●第170話●束の間の休息
今度は山本 弘先生までが若くして亡くなられてしまいました……。
グループSNEの中心人物の一人として、ソード・ワールドを筆頭に数々の作品を生み出された、まさに日本のファンタジー、SF文化発展の立役者のお1人です。
水野良先生や深沢美潮先生、神坂一先生らと共に、ライトノベルがまだライトノベルと呼ばれていなかった頃に、その礎を築かれた偉大な先生でしたね。
個人的には、ロードス島戦記TRPGのリプレイで、ディードリットの中の人をやられていたことが一番印象に残っていますw
今夜は、ロードスのリプレイとサイバーナイトを読んで夜更かしして、心はいつも15歳な先生を偲びたいと思います。
自称アバルーシ巨兵団からの要求を受けた代官は、すぐに写しを作って原本を王都への早馬に託すと同時に、領主のルビンダへも早馬を送り出した。
一方声明の内容を確認できた勇とガスコインは、宿泊している宿へと戻ってきていた。
「あの場ではああ言いましたが、魔法巨人もしくは何らかのアーティファクトを稼働させるのに無属性の魔石を必要としているんでしょうね」
全メンバーに要求の概要を伝えた勇が言う。
「起動後の魔力調整に無属性魔石が必要なのは公表済みですが、それが理由で大量入手することはまずないでしょうし、全属性魔石である事を知っているとも思えませんからね」
「確かにのぅ。値が上がったとはいえ、無属性魔石は普通に買えるからの。有用性を知っておるなら買うじゃろな」
「安く手に入れたいとしても、取った手段のリスクが高すぎますものね」
エトとアンネマリーが大きく頷く。
「ええ。そうなると、使い道を知られたくない、正規のルートでは購入が難しい立場にいる者の仕業、と考えて良いでしょうね」
魔法巨人を動かすのに無属性の魔石が必要な事は、勇たちを除くと実際に魔法巨人を動かせたものにしか分からない。
その事実が広まってしまうと、善からぬ用途に魔法巨人を使う可能性がある人間は無属性の魔石を購入する事が難しくなるため、表立っては言えないだろう。
「しかしよ、こんなあからさまなやり方成功しねぇだろ? よっぽどの無能でも、これを聞いたからって“はいわかりました”とは言わんだろうぜ」
腕組みしたガスコインが首を捻る。
「問題はそこですね。アバルーシという隠れ蓑を使っているので、失敗したところで尻尾切りするだけではありますけど……。多数の魔法巨人とそこそこの数の兵士を失っても良いということですからねぇ」
ガスコインの言葉に勇も同調する。
「まぁ、内容はどうであれ正式な声明が出たので、ここから先は国の問題になりました。我々は当初の予定通り、被害にあった懇意の商会を心配する商会として状況確認していくとしましょう」
「そうですね。すぐにでも発ちますか? それとも予定通り、領都からの魔動車到着を待ちますか?」
フェリクスが今後の予定の確認する。
「ひとまず魔動車の到着を待ちましょう。大人数でいくわけでは無いですが、セルファースさん達からの伝言もあるでしょうし、何よりシルヴィオさんと合流を果たしたいですから」
予定では、この町へ来る魔動車にシルヴィオも同乗してくることになっている。
カポルフィまで行けるかどうかは分からないが、商会のピンチにじっとしているだけというのはいかにも辛いだろうから、ここからはシルヴィオも同行させようと勇は考えていた。
「分かりました。それでは出発の準備をしながら、魔動車の到着を待ちます」
方針の決まった一行が、荷物や車体のチェックをしたり魔法具を追加製造したり織姫とじゃれ合ったりしていると、昼過ぎ頃にまずは2台の貨物魔動車が到着した。
この先のバルシャム騎士団駐屯地へ、魔法具と無属性魔石を輸送するための魔動車である。
貨物魔動車は軽魔動車よりも運用速度が速いので、先に到着したのだろう。
「お疲れ様です。道中問題はありませんでしたか?」
到着した魔動車に乗っていた騎士に、勇がねぎらいの言葉をかける。
「お疲れ様ですっ! 馬車より乗り心地も良い上速いですからね、快適そのものでしたよ」
笑顔で答える騎士に、勇の後ろで話を聞いていたガスコインが顔をしかめる。
「ただ、隣のディスカフ伯爵領の街道が、補修工事か何かで封鎖されているとのことでしたね。ここはバルシャム辺境伯領の一番北なので、カレンベルク伯爵領を通る北回りルートなので問題ありませんでしたが」
「ディスカフ伯爵領の街道ですか……。バルシャーンへ向かった部隊はどうしたんですか?」
少々渋い顔で勇が尋ねる。
「バルシャーンへ向かった部隊は、ヤンセイルに立ち寄った際、川港にイサム様の知り合いだという船がいると聞いたので、それをチャーターして船で向かいました。何でも通常の船よりも何割か速いのですよね?」
