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●第155話●領都バルシャーン

ブックマーク、評価していただいた皆さま、本当にありがとうございます!!

週3~4話更新予定です。

 ファリージャの町から領都バルシャーンへ向かって北へと延びる街道を、三台の魔動車が爆走する。

 すでに陽は傾き始めており、間もなく大地をオレンジ一色に染め上げるだろう。

 街道沿いに街灯など当然無いので、陽が落ちてしまうと辺りは暗闇に包まれてしまう。

 魔動車がいくら速いとは言え、バルシャーンに着くころには日は落ちているはずだが、少しでも早く書状を届けたほうが良いので仕方がないだろう。


 完全に日が落ちてからは、(地球で)夜間の運転に慣れている勇がハンドルを握ることにして、今はヴィレムが運転をしている。

 その勇はと言うと、移動中の時間を使って織姫に食事を提供すべく、風呂魔動車に付いている簡易キッチンで準備をしていた。


「おー、これがワイバーンの肉かぁ。赤身だな。特に臭みなんかは無いし、見た目は牛かラムかってとこか」

「私も食べたことは無いんですが、ワイバーンの肉は特有の風味がある高級なお肉だそうです。見た目に反して柔らかいとも言いますね」

 勇はガタゴトと小刻みに揺れる風呂魔動車内で、手伝いを申し出たアンネマリーと共に下拵えを始めていた。

 今は肉を織姫の一口大にカットしているところである。

「たぶん生でも大丈夫な気はするけど、念のため軽く茹でるか」

「にゃっふ」

 興味津々でふんふんと肉の匂いを嗅いでいた織姫が小さく鳴く。

 嫌いな匂いだったら前足で“かきかき”するはずなので、お眼鏡にはかなったようだ。


「あ、お湯が沸きましたね」

 簡易キッチンの魔法コンロにかけた鍋の様子を見ていたアンネマリーが勇に声を掛ける。水嵩は深めの鍋の四分の一程度だ。

 足回りを改良して随分揺れや振動が減ったとはいえ、動く魔動車内での調理は危険が伴うため、魔法コンロも鍋も専用設計の試作品だ。

 簡単に倒れたり動いたりしないように、魔法コンロには2センチほどの高さの枠が設けられ、鍋やフライパンはそこにぴったり嵌るサイズにしてある。蓋も固定するための金具付だ。

