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●第163話●はじめてのクラッキング

ブックマーク、評価していただいた皆さま、本当にありがとうございます!!

週3~4話更新予定です。

「……どの程度のクロック数か分からないし、受け取り側で捌ける数も分からないから、ひとまずウェイトはかけずにそのままループを回すか。シングルスレッドだから、クロック数が低いと下手したら手でやった方が早いなんてこともあるよなぁ」

 ブツブツと何事かを呟きながら、勇がメモにペンを走らせて行く。

 こうなると一区切りするか織姫が引っ掻かない限り、こちらの世界には戻ってこない事を皆知っているので、黙って見つめている。

 最初は地球のプログラミング言語で書き、それをこちらの魔法陣へと描きかえていく。

 今作ろうとしている魔法陣は、魔法を発動させることがほとんど無い地球のプログラムに限りなく近いものなので、いきなり魔法陣で描くよりこうして翻訳したほうが確実なのだ。


「よし! 出来たぞ!!」

 ものの10分程度でメモへの下書きを終える勇。

「随分早いの……?」

 おそらく今までで一番早く作り上げたことに驚いたエトが尋ねる。

「ええ。今回作る魔法陣は、もはや魔法具と言っていいかどうか微妙なくらい魔法は関係無いんですよ。元の世界のものを、そのまま翻訳しただけです」

「魔法具じゃない魔法陣??」

 隣で興味深そうにメモを覗き込んでいたヴィレムも首を捻る。

 

「今回やりたいのは、パスワード、決められた数字を当てることです。幸いチャレンジ回数に制限がないので、こうやって手で入力していってもいつかは当たりを引くことが出来ます」

 そう言いながら勇が000001と入力する。

「ただ、手でやっているともの凄く時間がかかるんですよね……。仮に1秒間に1つの数字を試せるとします。そうすると、1日で試せる数字は90,000弱になります。今回は6桁なので正解のパターンは百万通り。運が悪いと10日くらいかかる計算ですね。平均して5,6日といったところでしょうか」

 全くアタリの付いていない数字を当てるには、000000、000001、000002…と順番に数字を一つずつ増やしながら総当たりで調べるしかない。

 しかし逆に言えば、時間さえかければ特別な事をしなくてもいつかは正解に辿り着く。

 とは言え、中に何が入っているかも分からないものを開けるのに、10日も費やすのは時間が勿体無さすぎる。


「そこでこの魔法陣です。これは数字を1ずつ増やして、判定している魔法具側へその数字を渡すという作業を、すべて自動でやってくれるものになります」

「すべて自動で……」

「ええ。こういう単純な作業の繰り返しを自動化、高速化するために作られたんですよね、私のいた世界の魔法具(コンピュータ)魔法陣(プログラム)は。仮に10倍の速さで処理出来たら、遅くとも1日で解読できることになります」

「10倍……」

「今回は、どの程度速く数字を渡せるか分からないので、どれくらいかかるかはやってみないと分かりませんけどね」

 実際勇がいた時代の地球ではコンピューターの高速化は青天井で、6桁の数字だけのパスワードなど1秒かからずクラッキングされると言われていた。

 ちなみに桁数が増えて使う文字種が増えると、クラッキングに必要な時間は指数関数的に増えていき、推奨されている12文字かつ英数大文字小文字記号入りとなると、1万年以上の時間が必要となるのだが。


