●第152話●魔動車、出動
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ベネティクトからご神体関連の報告を受けた翌朝、勇達が魔動車と共に領主の館の前庭に集合していた。
試作一号機である黒猫が一台、貨物魔動車を改装した風呂魔動車が一台、素の貨物魔動車が一台の計三台だ。
「う~~ん、馬車があるのに馬が無いというのは、やっぱり慣れないね……」
前庭に車両だけで止まっている三台を見て、セルファースが渋い顔をする。
「あはは、確かにこれまでは馬がいるのが当たり前でしたもんね。馬が沢山いると、これから遠出なんだな、という気になりますよね」
勇の言う通り、イノチェンティ辺境伯領や王都へ行った際など遠出の前には、多数の馬がひしめき合って前庭はかなり混雑していた。
今回は、車両の数が少ない上に馬もいないため、かなり寂しい感じがしてしまうのも無理はない。
「イサム様、荷物の積み込み完了しました」
「魔動車の最終点検も問題無いぞ」
荷物を積んでいたフェリクスと、魔動車の点検をしていたエトから声が掛かる。
「分かりました! では、お義父さん、お義母さん、行って来ます。それと、魔石の件は本当に助かりました。ありがとうございます」
二人に返事をした勇が、あらためてセルファースとニコレットに出立の挨拶をする。
「ふふ、なに、ちょっと買いだめをしただけの話だよ」
「そうね。これくらい今までの恩に比べたら何もしていないのも同然よ」
領主夫妻が笑って答える。
実はここ最近になって、特定の魔石の価格がいきなり跳ね上がっていたのだ。
正確には、クラウフェルトをはじめとした中北部における流通量が激減し入手が困難になっているため、在庫の市場価格が跳ね上がっていた。
イノチェンティ領から直販ルートのある土の魔石と、なんだかんだで縁のあるシャルトリューズ領からの氷の魔石については全く問題無いのだが、それ以外の魔石は全て流通数が減っている。
特に酷いのが、火の魔石と風の魔石だった。
この二つの魔石は、産出量こそ多いのだが産地がそれぞれ王国内には一箇所しかない。
火の魔石は因縁のあるヤーデルード公爵領、風の魔石もヤーデルード公爵と同じ反王派閥の重鎮である伯爵領が産地なのだ。
元々因縁があった上、御前試合で完敗した挙句勇の能力を知った後の誘いも体よくお断りしたことで、実力行使に出たというところだろう。
生活に直結するものなので卸値や出荷量については上限や下限が決められているのだが、卸した後の流通については特に決まりが無い。
それを利用して、一次卸である反王派の息のかかった商会が両魔石の中北部への流通を止めたのだろう。
他の魔石もおそらく流通を止めているのだろうが、そちらは複数の産地があるため一時的なものと思われた。
もっともこれまでにも、やろうと思えばやれたのだ。
単に敵対派閥にやると逆にやり返される可能性があって不毛だったのと、無派閥の貴族家に下手に仕掛けて敵対派閥に入られたら厄介なのでやっていなかっただけだ。
それが今回新たな派閥が出来て、しかもその中で産出できるのは土と無属性の魔石のみということで、やる側にリスクがほとんど無くなってしまった。
やらない手は無かったのだろう。
ところが、半年以上前から領主夫妻は魔石の備蓄量を、水面下で増やし続けていた。
最初は魔法コンロが出来たことで人気になりそうな火の魔石を中心に買い増しを始め、その後はイサムが新しい魔法具を開発したり、解読した魔法陣の属性が増えるたびに買い増しする種類を増やしていた。
イノチェンティ辺境伯と知己を得たことで土の魔石についてはストップしたが、それ以外については今なお購入を続けているのだった。
さらに派閥を結成した直後から、同一派閥の貴族家にも話を持ち掛けて備蓄を進めてもらうのと同時に、有事の際は融通し合う取り決めまでしていたのだ。
また最近は、勇が魔動車の開発を始めた直後から風の魔石の購入量を一気に増やしていた。
特に元々流通量の少ない中サイズを中心に購入している。
「いやいや、もし先手を打ってもらえてなかったら、多分魔動車で訪問する事は出来なかったですし、折角普及しはじめた魔法コンロも持ち腐れになるところでした」
神妙な顔で勇が頭を下げる。
「はっはっは、まぁ年の功と言う奴かな? 流通が止まると領民も困ってしまうからね。今の備蓄量であれば三ヶ月は在庫だけでやっていける。それだけあれば、ザンブロッタ商会から仕入れられるだろうね」
