●第147話●魔動車作り・ステップ2
馬車の話を書くに当たって、先日馬車のショールームに行って来ました。写真やら資料やらでは見てはいても、やっぱり実物を見ると実感が全然違いますね。良い経験でした!買いもしないのに、丁寧に説明して頂いたスタッフの方、本当にありがとうございました!
ブックマーク、評価していただいた皆さま、本当にありがとうございます!!
週3~4話更新予定です。
まず着手したのは、ブレーキ作りからだった。
この世界の馬車にもブレーキは付いている。
ただし、減速のために使うのではなく停車時に動かないようにするための、いわゆるパーキングブレーキ的な使い方がメインだ。
減速目的で使うのは、下り坂で馬にかかる負担を抑えたい時と、緊急時に減速する必要がある時くらいだろう。
構造も単純で、レバーを前に倒すと金属製のシャフトが動き、その先にあるブレーキシューが直接後輪を外から押さえつけて止めるだけだ。
「んー、このパーキングブレーキ自体はそのまま使えそうだから使うとして、あとは減速用のブレーキをどうするかだな」
停車時に動かなくしたいのは馬車でも魔動車でも同じなので、パーキングブレーキについてはブレーキシューの素材を少し改良するくらいでそのまま使用する。
問題は減速に使うブレーキだ。
コーナリング時は減速したいし、ゆっくりめの自転車程度とはいえ馬車より速度も出るし車重もある。ある程度ちゃんと効くブレーキが必要だ。
「ブレーキの方式か……。ある程度構造が分からないと意味が無いから、そうなると自転車の前輪のリムブレーキ?だっけ、それと車の後輪に使われてるドラムブレーキ、あとはディスクブレーキくらいかなぁ」
勇が挙げた三種類のブレーキが、地球ではメジャーなブレーキだろう。
いずれも進化しつつも基本形は変わらず長年使われているので、実用性はお墨付きだ。
「でもドラムブレーキは、原理は分かってるけど実際に分解して見たことは無いから今回は却下だなぁ……」
古くから乗用車の後輪に使われているのがドラムブレーキだ。自転車の後輪にも、同じような仕組みのサーバブレーキが使われているものがある。
内側から外向きにブレーキシューを押し広げて摩擦を発生させ減速させる仕組みで、同じ力であれば制動力自体はディスクブレーキよりも実は強い。
ただし構造上、全てが覆われているため放熱性が悪いのとメンテナンス性が悪いのが欠点だ。
運動エネルギーを摩擦、つまりは熱エネルギーに変換して止めるのがブレーキなので大きな欠点と言えよう。
そして覆われているので実際にどういう構造になっているのかを目にすることは、一般人はほとんど無いだろう。
勇も分解・整備などもちろんしたことは無く、構造が分からない。
時間を掛けて試行錯誤したら作れる可能性はあるが、ブレーキだけに時間を使うわけにもいかないので、ドラムブレーキは選択肢から外すことになった。
「そうなるとリムブレーキかディスクブレーキだけど、これ、原理はどっちも同じだからなぁ」
勇の言う通り、リムブレーキもディスクブレーキも、回転しているものを外から挟み込んで止める、という基本構造は同じだ。
リムブレーキが直接回転している車輪のリムを挟むのに対して、ディスクブレーキは車輪と一緒に回るディスクを挟むかの違いである。
追加パーツが不要なリムブレーキのほうが、構造も単純で安い。
対してディスクブレーキは、コストは上がるがブレーキが車輪の中央付近に付いているため汚れが付着しづらく安定した効きが得られる。
メンテナンス性や放熱性は、オープンな構造なためどちらもドラムブレーキより良い。
「レバーかペダルを介して挟み込む機能を作るのは同じだし汚れも付きやすいから、ひとまずディスクブレーキを目指してみて、難しそうなら次善策でリムブレーキかなぁ……。問題は油圧シリンダ無しでどこまで制動力が出るかだなぁ。あとは細い金属ワイヤーの代替品をどうするか……」
考えを進めながら勇が独り言ちる。
自転車用のブレーキでは、高価なロードバイク等以外には油圧などは使われていないが、自動車用ともなると必須となっている。
