●第167話●風雲急
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週3~4話更新予定です。
プラッツォに魔法巨人が攻め込んだ――。その衝撃的な一報を携え、勇は直ちにナザリオ・イノチェンティ辺境伯の元へと向かう。
「なんだと!?」
一報を受けたナザリオも絶句する。
「つい昨日、何も無ければよいのだがと言っていた舌の根も乾かぬうちに……。ザンブロッタ商会は大丈夫なのか?」
ナザリオの問いに勇が力なく首を振る。
「分かりません。ただシルヴィオからの一報がそれだけしか書いていないという事は、彼の元に来た内容も同程度だったという事。相当急いで鷹を飛ばしたんだと思います……」
「むぅ……」
「プラッツォ南部と言う事は、おそらくザンブロッタ商会の大きな支店のある大都市、カポルフィに攻め込んだのではないかと」
「カポルフィか……。ズンの仕業だと思うか?」
「その可能性が高い気はしますが、それだったらズンの魔法巨人と書くはずなので……。謎の、というところが引っ掛かりませんか?」
「確かになぁ。街を制圧するくらい魔法巨人がありゃあ、普通は堂々と国の旗を掲げるだろ」
ガスコインが小さく首を傾げながら言う。
事が事なので、エリクセン領の代表代理としてガスコインにも一緒に来てもらっていた。
「確かにそれも一理あるか。そうなるとズンであるかどうかも含めて、色々と分からんこと気になることばかりだな……」
「はい。なので、早速現地に行こうかと思っているんですよ。魔動車だったら3日くらいでバルシャーンまで行けると思いますので」
「あそこまで3日だと? 馬車だったらかなり急いでも6日、普通は8日くらいかかるぞ……。それを馬を乗り継ぎした早馬と同じくらいの早さで行けるとはな」
「まぁ、こういう時の為に作った側面もありますからね。あまり嬉しい使い方じゃないですけど……」
「ウチもいくらか兵を出すが、さすがにその行軍速度には付いていけん。ルビンダの奴のところもそれは同じだろう。そうなるとお前らだけ、1小隊にも満たない規模で敵の兵力も分からんところに突っ込むことになる。絶対無理はするなよ?」
ナザリオが真っすぐ勇の目を見た。
「分かっています。基本は偵察ですし、無駄死にするつもりはありません」
「ならいい。とは言え、だ……。相手からの宣戦布告も、プラッツォからの正式な援軍要請もまだ出とらんし、陛下からの出撃命令も当然出ておらん。そこに大軍で駆けつけるわけにもいかんのだがな……」
苦々しい表情でナザリオが言う。
「あの魔動車にはあと何人乗れる?」
「あと一人が限界だと思います。速度を落とすなら三人くらいまでは」
「今のところ速度は最優先だ。分かった、ウチから魔法も使えて腕の立つのを一人出すから連れていけ」
ナザリオはそう言うと、後ろに控える騎士団長に声をかける。
「メルクリオ、ワッケインにすぐに出られるように準備しろと伝えろ。第一種野戦兵装だ」
「承知しました」
指示を受けたメルクリオが、すぐに部屋を出ていく。
「ワッケインはウチの若手有望株で魔法騎士だ。この前の御前試合にも出ているから、話もしやすかろう。多少は力になるはずだ」
「……ありがとうございます。非常に助かります」
「ふっ、本当なら一個小隊は最低でも派遣したいんだがな……。付いて行けん上、大人数で押し掛ける事も出来んから一人ですまんな。ああ、それとウチの鎧に着替えていけ。防御も少しはマシになるだろ」
ナザリオの言う”ウチの鎧”とは、御前試合でも彼らが身に纏っていたイノチェンティ家の誇る土属性の魔法鎧だ。革鎧だが金属鎧並みの防御力を誇るといわれ、雷剣の効果も減衰させた優れものだ。
「え? 良いんですか!? あれはイノチェンティ家の秘匿魔法具ですよね?」
「秘匿魔法具だからこそ、だ。同一派閥の騎士達が少数で敵地に乗り込むと知って、秘匿魔法具の一つも渡さなかったら貴族の名折れだ」
「ありがとうございます。助かります」
「がっはっは、何を言う。まだまだ貰ったものの半分も返せておらんわ、まったく。急な話だから細かいサイズ調整は出来んが、いくつか大きさの違う物を持ってこさせるから合わせてみてくれ。おい!」
そう言って今度は、家令と思われる老紳士に声をかける。
程なくして若い騎士が、台車に乗せて大小幾つかの鎧を運んできた。
「これはまだ紋章やらの装飾を入れる前のものだ。ウチの紋章入りの鎧を着ていくとややこしい事になりかねんからな」
紋章入りの鎧を身に纏うという事は、その家の者であることと同義だ。
貴族が、他家の紋章入りの鎧を身に纏っていれば、それはその家の支配下にいることになる。
「お心遣い、感謝します……。では早速サイズをっっ!?」
ナザリオの気遣いに感謝しながら、真ん中のサイズを試着しようと鎧を手に取った勇の表情が固まった。
「?」
大きめのサイズを試着しようと手を伸ばしたガスコインが、それを見て首を捻る。
「……ナザリオさん、折り入ってご相談が」
勇が真っすぐナザリオを見つめて言う。
「相談? 構わんが一体どうしたと……。まさかっ!?」
「ええ。この魔法陣は読めます。少し手を加えたいのですが、かまいませんか?」
ギィン!