 閑話休題。

 勇は、エトから小さな基板と魔法インクを借りると、サクサクとパスワードクラッキング用の魔法陣を清書していく。

「よし、これで準備完了っと」

 ものの5分で魔法陣を描き上げると、番号入力に使う物理的なボタンを取り外して、自作の魔法陣を繋げた。

「鮮やかなもんだな……。これがオリジナルの魔法陣ってんだから、実際見ても信じられんわ」

 日記でも書くようにさらさらと魔法陣を描く勇を目の当たりにして、ガスコインが感嘆する。

「まぁ、1年近くやってきましたからね。さて、じゃあいきますよ?」

 ガスコインに答えながら最終確認を終えた勇が、自作の魔法陣に魔石をセットした。

「ポチっとな」

 そして懐かしのアニメの悪役キャラ(鼻の長い方)の名ゼリフと共に、魔法具を起動させた。

「「「「「…………」」」」」

 皆が一言も発せず魔法陣を凝視するが、特にリアクションがある魔法具ではないので、薄ぼんやりと魔法陣が光るだけで何も起きない。


「このまま見ていても仕方がないので、食事でもして待ちますか? 食べ終わっても解析が終わってなければ、ここに残る班と調査をする班に分けても良いですしね」

 数分経ったところで、息をするのも忘れそうな皆の状況を見かねた勇がそう提案する。

「にゃ~~お」

 とうの昔に限界を迎えていた織姫などは、すでにそこらをウロウロしてはしきりに辺りの匂いを嗅いでいる。

「そうですね。ただ待っているだけというのも時間が勿体無いですものね」

 勇に言われてハッとしたアンネマリーが、大きく息を吐いて腰を下ろした。

「いいねぇ。お前さんらの食事は、遺跡の中で食べるものとは思えん美味さだからな。ありがたいぜ」

「何で冷蔵箱なんざ持ち込んでるのかと思ってたけど、あれ食ったら納得したよ」

 戦場や遺跡に出向くことが多いガスコインとシュマイケルは、僅か一日でチームオリヒメの戦闘糧食の美味しさに魅了されていた。

 チームメンバーも随分と野外での調理に慣れてきており、準備が流れる様に行われていく。

「にゃっにゃっにゃっ」

 食事の準備が始まったのに気付いたのか、織姫が自分専属食事係になりつつあるミゼロイの頭の上に乗り上機嫌で短く鳴いていた。


 この部屋は階段が一つしかない袋小路なので、念のため階段の上に交代で見張りを立ててのんびり食事をとっていると、突然それは起きた。


 ピピピピッ…ヂーー ガチャン!!


「なんだっ!?」

「魔物かっ!!」

 突如鳴り響いた耳慣れない音に、ガスコインとフェリクスが剣を持って慌てて立ち上がる。他のメンバーも腰を浮かして中腰の状態だ。

「お? 終わりましたね。…二時間というところなので、随分と早かったですね」

 そこに、ただ一人慌てていない勇ののんびりとした声が響いた。

「え? 終わった?」

 一瞬何を言っているか理解できなかったメンバー達だったが、しばし間をおいて皆が気が付く。

「何が……。あっ! もしかして、開いたんですか!?」

「ええ。あの音は鍵が開いた音だと思いますよ。んー、パスワードが何十万台だったか分からないから、処理速度は分からないけど、真ん中の50万で試算して秒間70回……。まぁ50から100回あたりとしておきますか」

