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●第151話●妥協なき……

ブックマーク、評価していただいた皆さま、本当にありがとうございます!!

週3~4話更新予定です。

 諜報員と思われる人間の自首騒ぎがようやく落ち着いてきた三の月の初頭。

 一月足らずで結構な人数が捕らえられたことで、より一層の警備体制が敷かれることになった。

 幸いだったのは、報告されそうだった内容が全て公開済みの情報で、機密が漏れていた訳ではなかった事だろう。


 そしていよいよ西方にある三家歴訪への出発を翌日に控えたこの日、領主の館を訪ねる者がいた。

 クラウフェンダムの神官長ベネディクトと、同じ教会の神官であるミミリアだ。

 この二人がセットでいるという事は、用件はわかりきっている。織姫のご神体関連事業だ。


「お時間いただきすみません。明日からイサム様達がしばらく領都を空けられるとのことで、ご神体に関するご報告をと思いまして」

 相変わらずのアルカイックスマイルでベネディクトが切り出す。

「ええ。懇意にさせてもらっている西方の貴族家をいくつか訪ねようと思ってまして。でも丁度良かったです。その中のバルシャム辺境伯閣下のところにはご神体を持っていくことになっていたんですが、最新のものが持って行けそうですね」

「おお、それはそれは。これも神の思し召しでしょうな。では早速……、まずはご神体ですね。こちらは、しばらく御姿を増やすのは控えるべきとニコレット様より仰せつかっておりますので、特に種類は増えておりません」

 最初にバリエーション展開の試作品を見せてもらった時に、種類を増やすと様々なトラブルが起きかねないので、ニコレットがブレーキをかけているものだ(79話)。


「量産体制のほうは、我が領に加えてビッセリンク伯爵領での受注生産が始まったため、一気に生産能力が上がっております。しかしそれでも入荷当日には売りき……頒布し終わる状況が続いておりますので、更なる増産を検討しております」

「やっぱりそうなったわね……。ちなみに月産どれくらいなの?」

 腕組みをしたニコレットが尋ねる。

「等身大が250、中型が350、小型が3000弱といったところです。いずれもビッセリンク領での生産数込みの数字でございます」

 ベネディクトが手元の書類をめくりながら答える。

「確かにその数だと、クラウフェンダム内にもまだ行き渡っていないでしょうね……。マレイン閣下のところへは、もう少し増産出来ないかお願いしてみるわね」

「よろしくお願いいたします。続いては家庭用神殿についてです。こちらもヤンセン子爵領への委託にて、順調に生産しております。小型用のものの人気が突出しておりますので、特にそちらの生産に力を入れております」

「うん。こっちも予想通りね。新作の調度品はどう?」

「いくつか試作品が出来ていると聞いております。後日確認のため送っていただけるとの事です」

「アンネ達は、また川を下っていくのよね?」

「はい。その予定です」

「だったら、ついでにダフのところに寄って、新作を確認してきてくれないかしら? あなた達二人の目から見て問題無ければ、商品化しても大丈夫よ」

「分かりました。行きに確認していきます」

「そう言うことだから、問題無ければ新作も徐々に作り始めて頂戴」

「かしこまりました。ご神体と家庭用神殿につきましては、すでに皆様から大変ご好評をいただいておりますので、引き続き手堅く進めてまいります」

「そうね、あまり増産しすぎて残ってしまうのも問題だから、ペース配分は気を付けましょう。それで、今後の方針はどうなの?」

「はい。そちらにつきましては三点ご相談がございます。まず一点めは、ヤンセン子爵の奥様からご提案のあったご本人の人形についてです。まずはこちらをご覧ください」

 ベネディクトはそう言いながら、鞄から3体の人形を取りだした。


「へぇ」

「あら」

「うわぁ……」

 それを見たニコレット、アンネマリー、勇がそれぞれに声を上げる。

 出てきたのは、40センチ近くありそうな人形だった。

 それもこの世界(エーテルシア)で一般的な木で出来たものとは明らかに質感が異なる人形だった。

「フィギュアだ……」

 ぼそりと勇が呟く。21世紀の日本人が見たら、おおよそ同じ感想を漏らすだろう。

 それはかなり精巧に作られた、ニコレットとアンネマリー、そして勇のフィギュアだった。ご丁寧に本物と同じ素材で出来た服まで着ている。


「お恐れながら、お三方にモデルとなっていただきました。見目麗しく皆様に人気のニコレット様、アンネマリー様と、オリヒメ様の主人たるマツモト様にしか務まりませんので……」