イノチェンティ家の領主の館の裏庭から甲高い金属音が聞こえてくる。
「こうも変わるか……」
剣を握ったナザリオが思わず唸る。
「時間がないので、ひとまず硬度しか弄れていませんが」
苦笑しながら勇が言う。
魔法陣が読めると分かった勇は、まずはどんな効果が秘められている魔法陣なのかを急ぎ解読した。
その結果、勇達が使っている土の魔剣フェリス1型の鎧版のようなものであることが分かった。
効果は“壊れにくさ”を上げることで、硬度が上がるのはあくまでその結果が表出しているに過ぎなさそうだ。
また、実はその壊れにくさを上げること自体がついでの目的であるようにも思われた。
と言うのも、御前試合で勇たちの雷剣の効果を大きく阻害した、雷魔法への耐性を上げることに主眼を置いているような描き方だったのだ。
雷魔法への耐性値も壊れにくさの値も、数値で指定できるパラメータが用意されていたのだが、壊れにくさについては、随分と控えめな数字が入っていた。
魔力消費の兼ね合いもあるのだろうが、どちらかといえば長持ちさせるためと思われる値である。
幸い勇たちには雷魔法に対する強い防御効果を持つマントがあるため、勇は壊れにくさのパラメータを上げて雷耐性のパラメータを下げた。
今しがたナザリオが剣で試し斬りしたのは、この壊れにくさのパラメータを大きく上げた試作品だ。
なお試してはいないが、魔剣が刃物以外に上手く付与できなかったのと同じで、おそらくこちらも鎧に類するものにしか付与できないと思われる。
どういう理屈かは分からないが、魔法陣には人間目線の抽象的な概念が適用されていることがままあるのだ。
「目に見えて硬度が変わって良かったです。効果時間がどの程度か全く分からないので、そこは移動しながら検証しますね」
「まったく、魔法陣を描ける能力というのは本当にとんでもないな……」
ナザリオが嘆息する。魔法陣が読めると分かってから試作品の効果検証まで数時間しか経っていないのだから無理もない。
「せっかく少し借りが返せたと思ったのだが、逆に借りを増やしてしまったではないか」
秘匿魔法具の魔法陣を使わせてもらう代わりに、今回の試作品を含めたこの魔法陣をベースにした魔法陣は、全てイノチェンティ家に提供するという契約になったのだ。
意図せずまたもや恩恵を享受してしまった事に、ナザリオは再び小さくため息をついて眉尻を下げた。
思わぬところで新たな魔法陣を手に入れ戦力を一段階強化出来た勇たちは、今度こそ慌ただしく出発の準備を開始した。
まず一旦ゲストハウスに戻った勇は、メンバーへすぐに出発準備をして欲しいと告げた後、ピエトロにもお願いをしていた。
「おそらく今日の午後にはイノーティアを発つ事になります。明日一日鷹を休めたら、帰りにこの書状を届けさせてください」
「かしこまりました」
鷹は、長距離を休まず飛ぶことが出来るのだが、一度飛ばしたら飛んだ距離に応じて、魔力を回復させるため丸一日以上休ませる必要がある。
ここからクラウフェンダムまでの距離だと、二日くらいの休息が必要だろう。
この後すぐ出発する予定の勇では送る事が出来ないので、代わりにピエトロに送ってもらうのだ。
何が起きているか自体は領主夫妻にも伝わっているはずだし、北部にいる同一派閥のビッセリンク家やザバダック家にも伝わっているはずだ。
なので、勇からは今後の動きについての要望だけを認める。
まずは、魔動車の半分をこちらへ送ってもらいたい旨を記した。
内訳としては、送ってもらう車両のうち2/3はバルシャーンに、残る1/3はバルシャム辺境伯領のプラッツォ国境最寄りの町へ回してもらう。
また、国境最寄りの町へは、シルヴィオを連れて来てほしいと追記しておく。
勇たちが行脚へ出発してからおよそ40日。
その時点で、軽魔動車なら2日で1台、貨物魔動車なら3日で1台は生産できるようになっていたので、20台程度が生産されているはずだ。
2点目は、同じく半数の魔法兵器をプラッツォとの国境付近に展開しているバルシャーン家の駐屯地に送ってもらうこと。
そして3点目は、魔法兵器と共に無属性の魔石を大量に送って欲しい点だ。
