●第162話●究極のゲストハウス
今度はいのまたむつみ先生まで・・・
今年は、一時代を築いた方々の訃報が多すぎますね。
心よりご冥福をお祈りいたします。
クリーム色の石で作られた建物が多いイノーティアにあって、赤い煉瓦を基調としたこの建物はとても目立っていた。
どこの上級貴族のタウンハウスだと言わんばかりの、30メートル四方はありそうな三階建ての威容は、まさに“豪邸”と呼ぶに相応しいものだ。
領主であるイノチェンティ家の本邸は元々砦なのでレベルが違うが、それに次ぐ大きさなのではないかと少々頭が痛くなる。
「……やっぱりとんでもねぇ。ウチの大将よりとんでもねぇ」
入口へと続く長いアプローチを案内されながら呟いたガスコインのその一言に、勇は苦笑し、勇以外のメンバーは心の中で頷いていた。
「「「「「いらっしゃいませ」」」」」
入り口では、残りの使用人一同が整列して出迎えをしてくれた。
日本人としてのクセでついペコペコしそうになるのをぐっとこらえて、薄っすら笑顔を浮かべて軽く頷いてみせる勇。
しかしそんな取り繕った余裕は、館へ一歩足を踏み入れた途端に吹き飛んでしまった。
「うわぁぁぁ……」
「うにゃっ」
「まぁっ!」
「ほぅ」
「っす!!」
「どうなってんだよ……」
思わず皆の口から様々な言葉が漏れる。ちなみに勇、織姫、アンネマリー、ミゼロイ、ティラミスそしてガスコインの順だ。
全員の目が、正面上方に釘付けになる。
大きなホールの正面、二階へと続く幅の広い階段が左右に分かれている大きな踊り場の正面に、巨大な織姫とケット・シーの絵が飾られていたのである。
「この絵は、ナシャーラ商会、ナシャーラ一族とイサム様達との永遠の友情を表すため、それぞれの象徴であるケット・シー様、オリヒメ様を描かせていただきました」
呆然と見つめている勇達に、身なりのキッチリした老紳士が解説してくれた。
「あ、ピエトロさんじゃないですか。お久しぶりですね」
老紳士が知り合いだったことに気付いた勇が挨拶をする。
ピエトロは、ここイノーティアにあるナシャーラ商会本店の店長を務める男だ。
「お久しぶりでございます、マツモト様。いかがですか? 王国でも随一と言われる画家に描かせた作品でございますが」
「そうだったんですね……。いや素晴らしい絵なのは分かるのですが、ここまで大きくする必要はあったんでしょうか……?」
「何をおっしゃいます。ケット・シー様とオリヒメ様の愛らしさを余すことなくお伝えするには、最低でもこの程度の大きさは必要でございましょう」
「そ、そうですか……」
苦笑する勇の後ろで、ミゼロイとティラミスがピエトロの言葉に激しく頷いていた。
「さて、それでは皆様、お部屋をご案内させていただきます」
絵の説明を終えたピエトロがそう言うと、使用人たちが一斉に動き出し勇達をそれぞれの部屋へと案内してくれる。
豪邸だけあって14人全員が二階にある個室で、クラウフェルト家の使用人であるカリナとルドルフは恐縮しきりだ。
「ごゆっくりにゃ」
「ありがとう」
案内してくれたソリが退室し、しばらく休憩するかとリビングからベッドルームへと足を踏み入れた勇がまたもや絶句する。
「なっ……」
「にゃっ!?」
そして織姫も、背中を丸めてやんのかステップで斜め後ろへ数歩後ずさった。
勇の部屋は、リビングと寝室が分かれたジュニアスイートタイプなのだが、その寝室側にそれはあった。
「……リビングが普通だったから油断したなぁ」
まず目に飛び込んできたのは、大きなベッドの枕元で丸くなって眠っている織姫と、ベッドの真ん中で香箱座りをしている織姫だった。
そしてベッド脇に置いてあるチェアの上にはケットシーが座っており、大きな出窓を仲良く織姫とケットシーが並んで歩いていた。
「待てよ……」
何かに気付いた勇が、足早に洗面室へと向かう。
「やっぱり……」
果たしてそこには、前足で顔を洗っている織姫がいた。
「これ、ご神体シリーズだよなぁ。多分この調子なら他の部屋にもありそうだけど、どうやって手に入れたんだろう? まぁやり手の商会だから、色んな伝手があるのかなぁ」
「にゃっ! にゃっ!」
苦笑しながら首を傾げる勇。一方最初こそ驚いていた織姫だが、それぞれのポーズを真似したりケットシーに身体を擦り付けたりしてご満悦だった。
