●第146話●魔動車作り・ステップ1
人間ドックが後を引き、ちょっと更新が遅くなりました……
て言うか、人間ドックって絶対体調悪くしますよねw 前日の食事時間に制限がある上当日朝は食べられないしバリウム→下剤のコンボは凶悪だし……
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週3~4話更新予定です。
繰風球から一定の強さで吹き続ける風を受けてゆるりと加速した馬車は、早歩き程度の速度で加速が止まり定速走行に入った。
それを確認したエトが魔力供給量を一段増加させると、頬に感じる風が強くなり、ワンテンポ遅れて馬車が一段加速する。
駆け足程度の速度になった馬車が、演習場の真ん中を過ぎたあたりでエトが魔力の供給を停止した。
動力を失った馬車は急速に失速し、やがて停車した。
試作の第一歩目なので、まだブレーキもステアリングも装着されておらず余裕を持った減速が必須だ。
「とりあえず動いたの」
「ええ。この状態の馬車を動かせなかったら、その時点で終了ですからね……」
エトの言葉に勇がホッと胸を撫でおろす。
「さっきの加速した状態で、風力はどの程度でしたか?」
「半分弱といったとこじゃな」
「なるほど、半分弱ですか……。一旦この一番シンプルな方法で、どこまで重くしても大丈夫か確認しましょう」
「そうじゃな。いろいろ工夫するのは、まず限界を確認してからでよかろう」
まずは極シンプルな方法で限界値を探ってみる。これで満足いく出力が得られるのであれば、それが一番良いに決まっている。
それから勇達は、取り払った馬車のパーツを積んでは試走させることを繰り返す。
ひとまず重さが分かればよいので、組み立てることはせず土台の上にどんどん積んでいった。
翌日も一日、この重量限界を知るための試走に費やした結果、全パーツに加えて人が四人と積荷代わりに更に一人までなら乗っても走るだけのトルクがある事が分かった。
「流石に積荷はあまり載せられませんでしたが、今の馬車に取り付けても人だけは運べることが分かったのは大きいですね」
「そうじゃな。コイツは貴族用に仕立てておるから装飾が多くて重いしの。繰風球用に新造したらもっと軽くなるじゃろ」
「ええ。あまり貧相にして見栄えが悪くなっても甘くみられるので、最終的には軽量な魔物素材で装飾しようと思います」
「それが良いじゃろな。バステトシリーズもソリッドビートルを使っとるし、丁度ええわい」
ひとまず実用レベルになりそうでほっとした勇は、実験結果を踏まえて設計を開始した。
最初に行ったのは、動力となる風車の大型化だ。
風圧による力は、風の当たる投影面積の大きさに比例して強くなる。当たり前だが大きくなればなるほど、受ける風の量が増えて力も強くなるのだ。
とは言え、車軸に直接取り付けるため、あまり垂直方向に伸ばしてしまうと車輪も大型化しなければならないし、車高が高くなりすぎてしまう。
そのため、垂直方向への延伸は最低限に留め、水平方向へと延伸する事にした。
重量試験に使った馬車は、この世界の標準的なサイズで、車幅は2メートルほど。これを50センチほど横方向へ広げて、その分風車の幅を伸ばした。
その後ろに、動力源となる繰風球を配置する。
また、風車本体には悩んだ末ミスリルを使う事にした。
値は張るが、実験で使った鉄より軽い上に丈夫なので、魔動車のキモとなる風車部分はケチらず思い切ってミスリルを採用したのだ。
そうして出来た風車を、これまた鉄より硬くて軽い黒鉄で出来た車軸へと取り付ける。
車軸には、標準的なものよりも大きい直径1.5メートルほどの車輪を取り付け後輪とする。
これ以上大きくすると、作るのも大変だし馬車の車高が高くなりすぎてしまう。
この後輪を、馬車の床下に装着するのだが、サスペンションの伸縮を考慮して後輪の上部だけ一段底上げし干渉を防ぐ。
車軸に風車が付いた事で、最低地上高が通常の馬車よりかなり低くなるのが大きな懸念事項のひとつだ。
