●第148話●魔動車作り・ステップ3
馬車のショールームですが、新車(!)とアンティークな旧車の両方が展示してあり、その比較も勉強になりました。印象に残った事との一つは、新車のほうには本作でも勇が実装しようとしているディスクブレーキが、標準搭載されたいたことでした。
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週3~4話更新予定です。
「戻りましたー。すみません、遅くなっちゃいまして」
「ああ、イサムさん。おかえり。あれ? そんな時間経ってる??」
勇が帰還の声を掛けるまで作業に没頭していたヴィレムが、首をコキコキと鳴らしながら顔を上げた。
「二鐘(三時間)くらいですかね? 無事使えそうな素材も分けてもらえましたよ。ってうわ、凄い数ですね……」
持ち帰った物をテーブルに置きながら、ヴィレムが作業している辺りを覗き込むと、ディスクブレーキのモックらしきものが幾つも転がっていた。
「おお、素材が見つかったんだ。それは良かった。イサムさんが出かけてすぐに、エトさんも円盤を試作してくるって鍛冶職人のとこへ行っちゃったからね。僕の方で、円盤を挟む部分をどうするか考えてたんだよ」
ラフな設計図を見せた時に、勇がある程度構造を理解できている自転車のリムブレーキについては構造を説明をしたので、それをベースにキャリパー部分のモックを試行錯誤してくれていたのだ。
「こんな感じで“く”の字型の部品を二つ組み合わせて、それぞれの片端を同時に上に引っ張ると下側が閉じるから、その動きを使って挟んでるんだろうね」
そう言いながらヴィレムが手に取って勇に見せてくれたのは、まさに自転車のリムブレーキの動きだった。
「おお! 凄いですね!! まさにこんな動きですよ!」
あんないい加減な説明でも、試行錯誤してほぼ同じものを作ってしまったヴィレムに惜しみない賞賛を贈る。
「はは、期待に添えて良かったよ。確か両方の前輪に取り付けるんだよね? そうなると、左右同時に引っ張れるようにする必要があるね」
今回勇は、前輪のみにディスクブレーキを取り付けようと考えていた。
それほど速度が速くないとは言え、さすがに片輪だけに取り付けるのも危険なので、ヴィレムの言う通り左右両方に取り付けて同時に効かす必要がある。
後輪は後輪で、別の仕組みでブレーキを付けるつもりだ。
「じゃあこのまま模型を作っていきましょうか。まずは挟み込む仕組みを作らないと始まりませんからね」
「そうだね。ああ、例の細いけど丈夫なロープ、ワイヤーだっけ? それの代わりも見つかったのかい?」
「ええ。これです。確か、魔鯨の髭だって言ってましたね」
「なるほど、魔鯨の髭かぁ。初めて見たよ。……確かに、これはしなやかな割にかなり硬いね」
「はい、これなら何とかなりそうな気がします。ただワイヤーはワイヤーで、固定したりする部品や道具を作る必要がありますからね。まずはロッドやシャフトで作ってから、ワイヤーに置き換えることを考えようと思います」
「わかった。確かに新しい試みを幾つも同時にやると大変だからね……。しかし、魔鯨は相当大きいって聞いたことがあったけど、髭でこの長さだからとんでもなくデカそうだなぁ……」
「あはは、やっぱりそう思いますよね? 私も同じことを思いましたよ」
やはりこの世界で暮らしているものにとっても、魔鯨の大きさは驚きらしい。
「さて、挟むところはこの仕組みを基本として、それを動かす部分を作っていきましょうか。手はハンドルを操作するので、出来れば足で踏む形が理想なんですが……」
ヴィレムがキャリパー部分を試作してくれていたので、続けて二人は、そこへ力を伝達する部分の試作へと取り掛かった。
パワーステアリングでは無いので、理想を言えばハンドルは両手で保持したい。
そうなると、おのずとブレーキは足で踏むフットペダル方式を採用したくなる。
シリンダによる力の増幅は出来ないので、二人はてこの原理を利用したペダルの試作に取り掛かった。
「すまんな、遅くなった……。これはまた派手にやっておるの」
「ん? ああ、エトさん。お帰りなさい。うわ、もう暗くなってるじゃないですか!!」
二つの包みを一つずつ小脇に抱えて帰ってきたエトが、研究所の有様を見て嘆息する。
一方声を掛けられた勇は、すでに外が暗くなっていることに驚愕していた。
「ここまで派手に試作をしとると言う事は、良さそうな素材は手に入ったようじゃな?」
