●第160話●チームオリヒメの戦い方
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週3~4話更新予定です。
「騎馬隊はこのまま先行、あわよくば回り込むぞ!」
「「「「おうよ!」」」」
追撃チームのリーダーと思しき男が、先頭を行く騎馬の上から声を張り上げると、追走していた4騎の騎馬から返事が返ってくる。
それを確認すると、前方に小さく見える敵兵を追うべく馬を走らせる。
少し走り丘から下ってきた部隊に追い付くと、少し速度を緩めこちらにも指示を出す。
「後ろの追撃部隊と合流したらついてこい!」
「「「「「了解!」」」」」
そして再びの追走。
「ん? 何だ…?」
しかし20メートルも走らないうちに、街道の様子がいつもと違う事に気が付く。
「くっっ!! て、停止っ!!!」
そして慌てての急ブレーキ。
ヒヒヒーン!!
「はいっ!?」
「えっ?」
「どうどうっ!!」
「おわぁっ!」
激しい嘶きをあげながら5騎のうち4騎はどうにか止まる事が出来たが、1騎が止まり切れずその様子が違う所へと突っ込んでしまった。
どぷんっ
ばしゃーーーん!
「うぼぁっ!?」
突っ込んだ馬が膝ぐらいまで地面に埋まり、前のめりに急停止したことで乗っていた騎士が前方へと放り出されてしまった。
放り出された騎士はそのまま頭から地面へ突っ込んでしまう。
「なんだぁっ!? 泥? なんでこんなとこに沼があんだよっ!?」
どうにか止まれた騎士の一人が、馬をなだめつつ様子の違う場所ギリギリまで近づき、ようやくそこが沼のようになっていることに気付き驚愕する。
泥化で軟らかくされた地面は、なぜか同程度の軟らかさの自然の泥やぬかるみ程水分量が多くない。
そのため見た目にも艶が少なく、見分けづらいのだ。
「おいっ! 大丈夫かっ?? くそっ、こいつは確かクラウフェルトの奴らが使う魔法だ。こんなとこでも使ってくるとは……」
リーダーはその状況を見て、クラウフェルト騎士団の魔法である事に気が付く。
追撃チームのリーダーは、御前試合の決勝でフェリクスと対峙、戦った男で、名をシュマイケルと言う。元冒険者で、傭兵騎士団の中でも十指に入る実力者だ。
御前試合やその後の合同討伐で、勇達が泥化を使っていたことを思い出して歯噛みをする。
「合同討伐ん時に、でけぇ蟹のバケモンの足下を沼にしてやがったアレか!?」
追撃チームにはシュマイケルの他にも御前試合のメンバーや合同討伐に参加したメンバーが何名かおり、シュマイケルの言葉に追従する。
「おいっ! こっち側も沼んなってんぞ!?」
迂回路を探すべく街道の南側を調べていた騎馬から声が上がる。
「ちっ、やりやがったな……」
それを聞いたシュマイケルが毒づいた。
彼らが今いる場所は、街道の南側は開けているのだが、北側は2メートルほどの高さの低い崖になっていた。
追撃部隊が下りてきた丘の麓に当たるのだが、この辺りだけなだらかではなく崖になっている。
そのため街道の北側には迂回出来ないので、南側が沼地になるとそのさらに南側まで迂回せざるを得ないのだ。
わずか10メートルの距離とは言え、今彼らが陥っているように馬を止め、状況を確認し、結論を出すには時間を消費する。
追撃戦は相手を見失うと途端に効率が下がるため、この程度のタイムロスでも痛手に繋がっていく。
しかも迂闊に突っ込むと、先程の騎士のように身動きが取れなくなる可能性もある。
