●第161話●ガスコインの弱点
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週3~4話更新予定です。
その日の模擬戦はそこで終了し、翌日は橋が落ちているというイレギュラーな状況を活かした模擬戦が行われた。
ひとつは、渡河チーム vs 防衛チームの模擬戦で、こちらはチーム編成や人数を変えて全員が参加できるように何度か行われた。
もうひとつは突貫で仮の橋を作るチーム vs それを阻止するチームの模擬戦だ。
橋を作るチームの中心は昨日敗北を喫したシュマイケル達である。
「たんに修復したのではつまらない」というエレオノーラの鶴の一声で、戦いながら橋を作るという過酷な罰ゲームと相成った。
ちなみに責任を感じた勇達一同がシュマイケルチームに参加したのだが、暇を持て余した織姫がミゼロイとティラミスを伴って相手チームへ突撃、無双する。
それを見て血が騒いだのか、エレオノーラが突如相手チームの助っ人として参戦。最終兵器どうしの戦いにより大きなクレーターが出来たところでノーコンテストとなった。
小さな身体でエレオノーラと互角にやり合う姿を見て、織姫はエリクセン傭兵騎士団からも先生と呼ばれるようになっていた。
またこの日は、バルシャム辺境伯領へ向けて増援部隊が出発していった。
二日かけてエトとヴィレムが頑張った結果、領都バルシャーンへ向かう小隊に加えて、ズン国境へ向かう分隊のぶんまで、剣のフェリス1型化が終わっていた。
魔剣を使えるとあって、バルシャム辺境伯領へ行きたいと直訴する者が続出して大変だったと、ガスコインが疲れた表情で語っていた。
最強を誇る傭兵団であっても、魔剣は魅力的なものらしい。
見事バルシャム辺境伯領行きを勝ち取った傭兵騎士達は、戦地になるかもしれない場所へ行くとは思えない晴れやかな表情で旅立っていった。
大闘技場にクレーターが出来たままだとさすがに演習に差し障るので、翌日とその翌日は、総出で修復工事が行われた。
王国トップの身体能力を誇る傭兵騎士と旧魔法を操るチームオリヒメのコラボレーションはもはや重機なみで、二日で大枠の修復を終えていた。
修復作業二日目の夜は、勇達のエリクセン領滞在最後の夜でもあったため、騎士やら兵士やら全員参加のお別れ会が開かれた。
さすがに全員を収容できる建物は無いので、小闘技場を全面使った屋外での立食パーティーだ。
舞台のど真ん中には、直径10メートルほどの大きさのアルファベットのCの形をした鉄板が置かれて、色とりどりの食材が焼かれて食欲を誘う匂いと音が立ち込めていた。
勇とエト、ヴィレムに加えて、エリクセン領の鍛冶職人たちと共に突貫で作った、熱の付与を使った巨大ホットプレートによる超大規模バーベキューである。
最初は何も考えずに大きな円形にしようとしていたのだが、ヴィレムの「これ真ん中はどうやって取るんだい?」と言うもっともな意見によりC字型となっていた。
「ウチんとこの大将も大概だが、お前んとこの大将も大概やべぇな。肉焼くためだけに、こんな魔法具をすぐ作るとか……。遺跡についていくっつったのは早まったか」
「ふふ、すでに慣れてきましたよ。常に何かが起きますからね。遺跡探索もきっと楽しいですよ?」
鉄板の上の肉と野菜を摘まみながら、ガスコインとフェリクスが話をしていた。
「まぁなぁ。少なくとも暇しなさそうなのは良さそうだぜ」
「ええ、次々と新しい魔法具が出てきますし。そうそう、イサム様は料理の腕も一流ですからね。そちらも楽しみにしていてくださいね」
「そいつはありがてぇな。まぁ、ちょっとの間だがよろしく頼むぜ」
ガスコインはそう言ってフェリクスの肩をバシバシと叩いた。
「うは、あのメタルリーチをぶった切ったのか!? はぁぁ、さすがオリヒメ先生だな」