テーブルの上に置いてある見慣れない素材をちらりと見ながらエトが言う。
「ええ。パッドのほうは二種類、ワイヤーのほうも良さそうなものが手に入りましたよ。エトさんのほうはどうですか?」
「俺の方も大丈夫じゃ。まぁ、形自体は単純じゃからの。直径と厚みの違うもんを四つ作っとったから遅くなったがな」
そう言いながら、包みから鈍く黒光りする四枚のディスクを取り出す。
「厚みは1メル(1メル=1センチ)と1.5メルで、直径が20メルと35メルじゃな」
サイズについては、完全に勇の勘によるものだ。
自分の乗っていた六つ星マークのSUVのブレーキディスクの直径が、大体30センチくらいだったのでそれを基準にした。
厚みも同じ車のディスクはもうちょっと厚かった気がするが、そこまで速度も出ないのでやや薄めにしている。
基本的にディスクの直径は大きい程効きが良くなるが、大きくするほど重くなるし外周に近づくので汚れも付きやすくなる。
そもそも車輪のグリップ力が甘いため、あまり効きが良くても車輪がロックするだけで意味が無いような気がするので、そこそこの効きで十分な気がしていたのだった。
「ありがとうございます! これなら良い感じの試作機が作れそうですね。すぐにでも効きを試してみたい所ですけど、そのためにもまずは仕組みのほうを詰めちゃいましょう!」
「うむ、動かなければ意味が無いからの。どれ、俺も手伝おう」
三人揃ってさらにブレーキのモックづくりを進めていく。
そして順調に制作が進み、日付が変わる少し前あたりで勇がある事に気が付いた。
「そうか! スプリングが無いからペダルが戻らないのか!!」
それはフットペダルでキャリパーの挟む動きを再現できた直後だった。
ペダルを踏みキャリパーが動いたまでは良かったのだが、踏んだペダルが戻らなかったのだ。
考えてみれば当たり前の話なのだが、ペダルの構造など真剣に考えたことも無かったので気付かなかった。
「そりゃそうだよなぁ、何もしなくて戻ったらその方が怖いし。こっちにも板バネはあるけど、コイルスプリングは見たこと無いな。多分板バネでも戻るようにはできそうだけど、その分重量も増えるし強く踏まないと駄目になるからなぁ」
大概のペダルやレバー類には、元の位置に戻すためのリターンスプリングというバネが付いていて、その復元力で元に戻している事がほとんどなのだが、それはそのまま踏んだり引いたりする時の抵抗にもなる。
「多少操作に手間がかかるけど、今回は交互に動くペダルでいくか。スプリングの調整とかも時間かかりそうだし」
諸々踏まえた結果、簡単にギヤを組み合わせて逆方向に動くペダルを一本追加し、そちらを踏むことで元に戻す単純な構造を採用する事にした。
両足での操作にはなるが、アクセルペダルは無いので一先ず問題は無いだろう。
その後作動実験を繰り返して問題無く機能する事が分かったので、フロントブレーキの試作は一段落させる。
「これで前輪の目途は立ったが、後輪はどうするんじゃ? 前輪だけに付けるのか?」
作業が一区切りついて日付も変わったところで、お茶を淹れて一息つきながらエトが勇に問いかける。
「ディスクブレーキは付けませんけど、別の仕組みを組み込もうと思ってます。と言っても、すごく単純なものですけどね」
同じくお茶を啜り、小さく笑いながら勇が答える。
「後輪は車軸に羽を付けて回してますよね? こんな感じで」
勇が、テーブルの上にあった魔動車の構想段階に作ったミニチュアの後輪にふーっと息を吹きかけて車輪を回す。
「この風車は、上半分に風が当たると前に回りますが、下半分に風が当たると逆に回ります。それを利用して、直接車輪の回る速さを遅くしようかと」
ようはエンジンブレーキのようなものだ。固定ギアの自転車であるピストバイクなどでも、ペダルを逆方向に回そうとする事で同じように減速させる事が出来る。
「なるほどねぇ。逆方向にもう一つ繰風球を付けるか、一つの繰風球の場所を変えるか……。確かに仕組み自体は単純だね」
それを聞いたヴィレムが、ミニチュアの後輪を指で前後に回しながら頷く。
「はい。逆方向に取り付けるのが良いんですが、そうすると別の魔法具を起動させる事になるじゃないですか? 操作がちょっと大変になりそうなので、繰風球の場所を動かせるようにしようと思ってます」
魔法具を起動させるには、直接起動用の魔石に触れる必要がある。逆方向にもう一系統繰風球を取り付けた場合どうなるか?