この先似たようなトラップがある事を想定して追撃速度を少々落とさざるを得ない、なかなかに面倒なトラップだった。
「一旦南へ迂回、その後街道へ戻って追うぞ!」
騎馬部隊が沼トラップに手間取っているうちに徒歩の部隊が追い付いたので、シュマイケルはあらためて指示を出して街道を進み始めた。
しかし20メートルも進まないうちに、またしても街道にトラップが仕掛けられていた。
街道の幅いっぱいに、高さ50センチ程度の土の壁が数メートル間隔で設置されていたのだ。おそらく岩石壁で作ったのだろう。
「くそっ、飛び越えられない高さでは無いが地味に鬱陶しいな!!」
馬に乗る騎士がぼやく。
そこにある事さえわかっていれば馬で飛び越えることはそれ程難しくない高さではあるが、スピードを上げる事が出来ないし何より馬への負担が大きい。
また、後ろを行く徒歩の騎士達にとっては乗り越えるのに労力を使わなければならない高さだ。
街道にしか設置されていないので街道から逸れればよいのだが、そうすると途端に足下が悪くなるのでいずれにせよロスは避けられない。
これが馬にも人にも越えられない高さの壁だったら、早々に道を逸れるのだが、どうにかなる高さであるが故に追う側は判断に迷うことになる。
「ちっ、馬の息が上がってきたな……。あと少しで追いつくはずだ、頑張ってくれ!」
何個目か分からないハードルを飛び越えながら、シュマイケルは馬の首筋をポンポンと叩いた。
そんな追撃チームの前に、三度目の行く手を阻む障害が現れた。
「……今度は煙幕かよ」
シュマイケルがうんざりした表情でぼやいた。
目の前の横幅15メートルほどの範囲を、やや黄色みがかった透明度の低い煙が覆いつくしていた。
北側に目をやると高さ3メートルほどの壁が作ってあり、南側はちょうど小高い丘に面していて、この範囲に煙を留めやすくなっているのが分かる。
「どうする、シュマイケル……?」
一人の騎士がシュマイケルに尋ねる。こうして足を止めている間にも、相手は逃げて行ってしまうだろう。
「突っ込んでもいいが、何があるか分からねぇ……。丘を回り込んでもいいが、どっちにしろ街道にかかってる橋を越えなきゃならねえ。北側から回り込むぞっ!!」
「「「「「おうっ!」」」」」
判断を仰がれたシュマイケルは北側から回り込むことを決断、そして回り込んだ先で、ついに逃走チームの背中を捉えた。
煙幕の先数十メートルの所を5名ほどの集団が、その先に10名程の集団が先行して逃げているのが見えた。
「追い付いた! このまま突っ込むぞっ!」
そう叫びながら、シュマイケルが石霰をばら撒く。
すぐ後ろから別の騎士から風刃も飛んでいく。
手前にいる相手は5人、こちらは4人だが、騎馬の優位性を考えればこのまま突っ込んだほうが良いと判断したシュマイケルを先頭に突撃をかける。
ここで手間取ると、先を行っている集団に逃げられる可能性がある。この手前の集団を仕留められず突き抜けてしまっても問題は無いのだ。
「ちっ、追い付かれたかっ! 俺たちで、時間を稼ぐぞっ!!」
「「「「おうっ!」」」」
後ろから魔法を撃たれた逃走チームの5名は、そこで足を止めて振り返った。
「ここでもたつくわけにはいかん! 突撃っ!」
足を止めた相手を見て、シュマイケルの号令が飛ぶ。
『風壁!』
逃走チームに一人いた魔法使いが、薄緑色に揺らめく壁を作り出した。
それを見て4騎の騎馬が2騎ずつ左右に分かれ迂回する。
ギン!