 そんなことを呟きながら、勇はやおら立ち上がりロッカーへと歩み寄る。

「突貫だったから仕方がないけど、どうにかしてどこまでカウントアップしたのか外部出力する方法を考えないとなぁ」

 なおもブツブツ呟きながら、取っ手らしき窪みに指先を引っ掻けて手前へ引いた。


 ギィ


 長らく閉じたままだったためか、少し軋んだような音をさせて扉が開いた。

 むしろ何百年もそのままだったのに、その程度で済んでいる事に驚かされる。

「……ホントに開けやがった」

 ガスコインがポツリと零す。他のメンバーも、口には出さないまでも同じ気持ちだろう。

「さてさて、何が入っているのかな、っと」

 そんな皆の内心を知ってか知らずか、勇が楽しそうにロッカーの中をカンテラで照らした。


「ん~~、これはヘルメットかな?? で、これは……」

 まず目に飛び込んできたのは、中央にでんと置かれたヘルメットと思しきものだった。

 艶消しのベージュカラーのそれは、プラスチックのような素材で出来ている。非常に軽量だが、コツコツと叩いてみた感じ相当強度がありそうだ。

 そしてもう一つ、厚みのあるカードのようなものが入っていた。

 現代日本人であれば「画面の無いスマホっぽい」とか「やや薄型のモバイルバッテリーっぽい」と表現するであろうサイズや質感だ。

 光沢のある黒一色で出来たそれは、右上に無属性の魔石が一つ嵌っている以外、画面はもちろんボタン類や端子のようなモノは一切付いていない。

 微妙に面取りされていて質感はかなり良く手に馴染む。


「何でしょうね、これは……。一番可能性がありそうなのは、IDカード…身分や権限を証明する魔法具的なヤツでしょうが……」

 取り出したものを、勇が色々な角度から光を当てて眺めてみるが、その正体は杳として知れない。

 魔石を交換しても特に何かが表示されたり起動するような事もなかった。

 これまで散々見てきた、非接触型と思われるセキュリティの数々。それを開けるのに使うのがコレだと言われるのが一番しっくりくるだろう。

「なるほど……。そう言われるとそうかもしれないねぇ」

 この世界(エーテルシア)だと、冒険者ギルドのギルドカードが似たような本人認証の魔法具だという事で、冒険者歴の長いヴィレムが頷いていた。


 結局ロッカーの中には、ヘルメットとIDカード(仮)しか入っていなかった。

 ヘルメットは女性用だったのか、サイズが丁度良かったティラミスが被っている。

「うひひ、旧時代の防具っすよ~~」

 と本人も嬉しそうにしており、肩に乗ってそれをポコポコと叩いている織姫も楽しそうだったので、そのまま被せておいた。

 シュマイケルが若干羨ましそうにしていたので、勇は思わず吹き出しそうになるのをこらえるのが大変だった。


 その後も、広い地下一階と小さな地下二階を行ったり来たりしながら探索を続ける。

 そして二日目の探索も、あと少しで切り上げようかというタイミングで、明らかに地下二階より下へ繋がっていると思われる階段を発見した。

「明らかにこの階段だけ広いですね」

「だな。なんか材質も違う気がするし、何より地下二階をすっ飛ばして直接その下へ繋がってる感じだからな」

 フェリクスとガスコインが、先行して様子を確認していく。

 二人の言うように、これまでの階段が人2人が並ぶのがギリギリな幅だったのに対して、この階段は廊下の横幅と同程度、4人並んでもまだ余裕がある。

 素材も、これまでのコンクリートとプラスチックの中間のようなものではなく金属質だ。


 踊り場の類も無く、折り返すことなく真っすぐ伸びている階段を慎重に下りていく一行。

 感覚的に地下三階どころか四階あたりまで下ったところで、階段が終わりまた道が現れた。

 地下一階のように縦横に張り巡らされているようなことは無く、真っすぐに奥へと延びている。床面は均してはあるが素の岩盤のままだ。

 注意しながらゆっくりと進んでいくが、すぐに足が止まる。

「……行き止まりか」

「まだ掘っている途中という感じですね」

 そこは、周囲と同じ岩が露出する行き止まりだった。

 フェリクスの言う通り掘削途中だったのか垂直ではなくやや傾斜が付いており、足元に大小の岩が転がっていた。


「作ってる途中で放棄されたんですかね」

「そんな感じだな。勇の予想では、ここらの遺跡は元は軍事施設なんだろ? 作ってる途中で旗色が悪くなってケツ捲ったのかもな」

「残念ではありますが、しかたがないですね。まだ上にも未探索のエリアはありますけど、今日はもう遅いので階段を下りたあたりでキャンプしますか」

 一日中階段を上ったり下りたりでへとへとになっていた一行は、早速野営の準備にとりかかる。

 食事の前にお茶を淹れて一息つこうと、勇は携帯型の魔法コンロでお湯を沸かし始めた。

「地下遺跡であったかい茶が飲めてスープが食えるってのは、贅沢なもんだな」

 湯を沸かす勇を見てガスコインが呟く。

 この世界(エーテルシア)の人々も、狭いところで火を燃やすと息苦しくなって最悪死ぬことを経験から知っており、地下での火起こしは厳禁とされている。