勇の言葉にセルファースが笑いながら答える。
ザンブロッタ商会も、時を同じくして国内の流通は止められているが、隣国の商会だけあって時が経てば本国経由で仕入れる事が出来る。
多少金額は上がるだろうが許容範囲だろう。
「これから回る先々でも、ある程度風の魔石は融通してもらえるだろうから、魔石については心配いらないと思うよ」
「ありがとうございます!」
「気をつけていってらっしゃいね。アンネも気を付けてね」
「はい、お母様」
こうして少々の波乱を含みながらも、勇達一行は領主夫妻や騎士団の面々に見送られ、無事に行脚へと出発するのだった。
今回勇達が回るルートは、ヤンセン子爵領を皮切りにルサルサ河を下ってまずはバルシャム辺境伯領を訪ね、その後さらにルサルサ河からメーアトル河を一気に下りエリクセン伯爵領へと向かう。
その後陸路でイノチェンティ辺境伯領へと向かい、帰りは前回と同じようにルサルサ河を遡って帰ってくる予定だ。
一路ヤンセン子爵領の領都ヤンセイルへ進路を取った車列が、森の中を駆け抜けていく。
先頭を走るのは、勇が運転する黒猫だ。
基本四人乗りだが、今回は荷物を他の車両に分散して、アンネマリー、エト、ヴィレムに加えてカリナとルドルフの計六名が乗車している。
カリナとルドルフは荷室に乗ることになるが、ミニバンのような構造なのでさほど乗り心地は悪くないようだった。
二台目はリディルが運転する風呂魔動車だ。
外観は貨物魔動車とほとんど同じだが、車内にガッツリ風呂が据え付けられており、風呂馬車から内装をほぼそのまま移植した感じだ。
こちらはさらにマルセラとユリシーズが乗り込んでいる。
最後方を走るのがフェリクスが運転する貨物魔動車だ。
同乗者はミゼロイとティラミスで、隙あらば無免許で運転しようとするティラミスを抑えるための人選である。
余計な積載物も無いため、荷物の大部分はこの車両に積んであった。
「凄い、もうテルニーが見えてきました……!」
黒猫の前方にテルニーが見えてきて、アンネマリーが思わずそう呟く。
クラウフェンダムを発って二時間半ほど。初の遠出と言う事で、途中一度休憩を入れたため正味二時間ほどで、領境の町テルニーが見えてきた。
馬車だとおよそ半日かかるため、倍ほどの速さで走って来たことになる。
「うん、やっぱり時速15メルトル(1メルトル=1キロメートル)くらいの速度だな」
想定通りのスペックが出ている事に、運転する勇の頬も緩む。
町で休憩を取っても良いのだが、魔動車で乗付けると大騒ぎになりそうなので、横目でスルーしながらヤンセン子爵領へと入っていく。
そのまま走る事さらに一時間半、今度はヤンセン領の小さな町バダロナが見えてきた。
馬車旅であれば初日の旅程はここバダロナまでで、一泊してから翌日ヤンセイルを目指すことになるのだが、魔動車はバダロナもスルーした。
少し先にある馬車の休憩スペースに他の馬車がいないことを確認して魔動車を停めると、遅めの昼食休憩を取る。
繰風球は停止させてしまうと再起動時に大量の魔力を消費してしまうので、最小風力にしてアイドリング中だ。
「……あらためて街道を移動してみると、魔動車のとんでも無さを実感させられますね」
魔法コンロで温めたスープを飲みながら、フェリクスが神妙な顔で勇に話しかける。
「走行試験は結構やりましたけど、実際に町から町を渡っていくのは初めてですからね。実感が違いますね」
スープにパンを浸しながら勇が答える。
倍以上速い、と言われても中々実感できないが、自分が良く知っているところをありえない速さで走ったことで、皆一気にそのすごさを実感していた。
「これより遅いっすけど、軽魔動車が量産、配備されたらとんでもない事になるっすね……」
「御者席、いや運転席も室内みたいなものですから、馬車とは疲れ方も違いますね」
ティラミスとリディルも感慨深そうな表情だ。
30分ほど休憩した後、再び走り出す。
途中一度休憩を挟んで三時間少々。夕暮れのヤンセイルに、ヘッドライト代わりの魔法カンテラを輝かせた魔動車が到着した。
これくらいの時間に到着予定である旨は伝えてあるので、停車した魔動車に慌てて一人の騎士が駆け寄ってきた。
「イサム様、アンネマリー様、そして皆様もお疲れ様です! ようこそヤンセイルへ!」
「おや? レイナルド団長じゃないですか。騎士団長自らのお出迎え、恐縮です……」
どこかで見た顔の騎士だなと思っていたら、なんと騎士団長のレイナルド直々のお出迎えだった。