 それでも完全ではないが、バルシャーンまではほぼ直線と言うことでフィールドテストの一環として調理していた。


「じゃあ軽く茹でてみますか。3パターンくらい時間を変えてみて、茹で加減を比べてみよう」

 勇が手早くカットしたワイバーンの肉を鍋に入れていく。

 鍋に入れてすぐに、得も言われぬ良い香りが鍋から立ち上った。

「うわ、これはヤバいぞ。絶対美味しいヤツだ」

「……とても食欲がそそられますね」

「にゃーー」

 その香りに、三者三様に唾を飲み込む。

 勇の第一印象は、鶏ガラスープでお高い牛肉をしゃぶしゃぶした香り、だった。

 薄切りではなくブロック状にカットしていたので、そのまま1分、3分、5分茹でたものを冷ましながら、勇とアンネマリーが味見として一つずつ食べていく。


「あーー、そりゃ高級肉になるわけだ……。こんな旨い肉初めて食べた。茹でてるのにジューシーで軟らかい。何より肉の味が凄い……」

「…………」

 ため息交じりにどうにかコメントする勇に対して、アンネマリーは目を見開いて無言で噛みしめている。

 第一印象通り、しっかりとった鶏ガラスープで高級和牛をしゃぶしゃぶにしたらこんな味ではないだろうかと思わせる味だ。しかもアクが出ていない。

「うん、火加減はどれも大丈夫だけど、ある程度煮たほうが旨味は強いのかなぁ……。姫はどれが好きかな??」

 そう言いながら、冷ました肉を茹で時間ごとに分けて織姫に食べさせる。


 ガツガツと三種類とも食べた織姫は、少し考えてから茹で時間1分の皿をテシテシとタッチした。

「にゃにゃ」

「おぉ、姫はさっと茹でたヤツのが好みか。生に近い味の方がいいのかな? じゃあ、もうちょっと茹でるから待っててね」

 そう言いながら切ってあった肉を全てざっと茹でて粗熱を取ると、一皿分を織姫に食べさせ、残りは冷蔵箱の中に入れて保管しておく。

「よし。これで数日分の姫のごはんは大丈夫だな。私達の分はバルシャーンについてからにしよう」

 こうしてワイバーンの肉の味見をしながら織姫の食料を確保しつつ走る事3時間弱、バルシャーンの街についた時には日没から1時間ほど経った後だった。


「止まれっ! すでに開門時間は終わっている!」

 門の上で見張りをしていた衛兵が、灯りを灯しながら門に近づいてきた怪しげな一団を見咎める。

 この世界(エーテルシア)の多くの町では、日没後は門を閉めることが多い。

 陽が落ちると基本的に真っ暗だし、夜は魔物の動きが活発になると言われているのでそれも当然だろう。

 バルシャーンも同じで、彼の言う通り少し前に閉門したところだった。

「用向きがあるなら明日に……、む? その紋章はクラウフェルト家の??」

 出直してこい、と言いかけて真っ黒な怪しい車両に見覚えのある貴族家の紋章が入っている事に気が付いた。


「夜分にすみません! 我々はクラウフェルト子爵家より参ったイサム・マツモトとクラウフェルト家長女アンネマリー・クラウフェルト率いる視察団です。明日の訪問予定でしたが、火急の用にて本日伺った次第。開門をお願いしたい!」

 衛兵がこちらの紋章に気付いたため、勇がそう口上を述べる。

「こ、これはマツモト様にクラウフェルト家ご令嬢アンネマリー様でしたかっ! 大門はすぐに開けられませんので、すぐ通用門を開けます。少々お待ちください!! おいっ!直ちに通用門を開けて差し上げろっ!!」

 魔動車から顔を出した勇とアンネマリーを見た衛兵が、慌てて開門の指示を出す。どうやら二人の顔を知っている者のようだった。


「ほっほっほ、イサムは相変わらず予想外の行動をするのぅ」

「な~~ん」

 膝に織姫を乗せたルビンダ・バルシャム辺境伯が目を細める。

「いやぁ、すみません。少しでも早い方が良いと思いまして……」

 ぽりぽりと頭を掻きながら勇が答える。

 通用門から入った勇達が、詰所でギルド長からの書簡を見せつつ隣町ファリージャでの出来事を簡単に説明していると、領主の館からの迎えが直ぐにやってきた。

 そのまま領主の館へと招かれ、一通りの説明をした後に着替えを終えて、一息ついた所である。


「いやいや、助かったわい。おかげで今晩中に討伐部隊を結成して、明日朝一で討伐に向かわせることができる。流石にワイバーンが棲みついておるのは看過できんからの……」

 ルビンダの指示で、現在慌ただしくワイバーン討伐の準備が進められていた。

「しかしワイバーンか……。どう見る、ラーレム?」

 眉間に皺を寄せたルビンダが、傍らに立つ立派な髭を蓄えた壮年男性に声を掛ける。

「そうですね……。単なる“はぐれ”であれば問題ありませんが、ズン南部国境付近で魔物が活性化しているという報告があった事を考えると、警戒を一段上げる必要があるかと」

 ラーレムと呼ばれた男が、しばし逡巡した後に答える。

 勇はこの男性に見覚えがあった。先の御前試合に出場こそはしていなかったが、騎士達を取りまとめていたのだ。確か数年前に引退した前騎士団長で、現在は参謀としてルビンダが傍に置いているらしい。

「そうじゃの。ワイバーンの生息地なんぞ限られておるからな。こりゃあ南部国境線が随分ときな臭くなってきたのぅ……」

 どうやらルビンダも同意見だったようで、ふむと頷いて腕組みをしている。

「ルビンダさん、ズンとの国境線で何かあったんですか?」

 聞いて良いものかと迷いながら、力になれることがあるかもしれないと勇が尋ねる。

「ほっ、まだ状況を把握しきれてはおらんのじゃが、ひと月ほど前からズンとの国境線の南の方で魔物の動きが活発になっておってな」

 勇の問いにルビンダが状況をかいつまんで話し始めた。


 バルシャム辺境伯領は、ここバルシャムの少し北辺りから南は全てと、領地の西側がズン共和国との国境に面している。

 国境線の南部は急峻な山と深い森になっており、多くの魔物が生息しているという。

 ただ、森や山から出てくるような事は滅多に無く、何かの拍子に出て来た物が“はぐれ”と呼ばれ、時折討伐されている程度だとか。

 それがここ一月ほど急激に“はぐれ”の報告数が増えており、半月ほど前に南部へ増援部隊と調査隊を派遣したばかりらしい。

 これまでに前例が無い出来事なので、森の中で何らかの異常が起きていると睨んでいたところなのだそうだ。


「そんな中でのこのワイバーン騒ぎじゃからのぅ。まず関係あると見て良いじゃろうな……」

 ため息交じりにルビンダが説明を締めくくった。

「なるほど、そんな事になっていたんですね……。でしたら射槍砲を一つお譲りしますので、明日の討伐部隊に持たせてください。まだ試作段階なので、一つしかお渡しできませんが……」