「そうなんっすよ! 先生にかかれば、メイジオーガも一撃っすからね!」
「うむ」
「なふぅ」
ガスコインたちと少し離れた場所では、シュマイケルとティラミスたちが織姫談議に花を咲かせていた。
当の織姫は、見晴らしの良いミゼロイの頭の上で冷ました鳥の肉をもらってご満悦だ。
「メイジオーガもかよ。遺跡には、先生も一緒に行くんだろ?」
「多分一緒っす。ほとんどイサム様のリュックの中で寝てるっすけどね!」
「そういう気まぐれなところがまたいいねぇ。こりゃあ遺跡が楽しみだぜ」
すっかり織姫ファンになったシュマイケルが、嬉しそうに肉にかぶりついた。
「イサム達にはすっかり世話になってしまったの。特にあの魔剣……。良いのか? 普通ならクラウフェルト家の秘匿にするものよな?」
また別の場所では、ほろ酔い加減のエレオノーラが勇、アンネと話をしていた。
「かまいませんよ。エレオノーラさんのところの傭兵騎士の戦力が上がれば、派閥にとってはもちろんですが国の戦力も上がることになるので、セルファースさんも了承してくれてます。ね、アンネ」
「はい。父からも、魔法具の提供含めて可能な限り協力するように言われています」
「何ともありがたい話よな」
勇達の返答に、エレオノーラが目を細めて盃をあおる。
「まぁ個人的には、そんな大それた話ではなくて皆さんの生存率を少しでも上げたいという思いが強いですけどね」
「……。そちらの方がありがたい話よ! ああ、話は変わるがの、この前の演習で崖の上から攻撃しようと考えたのは何故かの?」
勇の盃に酒を注ぎながらエレオノーラが問いかける。
「大した理由は無いですが……、慣れていない我々と皆さんでは細かい連携は無理なので、分かりやすくシンプルにしたかったのが一つ。あとは、百戦錬磨の皆さんがやらなさそうなことをやらないと裏をかけないと思った、と言うのが大きいですね」
返杯しながら勇が答える。
「あれが本当の戦場だったら、崖に上る道が無いか皆さんも探したかもしれませんが、この前の状況においては無意識のうちに選択肢から外していたはずです。提案した時にガスコインさん達も驚いていたので」
「なるほどのぅ。かっかっか、やはり実戦、それも全く質の違う者との実戦は百の練習に勝るの。わっち含め、また一つ勉強になったわい。ありがとうの」
「いえいえ。我々、特に私はこれまで集団での対人戦闘なんてほとんどしたことがなかったですからね。もの凄く勉強になりましたよ」
「そう言ってもらえると嬉しいの。今後は、ウチからそっちの領地へ複数小隊を定期的に派遣して、実地訓練しようと考えておるんよ」
「おお、それは良いですね! 何なら一定数常駐していただいても良いかもしれませんね。ここからだと王国北東部へ行くのは遠いですから、便利かもしれません」
「ふむ。それは妙案やもしれんな」
「残念ながら立派な闘技場は無いですが、そこそこの広さの演習場はありますし、何より少し森の奥へ行けば魔物は多いので」
「かっかっか、それは良い訓練になりそうよな。うむ、早速セルファース卿と話を詰めるとしようかの」
「かしこまりました。戻るまでにもう少し具体案を考えて、戻り次第父に提案します」
この何でもない勇の一言がきっかけで、程なくしてエリクセン家の傭兵騎士団がクラウフェルト領に駐屯する事になる。
それにより勇達の派閥は、期せずして王国北東部に強力な楔を打ち込むことになるのだった。
翌日。ガスコインとシュマイケルを加えた勇達一行は、イノチェンティ辺境伯領へ向かうべく昼過ぎにエリクシブルグを出発、再びメーアトル河の川港へと向かっていた。
行きに寄った町まで半日、そこで一泊してもう半日で港に着くため、余裕のある旅程だ。