 やっぱり自分がモデルだったか、と勇が嘆息する。一目見た時に引いたのは、どうみてもそれが自分にそっくりだったからだ。

 ワンチャン服が同じだけな可能性に賭けていたが、制作者の口から答えが出てきたとあっては認めざるを得ない。


「中々良い出来じゃない」

「ええ。手触りも軟らかくて良いですね」

 ほぼ素のままで作られているにもかかわらず、まるで美少女フィギュアのような出来栄えになっている人形を手に取って嬉しそうな二人。

 鏡で見る自分そのままなので、特に思うところ無く受け入れているのが素晴らしい。


「……盛ってるなぁ」

「なっふ~」

 一方の勇はと言うと、明らかに五割増でイケメン化されたフィギュアを見て苦笑する。

 織姫は気に入ったのか、ひとしきり匂いを嗅いだ後は嬉しそうにすりすりとしている。

 それを見て、抱えて後ろ足で蹴り蹴りされなくて良かった、と勇はほっと胸を撫でおろした。


「うわ、これアクションフィギュアなのか……」

 そして人形を触っていた勇が、腕や足が動くことに気付く。

「はい。以前お作りしたケット・シーの雛形を参考にしております。服も同様に、着替えが出来るようにしてございます」

 まさかの自身をモデルにした、着せ替えアクションフィギュアの爆誕である。


 さらに説明を聞くと、この何とも言えない質感の肌には、デーモンスネイルという上位の魔物の触角を使っているらしい。

 織姫のご神体の肉球に使われているファイアスネイルよりかなり手強い魔物なのだそうだ。

 淡いピンク色をしているファイアスネイルに対して、こちらは透き通るような白色で染料の馴染みが良いため、色をカスタムする一点物を作るのには向いているのだとか。その分値も張るのだが……。


「こちらは完全に貴族向けの受注生産となりますので、費用はある程度度外視しております」

 想定価格を聞くと、平民の四人家族が一年間裕福に暮らせるくらいの金額が返ってきた。

 日本円に直すと、高級車が買えてしまうようなお値段である。


「この出来なら、その値段でも問題無く売れるわね。自分用はもちろんだけど、多分これ見合い前に送る絵姿の代わりにあっという間に流行るわよ?」

「確かにこの出来栄えでしたら、絵姿よりもより正確に伝わりますね」

 ニコレットの感想にアンネマリーが深く頷く。

 確かに写真や動画が存在していないので、リアルで立体的なフィギュアがあればもってこいではある。

 あるのだが、実在の人物のものだけにどうにも変態的な匂いがして素直に頷けない勇であった。


「でもこれは、教会では頒布しないでしょ?」

 この話が持ち上がった際にも出た話だが、さすがに神でも使徒でもないものの人形を教会が扱うわけにはいかない。

「ええ。そこをご相談させていただければと思いまして」

 神官が直接商会を訪ねて商談する訳にもいかないだろう。


「ザンブロッタ商会でもいいんですが、下手に貴族とのパイプが増えるのも面倒なので、ナシャーラ商会に話を持って行きませんか? ちょうどケット・シーの雛形も扱うようになりましたし」

 ナシャーラ商会は、以前イノチェンティ辺境伯領を訪ねた際に偶然知り合った商会だ。

 初代商会長は、イノチェンティ家が後見した獣人の迷い人ワミ・ナシャーラで、今も多くの獣人が働いている。

 また、元の世界でワミと暮らしていたのに離れ離れになってしまった限りなく猫に近い精霊であるケット・シーの話を聞いて、他人事とは思えなかった勇が精巧な雛形を作ってプレゼントしたのだが、その後その可愛さが話題になり、現在は商品としてナシャーラ商会で取り扱うに至っていた。