前進するのに使っている魔法具を止めるか出力を下げてから、逆方向の魔法具を起動させて減速、その後にまた加速させるには、再び逆方向を停止させて前進方向を起動させなければならない。
ハンドルにスイッチをつけて簡単に操作できるのであればまだ何とかなるかもしれないが、回転するハンドルに魔法陣から伸びる回路を接続するのが難しい。
自動車の場合クロックスプリングと呼ばれる仕組みが使われているが、勇は知る由も無いし、知っていても再現できるとは限らない。
ウィンカーレバーのようにハンドルの後ろから出す方法もあるが、結局ハンドルを切りながらは使うのは難しいのであまり効果的ではない。
結果、前進用の繰風球の上下位置を調整できるレバーを取り付けることにした。
これなら片手は常にハンドルを操作できるし、前進用の魔力調整をしなくてもある程度速度調整が可能になるので便利そうだったのだ。
合わせて、風を捉えやすくするため湾曲させていた風車の羽を、ほぼ真っ直ぐな形状へ戻す。湾曲していると逆方向の風が捉えにくいためだ。
ゆくゆくはリターンスプリングによってペダルが戻るように出来れば、自動車と同じように疑似アクセルとしてブレーキとともにペダル化できるだろう。
これで一通りの実装方針が決まったので、この日は一旦解散する事にした。
さすがに徹夜しても全てを作りきることはできないためだ。作り切れる作業量だったら、ナチュラルに徹夜していたに違いない。
翌日以降、モックを元に試作車両に機構を組み込んでいく。
「ブレーキパッドはどちらも使えそうですね」
「そうじゃな。ラッシュサイノの角のほうが一段硬いが、アーマーバッファローのほうが安い。ひとまずバッファローの方でいくか?」
「そうしましょうか。あまりに減りが早かったり、バッファローでは止まらなそうならラッシュサイノに替えましょう」
先日入手した魔物素材は少々硬さに違いはあるものの、どちらもブレーキパッドとして使えそうで勇はほっと胸を撫でおろした。
こうして組み付ける事三日。前輪ディスク、後輪エンジンブレーキもどき+パーキングブレーキという制動機能を搭載した、試作魔動車ver1.5が完成した。
ブレーキが付いたとはいえまだ試験走行はしていないため、やはり演習場までは馬によって牽引していき、試験走行を開始する。
安全マージンを考慮し、まずはランニング程度の速度で走ってブレーキの効きやコーナリングを試してみる。
「これくらいの速さなら、後輪ブレーキで十分速度を落とせますね」
「そうだね。完全に止めないなら、後輪だけでもコントロールできそうだ」
左右どちらの手でも操作できるよう頭上前方に設置した、レバー式のエンジンブレーキと言うか疑似アクセルを操作する勇と、同乗しているヴィレムが感想を交換する。
「逆に前輪だけで止めようとしても、後ろを調整せんと効率が悪いの」
エトの言うように、前だけで止めようとしても後ろから押す力を弱めないと後輪が横滑りしようとしてしまう。
いわゆるRRの駆動方式なので操作性がピーキーではあるが、リアを敢えて振りながら走ればコーナリング性能が良いとも言えるので、慣れと好みの問題かもしれないが。
ひとまずこの速度なら、問題無くブレーキが機能する事が分かった。
魔動車としてはゆっくり目とは言っても、この時点で標準的な馬車の巡航速度よりは速いので、既に画期的な乗り物が出来たことになっていた。
その後、魔動車として目指す巡航速度であるママチャリ巡航速度まで速度を上げてみたが、こちらも問題無くブレーキングできることが確認出来た。
そこで続いては、ギャラリーを乗せての試験走行に移る。言い方は悪いが、バラスト替わりに乗ってもらうのだ。
運転手用の座席にペダルやハンドル、繰風球の位置調整レバーを取り付けるための仮のフレームなど、最初の状態に比べたらだいぶ上物は増えたが、まだまだ全装備重量には遠い。
どの程度まで重量を増やしても大丈夫かを手っ取り早く確認するための、人型バラストだった。
「凄いですね、イサムさん!! 馬無しで、本当に馬車が、いえ魔動車が走っています!!」
最前列で、シートベルトが無いため運転する勇にしがみ付きながらアンネマリーが興奮した様子で話す。
「ありがたいことに、ここまでは順調です。皆さんが乗っても大丈夫ということは、幌馬車ではなく箱馬車にしても問題無さそうです」
アンネマリーに笑いながら返事をしつつ勇が後ろを振り返ると、最初から同乗していたエトとヴィレムに加えて、領主夫妻に息子のユリウス、専属護衛のフェリクス、ミゼロイ、リディル、マルセラ、さらにはティラミスにユリシーズと九人がギュウギュウ詰めで乗っているのが見える。
それでもちゃんと走り、曲がり、止まれることが確認できた。
これである程度の上物を乗せた魔動車の目処が立ったと喜んでいたのだが、試走を終えた帰り道で新たな問題が浮上した。
ちゃんと止まって曲がれることが分かったので、領都への帰りは全員が乗り込んでドライブとしゃれこんでいた。
ちなみに、行きに牽引してきてくれた馬は、頭に織姫を乗せてご機嫌で後ろをついてきている。
林の中の道も難無く走っていたのだが、あと少しで領都と言う所にある一番急な上り坂で、かなり風力を上げないと巡航速度を保てなくなってしまったのだ。
止まるような事は無いし、風力を上げれば済む話ではある。それにここまでの急な坂は街道にはほとんど存在しないので、問題無いといえば問題は無い。
しかしどうしても荷物を沢山積んだり、強い向かい風の中を走ったりといった想定外の事態に直面しても対応できるように、もう少しマージンをとっておきたい。
研究所に戻った勇達は、もう一段上の性能を目指して更なる改良に取り掛かるのだった。
週3~4話更新予定予定。
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