「ファリージャでワイバーンを仕留めた魔法具じゃったな。ありがたい話じゃが、良いのか? そんな貴重なものを?」

 勇の提案にルビンダが驚く。隣に立っているラーレムも信じられないという表情だ。

 射槍砲はいわゆる秘匿魔法具にあたる。いかに派閥の仲間とは言え、普通はそんなものを他家に提供するような事は無いので無理もない。

「ええ。お仲間の一大事ですからね。微力ながらお助けできれば、と。それに、元々別の魔法具も試験導入してもらおうとお土産に持って来ていたんですよ」

「なんと、他にもあるのか……。やれやれ、この先10年で一つ二つでも融通してもらえれば望外じゃと思っておったが、最初の訪問ですでにそれが叶うとは……」

「あはは、まだまだこれからですよ? 魔動車も近いうちに安く提供しようと思ってますしね。国防の要ですから、ルビンダさんは。支援して当たり前ですよ」

「魔動車まで……。こりゃあ何代かかっても返せんくらいの恩が、あっという間に積み上がりそうじゃのぅ」

 次々飛び出す勇からの提案に、ルビンダはもはや溜息しか出てこない。

「今日はもう遅いので、明日にでもそれぞれ試してみましょうか? あ、射槍砲は討伐隊の方にお渡しするので、早朝のほうが良いですね」

「ほっほっほ、これは楽しみじゃの。年甲斐もなくワクワクするわい」

「じゃあ今夜は、別のお土産をお渡ししますね。えーっと、まずは頼まれていました、織姫のご神体からです」

「おおっ!? ついに来たかっ!! それを待っておったんじゃ!!」

 その後、織姫のご神体セットでルビンダを骨抜きにし、持ってきたワイバーンの肉を皆で食べないかと言う誘いに館中の人から感謝され、紋章を彫り込んだ麻雀牌で一局打つというフルコースで一日を締めくくった。



 翌朝。日が昇る頃に起床した勇は、既に起きていたルビンダとラーレムに案内されて、騎士団の演習場で出発前の最終確認をしている討伐部隊の元を訪れていた。

「こちらが射槍砲になります。使い方は簡単で、まずこの短槍の底にある魔石に触れて起動させます」

 勇がそう言いながら魔石に触れる。

「この短槍自体が雷の魔法具になっているので、掠っただけでも相手を痺れさせる事が出来ます。ワイバーンの羽を貫通しちゃったんですが、この効果のおかげで落とせることを確認しています。ああ、先端付近に触れると自分が痺れるので注意してくださいね」

「……なんとまぁ、この槍すら魔法具なのか。とんでもないのぅ」

 まさか消耗品の短槍まで魔法具とは思わず驚くルビンダ。

 さらに狙いの目安となるレーザーサイトもどきに驚かれ、速度が魔法の二倍程と言うことに驚かれ、説明が終わる頃には辺りがしんとなっていた。

「まだ試作段階なので、短槍は5本しか渡せなくてすみません。それと、鹵獲された時に簡単には複製できないように魔法陣は塗りつぶしてあります」

「いやいや、5本もあれば充分じゃ。むしろもらい過ぎなくらいじゃろ。むぅ、コイツは儂が使いたくなってきたのぅ……」

「……ルビンダ様、ご自重ください」

 血が騒ぐのか、今にも儂が行くと言い出しかねないルビンダに、ラーレムが釘を刺す。


 討伐部隊の弓兵と思しき騎士が、雷剣機能は起動させず撃った短槍を都度回収する形で試射をして使い勝手を確かめる。

「討伐部隊には魔法を使えるものを多めに配置はしていますが、それでも魔法を使えない者の方が多いのです。魔法を使えない者でも一流の魔法使いのような一撃を放てるこの魔法具は、非常にありがたいです」

 試射の様子を見ていた討伐隊の隊長が、そう言って勇に軽く頭を下げる。

「いえいえ。実戦で使って感じたことを何でも良いので後で教えてもらえると助かります」

 チームオリヒメのメンバーは、侍女に至るまでそのほとんどが魔法、それも旧魔法を使えるため感覚が麻痺しているが、本来魔法を使えるものは少数派だ。

 精鋭を集めている騎士団であっても、実戦でなんとか使えるレベルで4割程度、魔法騎士ともなると1割いれば上出来というのが実情だ。

 強力な魔物、それも今回のように空を飛ぶような個体を相手取るには魔法使いの力が必要不可欠なので、討伐部隊長の感謝は本心だろう。

 何度か試射をして感覚を掴むと、あらためて勇達に礼を言って討伐部隊はファリージャへと出発していった。


 討伐隊を見送ると、次は魔弾砲についてのデモンストレーションが行われた。

 まずは爆裂玉の説明からだ。仲の良いナザリオ・イノチェンティ辺境伯から話は聞いているはずだが、実物を見るのはこれが初めてであるためだ。


 ドンッ!