この世界はまだまだ密閉技術が甘いため、実用的なシリンダは期待できない。
そうなると、てこの原理やギヤを使った機械式で何とかするしかない。車程の速度は出ないものの、大きな懸案となる。
繰風球を使ったエアブレーキのようなものも作れそうな気はするのだが、魔力調整をミスると効きすぎたり壊れる可能性があるため、こちらは次世代型に向けた技術として保留しておくことにした。
そしてもう一つが金属製の細いワイヤーが無い事だ。
細く丈夫なワイヤーがあるか無いかで、かなり実装の自由度や使い勝手が変わってくる。パーキングブレーキが金属のシャフト製なのもワイヤーが無いためだ。
編み込んでロープを作る概念や実物は、もちろんこの世界にもあるのだが、それを金属でおこなう技術力はまだ無い。
地球においても、現在のような金属製ワイヤが実用化されたのは十九世紀ころからなので、仕方がないだろう。
替わりに魔物素材と言う未知の夢素材があるので、代替品がある事に期待したいところだ。
こうしておおよその方向性が決まったところで、ラフな設計図を描きながらエトたちと相談を始めた。
「なるほど。金属の円盤みたいなのを車輪に取り付けて、そいつを挟んで止めるんじゃな。確かにこれなら減速させられそうじゃの」
「直接車輪を止めるわけじゃ無いから、車輪への負担が少なそうなのも良さそうだね」
勇から説明を受けたエトとヴィレムがそうコメントする。
「はい。リムブレーキだと多分車輪自体を作り直さないと駄目な気もするんですよね、ブレーキに使う前提じゃないので……。それもあってまずはディスクブレーキを作ってみようかと」
それを聞いた勇が頷きながら言った。
「了解じゃ。仕組みは作りながら考えていくとして、素材はどうするんじゃ?」
「まず車輪に取り付ける円盤ですが、黒鉄でいきましょう。そんなに大きなものじゃ無いですし、ある程度硬くないと削れてしまうので……」
「なるほどの。挟み込むほうのはどうする? ある程度の硬さが必要そうじゃが、硬すぎてもいかんじゃろ?」
「ええ、その通りです。消耗品ではあるんですけど、ある程度硬さが無いとすぐに削れてしまうので。私のいた世界では、金属のような石のような見た目、質感だったんですが、残念ながらどうやって作られているどんな素材なのかまでは分からないんですよね……」
「まぁ何でもかんでも知ってる人なんていないからね。それは当たり前だと思うよ?」
苦笑する勇をヴィレムがフォローした。
車に乗っていたのなら、ディスクブレーキという言葉とおおまかな仕組みくらいは知っていてもおかしくは無いだろうが、ブレーキパッドの材質まで知っている人間はかなりの少数派だ。車好きと業界関係者くらいだろうか。
「なので、私はちょっと冒険者ギルドに行って、使えそうな素材が無いか見てきます。無かったら、色々考えて作ってみるしかないですね」
「どんなのがいいか俺らには分からんからな。イサムが見に行くのが良かろう。こっちは円盤作りと、どんな仕組みがいいか考えて見るとしよう」
「お願いします。ついでに、ワイヤーの替わりになりそうなものが無いかも聞いてきますね。むしろこっちが見つかったら、利用範囲の広さはブレーキパッドの比じゃないですから」
「細いけど丈夫な、金属の紐じゃったか?? ひとまずの仕組みは、それが無い前提で考えておくわい」
「そうですね。見つかってから考えても遅くは無いので、よろしく頼みます」
勇はそう言い残すと、暇そうにしていた織姫を伴って冒険者ギルドへと向かった。
まだ午後の早い時間で、依頼を受ける冒険者も依頼の完了報告に来る冒険者もおらず、冒険者ギルドは閑散としていた。
「おう、イサムさんじゃねぇか。久しぶりだな! どしたい、一人で?」
そんなギルドへ入ってきた勇を目ざとく見つけたガタイの良いスキンヘッドの男が、真っ先に声を掛ける。
「ああ、ロッペンさん。お久しぶりです。いえね、ちょっと新しい道具を作るのに、また良い魔物素材が無いかと思いまして」
声を掛けて来た男、ロッペンに勇が挨拶を返す。
街中ですれ違ったら絶対目を逸らすレベルの強面だが、こう見えてもサブギルドマスターに就いている男である。