 禁止されていなかったとしても、かさばる薪を持って遺跡に入るものは居ないので、地下遺跡で温かいものを口にできるのは画期的な事だった。


 湯が沸いてきたのか、薄っすらと湯気が立ち昇り始める。

 勇の対面に座り一緒に鍋の様子を眺めていたアンネマリーの方に湯気が流れていき、彼女は慌てて手で湯気を追い払おうとする。

「あはは、風向き的にそっちに湯気がいくから……」

 笑いながらそこまで口にして、勇の動きがピタリと止まった。その目は依然としてアンネマリーの方へ流れ続けている湯気を真剣に見つめていた。

「ど、どうしたんですか…?」

 急に黙り込んだ勇に、アンネマリーが心配そうに声をかける。

「なんで風があるんだ?? 昨日の野営の時はそんなこと無かったのに、ここだけ微かに風がある……」


 それは、普通に過ごしていたら気付く事がないレベルの、微妙な風だった。

 そして風があるという事は、空気が抜けていく隙間があるということだ。

「ひょっとして……。すいません、ちょっと野営の準備は中止して荷物を一度片付けてもらって良いですか? それとユリシーズさんとアンネはちょっと手伝ってください」

 しばし考えた勇が、大きな声で指示を出す。

「どうしたっすか? イサム様」

 言われた通り引っ張り出そうとしていた野営道具を片付けながらティラミスが尋ねる。


「微妙に奥へ向かって風が流れているんですよ。これ、行き止まりじゃなくて、行き止まりに見せかけたダミーかもしれません」

「どういうこった?」

 勇の答えにガスコインが首を捻る。

岩石壁(ストーンウォール)のような魔法で、綺麗に蓋がしてあるだけの可能性があります。前に石を作る土の魔法陣を見つけたんですが、生み出す石の質感を変えられたんですよ。だったらここの石にそっくりな石で塞ぐ事もできるんじゃないかと」

「なるほど……。で、完全に塞ぐことが出来なかったか、時間が経って微妙に崩れてきたことで隙間が出来た……」

「ええ、そんな感じです」

「で、どうするよ? ハーフエルフと嬢ちゃんに声をかけたってことは魔法を使うんだろうが、こんな狭いところで爆裂魔法をぶっ放すわけにもいかんだろ? あっ!! そうか、あの地味に嫌らしい魔法を使うのか!」

「ふふふ、正解です」

「はーー、よくもまぁあんな地味な魔法を使いこなすもんだな……」

 ガスコインが感心して首をすくめながら軽く両手を上げた。


「一気にやるとえらいことになりそうなので、上から少しずつ削りましょうか。ミゼロイさん、すいませんが持ち上げてもらっても良いですか?」

「分かりました」

 ど真ん中や下の方を泥にすると上から崩れてくる可能性が高いので、まずは上の方から削っていくことにするのだが、泥化(マッドネス)は手を触れたところからしか軟らかく出来ないので、ミゼロイに抱え上げてもらって魔法を行使する。


『大獣を飲み込む泥沼は、岩より転じるもの也。泥化(マッドネス)!』


 慎重に有効範囲を調整した勇の魔法で、高さ50センチ、幅1メートルほどの範囲がドロリと溶けて壁面を流れ落ちる。

 奥行を50センチほど削ったが、まだ向こうは見えない。

 しかし、泥化させなかった天井付近の数センチの石が崩れて落ちてきた。崩れた後の天井は水平に近い。

「やっぱりだ……」

 削岩途中であれば岩盤として一体化しているので、崩れたとしてもこんな綺麗な状態にはならないだろう。

 続けて少し下方を溶かしてから奥へ奥へと掘り進めると、勇の予想通りぽっかりと穴が開いた。

 およそ2メートルほどはあろうかという分厚い岩壁で塞がれていたのだ。


 その後は、魔力量の多いユリシーズとアンネマリーの二人に、人が通れる幅で溶かしてもらう。

 30分ほどかけて、道幅の半分ほどまで壁を溶かした所で作業を終えた。

「見事なもんだな。仮にこれが岩壁だと分かっても、この厚さだったら普通は掘るのに何日もかかるだろうに」

 溶かした分厚い壁の断面を見あげてガスコインが嘆息する。

「さて、軽く確認だけしてみましょうか。ちょっと魔力が心許ないのと時間も時間なので、本格的な調査は明日にしましょう」

「「「「「了解」」」」」

 元々野営準備を始めたのを中断しての作業だったので、ひとまず先がどうなっているのかだけ確認することとし、奥へと進んでいく。


 塞がれていた先も、手前側と同じく岩盤がむき出しになった通路が真っすぐ奥へと続いており、脇道や部屋などは無い。

 そして20メートル程進んでいった先で道幅が少しだけ広がり、その奥に天井一杯まで高さがある大きな金属製の扉が待ち構えているのを発見するのだった。

週3~4話更新予定予定。

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― 新着の感想 ―
[一言] ロッカーで見つけたナゾの物体と 隠蔽された扉に繋がりはあるのかな? ワクワクですね〜♪
[気になる点] 扉の先にはついにロボか?ロボなのか!?
[一言] 遺跡探検パートは楽しいですね。 姫にトテトテされたい。
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