●第150話●魔の森
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領都へ戻ってからある程度落ち着いたタイミングで派閥を結成した領地を回る事は、もともと計画されていたことではあった。
ただしそれはもう少し後の事で、五の月くらいになるだろうと言う話をしていた。
しかし勇の能力を公開した後に、クラウフェルト子爵夫妻や勇、アンネマリー、果ては騎士団員の伝手を使ってまで、様々な書簡が山のように届くことになった。
中には高額な「鷹」を使ってまで送ってきた貴族家もあった。
書簡の内容は様々ではあるが、大きく分けて4種類だ。
最も多かったのが、子爵や勇への面会依頼だ。直接会って話をしたいというのは当たり前の話であろう。
次に多かったのが、自身や親戚筋の娘とのお見合い依頼だ。多くは茶会やパーティーへの参加依頼と言う形ではあるが、ほぼ見合いである。
すでにアンネマリーと言う婚約者がいるにもかかわらず、側室として押し込もうとしてくる貴族が想定以上に多く、中には婚約解消をして自分の所へ婿に来ないかと、大真面目に送って来る高位貴族もいた。
少し頭の回る貴族だと、勇ではなく嫡男のユリウスや騎士団の独身者に狙いをつけるものもいた。
残る二つは、派閥関連の打診と共同開発の打診だ。
派閥入りの打診は、勇達の派閥に入れてくれというものが圧倒的に多く、自分たちの派閥に勧誘するものが少々、珍しいのは一緒に新派閥を立ち上げないかという呼びかけまであった。
共同開発の打診はさほど多くはないが、主に魔石を産出する領地からだった。
冷蔵箱特需に沸くカレンベルク家やシャルトリューズ家の二匹目のドジョウを狙っているところが多そうだ。
玉石混交、中にはクラウフェルト家や勇にとっても有益な話もあるはずだ。しかし、それ以上に取り合う必要が無いものも多い。
ある程度の反響は想定していたが、結果は予想をはるかに超える数になってしまった。
まともに取り合っていたら、その対応で一生が終わるのではないかと思わせる量なのだ。
そこで勇達は、ひとまず逃げることにした。
公務で領地にいないことを理由にほとんどの依頼を穏便に断りつつ、勇達が外遊中の間に、派閥貴族の助けも借りて気になる打診の裏取りをする想定だ。
二の月に入って早々そう決めて派閥の面々と連絡を取りつつ準備を進め、明後日に出発と相成ったわけである。
そして準備を進める傍らで、一つの不思議な事件がクラウフェルト領で続いていた。
「はぁ、はぁ、はぁ、ちくしょう! 何が田舎貴族の領地を探るだけの簡単な仕事だ! ふざけやがって……」
男は毒づきながらも、しきりに後ろを振り返りながら森の中の道なき道を逃げていた。
枝に引っ掛けたのだろう、服は破れ、肌が露出した部分に無数の切り傷や擦り傷を作りながら、そんな事はお構いなしと必死になって逃げている。
「よし、もうすぐで街道だっ! ここまで来れば……」
少し先に森の切れ目を見つけた男の顔に、安堵の表情が浮かぶ。
しかし……
アオォォーーーン
どこからともなく狼の遠吠えのような鳴き声が聞こえてきた。
オォーーン
そしてそれに呼応する別の鳴き声。
「ひっ、ひぃぃぃっ!!」
それを聞いた男の表情がたちまち恐怖の色に染まる。
せっかく街道近くまで来ていたというのに、また森の中へと引き返そうとした。
ガサガサッ!