 投擲担当のミゼロイが投げた爆裂玉が、演習場の中央あたりで爆発する。

 以前ナザリオに見せたものはデチューンを施したものだったが、派閥を組んだ今は正規版を使っている。

「……コイツはまた、とんでもないの」

「ええ……。通常威力の爆裂魔法より威力があるように見えます。それが投げるだけとは……」

 軽く窪んだ地面を見ながら、ルビンダとラーレムが唸る。


「今のように基本は投擲して使うのですが、拠点の防衛や城攻めで使う場合少々飛距離が物足りません。それを解消するのがこの魔弾砲なんです」

 自分にも投げさせろと言うルビンダにも投擲してもらった後、勇が魔弾砲を地面に設置する。

「ふむ。先程見た射槍砲と違って、こっちはほぼ筒じゃな」

「ええ。基本的な仕組みは同じですが、こちらの方がよりシンプルですからね。と言うか、先にこちらを作ってその応用で作ったのが射槍砲ですね」

 簡単に説明をしながら、勇が別パーツとなっている起動と威力調整用の魔法陣を本体へ接続していく。

 魔動車を作ったり射槍砲を作ったりしていたので、まだ一体化させたバージョンの量産設計が追い付いていなかった。

「よし。これで準備完了です。この広さだと……」

「半分くらいで十分かと」

 もはや熟練の砲兵のようになってきているミゼロイがすかさず助言する。

 投擲担当から自然に発展する形で、砲撃武器の担当になっているのだ。自身が魔法を使えない事もあって、魔法武器に対する期待値が高い事もあるだろう。

「では試射してみましょうか。爆裂弾を使うのはもったいないので、同じ大きさと重さのダミー玉を使いますね」

 ミゼロイの言った通り半分程度の威力に設定し、ダミー玉を筒の中に入れる。

「……3、2、1、発射」


 ボンッ!


 勇が発射用の魔石に触れた途端、軽い爆発音とともにダミー玉が筒から勢いよく発射される。

 放物線を描いて飛んでいくと、演習場の端の少し手前に着弾した。飛距離はおよそ150メートル程か。ミゼロイの目測はバッチリである。


「これは……」

「……」

 軽々と演習場の端まで飛んでいったダミー玉をみて、ルビンダとラーレムが絶句する。

「しかもこれで半分の飛距離じゃろ? これが20もあれば、その砦はまず落とされんじゃろうのぅ……」

「相手は風魔法や土魔法で守る事になるのでしょうが……、先に魔力が切れるでしょうね」

 ラーレムが言うように、仕掛けが分かれば風や土の壁で防ぐこと自体はそれ程難しくはないだろう。

 しかし、魔法使いの魔力には限りがある。爆裂玉は結構な威力があるので、壁を張るほうもそこそこ魔力を込めねばならない。

 対して魔弾砲は、撃つのに大して魔石の魔力を消費しないし、魔力が無くなっても交換は容易だ。物量が十分である前提なら、勝敗は目に見えている。

 また、飛んでくるものが見た目で爆発するかどうかは分からないので、ダミー玉を混ぜて撃てばより効率よく相手の魔力を削る事も出来るだろう。


「とまぁ、やっていること自体はもの凄く単純です。主に拠点防衛用として開発しましたが、可搬性もあるので攻城戦や野戦でも使えると思います。今は起動陣やらが別パーツになっていますが近日中に一体型ができると思いますので、その後量産に入ろうと思ってます」

