に小集団のままか集まって大きな集団となるかは色々ですね」
「そうなると、当面この辺りは魔物が濃い状況が続くうえ、もう少しすると魔物の大集団が南下してくる可能性もあるという事ですか……」
「ええ。この頻度で魔物の小集団と当たるという事は、かなりの数の魔物がまだまだこの辺りにいると思いますからね。理想としてはこちらも大人数で殲滅させることなんですが……」
「あまり派手に騎士団を動かすと、賊を刺激しかねませんからね……」
「はい」
「まぁ、行けるところまで行くしかないですね」
そう結論付けた勇たちは、引き続き道中で遭遇する魔物を倒しながら北上を続けた。
午後も遅くなり陽が傾き始めた頃、一行は足を止めた。
シルヴィオの話によるとこの先に村があるらしいので、どうするのか方針を決める必要があるのだ。
「今の所アバルーシの手が伸びていないのが確実なのはピッチェだけです。カポルフィからはまだ距離はありますが、警戒したほうが良さそうですね」
「だなぁ。下手に魔動車で行って連中に見つかるのも厄介だし、威力偵察するか?」
勇の懸念に同意したガスコインから提案が出る。
「そうですね。交戦は極力避けたいところなので威力偵察というよりは普通の偵察ですが……。部隊を分けて徒歩でいきましょうか」
「人選はどうしますか?」
「そうですね……。こういうことに慣れているガスコインさん、シュマイケルさん、魔法もある程度使えるリディルさん、マルセラさん、それと私、ですかね。残るほうも危険なので、フェリクスさんよろしくお願いしますね」
「了解しました」
「では、散魔玉含めて魔法具を持っていきましょう。魔法巨人相手に一戦交えるかもしれませんしね」
メンバーが決まると、素早く準備をした偵察部隊が林の中へと入っていく。
細心の注意を払って進んでいくが、幸い魔物と遭遇することもなく10分ほどで村が見えて来た。
「…………。ちっ、どうやらイサムさんの勘が当たったようだぜ。多分あれが魔法巨人ってやつだ、3体いやがる」
木に登って村の中を確認したシュマイケルが毒づき、その後するすると木から降りてくる。
「確かに遺跡から持ってきた脚と似てるな、っと」
「どんな配置でしたか?」
「村の外を巡回してるようなのが1体、入り口に1体、村ん中に1体だな。一部崩れてる建物があるが、燃えたりはしてなかったぜ」
「外にまでいましたか……」
「ああ。ただ、他に兵士みたいなのは見当たらないな。魔法巨人だけだ」
「……ふむ。武装はどうでしたか?」
「全員槍みてぇなポールウェポンだけだ」
「飛び道具が無さそうなら、もう少し近づいてみますか。どの程度動くものなのか見てみたいですし。先導をお願いしても?」
「ああ、分かった。じゃあこのまま林の中を進むぜ」
シュマイケルを先頭に、じわじわと林の中を進み、極力物音を立てぬよう肉眼でハッキリと魔法巨人が見える距離まで近付く事に成功する。
「ふむ。間近で見るとやはり大きいですね……。それに動きも思った以上にスムーズだ」
林の下草に伏せて身を隠しながら、勇がじっくりと観察する。
巡回している機体は、ゆっくりとした動きながらカクカクするようなことは無く、滑らかに歩いていた。
地球の多くのロボットのようないかにもな駆動音もせず、纏っている装甲がガチャリと音を立てているのと、その重さを感じられる足音がしている程度だ。
「確かにあの大きさで生きてるみてぇに動いてやがるな」
ガスコインも呟く。
そして勇の目が、更なる情報を捉えていた。
「闇属性の魔力と……多分ですが無属性の魔力が見えますね。遺跡の資料から考えると、闇属性は軽量化の魔法陣でしょうか」
勇の目にははっきりと、前腕部、胸部、そして太もものあたりに漂う闇属性の魔力が見えていた。
そしてこれまで見る事がなかった、無属性と思われる陽炎のように揺らめく強い魔力が、頭部から立ち昇っているのを確認する。