「これが魔動車、ですか……。先程少しだけ動いているところ見ましたが、本当にコレだけで動くのですね……」
いきなり馬の無い馬車がやってきたら大騒動になるので、同一派閥の領主たちにはあらかじめ魔動車が来る事は伝えてある。
レイナルドにもそれは伝わっているのだが、やはり実物を見た時のインパクトは相当なもののようだ。
「いかがされますか? このまま館まで乗り付けていただいても構いませんが、だいぶ目立つかと……」
入口から領主の館までは真っ直ぐ進むだけではあるのだが、メインストリートを通っていくことになる。間違いなく目立つだろう。
「う~~ん、これも隠した所ですぐ話は広まるでしょうし、初めての魔動車での遠出なので私含めて皆疲れています。このまま館までご案内していただいてもいいですかね?」
休憩は挟みつつも慣れない魔動車を半日間運転しっぱなしなのだ、疲労、とくに精神的な疲労が大きかった。
館に停めていても念のため交代で番はすることになるが、外に停めるよりはかなり安全なので最低限で済ませられる。
疲れを癒すためにも、多少目立つ事には目を瞑って、館に停めさせてもらうことにした。
「かしこまりました! 周りを馬で囲んで誘導しますので、付いて来てください。それで、ですね……」
これまでとはうって変わって、何やら言いよどむレイナルド。
「どうしました?」
「あー、そのぉ……。出来れば私も、その、魔動車に乗せていただけたらなぁ、と思いまして……」
訝しむ勇に歯切れ悪くレイナルドが答える。
「え……? あー、なるほど。あはは、ええ、もちろん良いですよ! 私の乗っている車両はだいぶ手狭なので、フェリクスさんの運転するほうで良いですかね?」
一瞬きょとんとした勇だったが、笑いながらレイナルドのお願いを快諾する。
さすがに他領の市民を乗せるのは時期尚早だが、ここまで来て同一派閥の騎士団長を乗せるのは構わないだろう。
今後も領地を訪れる際には利用することになるのだし、有事の際は馬車と連携することになるのだから、ある程度知っておいてもらったほうが混乱も少ないだろう。
それにしても騎士というのは、魔剣然り魔動車然り、案外とミーハーなのかもしれないなと内心思う勇だった。
「おぉぉ、凄い、本当に馬がいないのに動いている……。これが魔動車ですか……」
貨物魔動車に乗ったレイナルドが、感嘆の声を漏らす。
随行する騎士からの、何故団長だけが乗るのか、という無言のプレッシャーは見事にスルーしていた。
騎乗した騎士に先導されているため速度は落としての走行だが、風を動力に使っているため独特の音がする。
そのため最初は馬が不安がっていたのだが、流石は軍馬として調教されているだけあってすぐに慣れてくれた。
ここまで商会の馬車とすれ違わなかったから気にしていなかったが、今後はすれ違い時には速度を落としなるべく音を小さくしたほうが良いかもしれない。
「よく来てくれたな、イサム殿、アンネちゃんも! オリヒメも相変わらず元気そうだな。今日もいい鳥肉を用意してるからな!」
ヤンセン子爵の館へ到着すると、当主のダフィドが出迎えてくれた。
「ご無沙汰してます、ダフィドさん。一晩御厄介になります」
「こんばんは、ダフィドおじ様。よろしくお願いいたします」
「んなぁ~~」
勇達も挨拶を返し、織姫は一鳴きしてダフィドとその隣に控える妻のネビュラの間にちょこんと座った。
「うふふ、今日も可愛いわね、オリヒメちゃんは。イサムさん、アンネちゃんいらっしゃい。ゆっくりしていってね」
足元の織姫を軽く撫でて、ネビュラも挨拶をする。
「そんでこれが魔動車か。話は聞いてたが、ホントにこれだけで動くんだな。しかも馬車より速いってんだろ?とんでもねぇな」
ダフィドが魔動車に近づく。軽くコンコンと叩いたり、下を覗き込んだりと興味津々だ。
「で、なんでお前まで魔動車から降りて来るんだ? レイナルドよ?」
当たり前のように魔動車から降りて来ていたレイナルドに突っ込みを入れる。
「はっ! 何かトラブルが起きた際に、真っ先に対応できるように車内に待機しておりました!」
悪びれること無く答えるレイナルド。
「お前が乗っていたところで何か出来るわけがないだろうに、まったく……」
ため息をつくダフィドに勇が声を掛ける。
「よろしければ明日の朝、船着き場まで同乗されますか? お迎えを用意してもらわないといけないですけど」
「いいのか!? よろしく頼むぜ!! ああそうだ、もう一人乗せられねぇか? ネビュラも乗せてやりてぇんだが……」
頭を掻きながらダフィドが言う。