夕食時に聞いたところ、やはり他の部屋にも同じようにご神体と雛形が展示してあったということだ。
アンネマリーやミゼロイ、ティラミス辺りは大喜びしていたが、ガスコインなどは「やり過ぎだろ」と小さくため息を漏らしていた。
食後ピエトロに確認したところによると、ご神体が需要に対して供給が全く追い付いていないことをザンブロッタ商会経由で聞いたナシャーラ商会が、腕の良い裁縫職人を何名か紹介したそうだ。
その対価として、ケット・シーの雛形も含めてここイノチェンティ辺境伯領に、新たな生産ラインを作ったらしい。
ちゃんとニコレットにも了承を得ているとの事なので、勇達がクラウフェンダムを発ったのとちょうど入れ違いになった形だ。
現状のご神体生産は王国の北東部でしか行われていないため、南西部でクオリティを担保した生産ラインが出来るのはありがたい話だったようだ。
そろそろ紙芝居も公開されることになるので、派閥内における織姫人気は今後もうなぎ上りになるだろう。
前日のうちに面会の予定を取り付けておいた翌日の午後、勇達一行はイノチェンティ辺境伯の館を訪ねていた。
「この館は攻めにくそうだなぁ……」
要塞のような館の門をくぐり、馬車寄せまで進みながらガスコインが呟く。勇もなんとなくそんな気はしていたが、プロの目から見てもやはりそうらしい。
「よく来たな、イサム。ルビンダのとこでも大活躍だったそうじゃないか?」
出迎えてくれた当主のナザリオ・イノチェンティが、笑いながら手を差し出してくる。
「ご無沙汰しています、ナザリオさん。あれは皆さんが頑張ってくれただけで、私は何もしていませんよ」
その手を握り返しながら勇が苦笑する。
勇達がエリクセン伯爵領を経由している間に、お隣であるバルシャム辺境伯から連絡があったのだろう。
「そんなことは無いだろ。新しい魔法具のおかげで、随分とワイバーンを狩るのが楽だったと言っておったぞ?」
「あぁ、そのあたりは多少お役に立っているかもしれませんね。もっとも、使う人達の腕次第なので、やっぱり皆さんのおかげですけど」
小さく肩をすくめながら勇が答えた。
「ふ、相変わらずだな、イサムは。ウチんとこ含めて、少々国境線がきな臭いことになってるからな。戦力が強化されるのはありがたいことだ」
「……こちらもですか?」
「ああ。まずはそのあたりの共有をしておきたい。ちょうどエレオノーラの嬢ちゃんとこの腹心もいることだしな。まぁとりあえず入ってくれ」
ちらりとガスコインに目をやった後、ナザリオは一同を館の中へと迎え入れた。
「ここひと月ふた月、ズンとの国境、それとケンプバッハとの国境あたりからと思われる魔物が、こちらに向けて出てくることが増えておる」
イノチェンティ辺境伯領は、その西側のほとんどでケンプバッハの国境に面している。そしてその北側の一部が、ズンとの国境にも面しているのだ。
道のようなものは無く、急峻な山岳地帯なのでそこで戦端が開かれるような場所ではない。
それでも一応国境には違いがないのと時折魔物が降りてくるため、ケンプバッハとの国境警備からローテーションで一個中隊を常駐させているらしい。
「ズンだけではなくケンプバッハ側からもですか……?」
ナザリオの言葉に勇が眉を顰める。
「うむ。まぁあの辺りは名目上ウチとケンプバッハとズンを分ける国境線が引かれてはおるが、魔物から見たら一つのエリアみたいなものだから不自然では無い。だがなぁ……」
「両国の関係性、および両国とウチとの関係を考えると裏がありそう、ですかい?」
ガスコインがナザリオの言葉を引き継ぐように言う。
「ああ。何らかの動きがあると見た方がよいだろうな。そこまではルビンダとも一致している。しかしそれ以上具体的な動きは見られんから、下手に動くわけにもいかん状況だ」
渋い表情でナザリオが言う。
現在両国とは戦争状態ではないので、魔物が出てくるというだけで国境線の軍備を拡充しすぎると、こちらが戦争の準備をしていると言われかねない。
「一応、即応体制がとれるように準備は始めておるがな」
下手に口実を与えると、それこそそこから本当に戦争になりかねないので、多少の増援を送って引き続き様子を見ているしかないのだ。
「そんな状況だから、人を増やさずに戦力を増強できるイサムの魔法具は相当ありがたいわけだ」