それでも25センチ程度はある。これは日本のSUVのノーマル時の車高より高い上、原則街道しか走らないので一先ず目を瞑る事にした。
解消するには、動力部分と車軸を切り離してギヤやプーリーで動力を伝える必要があり、手間はもちろん力のロスが避けられない。
この辺りは、減速機によるトルク増加と合わせて今後の楽しみに取っておくことにした。
前輪については、標準的な1メートルサイズの車輪を使った。
また、馬車とは違って自分で前輪の角度を変えてやらないと曲がる事が出来ないので、ステアリング機構を組み込む必要がある。
ランドヨットと比較すると車重も重い上、前輪が一輪ではなく二輪あるため、どういう仕組みにするか迷う所となった。
自転車の前輪のようなフロントフォークを左右の前輪にそれぞれ伸ばして操作する方法等いくつかの方法を試した結果、最終的には円形のギヤと直線状のギヤを組み合わせる方式に落ち着いた。
これは図らずも、現代の自動車のステアリング機構にも使われているラックアンドピニオン型と呼ばれる仕組みだった。
もっとも勇の作った物は、パワーステアリング機能などがふんだんに盛り込まれた現代の物とは比べるべくも無いシンプルなものだ。
そもそも現代の車にラックアンドピニオン方式が使われているという知識など勇には無く、何となく覚えていた「回転運動を直線運動に変える方法」の一つがこれで、構造が簡単で丈夫そうだったのと、今後何かとギヤを使う機会が増えそうなのでその予行演習として採用したに過ぎないのだが……。
これで自動車の三要素である「走る、曲がる、止まる」のうち二つが実装できたため、また試走してみることにした。
本来は残してある「止まる」が、安全面を考えると最も重要なのだが、現時点ではどの程度の速度が出せて、どの程度の制動力が必要なのか不明なため、まずはその辺りを検証する事にしたのだ。
いつもの演習場までは、保険のために取り付けてある馬車用のアタッチメントを使って馬車としての移動となる。
本末転倒と思わなくも無いが、ブレーキ無しで公道を走るのは無謀すぎるだろう。
勇とエトが乗った状態でも前進する事までは、研究所の裏庭で確認しているので、早速二人で乗り込み試験走行を開始する。
「この状態だと半分弱の風力で動かせたので、まずはそこから始めますね」
「わかった。ブレーキも無いし、ゆっくり走ってちゃんと曲がれるかの確認からじゃな」
随分と魔動車に慣れてきた二人は、そんな軽い会話を交わしながら魔動車を起動させる。
出力を徐々に上げていき、最大魔力の半分弱まで魔力を注ぎ込むと、ギシギシと音をさせながら魔動車が動き始めた。
「んーー、やっぱり軸受けの部分は何とかしたいなぁ……。ボールベアリングが作れるなら一番いいけど、まだまだ難しいだろうし……」
その音を聞いた勇が独り言ちる。
車輪を使う上で重要となる軸受けの部分は、良く磨いて滑らかにした半円状の黒鉄を二枚組み合わせ、そこに滑りの良い川鮫の脂をグリス代わりに差して運用している。
この世界の標準的な軸受けより、随分とエネルギーの損失を少なく出来てはいるはずだが、まだまだ改善の余地がある部分だろう。
ちなみに今までは、馬に牽かれて進んでいたため動力を車輪に伝える必要は無く、車軸自体は回転せず車輪のみが回転する方式だった。
今回は車輪を回転させて動力とするため、車軸と車輪を固定して車軸を回すことで車輪を回す方式に変更されている。
子供向けなのに大人が夢中になっている、某四輪駆動の玩具の車輪をイメージすると分かりやすいだろうか。
閑話休題
動き出した魔動車を、体感でママチャリをのんびり漕いだ程度の速度まで加速させたところで、魔力の供給量を減らす。
静止状態から動かすのには、動いているものを継続的に動かすよりも大きな力が必要なので、そのままの魔力で走らせていると想定以上に加速しすぎるのだ。
どの程度魔力を減らせば現状の速度が維持できるのかは、経験を積んで感覚を掴んでいく必要があるだろう。
ママチャリのんびり速度になったところで演習場の端が近づいてきたので、ハンドルを切り魔動車を曲げていく。