「ああ、レベッキオ船長の船がいたんですね。であれば安心ですね。あの船は速いし快適ですよ」
騎士からの答えに勇の表情が和らいだ。
クラウフェルト家のあるビッセリンク伯爵領の西側は、ざっくり下記のような領配置になっている。
×◇△
●〇△
◎□★
★:ビッセリンク伯爵領
□:ディスカフ伯爵領
△:カレンベルク伯爵領
●:バルシャム辺境伯領1(国境の町/現在地)
◎:バルシャム辺境伯領2(バルシャーン)
〇:バルシャム辺境伯領3(上記以外)
◇:フェルカー侯爵領
×:プラッツォ王国
クラウフェンダムから今いる国境近くの町まで移動するには、ディスカフ伯爵領かカレンベルク伯爵領を経由する事になる。
少々坂は多いが距離自体は北回りとなるカレンベルク伯爵領経由のほうが短いため、そちらを選択するのが一般的だ。
対してバルシャーンへ行く場合、ディスカフ伯爵領を通る街道が使えない場合、陸路ではかなり遠回りになってしまう。
ルサルサ河を下るルートは馬車が数台であればよいのだが、馬車もとい魔動車の台数が多いと船には乗せられない。
今回たまたま大型船を持っているレベッキオの船をチャーターできたのは、かなり運が良かったと言えるだろう。
「鷹では魔石も駐屯地へ運んでもらうと伝えていましたが、ちょっと事情が変わったので、運ぶのは1割程度にしてもらって良いですか?魔法具も3割ほどはここに置いていって下さい」
「了解しました! そちらの兵舎へ運べばよかったでしょうか?」
「はい。話は付けてありますので」
「分かりました!」
騎士は元気よく返事をすると、魔動車を兵舎の中庭へと向かわせた。
「魔法具は分かるが魔石はどうするんだ?」
兵舎へと向かう魔動車を並んで見送りながら、ガスコインが勇に尋ねる。
「元々は、色んな魔石の代わりにするのと、運良く魔法巨人が鹵獲出来たら動かしてやろうと思っていたんですが……。あまり前線に魔石を持っていかないほうが良い気がしたので」
「なるほど…。あの要求内容を考えると、確かに前線に置いておくのは怖いわな。駐屯地じゃあ壁も建物も最低限だろうし」
「ええ。強硬策に出られると厄介ですからね。念のためです」
そんな話をしている間にも荷下ろしが終わる。運転手の騎士は敬礼をすると、駐屯地へ向けて町を後にした。
その後勇はまた宿へと戻ってくると、遺跡のロッカーに使われていた感圧魔法陣を再び引っ張り出してきて、空いた時間で新たな魔法具の試作案を考え始める。
「今度は何を作るんですか?」
邪魔にならないよう勇の斜め後ろに座ったアンネマリーが問いかける。
「最近、殺伐としたものばかり作ってたからね。久々に趣味の魔法具を作るつもりだよ」
勇は、ここのところ武器や防具を量産していた状況を思い出して眉間にしわを寄せる。
「趣味の、ですか?」
「うん。楽器が作れないかなと思ってね」
そう答えた勇の表情が、楽し気なものへ変わった。
ひとまずは暫定版なので、見た目は気にせずありあわせのもので試作をしていく。
用意したのは横35センチ、奥行き10センチ、深さ3センチくらいの木箱一つと、横幅2センチ、長さ10センチ、厚さ1センチくらいの木片が15個だ。
あとは箱の内側に収まるサイズの基板1枚、5センチ四方くらいの小さな基板が沢山、それに無属性の魔石というシンプルな構成だ。
まずは箱の内側に木片を全て並べていき、それぞれの位置を大まかに基盤へと薄くメモしていく。
それが終わると、それぞれの場所に同じような魔法陣を描いていった。
すべて描き終えると、今度は小さな基板を3枚取り出し、こちらもよく似た魔法陣を何事か計算しながら描いていく。そして描き終えた小さな基板は、大きな基盤と連結された。
「一先ずこれで良し、と。まずは音合わせだな」
魔石を取り付けて起動させると、一番左にある木片を押した。
ピーー
すると、接続してある小さい基板の方から電子音のような音が聞こえた。
満足げに小さく頷いた勇が、何度か木片を押すと、その度にピーー、ピーーと同じ音が鳴る。
「うん。やっぱり音はこれで鳴らせるな」
続けて左から二番目、三番目の木片も押していく勇。
すると再びピーー、ピーーと音が鳴る。
「凄い……。それに、ちょっと音が高くなっているような……?」
木片を押して音が鳴った事に驚くアンネマリー。
この世界にも当然楽器はある。
打楽器はもちろん、ハープやリュートのような弦楽器、縦笛横笛の類も酒場や祭りの場ではよく演奏されている。
しかしどういうわけか、鍵盤楽器の類は見た事が無かった。
地球においては紀元前からその原型が見て取れるのだが、こちらでは全く馴染みのない形のようだった。
「この前の遺跡でパスワード解除した時に音が鳴ってたでしょ? あれを使ってるんだよ」