「無属性のほうは、北の方角、村の外まで続いているように見えるので、この機体は遺跡で研究していた遠隔操作タイプの完成品かもしれませんね」
「あれが、どこか遠くから操作されてるってのか? ……とんでもねぇな、おい」
勇の言葉にガスコインが唸り、他のメンバーも小さく頷いた。
そのまま様子を見ていると、村のまわりを3周してから動きが止まった。
「なんだ?」
しばらくすると、勇の目が今度はオレンジ色の魔力を捉える。魔法巨人の顔のあたりだ。
そして再び動き出し、巡回を始める。
「どうした?」
「いや、薄っすらとオレンジ色、火属性の魔力が顔のあたりに見えるんですっっ――!?」
小声で聞いてくるガスコインに同じく勇が小声で答えた時だった。
ぐるりと周りを見回すように顔を動かしていた魔法巨人の顔が、一度勇たちのいるところを通り過ぎてから停止。素早くこちらへ顔を向け直したのだ。
「「「「「!!」」」」」
明らかに異常を察知したような動きに、一同の表情に緊張が走る。
魔法巨人はしばらくじっとこちらを見た後、右を向いたかと思うとこちらを指差すようなそぶりを見せる。
すると今度は、門の前にいた魔法巨人が動き出した。
「っ!? おい、こいつはヤバいんじゃねぇか?」
ガスコインがそう言いながら、いつでも動けるよう腹ばいから立ち膝の体勢へと移行する。
「……見つかっている可能性が高いですね。爆裂玉と散魔玉の準備を」
勇が頷きながら指示を出す。
「しかし何故……。ん??」
勇が眉間に皺を寄せていると、門にいた魔法巨人が巡回していた魔法巨人の隣に立った。
そしてまた、その顔のあたりがオレンジ色に光ったのが、勇の目に見えた。
「また火属性……。まさかっ!? マルセラさん、いつでも火炎球を唱えられる準備を。大き目で頼みます」
何かに気付いた勇が急ぎ指示を出す。
「分かりましたが、何か理由が?」
「おそらくですが、奴らは温度でこちらを見ています」
「温度で!?」
「おそらく、ですが。さっき火の魔力が見えましたが、おそらく見え方を切り替えたんじゃないかと思います」
いわゆる通常のカメラのようなモードに加えて、サーモグラフィのようなモードが備わっているのだろう。
「もしそれが正しければ、すぐに相手はこちらに向かってきます。そしたら火炎球を唱えてください。それで目くらましになる可能性があります」
通常モードと赤外線モードを併用できるかどうか謎だが、より高い熱源を前面に展開すれば少なくとも熱感知のモード対策にはなるはずだ。
そうこうしているうちに、勇の予想通り2体の魔法巨人が槍を構えて近づいて来た。
「来やがった!」
「マルセラさん頼みます! その後は皆で爆裂玉と散魔玉を投げてください!」
「「「「了解っ!」」」」
もはや完全にこちらを見つけたと思われる魔法巨人2体が、速度を上げて地面を震わせながら近づいて来た。
『火炎球!!』
彼我の距離が20メートルほどになったところで、マルセラの火炎球が発動、直径5メートルはありそうな大火球が飛んでいく。
それを受けて、魔法巨人2体の動きが止まる。
手前を走っていた魔法巨人に直撃するが、動きは止まっているもののダメージとなっているかは怪しい。
ドドン!ドン!
ボンッ!
そこへ、間髪入れず投げ入れられた爆裂玉が、足を止めた魔法巨人の近くで爆発する。
一拍おいて、散魔玉が炸裂し、魔法巨人の周りを薄銀色の煙が包み込んだ。
「散開っ! 炎と雷魔法は効かない可能性が高いので注意を!!」
「「おうっ!」」「「了解っ!」」
勇の指示に全員が返事をして、バラバラに林の中から飛び出していった。
週3~4話更新予定予定。
ブックマーク、評価いただけると喜びます!
↓お時間ある方、よろしければコチラもご覧いただければ……↓
https://ncode.syosetu.com/n4705if/
万年課長の異世界マーケティング ―まったり開いた異世界広告代理店は、貴族も冒険者も商会も手玉に取る