 一通りの実演を終えた勇が、そう言って締め括る。


「野戦で使えるもなにも、こんなもんが量産出来たらもはや戦いにならんじゃろうて」

「ええ……。特に初見だと、一方的な勝負になるでしょうね。味方なのでこれ程頼もしいことはありませんが、絶対に敵には回したくありませんね」

「全くじゃの」

「クラウフェルト家を軸にした派閥を作った賢人として、ルビンダ様の名前は代々バルシャム家で語り継がれることになるでしょうね」

「ほっほっほ、それを言ったらその派閥の実質的な旗頭たるイサムはどうなる」

「間違いなく歴史書に名を遺すでしょうね」

 デモンストレーションを見学していた騎士からの質問攻めにあってあたふたしている勇を見ながら、ルビンダとラーレムは眩しいものを見るように目を細めた。


 午後からは魔動車の試乗会を行い、翌日には魔弾砲の配備を前提とした合同演習を行い、当主のみならず現場レベルでの交流を深めていく。

 さらに翌日には、無事にワイバーンを仕留めた討伐部隊が凱旋を果たす。

 3匹中2匹を射槍砲で落としたらしく、討伐部隊の全員から口々に感謝される事となった。

 そしてバルシャム領出立を翌日に控えた滞在三日目。

 南部国境線に送った増援部隊から、一つの報告がもたらされた。


「ふむ。するとズン側から魔物が流れてきたせいで、“はぐれ”が増えていると見て良いという事じゃな?」

「はっ。その可能性が高いと、メレンザ様も仰っておりました」

 伝令からの報告を聞いて、ルビンダの表情が険しくなる。

 ちなみにメレンザはルビンダの長男だ。数年前にラーレム引退後の後釜として騎士団長に抜擢され、今回の増援および調査隊を率いて南部へ出向いている。


 ズンとは終戦協定を結んだ50年前以来、国境付近で偵察と思しき者が偶に捕まる程度で、特に問題は起きていない。

 それでも軍部による独裁政権は続いているため、油断ならない仮想敵国として今でも常に警戒し続けている。

 報告によると、そのズン側の森や山の一部からこちら側の森に魔物が流れてきており、それに押し出される形で魔物の“はぐれ化”が促進されているらしい。


「今なおズン側からの魔物流出が続いておりますので、増援の検討をお願いしたいとの事でした」

「なるほどの……。ラーレム、どう考える?」

「あまり北部の戦力は割きたくありませんが、致し方ありません。幸いワイバーン討伐隊も戻りましたし、マツモト様から頂いた魔弾砲も5つあります。騎士1分隊と兵3分隊からなる小隊を差し向けましょう」

「まぁそのへんが妥当なところじゃろうな。分かった、すぐに準備させるんじゃ」

「はっ」

 ルビンダの指示を受けて伝令とラーレムが部屋を後にした。


「せっかく来てもらったというのにバタバタとみっともない所を見せてすまんの、イサム」

「いえ、こちらの事はお構いなく。射槍砲も置いていきますね。短槍の在庫が無いので、雷剣機能無しの物を同サイズで作ってもらう必要がありますけど……」

「それはありがたいの。そうじゃ、明日からはエレオノーラの嬢ちゃんの所へ向かうという話じゃったな?」

「ええ。ファリージャの町経由でルサルサ河まで出た後、ルサルサ河、メーアトル河を一気に下って河口付近まで南下しようと思っています」

「ひとつ嬢ちゃんに伝言を頼まれてくれんか? 手勢を少し貸して欲しいと。どうにもズンの動きが気になってな……」

「……分かりました。船は知り合いの船で多少は融通が利くでしょうし、魔動車も馬車より速いので、ちょっと急いで行って来ますね」

「すまんの、何から何まで……」

「いえ、困った時はお互い様ですよ。そもそもこうして私が魔動車を堂々と乗り回せるのは、閣下達と結成した派閥のおかげですからね。こそこそしなくてすむのは本当にありがたいですよ」

「ほっ、その程度貸しのうちにも入らんじゃろうに……。今回はありがたく甘えるとしようかの。ああ、風の魔石は随分と買い込んでおいたからの、好きなだけ持っていくといい」

「ありがとうございます! 多分船でも使うと思うので助かります」

「なに、大したことではないわい」


 その夜、お別れ会を兼ねた立食形式の晩餐が催され英気を養った勇達一行は、翌朝エリクセン伯爵領の領都エリクシブルグへ向けてバルシャーンの街を後にした。

週3~4話更新予定予定。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 科学の勉強になってます [気になる点] ズンとは終戦協定を結んだ50年前依頼 多分誤字 [一言] 空飛ぶクルマ期待しています
[一言] その内射槍砲もミサイルランチャーの如く6連装や9連装とか出来たりして(大型魔獣に対し雷剣無しの短槍でも有効だと思うし、高速の目標にも命中弾が出やすい)。
[一言] モンスターなすりつけているズンさんをズンドコじゃなかった、どん底に落とせるチャンスですね! 実戦でデータが取れるだなんて美味しい。
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