勇とは、以前に馬車の車輪を改良するのに魔物素材を融通してもらってからの付き合いだ。
「なっっふ!」
勇がロッペンと握手を交わしていると、肩に乗った織姫がロッペンの頭をぺしぺしと叩く。
「おぅ、わりぃわりぃ、ヒメ先生もいるから一人じゃねぇわな」
そんな織姫を抱き上げて頭の上に乗せながら、ロッペンが笑う。
冒険者生活が長く、魔物や動物と接する機会が多かったからなのか、ロッペンは何とはなしに織姫の言っていることが分かるようだった。
また、時々運動の為なのかクラウフェンダム近くの森に入っては魔物を狩っている織姫は、騎士のみならず冒険者の間でも人気になっている。
顔なじみの冒険者が見かけた時には織姫の倒した魔物を持ち帰ってくれて、それをギルドに納めては報酬の代わりに織姫の好きな鳥系の魔物の肉と交換するのだが、そのやり取りをロッペンがすることが多く、いつの間にか仲良くなっていたのだった。
「んで、今回はどんな素材を探してんだ?」
頭に織姫を乗せたままロッペンが勇に問いかける。
「今回は、金属とか石とか、そっちに近いものが無いかなぁと思いまして」
「ほぅ、金属系、石系か。わざわざ魔物の素材を探しに来たっつうことは、本物の金属や石じゃダメってことか」
「ええ。ある程度ざらつきがあって、そこそこ硬度のある素材が必要でして」
「ザラつきねぇ…。硬さはどれくらい欲しいんだ?」
「黒鉄より軟らかくて、あまり柔らか過ぎなければ多分大丈夫だと思います」
「ふむ。黒鉄より軟らかいとなると、上位の魔物は除外だな。よし、ちょっと待ってろ。なんか在庫が無いか見てくるからよ!」
ロッペンはそう言い残すと、織姫を頭に乗せたまま鼻歌交じりでバックヤードへと歩いていった。
十分ほど待っていると、ロッペンが何やら大きな角のようなモノと、同じく大きな何かの塊を抱えて戻ってきた。
ゴトリ、と両方ともカウンターにのせる。
「今在庫にあるもので要望にあってそうなのはこの二つだな。こっちはラッシュサイノっつうサイみてぇな魔物の角だ」
そう言って角のようなモノのほうを指差す。根元のほうは直径50センチくらいはありそうな、濃い緑色をした立派な角だ。
「もう一つのほうは、アーマーバッファローっつうゴツイ水牛みてぇな魔物の肩の部分の外皮だ。名前の通り鎧みてぇに硬いんだが、その中でもこの肩の部分が一番硬い」
今度は黒っぽい塊のほうを指差すが、とても牛の外皮とは思えない。アスファルトの塊だと言われたほうがしっくりくるだろう。
「どっちも黒鉄よりは硬くねぇな。鉄よりちょっと柔らかいくらいじゃねぇかな。どれくらいの大きさが必要なんだ?」
「そうですね……最終的には縦15メル横5メル、厚みが2メルくらいになるんじゃないかと思いますが、ちょっと実験してみないと何とも言えないですね」
「なるほどな。んじゃあ実験用に、それに近いサイズで切り出してやるよ。幾つ欲しい?」
「え!? 良いんですか?」
「おう。実験しねぇと分かんねぇんだろ? だったら持ってってくれ。それにコイツらは雑魚ってわけでもねぇが、珍しい魔物でもねぇからな」
「ありがとうございます! じゃあそれぞれ4枚ずつお願いしてよいですか?」
「了解だ。ちぃと待ってろよ。ヒメ先生、すまねぇがちと降りてくれ」
ロッペンはそう言うと、織姫をひょいと勇の肩に戻し、カウンターの下から淡く緑色に輝くノコギリのようなものを取り出す。
「そこそこ硬いからな。コイツで切るのが一番手っ取り早い」
まさかのミスリルノコギリに驚いている勇にニヤリと笑いかけると、ロッペンはゴリゴリと切り出しを始める。
さすがミスリル製のノコギリだ。ロッペンの腕と相まって見る見るうちに切り出されていく。断面も綺麗だ。
「ほれ、細かく切る前にまずはモノを確認してくれ。どうだ、触った感じのイメージは?」
輪切りのようにしただけの状態で手渡された二つの素材を、イサムが吟味する。
ミスリルノコギリでキレイに切り出された断面は一見綺麗だが、手で触ってみるとどちらもザラつきがある。
ラッシュサイノのほうがやや滑らかでコンクリートのような手触り、アーマーバッファローのほうがやや粗く目の細かいアスファルトのような手触りだった。