今回勇達は、拠点防衛用として魔弾砲を5門、射槍砲を1門イノチェンティ辺境伯家に販売予定となっている。
あくまでサンプルとしての提供で、行脚出発前にはこんなにすぐに実戦配備されようとは考えてもいなかったが……。
どちらも可搬性があるので、イノチェンティ家としてはきな臭い国境付近へ配備できて渡りに船であった。
その後ご神体の話や魔法コンロの話をし、休憩を挟んで魔弾砲と射槍砲、そして魔動車のデモンストレーションを行った。
以前イノチェンティ家には爆裂玉はデモしていたのだが、あの時点ではまだ派閥が出来ていなかったため、デチューンしたものを見せていた。
今回、正規版の爆裂玉の威力を初めて目の当たりにして、ナザリオも騎士団長のメルクリオも目を丸くする。
「……あの時見せたものは、劣化版だったということか。よもやそんなものを作れるなどと思ってもいなかったから何の疑いも持っておらなんだが……」
「すみません、あの時点ではまだ派閥もありませんでしたし、セルファースさんの了承も得ていなかったので……」
「いや、たしかにコイツは確実に味方だと言い切れない者には見せぬほうが良い。そのあたりの線引きをイサムが出来ることが分かって逆に安心したわい」
ナザリオは驚きこそすれ勇を責めるようなことは無く、がははと笑って見せた。
「そう言っていただけると助かります。で、この魔弾砲はこの爆裂玉を遠くへ飛ばすための魔法具です。以前お見せした時も飛距離が問題だという話になりましたが、それを解決した形ですね」
勇は礼を言うと、魔弾砲のデモンストレーションに入る。
ボン、という音を響かせてダミーの爆裂玉が放物線を描いて飛んでいくと、うおぉぉぉっと歓声が上がる。
以前爆裂玉をデモした時は極秘事項として公開だったのだが、今回はそうではないので手の空いている騎士が全員演習場や裏庭に面した窓から見学していたのだ。
館の裏庭にある演習場なのでそこまで広くはなく、飛距離は100メートルちょっとというところだろうか。
「最大飛距離はこの3倍くらいですね。拠点防衛と攻城戦での使用を想定していますが、さほど重くもないので野戦でも使えると思います」
「…………まったく、とんでもないものを作りおって。能力を公開したら大変なことになるから味方してくれと言っていた意味を、あらためて痛感させてくれたな。言葉だけで聞いて分かった気になっていたが、そんな生易しいもんでは無いぞ、これは」
勇の説明にナザリオがため息をついた。ルビンダもそうだったが、戦争を知っている人間ほどこの魔法具の恐ろしさを痛感するのだろう。
「で、こっちが射槍砲です。雷短槍を使った場合は当たっただけで効果があるので、有効射程は300メルテほど。通常の短槍だと半分くらいだと思います。速度は飛弾系魔法の倍ほど出ます」
水平射撃すると壁に当たってしまうため、ほぼ真上に向けて試し撃ちをすると、またもや歓声が上がった。
「こいつもまた……。通常の短槍でも十分脅威だが、この雷短槍にいたっては反則だな。御前試合で使ってた雷剣を飛ばしてるようなもんだろ?」
「そうなりますね。強力な個体や大型の個体に対抗するためのものなので。その分攻撃範囲は狭いですが」
こうして説明を終えると、夕食の時間までナザリオや騎士団を相手に使い方のレクチャーをしたり、ガスコインと暇を持て余した織姫を中心に模擬戦を行って過ごした。
イノチェンティ領での夕食会も、現場レベルでの懇親を図るため騎士団の中隊長以上が参加する立食形式で行われた。
「明日からは遺跡に潜るという話だったな?」
「ええ。また思わぬ掘り出し物があるかもしれませんからね」
軽くお酒を飲みながら、ナザリオと勇が話をしている。
「一番最近発見された遺跡、もしくは一番昔に発見された遺跡ってどこになるんでしょうか?」
「古い方で言えば、前回勇達が潜ったあたりの遺跡がこの辺りだと最初に見つかった遺跡だろうな。新しい方は、国境付近だな。とは言え、こっちも解放領域だがな」
「ありがとうございます。では、国境付近にあるという新しい方に行ってみたいと思います」
「分かった。行きは案内を出すから、気を付けて行ってこい」
ナザリオから情報を得た勇は、20年ほど前に見つかったという遺跡に潜ることを決めるのだった。
