●第153話●再びの邂逅
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週3~4話更新予定です。
ヤンセン夫妻を乗せた黒猫が、船着き場への緩やかな坂道を下っていく。
領主夫妻を貨物魔動車や風呂魔動車に乗せるわけにもいかないので、エトとヴィレムに貨物魔動車に乗ってもらい、領主夫妻を後部座席に乗せている。
「おいおいおい、コイツはとんでもねぇな……。単に馬無しで走れるってだけじゃなくて、馬車より全然速ぇじゃねぇか……」
後方へと過ぎ去っていく風景を横目に見ながら、ダフィドが呟いた。
走り出すまでは新しい玩具を手にした子供のような顔をしていたのだが、走り出して間もなくその表情はみるみる真剣なものへと変わっていった。
「しかも馬車と違って休憩がいらねぇ。操作が大変そうだから、一人で長時間動かすのはしんどいんだろうが、それにしたって交代すりゃあすむ話だ。これの数を揃えたら、冗談じゃなく世界の広さが半分以下になるぞ……?」
「あはは、まぁそれが狙いですからね。品物も、人も、情報も。そして軍事力も……。魔動車が配備されれば今までの倍の速さで運ぶ事が出来ます。情報は速い程価値がありますし、荷運びも同じ時間で二倍運べます」
「その通りだな。商売にしろ戦争にしろ、魔動車の有る無しで全く別モノになっちまうぞ」
「はい。我々の派閥は距離も離れていますし、数も多くありません。辺境伯閣下が揃い踏みなので戦力は一見豊富ですが、それは外敵から身を守るための戦力ですからね。他の派閥と対等に渡り合うには、質の向上が不可欠です」
ダフィドの言葉に頷きながら勇が言葉を続ける。
「すぐに、とはいきませんが、近いうちに派閥の皆様には魔動車を安く提供したいと考えています。今回の視察行脚は、その前のフィールドテストも兼ねているんですよ」
「これが俺たちの領にも……」
勇の言葉に思わずダフィドがため息を零す。
「ええ。色々な使い道があると思いますので、楽しみにしていてくださいね」
ふとステアリングを握る勇の顔を見やると、実に嬉しそうな顔で笑っていた。
一時間と掛からず船着き場へと到着すると、さっそく見知った顔が驚いた顔で声を掛けてきた。
「よぉ、イサム様! 久しぶりだな」
以前にも川を下るときに世話になった、船便の船長であるレベッキオだ。
「ああ、レベッキオさん。すみませんが、またお世話になります」
「何言ってんだ。世話になったのは俺たちのほうだぜ。あんとき貰った新しい雷玉、あいつのお陰で相当安全になったからな」
差し出した勇の手を握り返しながらレベッキオが白い歯を見せた。
「それで……、あの変わった形をしたのは何だ? 馬車っぽいけど馬がいない。でも動いてたよな?」
「あれは魔動車と言って、魔石の力で動いている乗物、魔法具ですよ」
「アレが魔法具……」
「馬もいませんから、積荷としても軽くなると思いますよ。暴れることもないですしね」
「確かに……。うーん、折角船を新しくしたんだが宝の持ち腐れになりそうだ」
馬無しで走る魔動車に最初ビックリしつつも、簡単に雷玉を改良してしまった勇だったらあり得るか、と一人納得したレベッキオは、新調して性能がアップした船の性能を発揮できない事を残念がった。
「おお! 確かに以前の物より一回り大きくなってますね!」
以前乗った船もかなり大きなものだったと記憶しているが、それよりもさらに一回り大きくなっている。
形状としては以前の物とよく似た、2艘の船を横に繋げたような形をしたいわゆる双胴船だ。喫水が浅いが安定感があって積載量が大きいのが特徴である。
「イノチェンティ辺境伯閣下と縁を結んでもらったからな。おかげさんで仕事が増えて船を追加したって訳だ。コイツは大きさと積載量もアップしてるし船室も広くなってるが、一番の自慢は別んとこだ。おっと、とりあえず先に魔動車だったか?乗せちまってくれ」
レベッキオはニヤリと笑うと、魔動車を船に乗せるべく誘導を始めた。
魔動車を乗せて輪留めをかませると、カンカンと出航の鐘を鳴らして船がゆっくりと桟橋から離れていく。
以前と同じように、水深と流速が安定しているルサルサ河の中央部へと向かっていった。
5分もすると船は安定した流れに乗ったのか、船長のレベッキオが舵を船員に任せて甲板にいる勇達のところへやってきた。
「どうだ? 新しい船は」
「一段と広くなって快適ですね。天気も良くて気持ちいいですし」