「う、うわぁぁーーーっ!! も、もう勘弁してくれぇぇっ!!」
森の奥から現れた影を見るや半狂乱になった男は、持っていた荷物をすべて放り投げて街道へ飛び出すと、近くにあるはずのクラウフェンダムへ向かって転がるようにして走っていった。
一方の影のほうは、その荷物を口に咥えるとオンッと一鳴きする。
程なくして小さなもう一つの影が現れると荷物を渡し、ペロリとその頭を舐めて森の奥へと戻っていった。
小さな影は口に荷物を咥えて、風のような速さで枝から枝へ飛び移っていった。
「もうこれで今月に入って六件目ですよ? まぁ我々に取っちゃあ、ありがたい話ではありますけど……」
二の月の中旬、クラウフェンダムの大門脇にある衛兵の詰所で、若手の衛兵が上司の衛兵長に話をしていた。
机の上には泥と葉っぱが付いた鞄が置かれている。
「だからさっきから言ってるじゃねぇか! 俺は直の雇い主は知らねぇよ! この街に滞在して、魔法具や騎士団について何でもいいから情報を集めて毎週報告しろって依頼を受けただけだよ!」
奥にある取調室からは、切羽詰まった男の叫ぶような声が聞こえて来ていた。
「可能ならオリヒメ商会だかと接触しろってのと、騎士団に潜り込めっつう指示もあったけど、無理はするなってクギ刺されたからな」
「本当だな? 嘘をついても良い事は無いぞ? またあの森に送り返してもいいし……」
取り調べをしている老騎士がじろりと睨みつけながら言う。
「ひいっ、それは勘弁してくれっ!! 全部話しただろ? 頼むから匿ってくれ! あの森はやべぇんだよ!! っていうかあんたら衛兵だろ? なんで放置してんだよ!? 仕事しろよっ!!」
老兵の言葉を聞いた男が、顔を真っ青にして叫ぶ。
「わかったわかった。しばらく牢で匿うから、少しは落ち着け。連れてってくれ!」
取り乱す男をなだめて、若手の衛兵に引き渡す。
衛兵はなおも喚く男を連れて、地下にある牢へと連れて行った。
「やれやれ、全員同じだな。悪魔の森だとさ」
老騎士がため息をつきながら取調室から出てきた。
「お疲れ様でした。やはり同じでしたか……」
机の上の鞄にチラリと目をやった衛兵長が呟く。
「ああ。この街とクラウフェルト家の情報を調べるため街へ来た。報告のために待ち合わせ場所に向かったところ、森の中で獣に襲われた。逃げても逃げてもまるで森中の獣が敵に回ったかのように襲い掛かってきた、ってな」
「……で、命からがら自分の正体をバラしてまで衛兵所に駆け込んだ、と?」
衛兵長が苦笑しながら後を繋ぐ。
「そう言うことだな。で、その証拠の荷物は森に落としてきたって話だが、なぜかあの男が来るより前に衛兵所の前に落ちている、と」
「お伽噺か何かですかね? 一回だけならそう言う事もあるかと思いますけど、立て続けに六回ですからね」
「あり得んな。あり得んが実際に起きているからな。六回は偶然じゃない。しかも全部領主様やイサム様の事を調べるため侵入した奴らだからな……」
二人が話している通り、ここ最近クラウフェンダムに潜入した諜報員と思われる人間の自首が相次いでいた。
捕まえたのではなく、自首だ。
クラウフェンダム近郊の森や人気のないところで、獣や魔物に散々に追い立てられて衛兵所に駆け込んでくるのである。
元々森にいた者だけでなく、街から追い立てられるように森に逃げ、そこでさらに追い込まれた者もいるようだった。
しかも、調査結果をまとめた証拠品や身元が分かる荷物が、彼らが駆け込んでくる前に衛兵所のすぐ近くに落ちているのだ。
どう考えても普通ではない。
三度目に同じ事件があった後、騎士団によって大々的な調査が森の中で行われたのだが、日頃から織姫が狩り場にしている事もあって、今までと何ら変わった様子は無いと結論付けられた。
しかしその後も同様の事件が続き、今日で六件目になったのだ。
「諜報員は現行犯で押さえるか、証拠品が無いと中々罪に問うのが難しいからな……。何ともありがたい話ではある」
「そうですね。領主様からも、諜報員に対する警戒は厳にせよとのお達しもありますからね。それに、毎日のように森でそんな事が起きているというのに、冒険者や行商人からは全くそんな話は聞かないですから、我々には何もマイナスが無いんですよね……」
「ああ。まったく、どこの誰かは知らんが変わった奴がいたもんだよ。領主様も、住民や商人に影響が無いのであればこのまま放置で良いと仰っているから、当面は様子見だな」
「分かりました。本来は我々が発見、逮捕しなくてはいけない奴らですからね。巡回も増やします」
「そうしてくれ」
「へぇ、そんな事があったんだね」
「はい。自首してきた諜報員と思われる者は、怪我こそしていましたが全員命に別状はないとの事です」