「ぐおっ」
そこで初めて両軍が直接矛を交えた。
回り込んだ騎馬の足下目掛けて果敢に剣を繰り出すが、馬上からの槍で剣ごと弾き飛ばされる。
反対側でも同じように、逃走チームの騎士が騎馬に対して足止めを敢行するが、槍を持つ騎馬相手にあっという間に弾き飛ばされた。
「このまま前を追うぞっ! じき後ろが来る!」
相手を二人戦線離脱させたところで、それ以外には目もくれずシュマイケルは再び西へと騎馬を向けて走り出した。
「くそっ、待ちやがれっ! 『ファイア…』ぐっ!!」
その背中へ魔法を見舞おうとした魔法使いだったが、後続の騎馬に槍で弾き飛ばされてしまった。
「やっぱ抜けてきやがったかっ! アンネマリーとマルセラ、一班は全力で橋を越えろっ! 二班は橋前を死守っ!」
「「「「「了解っ!」」」」」
後ろを確認しながら逃げていたガスコインが、4騎の騎馬が抜けてくるのを確認して指示を飛ばした。
指示を受けた一班とアンネマリー、マルセラはそのまま全力で橋を渡っていく。
『岩石壁!』
残るガスコイン含めた二班がその橋前で足を止めると、班員の一人が橋のすぐ目の前に3メートルほどの高さの土壁を出現させた。
「ぐぅ、団長、これでまともに魔法は使えんっす」
途中にあった土壁などで、逃走チームの魔法使いはここまでで随分魔力を使っていたのだろう、肩で息をする。
「上出来だっ! 来るぞっ!」
「む、橋の前に土壁……。これはこのまま抜けるわけにはいかんな。総員、敵を排除するぞ。ただし無理はするな、ここで馬を失わなければ余裕で間に合う! すぐ後ろから後詰も来る」
「「「おうっ!」」」
追い付いてきたシュマイケルが、それを見てやや馬の行き足を抑えると、それに呼応するように4騎の騎馬が横に広がった。
シュマイケルの言葉を後押しするように、後方から鬨をあげながら集団が走ってくる。
先程置いてきた逃走チームの残りをあっという間に倒して追走してきているのだろう。
「はっ、いいのか? そんな余裕をかましていて??」
「何を言って……」
『『爆炎弾!』』
ドゴォォォォッッ!!
シュマイケルが皆まで言い終える前に、二人の女性の声による詠唱が聞こえ、直後爆音が響き渡った。
「なっ!!?」
慌てて音のした方に目を向けると、土壁の向こう側から煙が立ち昇っているのが見えた。
「もう一撃で行けそうですね。マルセラ、いくわよ?」
「了解っ!」
『『爆炎弾!』』
ドゴォォォォッッ!!
そして再びの轟音。
「ま、まさかっ!?」
ようやく相手の狙いに気付いたシュマイケルの顔が驚愕に染まる。
バキバキバキッ!ドシャァァッッ!
そんなシュマイケルを嘲笑うかのように、何かが壊れる音と振動が鳴り響いた。
「おし、無事ぶっ壊したみてぇだな。半信半疑だったが、クラウフェルトのねーちゃん達はおっかないぜ、全く」
ちらりと後ろを振り返ったガスコインがほくそ笑む。
「まさか、橋を落とすとは……」
呆然とするシュマイケル。ついに追い付いた30名近い後続も言葉を無くしている。
「お前らにぶっ放しても良かったんだが、そっちの人数が分かんねぇからな。正解だったぜ、そんだけの人数がいたら倒しきれねぇ」
「……さすがは団長。これで追いつけるか五分五分と言うところになっちまったな。ここからは時間の勝負だ! 総員突撃っ!!」
「「「「「おおおーーーーーっっ!!」」」」」
そこからは多勢に無勢。
優先して逃がした魔法使いによる川向こうからの魔法による援護射撃を受けつつ、文字通り背水の陣で挑むガスコインたちも最初は善戦する。
しかし魔法使いたちが撤退を始めると、戦況は一気に相手に傾き、あっという間に全滅と相成った。
「渡河場所を探すぞっ! 確か南のほうが浅瀬になっていたはずだ!!」
眼前の敵を倒したシュマイケル達だったが、ここからが本番だ。
このまま川を渡れずにもたついていると、相手を逃がすことになる。
橋がある辺りから北側は、かなり水深があるのと渡った先がすぐ森になっており追撃に時間がかかってしまうため、別の渡河ポイントを急ぎ探した。
数分後、シュマイケルの記憶通り橋の南側に渡れそうな浅瀬が見つかった。
フィールドの最南端なので、川の向こうには高い崖が聳え立っている。その足下にちょうど出られる川原があったのだ。
「正面と北側からの奇襲に注意しろ! 伏兵が潜んでるやもしれん!!」
川を渡りながらシュマイケルが指示を出す。
正面と北側は開けてはいるものの、土手が少々高いのでその陰から奇襲を受ける可能性がある。
細心の注意を払いながら川を渡っていると、予想だにしない所から声が聞こえた。
『『岩拳!』』
声と共に、頭上からこぶし大の岩が降ってくる。
「なっ、上っ!!??」
『『爆炎弾!』』
さらに響いた別の声と共に、続けて頭上から火球が降ってきた。
「な、なんで……」
ドガァァーーーン!!