「…………、ま、まだ着かねぇ…の、か? うぷっ……」
勇の運転する黒猫の荷室で横になり、青い顔をして呻いているのはガスコインだ。
「まだ半分くらいの所なんで、あと1鐘(90分)以上はかかると思いますよ」
消え入るような声の問いかけに、勇が苦笑しながら答える。
「ぐ、まだ1鐘……おぇぇ……」
勇の回答にガスコインの青い顔色が更に青ざめた。
「意外でしたね……。あの鬼の団長さんが馬車に弱いなんて」
後部座席から心配そうに荷室を見ながらアンネマリーが呟く。
彼女の言う通り、ガスコインは馬車酔いが酷かった。
通常の馬車よりかなり乗り心地が改善されている魔動車でも、30分と経たずに酔ってしまっていた。
シュマイケルの話では馬車だったら10分持たないらしく、30分は新記録だと逆に驚かれてしまった。
そのため普段は絶対に馬車には乗らず、馬に乗って移動するという。自分で操る馬であれば、どれだけ揺れても平気らしい。
この世界には酔い止めの薬は無いらしいので、今日明日の半日は耐えてもらうしか無いだろう。
「あーー、酷い目に遭ったぜ、まったく……」
メーアトル河を遡上する船の甲板の先頭で、ストレッチをしながらガスコインがぼやく。
結局川港までの二日間はほぼずっと乗り物酔い状態だったのだが、今日はピンピンしていた。
「……船は平気なんだな」
ストレッチに付き合えと声をかけられたミゼロイが不思議そうに言う。
「まぁな。俺にも理由は分からんが、昔から馬車だけは駄目なんだわ」
「難儀なものだな」
「まったくなぁ、困ったもんだぜ。しかしお前んとこの大将はどうなってんだ? あの魔動車ってのの速さはとんでもないぞ? 短時間ならまだ馬のが速いが長くは持たねぇ。
だが魔動車なら休み無しであの速度を簡単に維持できる。行軍速度が3倍以上になるからな、戦争のやり方が根本から変わるぞ?」
「ただくたばってるだけかと思ったら、ちゃんと考えてはいたんだな」
ガスコインの言葉にミゼロイが笑いながら答える。
「当たり前だろ!」
「ふっ、そうか。イサム様は、あれを近い将来派閥全体に広げると言っていた。そうなれば、お前の言うように戦争はもちろんだが輸送そのものが激変する。
その恩恵は、自領だけで独占するより友好関係にある領全体に広げたほうが、より大きくなる、とな」
勇の言う通り、自領だけ輸送速度が上がってもある程度の恩恵はあるのだが、全ての流通を自前で運用している訳では無いので効果は限定的だ。
それを友好的な領全体に広げることで領間の輸送全てが高速化されれば、それを前提とした物流・人流が出来上がり効果は何倍にもなる。
そういう意味では、友好的かどうか関係無く国全体に広げたほうが効果は高くなるが、それだと派閥としての優位性が損なわれるため本末転倒だ。
「……やっぱとんでもねぇな。そういやこの船もお前んとこの大将の仕業だろ? 何なんだよ、下る時とほとんど変わらない速さで川を上る船って……」
川を下っている途中で外輪船に改良したレベッキオ船長の船だが、上り始めてすぐ更なる改良を施していた。
と言っても、元から使っていた繰風球を効率化&風力調整できるようにしただけだ。
「はーー、相変わらずしれっとえれぇもん作るなぁ、イサム様はよ……」
帆にたっぷりと風を受けて、下りと変わらない速度で川を上っていく自分の船に、レベッキオがため息を漏らす。
「あはは。下りだと向かい風になるので帆を張れなかったですからね。上りは追い風なんで、帆を張って風力を上げれば良いだけなんで楽なもんです」
勇の言う通り追い風となる上りは、マストや帆が耐えられる範囲なら単純に風力を強めれば速度は上がる。
なので、決まった強さの風しか出せなかった元々の繰風球に、高速走行出来るよう出力調節機能を付与していた。