「ええ、大丈夫ですよ。では、明日の朝は一緒に向かいましょう」
「ありがてぇ」
「イサムさん、ありがとう!」
勇の返答に、ダフィドもネビュラも満面の笑みだ。
やはり新しいもの、それも世界を大きく変える可能性があるものへの興味は強いのだろう。
その後館の中へ案内され休憩を挟んでから夕食を摂ると、談話室に移りビジネスの話を始めた。
「これが家庭用神殿用の調度品新作第一弾よ。一気に数を増やし過ぎても続かないから、ひとまず3種類ね」
そう言ってネビュラが見せたのは、ベッドとソファ、そして暖炉の三種類だった。どれも非常に精巧な作りである。
「素晴らしい出来ですね、これは……。ベッドはシーツや枕なんかを自身でアレンジできますし。私はとても良いと思いますが、どうですかイサムさん?」
調度品の出来に目を輝かせたアンネマリーが勇に尋ねる。
「うん、まったく問題無いと思うよ。本当に素晴らしい出来だと思います!」
一つ一つ手に取って眺めながら、勇が答える。
「うふふ、ありがとう。そう言ってもらえると、作った職人も喜ぶと思うわ。じゃあこれは、生産したら順次出荷するわね」
「はい、よろしくお願いいたします」
「そうそう、ついでにこんなものも作ってみたんだけど、どうかしら?」
続けてもう一つ、ネビュラが調度品より大きなものをテーブルに載せる。
それは小さな出窓が付いた部屋、もとい家庭用神殿だった。
「これは……! 新しい家庭用神殿ですか……。ひょっとして、繋げて拡張出来るようにしていますか?」
一目見てその狙いに勇が気付く。
「あら、さすがイサムさん。ええ、最初のもシンプルで良いんだけど、窓も無くてちょっと殺風景だったから窓付きを作ってみたのよ。でも最初のを捨てちゃうのはもったいないでしょ? だから繋げられるようにしたのよ」
もはや完全にドールハウスである。
「うん、いいと思いますよ。しかしそうなってくると、量産が可能なのであれば逆に一気にラインナップを増やしてよいかもしれませんね……」
「あら、そうなの?」
「はい。これも流行りだすと模倣される可能性が高いんですが、その時点ですでに沢山の種類が出ていれば参入障壁を高くする事が出来ます。ただ、価格勝負で廉価版を出されるのは防げないので、追々そちらの対応策も考えていったほうが良いでしょうね」
「なるほどね……。工房とも話をして、どうするか調整してみるわね」
「お手数おかけしますが、お願いします。では、次はこちらからですね。アンネ、あれを」
「はい」
勇に促され、アンネマリーが三つの包みを取り出す。
「こっ、これは!!」
「うわっ! すげぇな!!」
ヤンセン夫妻がそれらを一目見て声を上げた。
「以前ネビュラおば様が仰っていた、オーダーメイドで作るご自身の人形になります。試作とは言え勝手に他人の人形を作るのも良くないので、私と母、それとイサムさんをモデルにしたものになります」
そう言いながらアンネマリーが三体の人形をテーブルに並べた。イサムの人形の横に香箱座りするご神体をそっと置く。
「とんでもない出来の良さね、これは……。これまでの人形とは全然違うわ……」
「うお、しかもコイツも動かせるのか!?」
さすがにニコレットやアンネマリーの人形を触るのは憚られたのか、勇の人形を手に取っていたダフィドが驚愕する。
「こちらは、完全な受注生産の一点物として作成する予定です。製法も秘匿するのでその分値は張りますが、当面は貴族専用とする予定です」
「この出来なら高くても間違いなく売れるわよ……」
「ありがとうございます。正式版の第一号は是非ネビュラおば様のものを作りたいと思っておりますが、いかがでしょうか? きっかけはおば様の一言でしたので、もちろんお代は不要です」
「ええ、是非お願いしたいわ」
「分かりました。こちらは今後、ナシャーラ商会を窓口にしようと思っていますが、おば様の分はすぐに取り掛かりますね。近日中に母と職人が訪ねて来ると思いますので、ご対応よろしくお願いいたします」
「分かったわ。ふふ、これは楽しみね」
ネビュラが嬉しそうにそう言って笑った。
その晩は、風呂魔動車に備え付けられた風呂に入った後ヤンセン夫妻も交えてゆったり酒を飲んでから就寝。
そして迎えた翌朝、勇達一行は約束通りヤンセン夫妻を魔動車に乗せると、ルサルサ河を下るためにヤンセイルの街を後にした。
週3~4話更新予定予定。
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