その上で、自分たちは急ぎまずはバルシャーンに向かい、そのまま国境付近の町へ直行。
状況に応じてプラッツォへ威力偵察に出向く予定であると記して筆を置き、それをピエトロへと託すとメンバーと共に魔動車で再び領主の館へと向かった。
「食料、携行品は最低限にしましょうか。相手が魔法巨人になる可能性が高いので、持ってきた脚のパーツも持っていきたいんですよ」
「分かりました。道中の村や町で調達することにして、重量を削ります」
「お願いします」
遺跡から戻ってすぐに急報が入ったため、遺跡から持ち帰った戦利品には全く手が付けられていない。
しかし魔法巨人と戦うことになった場合、その部品を分析できれば、弱点とまではいかなくても攻略のヒントが掴める可能性がある。
そう考えて、食料などを削ってでも脚のパーツは持っていき、解読を進めることにしたのだった。
その後も急ピッチで作業を進め、最後に魔法陣を描き込むために譲ってもらった真新しい鎧を積み込んでいると、一人の騎士が駆けてきた。
「お待たせしました! ワッケインと申します。騎士団では小隊長を務めております」
ワッケインと名乗った若者は、勇の前で背筋を伸ばして敬礼する。
「おお、あなたがワッケインさんでしたか。確か御前試合では後衛でしたね」
「覚えていただいていましたか。はい、僭越ながら魔法騎士を拝命しておりますので、御前試合では後衛を務めておりました。優勝されたクラウフェルト家の皆さんだけでなく、御高名なエリクセン家の方ともご一緒できるとは……。騎士冥利に尽きます」
「あはは、そう言っていただけるとありがたいですね。急なお願いですみませんが、よろしくお願いしますね」
「あの試合では先に前衛が崩れたおかげでロクに活躍の場が無かったが……。前衛を張れる実力もあるし、せいぜいこき使ってくれ。頼んだぞ、ワッケイン」
「はっ!」
勇の隣で一緒に作業を見守っていたナザリオが、ポンとワッケインの肩を軽く叩いた。
すると、魔動車のほうから大きな声が聞こえてきた。
「いやいやいや、俺はぜってー乗らねぇからな! 馬を乗り継いで追いかけるから、ほっといてくれ!」
「何言ってるんすか! 一人だけ別行動とかありえないっす! だいたい他領の馬を勝手に乗り継いじゃダメっす!!」
馬車酔い、もとい魔動車酔いをするガスコインが断固として乗ることを拒否しているが、同乗するティラミスがド正論でたしなめているようだ。
「ぐっ。じゃあ走ってでも追い付いてやる」
「無理に決まってるじゃないっすか!? 四の五の言わずに乗るっす!」
「うるせぇ! とにかくぜってー乗ら――」
「にゃっふ」
トスッ
「グッ……」
ドサリ
「先生ナイスっす!! さぁミゼロイさん、今のうちにふん縛って放り込むっす!」
「……ああ」
「……イサム様。人員及び荷物の積み込み完了しました。いつでも行けます」
それを見届けたフェリクスが、何事もなかったかのように報告をしてくる。
「締まらんなぁ……」
ナザリオがくつくつと笑いながら呆れる。
「締まらんが、まぁそれぐらいの方がイサム達らしいのかもしれんな。気を付けて行って来てくれ。こちらも取り急ぎ一個中隊を先発させるから、くれぐれも全部自分たちでやろうとするなよ?」
「ええ、分かっています。安全に、が我々のモットーですからね」
勇は笑いながら、差し出されたナザリオの手をしっかりと握り返した。
「では、行って来ます」
「ああ。頼んだぞ」
小さく頷いた勇は、くるりと皆の方を振り返る。
「さて、ティラミスさん、いつものヤツをお願いします」
「分かったっす。何やら謎の魔法巨人とやらがプラッツォで狼藉を働いているそうっす。ちょっとデカいからって調子に乗ってるようっすからキョーイクしてやるっすよ?!」
「「「「「おう!」」」」」
「どうぞ、ご安全に!!」
「「「「「ご安全に!」」」」」
こうして急報が届いた日の午後、慌ただしく3台の魔動車を連ねて、勇たちは一路バルシャーンへと走り出したのだった。
週3~4話更新予定予定。
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