加えて、元々はかなりの広範囲に風を吹かせていたものを範囲を狭めて、必要な範囲だけに風を吹かせるようにする事で、稼働時間の改善も図っていた。
これにより、上りとは思えない速度で川を上っているのだ。
時折、先行する船を追い抜いていくのだが、追い抜かれた船上の人は皆目を丸くして信じられないものを見たという表情をしていた。
「この速度なら下りと変わらず四日か五日でルサルサ河の合流点まで行けそうだ」
これまでは七日ほど必要だったので、かなり短縮されている。陸路だけでなく航路でも、着々と輸送効率の改善をしていく勇であった。
途中一日雨は降ったものの、おおむね好天に恵まれた船旅は、レベッキオの見立て通り四日目にルサルサ河との合流地点へと辿り着いた。
ここからは、魔動車の速度であれば陸路を行ったほうが早いのだが、ガスコインの強固な反対により今回は引き続き船で行くことになった。
早いと言っても3時間程度の差なので、誤差と言えば誤差である。
こうして勇達は、およそ一週間かけてイノチェンティ辺境伯の領都イノーティアへと到着した。
およそ半年ぶりの訪問だが、特に変化は無いようだ。依然としてそこかしこに獣人がいる様は、何度見てもファンタジーである。
前回来た時は宿に宿泊したが、今回は新たにこちらに建てた魔法具工房に併設されているゲストハウスに宿泊する予定だ。
工房は、かつてこの地に根を下ろした迷い人ワミ・ナシャーラが興したナシャーラ商会が建てたものだが、新型魔法具の生産を委託してもらったお礼にと、提携するオリヒメ商会やザンブロッタ商会のためのゲストハウスを建ててくれたのだ。
勇達はともかくザンブロッタ商会の面々は、シルヴィオをはじめとして長期滞在する事も多いのでありがたい話である。
クラウフェンダムを発つ前に知らせは送ってあるので、大体の到着タイミングは伝わっているはずだが、結構スケジュールを前倒しての到着だ。
準備が出来ていなかったらどうしようと一抹の不安を抱えながら訪ねたのだが、全くの杞憂であった。
「遠路はるばるお疲れ様ですにゃ!!」
工房併設であろう大きな建物の門前まで、わざわざ出迎えてくれた黒猫っぽい女性獣人から久々に聞いたあざとい語尾に、相変わらず勇だけがピクリと反応する。
「あれ? あなたは確か……ソリさん?」
「そうです! 覚えていてもらえて嬉しいですにゃ!」
綺麗に整列して出迎えてくれた、使用人と思われる何名かの獣人を代表して声をかけてきたのは、以前訪れた飲食店でウェイトレスをしていた黒猫の獣人だった。
名前はソリ・ナシャーラ。その名の通り、迷い人ワミ・ナシャーラの子孫の一人である。
「どうしてまたこんなところに?」
「三ヶ月くらい前に、ギル商会長から声をかけてもらったんだにゃ。ここに、ワミ様とナシャーラ商会の恩人とも言うべき人達のゲストハウスが建つから、そこで働かないか? って」
ケット・シーの雛形にいたく感動したナシャーラ商会の当代会長ギル・ナシャーラは、それにナシャーラ一族をあげて報いようと、この街や近隣の町にいる一族に片っ端から声をかけたそうだ。
その甲斐あって全部で15名いる使用人のうち8名が、ナシャーラ一族になったとの事だ。
言われてみれば、門まで迎えに出て来てくれた5名の使用人のうち4名が猫の獣人であった。
「では、ゲストハウスに案内するにゃ!」
「え? これ?」
「? そうですにゃ」
案内された勇が、驚きのあまり思わず問いかける。他のメンバーもポカンとそれを見上げていた。
それは工房併設だと勇が思っていた大きな建物だったのだが、工場併設などではなくそれ全体が大きなゲストハウスなのだった。
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