「かっかっか、そうだろ? んで、この船の一番の自慢はあの船首像だ」
「船首像?」
レベッキオがクイッと親指で船首の方を指差す。言われるままに船首を見ると、陽光を受けて銀色に輝く船首像が目に入ってきた。
「ん? んんん!?」
目を凝らしていた勇が何かに気付く。
その様子に、甲板に散っていた皆が集まって来て同じように船首に目を凝らす。
「あっ! オリヒメ先生っす!!」
真っ先に声を上げたのはティラミスだった。
「やっぱりそうでしたか!」
同じ結論に達していた勇が、小走りで船首の方へと向かっていく。
「これは……、姫と……ルサルサ様ですか?」
間近で見たそれは、織姫と思しき猫を抱いて優しく微笑む美しい女性の船首像だった。
「おうよ。前にオリヒメ様は船を守ってくれるって聞いたからな。ルサルサ様と一緒にお祀り出来るように特注したんだ」
そう誇らしげに言うレベッキオ。
「素晴らしい! 愛らしさの中にも漂う凛としたものを感じさせるこの表情……。船長殿はオリヒメ先生の魅力を良く分かっておられる」
何度も頷きながらミゼロイが感嘆している。
「だろ? しかもご利益もバッチリだ」
「ご利益?」
「おう。船を新調してこっち、まだ一度も魔物に襲われてねぇんだわ。かれこれ二ヶ月くらいになるかな」
「えっ? そんなことあるわけ……。いや、まてよ……」
そんなことあるわけないと言おうとした勇が言い淀む。前回の乗船時にあった出来事を思い出したのだ。
そしてそれを肯定するかのように、勇の肩に乗っていた織姫がひょいと飛び降りて甲板の一番端まで歩いていく。
「にゃお~~~ん」
そして一鳴きしたあと水面下を覗き込んだ。
最初に気付いたのは、見張りの男だった。
「うおっ、マジかっ!? いや、でもこのデカさは間違いねぇっ!! ル、ルサルサ様だっ!!」
そう言って大声を張り上げる。
「「「「「っ!!」」」」」
前回の出来事を思い出した一同の顔が一斉に驚きに染まるのを尻目に、水面下の巨大な影がどんどんとその大きさを増していく。
ざぱん。
光る無数の星を散りばめた美しい群青色の巨体が、またしても水面を割って宙へと飛び上がった。
「にゃにゃにゃ~~~ん」
ォォォーーーン
嬉しそうに鳴く織姫に応えるように、低くも美しい金管楽器のような音が辺りに響き渡る。
そのまま船の頭上を回転しながら飛び越えること三度。最後にもう一度ォォォーーーンと音が響くと、その巨体は川底へと消えていった。
「にゃお~~~ん」
織姫も目を細めながら長鳴きをする。
相変わらずあれだけの巨体が飛び跳ねまくったにもかかわらず、波どころか水飛沫すら船にかからないあたりはさすがの神様クオリティだ。
「…………本物のオリヒメ様の力は半端無いな」
「ええ……。多分魔物に襲われなかったのも、あの船首像を気に入ったルサルサ様のおかげなんでしょうね」
まさかのリアルご利益がほぼ確定してしまい、やや呆然としながらレベッキオと勇が口を開く。
「にゃっふ」
ご利益を招いた張本人は、勇の肩に乗り得意げに鼻を鳴らすのだった。
出港早々、ルサルサ様との思わぬ再会というビッグイベントがあったが、その後の船旅は天候も穏やかで順調そのものだった。
二日目の夕方、バルシャム辺境伯領の領都バルシャーン最寄りの河港へと到着する。メーアトル河との合流地点までのちょうど中間あたりだろうか。
「レベッキオ船長、ありがとうございました!」
「おう。こっちこそまたルサルサ様に会わせてもらえてよかったぜ。帰りもまた乗ってってくれ」
ここからは陸路となるため、レベッキオに別れを告げる。
今日は一晩、港にある船宿を兼ねた宿泊施設に泊まり、明日から一日半ほどかけてバルシャーンを目指すことになる。
馬車で二日半ほどの距離と言うことなので、無理をすれば魔動車なら一日でいける距離ではあるが、慌てる旅でも無いので途中の町で一泊する予定だ。
バルシャム辺境伯領はシュターレン王国の中西部に位置しており、南北に長い領地だ。
北西側の国境では同盟国であるプラッツォ王国と隣接し、それ以外の西部国境線はズン共和国と接している。
かつてはプラッツォの前身となった国とズンの両国と戦争状態にあったが、革命により建国されたプラッツォとは同盟国となったため、現在は主にズン共和国に睨みを利かせている。
ズンとは50年ほど前に終戦協定を結んで以来戦闘は行われていないが、共和国と言いつつも一党独裁による独裁国家なので依然として油断がならない。