「ああ、それは良いわね。ザンブロッタのほうは魔法具がメインだし。丁度明日からの遠征でまたイノチェンティ領にも行くんでしょ? ついでに話をしてきてちょうだいな」

「分かりました」

 ニコレットの依頼をアンネマリーが了承する。

「それではアンネマリー様、よろしくお願いいたします。続いて二つ目のご相談です」

 ベネディクトが鞄から再びゴソゴソと何かを取り出す。

 ひとつは長方形の薄い木箱、もう一つは皮袋のようだ。


「こちら、以前イサム様がお話しされていた“紙芝居”を参考にして、先般のオリヒメ様のご活躍を描いてみたのですがいかがでしょうか?」

 そう言って木箱を開けると、薄い木板に絵の描かれた紙を貼りつけたものが何枚も出てきた。


 以前、織姫の活躍をどうやったら王国中に広げられるのかを皆で話し合ったことがあった。

 織姫はあくまでローカルな英雄でありマスコットなので、クラウフェルト領の住民を筆頭にした直接織姫を目にした事のある者にしか浸透していかない。

 どうにかしてその素晴らしさを世の中に広めたいというベネディクトの相談を受けてのことだった。


 その時に勇がぽろっと出したのが紙芝居だったのだ。

 最初は絵本でもと思ったのだが、テレビはもちろんラジオも雑誌もこの世界には無く、本もかなりの貴重品だ。そこで思い出したのが紙芝居だった。


 勇の世代だと、せいぜい保育園や幼稚園で見る程度だが、テレビが普及する前までは子供向けの娯楽として人気だった。

 むしろ影響力が大きすぎて、警察が禁止したり戦後GHQが検閲・処分したりと、侮れないメディアでもある。

 ちなみに漫画の前身的な部分もあり、かの水木しげる先生や白土三平先生も、漫画を描く前は紙芝居を描いていた。


 それを覚えていたベネディクトが、先の領都防衛戦における織姫の活躍を、紙芝居にしてきていた。

 実際に防衛戦に参加したニコレットやアンネマリーも登場しているし、勇に至っては織姫の主と言う事もあって準主役級だ。

 こちらもご丁寧に五割増で美化された、勇風の何者かが大活躍していた。

 盛り上がるように適度に脚色された部分はあるものの、嘘も無く非常によくできた話になっていた。

 また、ベネディクトとミミリアによる実演も、もはやプロ級である。

 宗教家というのは、やはり話をするのも話を作るのも上手なのだなと感心する勇だったが、同時に一歩間違うと簡単にプロパガンダに利用されてしまう危うさも感じていた。


「これは相当よく出来てると思います。話も嘘は無いですし、良いんじゃないでしょうか」

「ありがとうございます」

「で、これをどうするのかしら? あなたが実演して回るわけでは無いのでしょ?」

「ええ。まずは、クラウフェンダムの教会と孤児院で実演を始めます。と同時に複数部作成して、近隣や知り合いの教会へ寄付して実演してもらいます」

 ベネディクトが、自身の考えるプランを説明していく。


「今回敢えて絵だけでなく文字も併記してありますので、読み書きの練習にもなります」

 ここは勇も驚いた所だったのだが、漫画の擬音表現のようなものやちょっとした説明書きなどが付加されていた。

「そして複製についてですが、下絵の線画は教会で行い、彩色は孤児院へ仕事として依頼しようと思っています」

 この世界(エーテルシア)の教会には宗教画のようなものを描く担当がいる事が多く、その実力は玄人はだしらしい。

「なるほど。そうやって広めていくわけね。孤児院を絡めたりすればそうそう文句も言われないでしょうし」

「はい。そして大人や貴族向けには、吟遊詩人を使おうと思っています」


 この世界(エーテルシア)には吟遊詩人がいる。

 楽器があまり発達していないので、歌うというよりは原始的なハープのような楽器を鳴らしながら語る講談師のような感じだ。

 娯楽の少ないこの世界(エーテルシア)における、代表的な娯楽の一つで、街頭や飲み屋で勇も見かけたことがあった。

 元々話のプロなので、紙芝居との相性も良いだろう。複数人で共演すれば、BGM付の臨場感あふれるものにも出来るかもしれない。


「上手いこと考えたわね……。分かったわ。ただし、必ず話の内容は事前確認するわよ? おかしな話が広まったら大変だわ」