解除が成功した時にピピピと言う電子音のようなものが鳴っていたのだが、その音を鳴らす部分がパラメータ設定できるようになっていたのだ。
音量と長さ、そして周波数と思われる数値を変更できそうだったので、まずは長さと周波数を試しに弄ってみたのだ。
「やっぱりこっちは周波数と同じような感じだな。数値を増やすと音が高くなってる。ただなぁ、単位が良く分からないんだよなぁ。普通に倍音でいいのか??」
勇は以前仕事で、子供向けの簡易なピアノ型音楽デバイスを作った事があった。
その時に知ったのが、音は周波数で表すことが出来て、元となる音の周波数の2倍の周波数でちょうど一オクターブ上の音になるという法則だった。
基準となる音を440ヘルツの「ラ」とした場合、880ヘルツの音は1オクターブ高い「ラ」となる。後はその間を12等分に平均化すれば、広く知られている12音階が出来上がる。
設定できる数値はどうやら周波数そのままではないようなので、ひとまず基準とする音の2倍、4倍でどの程度音が変わるか試してみることにする。
絶対音感でもあれば簡単なのだろうが、生憎と勇はそんなものは持ち合わせていない。
かわりに、高校生男子のお約束である友達とバンドを組んでギターを担当していたので、相対的な音のチューニングにはある程度慣れている。
その経験と設定数値の法則性から予測をたてて、さらに音の調整をしていった。
二時間ほど数字を書き換えては音を鳴らしてという作業を繰り返して、ようやく1オクターブ分の音階を仮決めする事が出来た。
あくまで素人の勇が耳で聞いて違和感がない程度のチューニングなので、音に敏感な人であれば違和感を感じるかもしれないが、試作品であれば十分だろう。
今回の騒動が終わったら、貴族仲間に音楽に詳しい人がいないかセルファースたちに聞いてみようと思う勇だった。
基準が決まったところで音量を少し大きめにして、鍵盤を押している時間に合わせて音を長く鳴らすよう加工する。
そして接続式だった魔法陣を一つの魔法陣にまとめて全てケース内に納めると、その上から鍵盤代わりの木片を並べていった。
左詰めして空いた右側のスペースに魔石を嵌めるスペースを設けて、魔法ピアノプロトタイプの完成だ。
白鍵と黒鍵に分かれていないのでピアノとは違うかもしれないが、1オクターブ±1の音は揃っているのでプロトタイプとしては十分だろう。
早速出来上がった魔法ピアノで簡単な曲を弾いてみる。
1オクターブで弾ける定番曲のきらきら星や聖者の行進、ちょっと変わったところで浦安に住んでいる黒いネズミのマーチなんかを少々つっかえながら弾いてみた。
ピーピーピーピーと音は安っぽいが、ちゃんと音階がついた音楽になっている。
「凄い! イサムさんは音楽も演奏できたんですね! 聞いた事がない曲ばかりですが、元居た世界の曲ですか?」
次々と曲を演奏する勇に驚くアンネマリー。
この世界の貴族は、教養として楽器を嗜むような文化は無いので、楽器が弾けるのは吟遊詩人や音楽家といった専門家がほとんどだ。
聞くのが好きな貴族や大商人は、そうした専門家を雇ったり招いたりして楽しむのが常識となっている。
「あはは、ありがとう。元の世界の曲だよ。小さい子が練習で弾くような曲ばかりだけどね」
照れくさそうに勇が答える。
「うん。これでどうにか楽器として最低限は成立できそうだな。欲を言えば音色も変えたいところだけど……」
なおもそんなことを呟きながら、ぶんぶんぶんやジングルベルを弾いていく。
「にゃっにゃっにゃーにゃにゃっにゃー」
すると織姫が曲に合わせて鳴きながら、まるでリズムをとって踊るように小さく飛び跳ね始めた。
「おっ? すごいな姫! 歌って踊れるなんて、まるでアイドルだ」
それを見て一瞬目を丸くした勇だったが、やがて嬉しそうに曲を弾き続ける。
「にゃにゃにゃにゃにゃー、にゃあ!」
織姫も飛んだり跳ねたり回ったりと楽しそうだ。
そしてよく見ると、その身体が薄っすらと光っているのだが、窓際の明るいところで踊っているからか勇もアンネマリーも気付いていない。
バステトが家庭の神であることは知っていたが、音楽の神でもある事は知らない勇であった。
一通り演奏をした後、束の間の息抜きにと始めた魔法楽器作りが思いのほか楽しくなった勇は、今度はもっと鍵盤数の多い魔法ピアノを作るための作業を始めた。
クラウフェンダムからの軽魔動車部隊が到着したと知らせが届いたのは、夕食も済ませて夜の帳が下りた頃だった。
筆者の音楽についての知識は、作中の勇と同レベルですのでご了承くださいw
週3~4話更新予定予定。
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