「むぅ、やっぱりパワステが無いからハンドルが重いなぁ……。まあそれほど速度は出さないから何とかなるとは思うけど、ギヤ比の調整で軽くできるのかなぁ、これ」
ハンドルを切りながら勇が呟く。
現代の車になれた人間にとって、アシストの利いたパワーステアリングではない原始的なステアリング機構は、やはり重く感じる。
今後ギヤ比を調整して、ある程度軽く回せるような調整はした方が良さそうだ。
「あと、このキックバックはどうにかしたいけど、ちょっと難しいだろうなぁ……」
ハンドルに対するもう一つの課題が、路面の状況をハンドルに伝えてしまうキックバックだ。
これも現代の自動車であれば、余程の状況でない限り減衰されるため伝わる事は無い。
しかし現状の機構では、ほぼダイレクトに伝わってきてしまう。
かと言って、それをどうやったら減衰できるかなど勇が知る由も無いので、色々なアプローチで試行錯誤して改善していくしかないだろう。
そんな重くて振動が伝わってくるハンドルを左に切ると、それに合わせて車体も左に曲がり始める。
一段強くなった手ごたえを感じながら、どれくらいハンドルを切るとどの程度曲がるのかを身体に覚えさせていく。
綺麗な弧を描き百八十度回頭したら、魔力の供給量を少し増やして一段加速、そして逆側の端前で再びハンドルを切り、車両を転回させる。
これを繰り返して、全力でハンドルを切らなくても曲がれる速度の限界を探っていく。
一時間ほど試走を重ねた結果、体感でママチャリの巡航速度程度までであれば、無理なく運転できることが分かった。
時速にして15キロメートル弱といったところだろうか。
数字にすると一見速そうには見えないが、この世界の馬車の巡航速度は、時速6キロメートルから8キロメートル程度だ。
それと比べて二倍近い速度な上、操縦者や同乗者が大丈夫なのであれば休憩せずに走り続ける事が出来る。また、内燃機関のように熱を気にする必要もない。
そうした諸々を踏まえると、かなりのエポックメイキングと言えるだろう。
さらに安全性に目を瞑れば、時速20キロくらいまでは許容範囲だろうなと勇は内心で試算していた。
「ふむ。これなら十分すぎるほど実用的じゃな……。休む必要が無いのに馬車より速いというのはとんでもないの」
試走を終えて一息ついた所で、エトが実感を込めて呟く。
「ええ。随分と移動が楽になると思いますよ。まぁ、その分魔石を食いますけどね……」
勇としても、試作一号機としては上々の出来に満足げな表情だ。
「明日からは、想定している上物分の重量を載せた状態でちゃんと走るのかの検証からですね」
「そうじゃな。現時点で半分の魔力じゃから、大丈夫だとは思うがの」
単位面積あたりの風圧は風速の二乗に比例するため、現時点で半分でも余力としてはまだ倍以上ある状況だ。
「そうですね。単に走るだけであれば、おそらく問題無いと思います。問題は魔石1つでどれくらいの時間走れるのか、でしょうね」
「ああ。いくら便利なもんでも運用する費用が高すぎては使いづらいからの……。実用出来る範囲の燃費だったら良いのじゃが……」
勇としては日常使いしたいと考えているので、燃費は非常に気になるところだ。
素材の見直しによる軽量化など燃費を向上させる施策は色々あるのだが、さすがに二倍三倍に出来る訳では無いので、素の燃費がどの程度なのかは重要なポイントになるだろう。
「そしてもう一つ、ブレーキをどうするかですね。あまり速度を出さないとは言え、馬が調整してくれる馬車と違って下り坂で必須になりますしね」
「うむ。ブレーキがしょぼいと加速して大変な事になるからの……」
もう一つの懸念は、二人が心配するブレーキだ。
安全面を無視すればいいかげんでも良いのだろうが、さすがにそこまで思い切る事は出来ない。
こうして魔動車作りは、ステップ2へと移行していった。
週3~4話更新予定予定。
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