硬さは分からないが、少なくとも脆いということは無さそうだ。
「うん。これならどちらも良さそうな気がしますね」
確認を終えた勇がそう言うと、ロッペンがニカリと笑う。
「そりゃよかった。んじゃ、ちゃちゃっと切っちまうか」
勇が返した板状の素材に再びノコギリを入れて切り分けていく。あっという間にそれぞれ4枚、計8枚のプレートが出来上がった。
「ほらよ!」
「ありがとうございます!! お代のほうはいくらですか?」
「そうだな……。この大きさなら、サイのほうが200ルイン(1ルイン=100円相当)、牛のほうが150ルインってとこだ」
「分かりました」
「ああ、今回の分の金は要らねぇ」
「えっ?」
ロッペンの言葉に思わず勇が聞き返す。
「時々ヒメ先生が魔物を狩ってきてくれるだろ? でその対価に肉を渡しているんだが、正直それじゃあ釣り合いが取れてねぇんだわ。かと言って沢山肉を渡しても腐っちまう」
ロッペンが勇の肩に乗った織姫の喉をくすぐりながら続ける。
「んで、冒険者の奴らとも相談してな。差額は貯金として積み立てておいて、イサムさんや領主さんになんかあった時に使おうっつう話になったんだわ。てなわけで、タダっつうかヒメ先生に買ってもらった感じだな」
「んなぁ~う」
織姫が甘えた声で鳴きながら、イサムの耳に身体を擦り付けた。
「そうだったんですね……。分かりました、ありがとうございます。姫もありがとな」
「にゃふぅ」
勇の言葉に満足げに一鳴きする織姫。
「あっ!? そうだもう一つあったのを忘れてました!!」
「ん? まだあんのか?」
「ええ。もう一つは細くて丈夫な紐を探しています」
「ふむ……、細いってのはどれくらいだ?」
「そうですね、出来ればこのくらい細いとありがたいですが、丈夫さ次第な所もありますね。出来れば人を数人吊り下げても大丈夫なくらい丈夫だとありがたいです」
勇がそう言いながら、参考用に持って来ていた太さ五ミリほどのロープを見せる。
「この太さでその強度か……。間違いないのは竜種の髭だが、ありゃあバカ高い上にほとんど出回らねぇから現実的じゃねぇな」
勇のオーダーに腕組みをするロッペン。
竜種とはドラゴンの事だろう。ドラゴンの髭なら確かに間違いなさそうだが、おいそれと使えるような素材では無さそうだ。
「ああ、そういやちょうどいいもんがあったな。ちょっと待ってろ」
そしてふと何かを思い出したのか、ポンと拳を掌に打ち付けて小走りでバックヤードへと向かう。
三分ほどで戻ってきたロッペンの手には、ぐるぐると巻いて束ねられた茶色に鈍く光る太い針金のようなものが握られていた。
「コイツは魔鯨っつう海に棲んでるバカでけぇ魔物の髭だ。一本で20メルテ(1メルテ=1メートル)くらいの長さはある」
そう言いながら魔鯨の髭の束を勇へ手渡す。
髭で20メートルだから、本体の大きさは相当なものだろうな、などと考えながら勇がその髭を確認する。
銅のように鈍い光沢をもった髭は直径5ミリ強、アコースティックギターのスティール弦を少し太くしたような印象だ。
グッと力を入れて引っ張ってみるが、伸びる気配は全くない。確かに相当な強度があるようだ。
「これは良さそうですね。まさにイメージしていたものに近いですよ」
うんうんと頷きながら勇が言う。
「そうか、そいつは良かった。ちょっと前にたまたま魔鯨の死体が王都近くの海岸に打ち上がってよ。大量の髭が持ち込まれたって訳だ」
タイミングが良かったぜ、と笑いながらロッペンが入手経緯を教えてくれた。
「では、これも頂いていきますが、こっちも姫貯金でいいんですか?」
「ああ、問題ねぇ。この長さの一本で200ルインってとこだからな、全然余裕だ」
「……なるほど」
ロッペンの話っぷりから、数万円ほどでは全く問題無い程度の貯金が織姫にあることが分かり、少々勇が引き気味だ。
こうして狙い通りの物を手に入れた勇は、ロッペンに礼を言ってギルドを後にすると、戦利品を携えて研究所へと帰ってきた。
週3~4話更新予定予定。
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