頭上からの完全な不意打ちに何も抵抗できず、岩拳と爆炎弾による合成魔法をまともに食らってしまう。
そこで追撃チームは全滅の判定を下され、勝負が決したことを告げる鐘の音がフィールドに鳴り響いた。
「くそっ、なんで崖の上にアンタら全員いるんだよっ!?」
演習後、傷を治療されながら反省会に参加していたシュマイケルがぼやく。
威力を抑えて撃っているとは言え、合成魔法をまともに食らっているのであちこち傷だらけだ。
「今回選んだメンバーは、全員が全身強化か跳躍強化を実戦レベルで使えるメンバーなんです。それを使って崖の上へあがったんですよ」
その傷を痛々しそうに見ながら勇が答える。
「全身強化! そうか、決勝でそこのハーフエルフが使ってたヤツか……」
「そういうこった。あの崖って上ってもいいんですよね? って聞かれた時は、何言ってんだと思ったが……。あんな風に軽々上れるんなら、そりゃ上るわな」
ガスコインが呆れながら言う。
「まともに追いかけっこをしたんじゃ、数に大きな差があった場合どうにもなりませんからね。纏めて倒せる場所へ誘導したんですよ」
「そうか。途中の妨害が小刻みだったのも……」
「ええ。妨害の担当を分けて魔力を温存しつつ、一人ずつ本隊から離脱、南側の小さな林や丘経由で崖まで向かっていたんです。さすがに目の前で分かれると追われますからね」
勇の言う通り、最初の泥化を撃った時点で勇が離脱、低い土壁を並べた後でフェリクスが離脱、そして煙幕を魔力が多いユリシーズが撃って離脱。
各自、身を隠しつつも急ぎ崖まで向かったのだった。アンネマリーとマルセラも橋を落としたどさくさに紛れて、すぐさま崖へと向かっている。
この五人が、相手が到着する前に崖に登ってしまった時点で、ほぼ勝敗は決していた。
勝敗条件の一つが、逃走チームの街道西端への到達なので、追撃チームとしては街道を通らざるを得ない。
仮に橋を落とせなかったとしても、崖沿いに西へ延びている街道を走ることになるので、崖上からの奇襲は避けられないのだ。
また、今回は魔法によって止めを刺す形になったが、これは被害を最小限に留めるためで、本来だったら崖そのものを崩して攻撃するだろう。
そうすれば、魔力消費を抑えた上で攻撃力も高める事が出来るし、仕留められなくても道を塞ぐ事で更なる追撃を防ぐ事も可能だ。
「かっかっか。まさかあの崖に上ろうと考えるとは思わんかったよな。お前さんらが初めてよ、あそこに上ったのは。やはりイサムたちにやらせて正解だったの」
一部始終を上から見ていたエレオノーラは上機嫌だ。
「ホントに驚きましたわ。崖の上からの攻撃は常套手段ですが……。あの崖でそれをやろうとは考えもせんかったです」
「そうよの。まぁそもそもわっちらでは上れんから、当たり前だがの。いやぁ、良いもんを見せてもらった。イサムよ、ありがとう」
「いえいえ、私も勉強になりました。それに、橋を壊しちゃってすみません……」
「かっかっか、かまわんよ。あれを直すのも訓練のうちよ。シュマイケル、しっかりの」
「げっ!! そういやそうだった!? あれを直すのかよーーーーーっ!!」
あまりの予想外の負け方に、負けたほうが整備するということを忘れていた追撃チームの絶叫が、控室に響き渡った。
週3~4話更新予定予定。
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