しかも今なお交戦中であるケンプバッハ帝国の同盟国であるため、そこに睨みを利かすイノチェンティ辺境伯と連携して王国西方を守っていた。
ちなみに北側はフェルカー侯爵領と接した森林地帯、中南部が草原地帯で、イノチェンティ辺境伯領と隣接している南部は岩砂漠となっている。
そんなバルシャム辺境伯領のちょうど中央あたりにある草原地帯の街道を、勇達は北上していた。
「うわぁ、見渡す限りの大平原だ」
「はい。この辺りは王国の一大穀倉地帯となっています。間もなく種まきの時期ですね」
平坦な道が続くため運転をヴィレムに代わってもらった勇が、隣に座ったアンネマリーと車窓の風景について話をしている。
この世界の麦類は基本春撒きなので、あと2~3週間ほどしたら一斉に種まきが始まるのだという。
比較的気候が安定していてルサルサ河とその支流が流れていて水も豊富なこの辺りは、昔から一級の農業地帯だ。
そのためかつては、近隣の国家との奪い合いが絶えない戦乱の地であったらしい。
そんな古戦場跡とも言える平原を休憩を挟みながらひた走り、陽が西に傾き始めた頃に本日宿泊予定の町ファリージャへと辿り着いた。
ここまで来れば、後3時間も走れば領都バルシャーンだ。
ファリージャをはじめこの辺りの町は、戦乱時代の橋頭堡として築かれた砦などの軍事施設が発展する形で出来上がったものが多い。
そのため多くの町が立派な防壁と門を備えていることが多く、ここファリージャも例に漏れず灰色の石壁が陽光を反射していた。
街へ入るための順番待ちなのか、開け放たれた門から少し列が出来ていたので、魔動車を脇に停めて列に並ぼうとしていると、騎士らしき人物が門の方から走ってくるのが見えた。
「クラウフェルト子爵家の皆さまですね!?」
駆け寄ってきた騎士が、敬礼しながら誰何する。
「はい。クラウフェルト家からやってまいりました、イサム・マツモトです」
「お話は伺っております。長旅お疲れ様でした。私はここファリージャの守備を任されております、イスマールと申します。こちらへどうぞ」
イスマールと名乗った騎士に案内されて、大門の脇にある小さな門へと向かった。
「あちらの列は、冒険者などの一般の方向けの受付なんです。貴族の方の入り口はこちらになります」
「ああ、入り口が別になってるんですね」
「はい。以前は同じだったのですが……。この街は冒険者が非常に多い町なので、まぁ、その、色々と……」
イスマールの話によると、この辺りには戦争時に作られたものの壊されたり捨て置かれたままになっているかつての軍事拠点が無数に点在しており、そこに魔物が棲みついているらしい。
軍事拠点の大きさや棲みついている魔物の数自体はそこまで多くは無いらしいのだが、如何せん数が多いのと範囲が広い。
騎士団で討伐しようにも効率が悪い上、騎士団は常に隣国のズン共和国に備える必要がある。
なので、よほどの上位種ではない限り魔物の討伐は冒険者に任せているらしい。
常に魔物討伐の依頼が充実していることで国中から冒険者が集まってきており、いまや冒険者の町のようになっているそうだ。
活気があって景気も良いのだが、冒険者にはガラの悪い者も多いし、自分の腕一本で食べている彼らは体制に阿らない者も多い。
そんな冒険者と貴族の相性が良いはずもなく。
街中であれば行動範囲が違うので問題無いのだが、冒険者の数が増えるにつれ門でかち合う事が増え、それに伴いトラブルが急増した。
それ以来、脇に貴族用の門を作り受付を分け、今に至っているとの事だ。
「なるほど。確かに商人や旅人と言う感じの方は少ないですね」
説明を聞いた勇があらためて列を見やると、鎧やローブを身に着けた、いかにも冒険者然とした者がほとんどだった。
「ええ。これから討伐から戻って来る冒険者が増えて混雑しますので、お早い到着で良かったと思います」
事前に領主であるバルシャム辺境伯から話が通っているため、あっという間に手続きは終了する。
「……こちらが魔動車ですか。ホントに車両だけで動いているんですね」
勇達が手続きをしているうちにこちらへと移動してきた魔動車を見て、イスマールが目を輝かす。
ああ、これはこの前のレイナルド隊長と同じだな、と感じた勇が先んじてお誘いする。
「ええ。宿まで案内をしていただきたいんですが、乗っていかれますか?」
勇の問いかけに、イスマールの表情がぱぁっと明るくなる。
「い、いいんですか!? ぜ、是非おねが・・・」
前のめりに返事をしたその時だった。
カァーーンカァーーンカァーーン!!!!