 それこそプロパガンダに繋がりかねないし、誰かを貶めるような話もトラブルの元になるのでよろしくない。

 フィクションとノンフィクションの境界が曖昧なので、この辺りは注意する必要があるだろう。

「かしこまりました。必ず確認していただくようにいたします」

 こうして紙芝居による認知度向上活動も開始されることになる。

 この紙芝居という手法が大いに受け、フォロワーが多数出現して一大産業になるのは、もう少し後の話である。


「そして三つめがこちらです」

 ベネディクトが残っていた皮袋から取り出したのは、シャンパンゴールドに光るコインだった。

「これは……、金貨ではないわね」

「はい。淡彩金を使ったものになります」

「へぇ、中々きれいな色で……、なるほど、そう来ましたか……」

 コインを一枚手に取った勇が、描かれている内容を見て苦笑する。

 表面には織姫の横顔が、そして裏面には肉球模様がレリーフになっていた。

 そして……


「これ、名前と日付を彫り込んでますね??」

 勇がジト目でベネディクトを見やる。

「おや、お気づきになられましたか? ええ。こちらはご神体を持ち歩くのが大変な冒険者や旅の方向けのお印となります。喜捨いただいた事に感謝し、日付とお名前を刻印させて頂こうかと考えております」

 完全にかつては観光地に必ずと言っていい程置いてあった記念メダルである。日付を刻印する所まで同じとは恐れ入る。


「ご神体はなかなか手に入りませんので、数を作る事が出来るこちらも頒布させていただければと考えております」

 ニコニコとした表情を毛ほども変えずにそう言うベネディクト。

 確かにこれであれば、型さえあれば量産はご神体よりもはるかに容易だし、この世界(エーテルシア)は表音文字が使われているため打刻も簡単だ。


「……これはあまり種類を増やすととんでもない事になりますから、絵柄は勝手に増やさないでくださいね?」

「……承知しました」

 素直に了承するベネディクトだが、一拍の間があったのが何とも気になる。

「あと、必ず全ての絵柄を見せた上で、本人の指定した絵柄を渡してあげてください」

 ランダム配布にして、ガチャやトレーディングカードのようになると悪影響が大きすぎそうなので、予め勇が釘を刺す。

「それと、技術の必要なご神体と違って偽物が出回る可能性が高いので、必ずこの街で作って私の世界の文字でシリアルナンバーを入れてください」

「確かにこれは偽物が作られそうね……。ベネディクト、今イサムさんが言った事、ちゃんと守りなさいね」

「委細承知しました」

 深々と頭を下げるベネディクト。それにしても神官とは思えない商魂の逞しさだ。


「それでは、紙芝居とお印につきましても順次進めさせていただきます。人形のほうは、よろしくお願いいたします」

「分かったわ。くれぐれも無理な進め方はしないようにね。やり過ぎても良いこと無いんだから」

「心得ておりますとも。それでは失礼いたします。マツモト様、アンネマリー様の明日からの旅路に、神のご加護があらんことを」

 勇達の旅の安全を祈ると、ベネディクトはミミリアを伴って帰っていった。


「まったく、油断も隙も無いわね。いいのかしら、あんなのが神官長で?」

 ニコレットがため息交じりに言う。

「あはは、ほとんど商売人ですよね、ベネディクトさんは。私達で確認してブレーキを踏んでいきましょう」

 勇もそう言いながら苦笑した。


 今後も彼の手によって、様々な織姫グッズが世の中に出ていくことになるのだろう。

週3~4話更新予定予定。

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― 新着の感想 ―
音声の無い作品を読んでいると、自然と脳内ボイスが付いていく。 けど、現実での誰の声なのかは分からない事が殆どだし、印象が変われば声も変わって行ったりもする。 なのに。ベネディクト神官長の声は、初登場か…
紙芝居通り越して活動写真(初期の映画)みたいになってるけど、 紙「芝居」だから子供向けのが簡略化された形式で、演奏とか役者(声優)とかこだわる 本話の形式の方が原型に近い気もする。勉強になった。
[一言] ベネディクトさん好き。
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