六件目の事件が起きた日の午後、勇はアンネマリーから聞いて初めてその話を知った。
ここしばらく魔動車の開発・試作に没頭していたのだが、つい先日ようやく目処が立ったため久々にゆっくりアンネマリーとお茶をしていた時のことである。
「それにしても、立て続けにそれだけの数が捕まったって事は、それだけ諜報員が入り込んでるってことだからなぁ……」
「そうですね。先日マレイン閣下からイサム様付きの執事と侍女を派遣していただき、つい昨日ズヴァール閣下から派遣していただいた料理人とユリウスの家庭教師が到着しましたので、多少なりとも落ち着くと良いのですが」
アンネマリーがそう言いながら、部屋の隅に立つメイドにチラリと目をやった。
マレイン・ビッセリンク伯爵が派遣してくれた「心得のある」侍女、ジャレッタだ。
これまで、アンネマリーがいる時は専属侍女のカリナがいたのだが、そもそも研究所には侍女はいなかった。
秘匿すべき情報が多いので仕方のない事だが、研究所に誰もいなくなることも多いのでセキュリティ面には不安があった。
今回ジャレッタともう一人、勇付きの執事としてノイマンと言う名の男性が派遣されてきており、ようやく最低限のセキュリティが研究所にも確保されていた。
「な~~う~」
勇とアンネマリーがそんな話をしていると、外から織姫が戻って来た。
今日もご機嫌に尻尾を立てながら勇とアンネマリーの足下をすりすりっと一回りし、ジャレッタの方へと向かうと、軽く脛に額を擦り付けた。
「……ありがとうございます」
小さくそうジャレッタが言う。無口で無表情なジャレッタだが、織姫を見ると頬が緩むことについ最近勇は気付いていた。
「おや?」
そんなジャレッタが織姫の背中についていた何かを見つけ、そっと摘み上げた。
「イサム様、こんなものが」
摘まんだものを勇へと手渡す。
「葉っぱ?」
「これは銀杉の葉ですね。この辺りだと領都南の森にしか生えていないと思います」
「姫、また森に遊びに行ってたのかい? 大丈夫だとは思うけど、気を付けるんだよ?」
「にゃーん」
分かっているとばかりに一鳴きして、勇の膝の上で丸まる。
つい最近、織姫が冒険者の協力を得て森で狩った魔物の買取金額を貯蓄していたことを知って驚いたが、今も定期的に森に入っているようだった。
その日の夜。
領主の館の皆が寝静まった頃、織姫はするりと館を抜け出したかとおもうと、屋根から屋根を音もなく渡りながら静寂に包まれる街中を疾走していた。
数少ない灯りの付いている外壁の上まで辿り着くと、周りを見回してからひょいと飛び降りる。
音も無く壁の外へと降り立つと、再び疾走して森へと向かっていった。
森へ入った織姫は、枝から枝へ飛び移って森の奥へと向かう。
しばらく飛び移り続けると、小さな、しかしとても綺麗な池へと辿り着いた。
静謐な水面が、まるで青白い鏡のように月と星が映り込んでいる。
「にゃお~~~~~ん」
池のほとりに降り立った織姫が、普段見せることの無い長鳴きをする。
しばらくすると、池の周りのあらゆる方向から何かがやって来る音が聞こえた。
十分もすると、50を超える数の様々な獣や動物たちが、池を取り囲むように集まってきた。
オオカミに熊、イノシシにリスにフクロウにカラスなどなど。どの獣も、通常よりも大きなサイズに見えた。
そしてその中でも一際目立つ真っ白な毛をした大型の狼が、一匹だけ前へ出て織姫の前へと足を進めた。
そして織姫と何事か話すようなそぶりを見せると、目を細めてすりっと織姫に頬を擦り付けて一歩下がった。
アオォォーーーン
そして遠吠え。澄み渡った夜の森の隅々にまで響き渡るような綺麗な遠吠えだ。
オォーーン
オォーーン
それに呼応するかのように、森のあちらこちらから小さな遠吠えが上がる。
「にゃーーお」
遠吠えが落ち着いたのを見計らい織姫が鳴くと、集まっていた獣たちは再び一斉に森へと散って行った。
「にゃっふ」
しばらくその場でじっと様子を眺めていた織姫だったが、やがて小さくひと鳴きすると池を後にした。
明け方勇のベッドに戻ってきた織姫は、勇の枕元で丸まると、二、三度ぺしぺしと勇の顔にやさしく尻尾を擦り付けて、満足そうに眠りについた。
僅かに目を覚ました勇は、一瞬森の香りが鼻をくすぐった気がしたが、睡魔に負けて再び眠りにつくのだった。
「はーー、これで七件目、っと……」
翌日。また一人、諜報員と思われる人間が衛兵所へ駆けこんでくるのだった。
曰く、白い巨大なオオカミと、見たことの無い小さいがやたら素早い金色の獣に一晩中追いかけられた、のだとか……。
週3~4話更新予定予定。
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