大門の上から、緊急を告げる鐘の音がけたたましく降り注いだ。
「何事だっ!!」
真顔に戻ったイスマールが、即座に確認に走る。
「大型の魔物が飛んで接近してます! 数は1。おそらくワイバーン!! 前方に土煙が見えるので、冒険者が馬で逃げて来ていると思われます!!」
「ワイバーンだとっ!? 何でこんな所に……。急いで弓兵を上にあげろっ! 門前にいる冒険者と守備隊で迎え撃つぞ! 絶対町の中に入れるなっ!!」
ワイバーンと聞いて呆気にとられたのも束の間、即座に的確な指示が飛ぶ。
「すみません、マツモト様。お聞きの通り緊急事態ですので、急ぎ街の中へ……? マツモト様!?」
指示を出したイスマールが振り返ると、チームオリヒメ一同がすでに勇の前に集まっており、勇が何やら早口で確認をしていた。
「ワイバーンの脅威度は?」
「そうですね……メイジオーガと同じくらいかと。飛んでいるのが厄介なのと、口から火の玉を吐いてきますね」
「火の玉の威力は?」
「標準威力の火炎球くらいです」
「なるほど……。では、フェリクスさんリディルさんティラミスさん、それとアンネは私と一緒に外で迎え撃ちましょう。それ以外の皆さんは、急ぎ魔動車で街の中へ。その後マルセラさんとユリシーズさん、あとカリナさんは城壁の上へ。ミゼロイさんとルドルフさんは魔動車の守りを固めてください」
「「「「「はっ!!」」」」」
勇の指示を受けて、即座にメンバーが動き始める。
「エトさんっ! アレを出してください!」
「アレかっ!? 確かに飛んどるやつにはうってつけじゃな。分かった!」
黒猫に乗り込もうとしていたエトに勇が声を掛けると、すぐにエトが荷室から筒状のものを1つと、槍のようなものを2本取り出して勇に渡す。
「ありがとうございますっ! さぁ皆さん、いきますよ!?」
「「「「はいっ!」」」」
勇はそれを受け取り、迎撃メンバーに声を掛けた。
「ちょ、ちょっとお待ちくださいマツモト様っ!! 今迎え撃つと聞こえたような気がしたんですが……?!」
あまりにスムーズに態勢を整える勇達をポカンと見ていたイスマールが再起動し、慌てて声を掛ける。
「ええ。お仲間の領地の危機ですからね。加勢させていただきますよ?」
全く慌てることなく笑顔で答える勇。
「いやいやいや、貴族のお客様にそんなことをさせるわけにはいきませんよっ! しかも相手はワイバーンですよ!?」
何を言っているんだコイツは、という顔でイスマールが止める。
「大丈夫ですよ。メイジオーガと同じくらいと言いますから、1匹なら何とかなるかと。それに、ヤバくなったら逃げますんで」
「ですが……」
「それより冒険者に指示を出さなくて大丈夫ですか? ここからも土煙が見え始めましたけど?」
街の反対側に目を向けると、土煙を上げて猛然と走って来る3頭の馬が目に入った。
「くっっ…! 分かりましたが、くれぐれもご無理なさらぬよう!! では、私は冒険者の方へ行って来ます」
敬礼をしたイスマールが後ろ髪を引かれつつ冒険者が集まる門の方へと走っていった。
「さて、我々は迎撃準備をしましょうか。ティラミスさん、久々に例のヤツを」
「はいっす。相手はただの羽の生えたトカゲっす! サクッと討ち取るっすよ? それでは、ゼロ災でいこうヨシッ!!」
「「「「ゼロ災でいこうヨシッ!」」」」
「にゃふ!」
指差しをしながら掛け声をかけ、全員が戦闘態勢に入った。
2/22 22:22 (スーパーにゃんにゃんタイム)の更新失敗w
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