翌日、案内役というイノチェンティ家の騎士を一人魔動車に乗せて、勇達一行は遺跡探索へと繰り出した。
4時間ほど走ると、岩砂漠の中にポツンと小さな小屋が建っているのが見えてきた。
その脇の地面がぽっかり口を開けており、その前に歩哨と思しき兵士が一人立っている。
突然近付いてきた馬もいないのに走る奇妙な乗り物を見つけると、慌てて小屋のドアをガンガン叩き、顔を引きつらせながら持っていた槍を構えた。
小屋からも交代要員と思われる男が、槍を持って飛び出してくる。
しかし、奇妙な乗り物の中から、見知った紋章の入った鎧を着た騎士が下りてきたのを見て安堵の表情に変わる。
「ご苦労。驚かせてすまんな。こちらは領主様の客人で、クラウフェンダムからいらっしゃった」
「ご、ご苦労様です! クラウフェンダムというと、先日御前試合で優勝したという??」
「ああ。現時点で、王国一強い騎士団だな。ちなみに、その優勝メンバーが全員揃っているぞ?」
「ぜ、全員……」
騎士が笑いながら説明すると、兵士たちが口を開けて固まる。
「ああ、そうだ。準優勝したエリクセン家の騎士団の団長様もご一緒だ」
「…………」
もはや言葉を発する事も出来ず口をパクパクとさせる兵士たち。
兵士が高校球児だとすれば、騎士はプロ野球選手だ。
そんな騎士の中でも御前試合に優勝した騎士や、最強と名高い傭兵騎士団の団長などは超一流の現役メジャーリーガーのようなモノだろう。
それが突然目の前に揃ってやってきたのだから、固まるのも無理はない。
「えーーっと、大丈夫なんでしょうか??」
魔動車から荷物を降ろしながら、心配そうに勇が尋ねる。
「はい、少し経てば復活すると思いますので。皆様は気を付けて行って来て下さい。ああ、この魔動車、でしたか? こちらは我々が責任をもってお守りしておきますので、ご安心ください」
荷物を降ろすのを手伝いながら、笑顔で騎士が答える。
「そうですか。ではお手数おかけしますがよろしくお願いしますね。多分、長くても3、4日で出てくると思いますので」
「分かりました。ご武運を!」
敬礼をする騎士に礼を言い、念のためルドルフを魔動車に残して勇達は遺跡へと潜っていった。
「おっと、コイツは中々素早いじゃねぇか」
楽しそうにそう呟きながら、ガスコインが巨大な蟻のような魔物の繰り出した攻撃を躱す。
遺跡へ潜って一日半ほど。一行は地下一階と二階を行ったり来たりしながら探索を進めていた。
ガスコインが楽しそうに戦っている魔物は、鬼人蟻と呼ばれている二足歩行で歩く巨大な蟻の魔物だ。
そこそこ硬い外骨格を持ち力も強い上、武器を持っている個体も多い強敵である。
この遺跡に巣食う魔物は、ほぼこの鬼人蟻なのだが、役割分担のある蟻らしく様々な種類の蟻がいた。
今ガスコインが相手をしている個体は、四本の腕全てにナイフのように尖った石器のような石を持っており、それを矢継ぎ早に繰り出してきている。
「ほらよっ」
ガスコインは、厳つい顔に似合わず素早く相手の攻撃を躱して、フェリス1強化型を勢いよく振り抜いた。
「ギギギッー!!」
右側の腕二本を半ばから切り捨てられ、鬼人蟻が金属のこすれ合うような耳障りな鳴き声を上げる。
逆上して残った左側の腕を振り回してくるが、その隙をガスコインが見逃すわけもなく、右側に回り込みながらあっさり首を刎ね飛ばしてしまった。
「ん~~、この魔剣が優秀過ぎるんだな」
鮮やかに魔物を屠りながら、首を傾げるガスコインの表情は少々不満気だ。
「……私はいまいち剣の腕前は分からないんですが、ガスコインさんって相当強くないですか?」
これまでの戦いぶりを見た勇が、小さな声でフェリクスに尋ねる。
「ええ。元々相当な腕前なのは分かっていましたが、強化型に慣れた事で、御前試合や合同討伐の時より明らかに強くなっています」
聞かれたフェリクスも、驚いた表情で答えた。
事実、ここまでかなりの数の鬼人蟻と戦ってきたが、ガスコインの活躍もあり全く危なげが無い。どっちが鬼人なんだと聞きたくなるほどだ。
「しっかしここは、チマチマとややこしい作りになっとるなぁ」
剣の汚れを拭きながらガスコインがぼやき、勇がそれに同意する。
「そうですね。この作りはちょっと想定外でした」
この遺跡はこれまでの遺跡とは異なり、天然の岩盤がむき出しになっている部分がかなり多い。
そして地下一階が相当広い上小部屋が多いのだが、それに輪をかけて階段がやたらに多かった。
ほぼすべての小部屋に下り階段があり、それ以外に通路にもそこら中に階段がある。
いちいちそれを下って調べているのだが、降りた先もまたほとんどが同じ造りをした8畳程度の小さな部屋だった。
目立ったものは何も無く、壁にはロッカーのようなモノが埋め込まれているが、扉を開けるためと思われる魔法具はことごとく壊されており、開けることが出来なかった。
「せめてこの扉についていたと思われる魔法具が残っていたら、ヒントもあったんでしょうけど……。なんでわざわざ壊すかなぁ、ホント」
使い方が分からないからと力まかせに壊されてはたまったものではないと、勇が珍しく怒っていた。
しかし、二日目の探索もそろそろ終わりにしようかというタイミングで、ついに壊されていないロッカーを発見するに至った。
そこは中途半端にひしゃげて中に入れなくなっていた扉の中にある階段を下りた部屋だった。
織姫がどうにか通り抜けられる大きさの隙間が空いていたので中を見て来てもらったところ、「にゃっふ」とまんざらでも無さそうに鳴いたので、ミゼロイの重量可変式ハンマーでどうにか扉をたたき壊して中に入ったのだ。
「ふむ。これは今までの遺跡で見たタッチパネルとはまた違うパターンですね。あれと比べるとかなり古い作りと言って良いかもしれません」
初めてまともに見るロッカーのセキュリティは、物理的なボタンが10個付いたボックスだった。
「多分間違いなくこのボタンで決められた番号を入力すると開く仕組みなんでしょうね」
そう言いながらじっくりとボックスを観察していくが、ボタンと起動用と思われる魔石以外に何も見当たらない。当然魔石に触れても起動しなかった。
「んーー、それ以外にはこれといって何も見当たらないですね……。ちょっとバラしてみましょうか」
隙間にナイフを差し込むと、ぱかりと簡単にボックスが開いた。
「これはまた随分とシンプルな……ん? んんんっ?!」
そして中に描かれていた魔法陣を見て、勇が目を見開いた。
「ど、どうしたんですか?」
心配そうにアンネマリーが尋ねる。
「えーーっと、これは機能陣まで読めます。読めたんですが、ほとんど機能がないんですよ」
「機能が無いとはどう言うことじゃ?」
「外にボタンが付いているじゃないですか? それが6回押されたら、その内容をもう一つ奥にある魔法具に渡すだけなんですよ。多分、その番号が合ってるかどうかは奥にある魔法具がやってるんでしょうね」
問いかけに答えながら起動用の無属性の魔石を交換して起動させる。
フォンというお馴染みの起動音と共に、起動陣、そして機能陣に光が走って魔法具が起動した。
「やっぱりそうですね。んーー、結局はこの前の遺跡と同じで、許される回数のうちに正解の数字を入力するしかありません」
「6桁だと100万通りですか……。これまで通りチャンスが3回だと仮定すると、そうとうな難易度ですねぇ」
ヴィレムがため息交じりに天を仰ぐ。
「まぁ、ダメもとですね。一応お約束のものから入力しますけど、ダメだったらすみません」
苦笑しながら勇がボタンを押していく。123456、111111、000000と、数字のパスワードTOP3を入力するが、いずれも正解ではなかった。
「んーー、やっぱり駄目でしたか……」
がっくりと肩を落とす勇。
「まぁしゃあないじゃろ。そうそう当たるもんでもないわい。時にイサムよ、3回間違えたが特に変化がないようじゃが、そんなものなのか?」
「え?」
エトに言われて魔法具と魔法陣を見てみるが、3回間違える前と何も変化は無い。
「ひょっとして……」
何かに思い当たった勇は、おもむろにまた数字を入力し始める。222222、333333…999999まで入力したところで手を止めた。
「……はは、はははは、どうやらこれ、制限回数が無いようです! これなら何とかなるかもしれません!!」
勇はそう言うと、メモを取り出して勢いよく何かを描き始めた。
週3~4話更新予定予定。
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